難病(特定疾患)と生活保護・社会保障を考える【携帯/モバイル版】

この場を借りて、難病(特定疾患)と生活保護などの社会保障制度について考えてみたいと思います。

慢性膵炎/特定疾患情報

診断・治療指針

1. 慢性膵炎とは
 食物を消化する消化酵素(アミラーゼ・トリプシン・リパーゼなど)と血糖値の調節を行うホルモン(インスリン・グルカゴン)を分泌する臓器である膵臓に繰り返し炎症が起こり、次第に膵臓の細胞が破壊され線維に置き換わり、膵臓全体が硬くなって萎縮していく病気です。膵臓の中に石が出来る(膵石)こともあります。慢性膵炎の早い時期では腹痛が主な症状ですが、膵臓が高度で広範囲に破壊されると、一般に腹痛は軽減します。しかし、消化酵素の分泌が低下して消化吸収障害(脂肪便)が出現しますし、インスリンの分泌が低下すると糖尿病になります。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか
 厚生労働省難治性疾患克服研究事業難治性膵疾患に関する調査研究班の全国調査では、2002年に医療機関を受診された慢性膵炎患者さんの数は45,200人で、慢性膵炎の患者さんは人口10万人あたり35.5人と推定されています。また、2002年1年間の慢性膵炎新規発症率は、人口10万人当たり14.4人と推定されています。慢性膵炎の患者さんは年々増加しています。

  図1

 図1.大量飲酒者数と人口10万人当たりの慢性膵炎患者数の推移。大量飲酒開始15〜20年後に慢性膵炎は発症します。

3. この病気はどのような人に多いのですか
 2002年の性別年間慢性膵炎受療患者数は人口10万当たり男54.0人、女17.6人(男女比3.1:1.0)で、男性に多く見られます。特に、大酒家に多く、男性断酒会会員では17.4%にアルコール性膵炎に罹ったことがあるとの調査結果があります。慢性膵炎は大量飲酒と喫煙などの悪い生活習慣を有する人に多く見られます(図1)。

 小児から高齢者まですべての年齢に発症しますが、男性では50歳代、女性では60歳代の年齢層に多く起こります。

  図2

 図2. 慢性膵炎患者957人の飲酒と喫煙習慣
 慢性膵炎患者の飲酒率は、日本人の平均飲酒率の3倍、喫煙率は、日本人の平均喫煙率の2倍と、悪い生活習慣を有している率が高い。

4. この病気の原因はわかっているのですか
 慢性膵炎の原因としては飲酒によるもの(アルコール性膵炎67.5%)や胆石によるもの(胆石性膵炎3.1%)などがあります。その他、稀な原因として膵損傷、高脂血症、副甲状腺機能亢進症などがあります。しかし、原因が分からない慢性膵炎(特発性膵炎20.6%)も多く存在します。

 男性ではアルコール性膵炎が最も多く76.6%を占めます。一方、女性では特発性慢性膵炎が最も多く50.3%を占めています。 胆石を持っている患者さんに対して腹腔鏡下で胆嚢摘除するなど、早期に処置がなされるようになった結果胆石性膵炎は近年減っています。

 慢性膵炎の原因として、飲酒だけではなく喫煙も関係していることが明らかにされています。タバコを吸うと慢性膵炎に罹りやすいと言われています。しかし、アルコール性膵炎の患者さんの8割は喫煙家です(図2)。

5. この病気は遺伝するのですか
 極稀ですが消化酵素の遺伝子異常により発症する膵炎があります。たんぱく質を分解する消化酵素(トリプシン)の遺伝子に異常があると、膵臓の中で活性化されたトリプシンがたんぱく分解酵素として長時間働き、膵臓自体を消化するようになり(自己消化)急性膵炎が発症します。このような急性膵炎が繰り返し発症すると慢性膵炎になります。男性女性関係なく、この遺伝子異常を持っているヒトが急性膵炎になりますが(常染色体性優性遺伝)、実際には、この遺伝子異常を持っているヒトの80%のみに膵炎が発症しています。

 日本には、エタノールに換算して1日150 ml以上飲酒する大酒家が227万人もいますが(http://ganjoho.ncc.go.jp/public/statistics/backnumber/odjrh3000000h332-att/data13.pdf)、アルコール性慢性膵炎患者は推計30,510人です(慢性膵炎患者45,200人の67.5%)から、大酒家の1.34%慢性膵炎を発病していることになります。所が、大量飲酒が確実である男性断酒会会員では17.4%にアルコール性膵炎の既往があります。何れにしても、アルコール性膵炎の発症には、アルコール以外に他の環境因子(酒の肴など)や体質(遺伝的素因)が関係していると考えられています。

6. この病気ではどのような症状がおきますか
 典型的な慢性膵炎の初期では、上腹部痛や腰背部痛などが主な症状で、その他、吐き気や嘔吐、腹部膨満感、腹部重圧感、全身倦怠感などがあります。慢性膵炎が進行し、膵組織が破壊されると腹痛は一般に軽減〜消失しますが、膵臓の働きが低下して、下痢、脂肪便、体重減少、口渇・多尿、糖尿病などの症状が出現します。

 稀に痛みのない患者さんもいますが、約80%の患者さんが腹痛を訴えます。特徴的なのは、痛みが食事の直ぐ後ではなく、数時間後(時には12〜24時間後)にあらわれることで、暴飲暴食、特に脂っこい料理やケーキなどの脂肪食やアルコール摂取が引き金になります。

いわゆる膵臓痛
 1. 上腹部に限局する
 2. 背部に放散しやすい
 3. 持続性である
 4. 鎮痛剤が効きにくい
 5. アルコール、脂肪摂取によって増悪しやすい
 6. 上を向いて寝ると痛みが強くなり、座ると軽減する

7. この病気にはどのような治療法がありますか
1) 強い腹痛発作の場合には急性膵炎と同じ治療を行います(急性膵炎の項を見て下さい)。

2) 軽度の腹痛や腹部不快感がある場合には以下のような治療を行います。
(1) 生活習慣の改善: 症状が出現する原因、あるいは誘因を除去することが重要です。すなわち、生活習慣の改善が必要です。禁酒の実現には、家族、社会の協力が必要となります。

治療の原則
 1. 禁酒・禁煙
 2. 脂っこい食事を控える(脂肪30〜40 g/日以下)
 3. 腹一杯食べない(腹6〜8分目とする)
 4. コーヒーを止める
 5. 香辛料・炭酸飲料などを制限する

 腹痛を繰り返す患者さんでは、食事摂取による疼痛誘発を避けるために1回の食事量を少なくし、1日に4〜5回摂取するようにします。また、ストレスも慢性膵炎に悪影響を及ぼしますので、心身の安静を守りストレス・不安の解消などに努めることも重要です。

(2) 一般保存的治療: 腹痛に対しては鎮痙薬、鎮痛薬を投与します。腹痛の程度が比較的軽度の場合には、消化酵素薬の大量投与や酵素阻害薬の経口投与などを行います。さらに、ビタミンCやEなどの抗酸化薬による膵炎発症予防が推奨されています。

  消化吸収障害(下痢、脂肪便)に対しては消化酵素薬と胃酸分泌抑制薬の投与を行います。慢性膵炎が原因で発症した糖尿病に対しては、一般にインスリン注射で血糖をコントロールします。

(3) 特殊治療: 一般保存治療でコントロールできない疼痛、膵管の狭窄や膵石のために腹痛が持続あるいは繰り返す症例や、膵嚢胞や膿瘍などの合併症を伴う場合には、膵管内へチューブを入れ膵液のうっ滞を取り除いたり(ドレナージ術)、膵臓を切除したり、膵臓へ行っている疼痛と関係する神経を切除するなどの処置を行います。膵石に対して体外衝撃波結石破砕療法(ESWL)による治療も行うこともあります。膵嚢胞や膿瘍に対しては手術やエコー下ドレナージなどが必要に応じて行われます。

8. この病気はどういう経過をたどるのですか
 慢性膵炎は膵臓の炎症を繰り返し起こしますので、一生つきあわなければならない病気ですが、治療をきちんと受けていけば死に至ることはありません。

 慢性膵炎患者さんを1994年から2002年までの8年間追跡調査したところ、アルコール性膵炎患者さんの予後は非アルコール性膵炎患者さんに比べて悪い傾向にありました。アルコール性膵炎では、一般的な治療に加えて、禁酒を守ことが予後の改善に重要です。

 慢性膵炎患者の標準化死亡比(一般集団との死亡の比率)は1.55と高く、死因別では、悪性新生物による標準化死亡比は2.02と一般集団よりも有意に高率で、特に膵癌は 7.84と著しく高くなっています(図3)。慢性膵炎の患者には、年率約4%の割合で糖尿病が発症します。さらに、膵癌をはじめ種々の悪性腫瘍を合併する頻度が高く、生命予後が悪い疾患です。

  図3

 図3. 慢性膵炎患者の追跡期間中の死亡について死因別の標準化死亡比を、1998年全国人口動態統計を基準に算出したものである。算出には人年法を用いた。
 男性では、死亡、悪性新生物、胆嚢・胆管癌、膵臓癌の死亡が一般人口より多い。女性では、胆嚢・胆管癌、膵臓癌の死亡が一般人口より多い。


情報提供者
研究班名 消化器系疾患調査研究班(難治性膵疾患)
情報見直し日 平成20年4月30日

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