難病(特定疾患)と生活保護・社会保障を考える【携帯/モバイル版】

この場を借りて、難病(特定疾患)と生活保護などの社会保障制度について考えてみたいと思います。

HTLV-1 関連脊髄症(HAM)/特定疾患情報

診断・治療指針

1. HTLV-1 関連脊髄症(HAM)とは
成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスであるヒトリンパ球向性ウイルス1型(HTLV-1)感染者の一部に、慢性進行性の両下肢麻痺、排尿排便障害を示す患者さんがいることにより日本で発見された疾患です。HTLV-1というウイルスはヒトのリンパ球に潜在感染しており、母親から子への母乳を介して、あるいは性交渉を介して夫から妻へ伝搬し、ヒトの進化歴史と共に生き続けているウイルスです。感染者は全国に120万人といわれますが、その大多数は全く健康に過ごしています。しかし、一部の人では脊髄に慢性炎症がおこり脊髄が傷害されるために、両下肢のつっぱり感、歩行困難、しびれ感、排尿困難や便秘で発症し、徐々に進行します。ATLとは別の病気で、ATLが脊髄を傷害しているわけではありません。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
1998年に全国疫学調査がおこなわれ、1,422名の患者が確認されています。患者の分布は西日本、特に九州・四国、沖縄に多く、ATLの分布とほぼ一致しています。しかし、人口の集中する東京や大阪などの大都市圏でも頻度的には少ないものの相当数の患者が確認されており、全国に広がって見られます。世界的にみても、HTLV-1感染者、ATLの分布と一致してカリブ海沿岸諸国、南アメリカ、西南アフリカ、南インド、イラン内陸部などに患者の集積が確認されており、それらの地域からの移民を介して、ヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国など、世界的に患者の存在が報告されています。

3. この病気はどのような人に多いのですか
血液検査でHTLV-1抗体陽性者、すなわちHTLV-1に感染している人に発症しますが、そのすべてが発症するわけではありません。1987-1988年に実施された全国調査をもとに計算された、抗体陽性者が生涯にHAMを発症する可能性は0.25%、すなわち400人にひとりときわめて低いといえます。一方で、男女比はおよそ1:2と女性に多く、複数の遺伝的要因や感染しているウイルスのタイプにより、発症頻度に差があることが明らかになっています。発症は中年以降の成人が多いですが、10代、あるいはそれ以前の発症と考えられる患者も存在します。HTLV-1感染者は全国に120万人といわれおり、その大多数は全く健康に過ごしていますが、HAM患者では体内のウイルス量が非常に増加しており、ウイルス量が上昇している人はHAMになりやすいといえます。

4. この病気の原因はわかっているのですか
もちろんHTLV-1感染が原因で、前述のようにウイルスが体内で増加するとHAMになりやすさが急激に上昇します。しかし、感染者のごく一部にのみ発症する機序はわかっていません。

5. この病気は遺伝するのですか
HTLV-1の感染経路は主として母親から子への母乳を介する感染と性交渉を介する夫から妻への感染ですから、まれに家族内発症はありえます。また、免疫応答に関連する複数の遺伝的要因が発症に関与していることが明らかになっていますので、発症しやすい体質はあるものと思われます。しかし、いわゆる遺伝病ではありません。

6. この病気ではどのような症状がおきますか
自分で気づく症状の第一は徐々に進行する歩行障害で、まず両下肢のつっぱり感のために足がもつれて歩きにくく、歩幅が狭くなり内股で歩くようになります。痙性不全対麻痺と呼ばれます。走ると転びやすく、階段の上り下りは、初めは下りにくさを感じます。両下肢の筋力低下が出現すると、特に大腿や腰回りに力が入りにくく、つっぱり感も加わって、すばやいスムーズな動きができなくなります。足尖、大腿部が持ち上がらず、階段の上りも困難になります。痙性が強い場合は筋肉の硬直やけいれんを伴い、自分では膝・足関節や股関節を曲げることが困難になります。逆に、チョットした刺激で反射的に関節が屈曲し、転倒の原因になることもあります。歩行障害が進行すると、片手杖、両手杖、さらに車椅子が必要になります。 

両下肢の症状と並んで、早期から自覚される症状として排尿障害や便秘があります。頑固な便秘や残便感はあまり病気と関連して自覚されませんが、突然の尿閉や頻尿、繰り返す膀胱炎で泌尿器科を受診し、HAMが診断されることもあります。尿意があってもなかなか出ない排尿困難、全部出し切れずに残った感じがしてまたすぐにトイレに行きたくなる残尿感と頻尿、尿意を感じたら我慢できないで漏れてしまう尿失禁がみられます。

感覚の異常は下半身の触覚や温痛覚の低下がみられますが、運動障害に比べて軽度にとどまることが多く、はっきりと感覚の低下を自覚している人は少ないと思います。しかし、持続するしびれ感や痛みなど、自覚的な症状は発症の早期からよくおこります。自覚的に異常の無い例でも神経内科の診察で足首部での振動覚低下がしばしばみられます。

自律神経症状は高率にみられ、特に、排尿困難、頻尿、便秘などの膀胱直腸障害は病初期よりみられ、しばしば患者の主な訴えとなります。進行例では起立性低血圧や下半身の発汗障害なども認められ、発汗低下による鬱熱のため、夏場に微熱、倦怠感が続き、適切な室温管理が必要となることもあります。そのほか男性ではインポテンツがしばしばみられます。

7. この病気にはどのような検査法がありますか
神経内科の診察できわめて特徴的な所見の組み合わせがみられますので、神経内科を受診することが重要です。血液検査、腰椎穿刺で髄液検査を受け、血液でも髄液でも抗HTLV-1抗体が陽性であることは診断の確定に必要です。また、類似の症状を示す他の病気を除外するために、脊柱のレントゲン撮影やMRI検査がおこなわれます。

8. この病気にはどのような治療法がありますか
発症メカニズムから考えると、ウイルスの増殖を抑制する抗ウイルス療法が最も理にかなった治療法といえます。しかし、残念ながらこれまでにウイルスの体内での増殖を抑制する薬剤は見つかっていません。しかし、いくつかの薬剤が症状を軽減したり進行を遅らせる効果があることが報告されています。ステロイド剤の内服により約7割の患者で何らかの治療効果が見られました。しかし感染症の誘発、糖尿病の悪化、骨粗鬆症による大腿骨頸部骨折などトラブルなどが少なからずみられており、長期の連用が難しく、中止によりしばしば再燃がみられています。インターフェロンαは唯一有効性が確かめられ、保険適用となっている薬剤です。治療後ウイルス量が減少していること、HAMでみられる免疫異常が改善していることがわかっています。うつ症状や肝障害、白血球減少などの副作用に注意が必要です。

一方、患者の長期追跡調査では、約半数では10年間に運動障害の進行はほとんどみられませんでした。そのような非活動期には,痙性や排尿障害に対する対症療法や継続的なリハビリテーションが推奨されます。特にリハビリテーションは大切で、腰回りの筋力増強やアキレス腱の伸張により、歩行の改善が得られます。

9. この病気はどういう経過をたどるのですか
下肢のつっぱり感、歩行時の足のもつれで発症することが多いですが、頻尿、尿閉など膀胱直腸障害やしびれ感が初発症状のこともあります。通常は緩徐進行性で慢性に経過しますが、進行が早く数週間で歩行不能になる例もみられます。高齢での発症者で進行度が早い傾向があり、重症例では両下肢の完全麻痺、体躯の筋力低下による座位障害で寝たきりとなります。一方で、運動障害が軽度のまま長期にわたり症状の進行がほとんどみられない患者も多くみられます。上肢の完全麻痺や嚥下や発声の障害などを来す例はほとんどみられません。ただ、歩行障害による転倒は大腿骨頸部骨折などで寝たきりになるきっかけとなります。尿路感染の繰り返しや褥瘡などにも十分注意が必要です。


情報提供者
研究班名 免疫性神経疾患
情報提供日 平成21年4月1日


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