思いはるかな甲子園
■ 父親来店 ■  レストランの前を通りかかるベンツ。 「社長。こちらのレストランのようです」  後部座席の窓から顔をだしてレストラン前景を見る父親。 「そうか……石井。駐車場に入ってくれ」 「はい。かしこまりました」  ベンツはウィンカーを出して駐車場に入っていく。  停車したベンツから降りて来た一行は、それぞれレストランを眺めている。 「昼時を過ぎていますから、この時間帯は空いているでしょう」  というのは社長秘書の竜崎麗香である。 「そうだな。今なら梓の邪魔にならないだろう」 「いらっしゃいませ」  一行が入ると一斉に声がかかる。 「うん。あそこの席にしよう」  開いている窓際の席に座る一行。  仕事先などで商談以外でレストランで食事をする時は、運転手の石井も同席するの が常であった。父親は使用人だからというこだわりを持っていない。それに相席する ことで、他のお客の迷惑をかけない配慮でもある。 「いらっしゃいませ」  ウェイトレスがトレーに乗せて水を持ってきた。  それぞれの前にコップを置いてから、メニューを差し出す。 「メニューです。お決まりになりましたらお呼び下さい。では、ごゆっくりと」  と一礼して下がっていく。 「お父さん!」  父親の姿を見つけて驚く梓。 「おお! 梓か」 「どうしたの?」 「近くを通ったものだから。食事がてら梓の仕事ぶりを拝見しようと思ってね」 「もう……」 「社長……」  麗香が自分の服の襟を軽くつまみながら梓の方に視線を送った。 (ああ、そうか……)  麗香の合図が判った父親は、娘のユニフォーム姿を眺めてから、 「その制服、似合っているじゃないか。可愛いよ」  とその姿を誉めた。  麗香は自分より、父親に誉めて貰ったほうが、より効果があると判断したのである。 「あ、ありがとう」  顔を少し赤らめる梓。 「梓、悪いがお店の責任者のところに案内してくれないか」 「ええ? どうするの」 「決まっているじゃないか。挨拶だよ。娘が働いているんだ、父親としてちゃんと挨 拶するのが、礼儀ってものだよ」 「い、いいわよ。そんな事しなくても」 「梓。一つ注意しておくよ。今日の私は父親としてよりも、客として来ているんだ。 その客が会わせてくれと言ってるんだ。案内するのが当然だろ。公私混同はいけない よ」  社長という経営者側に立つ父親だけに、例え娘でもその勤務態度を黙っておられず に注意する。 「ごめ……も、申し訳ありませんでした……ご案内致します」 「うん。ああ、君達はメニューを決めておいてくれ。私は店長お勧め品で頼む」 「かしこまりました」 「じゃあ、梓、頼む」  立ち上がる父親。 「はい。こちらです」  オフィス前でドアをノックする梓。 「どうぞ」  中から返事があって、父親を連れて入る。 「あら、梓さん。そちらの方は?」 「はい。わたしの父です。ご挨拶に伺いました」 「お父様でいらっしゃいましたか。マネージャーの深川と申します。どうぞ、こちら へ」  隣の部屋の応接室に案内するマネージャー。 「梓さん、来客用のお茶をお出ししてください」 「はい。かしこまりました」 「いや、それは遠慮しますよ。連れの者達と食事に来ていますので」 「そうでしたか。では、梓さんは、お仕事に戻ってください。お父様と二人だけでお 話ししますから」 「悪いな、梓。そうしてくれ」 「はい」  これから話される内容が気になるが、二人に出ていけと言われればそうするしかな い。 「失礼します」  そっと退室する梓。 「ねえ、ねえ。今の梓ちゃんのお父さんだよね」  絵利香が寄って来て話し掛ける。今は余裕があるので、フロアの状況を見つめなが ら、おしゃべりする。 「そうよ」 「マネージャーに挨拶に来たのね」 「うん」 「娘の様子を見に来るなんて、愛されている証拠ね」 「そうかな……」 「そうよ。わたしのお父さんも、いつか来るかな……」 「来ると思うよ。絵利香ちゃんの大好きなお父さんでしょ。うちのお父さんみたいに 心配しているよ。だからね」 「そうだね」  やがて父親がフロアに戻って来る。
     
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