陰陽退魔士・逢坂蘭子/第六章 すすり泣く肖像
其の弐  数日後。  阿部野橋界隈を歩いている安子を含めた一年三組クラスメート達。 「あった! ここだわ」  稲川教諭が小さな画廊を借り切って個展を開いていた。  狭い入り口をくぐってすぐの所に机が置かれており受付となっている。 「先生、来たよ!」 「やあ、よく来たね。まあ、ゆっくり見学していってくれ」 「はい」  受付簿に記帳して中に入る一行。  画廊の壁には肖像画をメインとして、風景画などが適当な感覚で展示されている。  ゆったりと歩きながら鑑賞している一行。  その繊細な描写に一様に感心している様子であった。  ただ一人を除いては。  蘭子は何かを感じているようであった。  じっと肖像画を見つめて、その何かを探ろうとしている。 「この肖像画には秘められた謎がありそうね……」 「どうしましたか?」  いつ間にか稲川教諭がすぐそばに立っていた。  まるで気取られることなく近づいたことに驚く蘭子。  いくら肖像画に集中していたとはいえ、気配を消していたとしか思えない動きである。  ただ者ではなさそうであった。 「まるで生きているようですね」 「精魂を込めて描いていますからね。魂が乗り移ったとしても不思議ではないでしょう」 「乗り移る?」 「言葉のあやですよ」  と微笑んで安子の方へと歩いていった。  その後姿を見つめながら、何かが起こりそうな予感を覚える蘭子であった。  放課後の美術準備室。  椅子に腰掛けている安子を、キャンバスにデッサンしている稲川教諭。  安子の奉仕モデルの提案を受け入れてのことである。  絵を描く時の稲川教諭の眼差しは真剣そのもので、黙々とキャンバスに向かっていた。 「少し休憩しようか」 「はい」  いつものように紅茶タイムとなる。  稲川教諭が紅茶の準備をし、安子が電気ポットでお湯を沸かす。  ティーポットに茶葉を入れ、熱湯を注ぎ十分蒸らしたところで、ティーカップに適量を 注ぐ。  芳しい香りが漂う紅茶に、コンデンスミルクを注いで、ミルクティーの出来上がりだ。  コンデンスミルクにはショ糖が含まれているので、砂糖は入れないのが普通である。  ちなみに常温保存できる茶色の台形の容器カプセル状に入ったミルクがあるが、これは 乳製品ではなく植物油を加工したものである。  と、稲川教諭に教えられた安子は、意外に思ったものだった。それまでミルクだと思っ てコーヒーや紅茶に入れて飲んでいた。  稲川教諭は茶葉にもこだわっており、ミルクティーが好きなせいもあって、ストレート 向きのダージリンではなくて、ミルクティー向きのアッサムを好んでいる。 「おいしい!」  一口すすって言葉をもらす安子。  稲川教諭と一緒に過ごすこのティータイムは、安子にとっては心やすまるひとときであ った。
     
↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v
小説・詩ランキング

11