難病(特定疾患)と生活保護・社会保障を考える【携帯/モバイル版】

この場を借りて、難病(特定疾患)と生活保護などの社会保障制度について考えてみたいと思います。

TSH受容体異常症/特定疾患情報

診断・治療指針

1. TSH受容体異常症とは
 TSHとは甲状腺刺激ホルモンの略で分子量約3万の蛋白です。これが下垂体から分泌され、甲状腺に達すると甲状腺細胞の膜にあるTSH受容体という蛋白に結合します。TSH受容体は今度は細胞の中にあるG−蛋白と呼ばれる蛋白に作用し、結果として細胞内の活性物質であるサイクリックAMPを増加させたり、燐脂質やカルシウムを動員して甲状腺ホルモンの分泌を促進したり、甲状腺細胞の増殖を増すなどの作用をします。このような役割をするTSH受容体に異常が生じた結果、甲状腺機能に低下や亢進が起こる場合、これをTSH受容体異常症と呼びます。従って単一の疾患を指すわけではありません。

 また関連ある病態として、バセドウ病はTSH受容体に対する自己抗体が産生され、この抗体がTSHになりすまして受容体に結合する結果、甲状腺が刺激されて起こる病気ですが、TSH受容体そのものが異常ではないので、TSH受容体異常症には含めないのが普通です。ただし、バセドウ病でみられる眼球突出症では、眼窩組織の線維芽細胞に正常では発現されていないはずのTSH受容体が発現していて、これが眼球突出の一つの原因になっているのではないかと考えられ、盛んに研究されています。

TSH受容体の遺伝子異常

 人間のもつすべての遺伝情報は、精子・卵子の遺伝子に書き込まれています。この遺伝子に変異がある場合、生殖細胞変異といいます。この場合は子供のどの細胞にも、一様に変異が受け継がれます。これに対して、受精後発育の途上である細胞の遺伝子が変異を起こす場合、体細胞性変異と呼びます。この場合には一部の細胞の遺伝子にしか変異が見あたりません。

 さて、子供は両親からの遺伝情報を受け継ぎます。精子、卵子のどちらか片方に異常があれば片方が正常であっても異常が発現する場合、優性遺伝といいます。また卵子・精子ともに変異を持っていて、子供の代に両方から変異を受け継いで初めて異常が発現される場合、劣性遺伝といいます。

 TSH受容体遺伝子は第22番染色体にあります。この遺伝子に変異が体細胞性変異として起こると、甲状腺組織の一部の細胞が異常なTSH受容体を持つようになります。すなわちTSH受容体がTSHと結合しなくても刺激を伝えるスウィッチオンの状態になることがあり、細胞の増殖とホルモン合成の亢進を起こす結果、甲状腺に結節(異常な塊)と組織の一部の機能亢進、場合によっては血液中の甲状腺ホルモン過剰による症状を表します。これが機能亢進性腺腫の原因の一部になることがあります(これのみが機能亢進性腺腫の原因でなく、前述したG-蛋白が異常な場合もあるし、まだ原因の分からないものも数多くあります)。

 生殖細胞でのTSH受容体に同様な変異が起こると、変異の部位と種類によっては甲状腺組織全体に一様に肥大を起こし、機能亢進を起こすことになります(優性遺伝)。TSH受容体の変異によっては、TSHが受容体に結合しても刺激を伝達できないスウィッチオフが起こることもあります。このような異常を起こす人は、母親にも、父親にもTSH受容体の遺伝子に変異があり、これが子供に伝えられた結果、両方の異常な遺伝子を受け継いだ子がTSH受容体の遺伝子に2種類の変異を持つことになり、その結果甲状腺機能低下が起こります(劣性遺伝)。

2. この病気にはどのような種類があり、どのような人に多いのですか
 最も多くみられるのは、機能亢進性腺腫と呼ばれるものの一部でTSH受容体の変異によるものが知られています。甲状腺組織が発生する途中で一部の細胞のTSH受容体遺伝子に変異が起こり、TSHが結合しなくても変異TSH受容体が刺激を細胞に送り続けることから甲状腺の一部のみが機能亢進になるもので、甲状腺に塊(結節)を触れますが、甲状腺ホルモン過剰による症状は軽いことが多いものです。頻度は人口1000人に一人くらいで女性に多く男女比は5−10:1くらいといわれています。50−60歳に多く発見されます。

 次にTSH受容体の遺伝子の変異が親から受け継がれたために、甲状腺全体がはれて、機能亢進になり、甲状腺ホルモンを多量に分泌する(スウィッチ・オンの変異)、バセドウ病とよく似ているけれど甲状腺組織に対する抗体が全く証明できない、「遺伝性・家族性甲状腺機能亢進症」があります。これは極めてまれなもので、1995年にフランスから2家系の報告があっただけで、日本ではまだ報告がありません。

 3番目はTSH受容体の遺伝子異常に基づく甲状腺機能低下症で、父親・母親ともにTSH受容体の遺伝子にある程度の異常があり、結果としてTSHが受容体に結合しても刺激が伝わらないことになります(スウィッチ・オフの変異)。親の世代では、二つある遺伝子の片方は正常であれば、症状はないか、あっても軽いのですが両方の遺伝子を受け継いだ子供に両方の遺伝子異常が重なって症状を出すものです(劣性遺伝)。家族性甲状腺機能低下症の形を示します。この疾患は日本からも数家系の報告があります。日本では甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎によるものが圧倒的に多く、その中では微々たるものといえます。

3. この病気の原因はわかっているのですか
 機能亢進性腺腫という病型では、甲状腺組織が発達する途中で一部の甲状腺細胞のTSH受容体遺伝子に変異が起こり、甲状腺細胞に細胞を増殖させる刺激とホルモンの分泌を亢進させる刺激とが伝えられっぱなしになるのが原因です。

「家族性・遺伝性甲状腺機能亢進症」では親またはその前の世代の生殖細胞のTSH受容体遺伝子に変異が起こり、これが子に伝えられて起こるもので優性遺伝(どちらかの親から変異のある遺伝子を受け取れば発症する)の形をとります。

「遺伝性・家族性甲状腺機能低下症」では両親の双方から異常のある遺伝子を受け継いだ場合にだけ異常が起こる劣性遺伝の形をとります。

4. この病気は遺伝するのですか
 以上述べたことから御理解いただけるように、機能亢進性腺腫は遺伝しません。
「家族性遺伝性甲状腺機能亢進症」は優性遺伝の形で、「家族性遺伝性甲状腺機能低下症」は劣性遺伝の形で遺伝します。

5. この病気ではどのような症状がおきますか
 機能亢進性腺腫では甲状腺の一部に結節を触れ、ごく軽いものから中等度くらいの甲状腺ホルモン過剰の症状を示します。
「家族性・遺伝性甲状腺機能亢進症」では甲状腺ホルモン過剰による症状を、「家族性・遺伝性甲状腺機能低下症ではホルモン欠乏による症状を示します。

6. この病気にはどのような治療法がありますか
 機能亢進性腺腫は手術で機能亢進している組織を摘出するか、このような組織は放射性ヨードを効率よく取り込むことを利用した放射性ヨードによる治療が行われます。
「家族性・遺伝性甲状腺機能低下症に対しては、合成された甲状腺ホルモンであるチロキシンナトリウムを服用する「甲状腺ホルモン補充療法」が行われます。

「家族性・遺伝性甲状腺機能亢進症」に対してはバセドウ病に対するのと同様に抗甲状腺剤・放射性ヨード・甲状腺摘除手術による治療が行われる可能性がありますが、これまでの報告が少ないので、どの治療が最も効果的がまだ判断できません。


情報提供者
研究班名 内分泌系疾患調査研究班(ホルモン受容機構異常)
情報見直し日 平成20年4月25日

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