梓の非日常/第四章・スケ番再び(黒姫会)
(二)廃ビルにて  街中を疾走する三人乗りの自動二輪。  とある廃ビルの前に停車する。周囲を鉄柵で囲われ解体工事中の看板が掲げられて いる。 「おら、アジトに着いたぜ」 「倒壊の危険があります。廃ビルの中に立ち入らないでください……ですって」  自動二輪を降りて、看板の注意書きを読み上げる郁。 「よくもまあこんな危険な場所をアジトにしてるなあ」  梓が廃ビルを見上げて感心するようにつぶやいた。 「ああ、ビルに入ってくる奴はいないからな。いつも不良達がたむろしていて、工事 の邪魔をするものだから。解体業者も工事を一時中断したままだ」 「警察は?」 「ああ、占拠している奴等を、追い出したり補導したりしても、翌日には別の奴が入 り込んでいる。いたちごっこなんだ」 「そうか……それであきらめちゃったんだ」 「そういうこと。ほれ。早速のお出迎えだぞ」  入り口付近にたむろしていた男達がこちらに向かってくる。 「なんや、おまえら」 「ここに女の子が連れて来られたでしょう」  梓が一歩前に出て尋ねる。 「あん、知らんな」 「ん? その制服は、城東初雁。きさまらお竜の仲間か!」  梓の着ていた女子制服に気づいて男が叫ぶ。と同時に梓達を男達がぐるりと囲んだ。 「さてはお竜を助けにきたんだな」 「その通り。怪我をしたくなかったら道を開けて頂戴」 「なにをほざけたことを。それはこっちの言うせりふだ!」  と襲いかかってくる男。  梓が、ひょいと体をかわすと、男はバランスを崩して、その勢いで慎二に向かって いく。 「およ?」  いきなり眼前に迫った男にひるむことなく、慎二は正拳を繰り出す。もんどりうっ て吹き飛ぶ男。 「おい、梓ちゃん」 「ん?」 「中には女達がたむろしているはずだ。俺は女には手を出さない主義だ。ここは俺に まかせて、早く中へいってお竜をたすけてやれ」 「わかった。ここはおまえに任せるよ」 「おう。一人足りとも中へは入れさせねえぜ。安心して女達と遊んでこいよ」 「頼む!」  といってビルの中へ飛び込んで行く梓。 「郁さんは、あたしの後にぴったりと着いてきてね」 「はい」  梓の後に郁が続く。 「待て、こらあ」  と男が捕まえようとするが、慎二が背後からその襟元をむんずと掴んで投げ飛ばす。 「おい。おまえらの相手はこの俺だと言ってるだろ」 「げっ! こいつ、沢渡だ」 「なんで、鬼の沢渡が青竜会とつるんでるんだ? 一匹狼じゃなかったのか」 「一対一じゃかなわんぞ。全員で一斉に飛び掛かれ」 「おう!」  怒濤のように向かってきた男達によって、さすがに慎二は組み敷かれてしまった ……かに見えたが、次の瞬間人塊を押しのけて慎二が姿を現わす。足元に倒れている 男達はぴくりとも動かない。慎二は押し倒されながらも、関節技・絞め技・刻み突き などを連続的に繰り出していたのだ。  一対一では無論かなわないし、多人数でかかってもやっぱりかなわない。  残っている男達のとる行動は一つしかない。 「やっぱり、鬼の沢渡だ。退散だ!」  と蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。  服に付いた汚れをはたき落としながら、 「なんで面白くねえ。こいつら河商の男子生徒だな。商業高校だけに圧倒的に女性上 位なわけで、スケ番の尻に敷かれていて何とも不甲斐ないってところだ。情けねえや つら」  倒れている男達に蔑視の表情を見せる慎二。全生徒の八割以上が女子という商業高 校にあえて入学するのだから硬派はまずいないだろう。同校のスケ番グループの下で、 カツアゲや見張りなどの三下的役割を押し付けられている軟弱でこの上ない連中だ。 「中は女達で一杯、俺は女とはやりたくないし」  竜子は捕らえられて中にいる、当然人質として扱われているのは否めない。 「梓ちゃん、苦戦するだろうなあ……さて、どうするかな」  周囲を見渡すと、解体工事に使われる建設機械が放置されたままになっている。鉄 球クレーン車、ユンボ、大型ブルドーザーなど。
     
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