あっと! ヴィーナス!!(51)
ポセイドーン編 partー3  そうこうするうちに、ポセイドーンが戻ってきた。  その表情は暗く、打ちひしがれている。 「どうやら、負けたみたいね」  愛ちゃんが弘美に囁く。 「そうだね」   「負けたよ」  と一言。 「アテーナーは、オリーブの木を出してきたよ」 「石油、燃える水は出したんだろ?」 「ああ、だが負けた」  うなだれているポセイドーン。 「明かりの燃料ならオリーブで十分だし、暖房用に燃える水を使いたくても設備が な……」 「ああ、ボイラーという燃焼専用のものが必要だからな」 「空飛ぶ機械や海に浮かぶ鉄の船も説明したのだが、皆一様に『なんのこと?』と ばかりに首を傾げるばかりじゃった」 「そりゃそうだろう。飛行機や蒸気船が発明されたのは、18世紀以降だからな。 古代ギリシャ・ローマ時代にはないものだ」  オリーブの木は、、古代ギリシャでは盛んに植樹されて、やがて地中海全域に広 まった。  食料としてだけでなく、明かり用の燃料、化粧品・薬品・石鹸の原料としても利 用される。 酸化されにくく、常温で固まりにくい性質のため重宝された。  スペインとイタリアだけで世界生産の半分以上を生産しており、食事の際にはた っぷりと使用されるのが常だ。  国際連合旗にもデザインされている通りに、食品油としては断トツの有名度である。 「そっかあ……オリーブは当時としては、万能食品だったんだろうな」 「石油は食べられないものね」  愛ちゃんが言う通り、古代ではまず生きるための食糧としての価値の方が大切だ ったのだろう。 「二番手アイテムとして、馬を出してみたんだが、やっぱりだめだったよ」 「済まなかったな。助けにならなくて」 「いや、気にするな」 「で、これから俺達をどうするつもりだ?ハーデースの元に返すのか?」  肝心かなめのことを質問する弘美。 「それはない!ハーデースは嫁を貰ったんだ。それで十分だろ」 「じゃあ、地上を返して返してくれるのか?」 「早いな。賭けに負けたので、別の頼みごとをしよう」 「まだあるのかよ」 「実はだな……賭けに負けてイライラしている時に、アテーナーの神殿でやっちま ったんだよ」 「やっちまった?」 「ああ、こいつとな」  とメデューサを見つめる。  頬を赤らめるメデューサ。 「まさか……?」 「ああ、そのまさかさ」 「それで、どうしろと?」 「神殿での情事を誰かに見られたらしいのだ。おそらく儂を憎んでいるデメーテル が密告したんだと思う」 「デメーテル?」 「ああ、儂は気に入ってな、日頃から口説いていたのだが、雌馬に化けて逃げ回っ ていたのじゃが、この儂も牡馬に化けて近づいて、やっちまったんだ」 「やっちまった、って言葉が好きだな」 「以来儂を憎んで居る」 「そりゃ、誰だって憎むだろ」 「さて、ここからが本題だ。アテーナーはゼウスの娘だ。そして君は、ゼウスのお 気に入りだ」 「つまり俺に、ゼウスに取り入って仲裁を頼んでくれというのか?」 「そうだ!」 「断ったら?」 「永遠にここからは出られないだろうな。何せ海の底だ、人間が脱出できるところ じゃない」 「アクアラングがあれば?」 「タンクの中の空気はもうないだろ。それに水圧には耐えられない。あの亀はシェ ルターの効果を持っておったのだ」 「あの亀が?」 「さてどうする? お主はともかく、そこの娘も永遠に出られないのだぞ」  愛ちゃんを見つめる弘美。  自分のせいで巻き込まれただけなのに……。  彼女だけは助けたい。 「分かった。協力しよう」 「そうか、頼むぞ。ただし、そこの娘は人質として預かっておく」 「それはないだろう?」 「仲裁に成功しようが失敗しようがいいんだ。君がゼウスに交渉してくれれば、こ の娘を解放しよう」 「本当だな?」 「インディアン嘘つかない」  またそれかよ。  という言葉を飲み込む弘美。  機嫌をそこねたら、元も子もなくなるかもしれない。 「分かった。ゼウスに会って交渉してやるよ」  ゼウスが無理難題を言ってくるのは明白であろう。  弘美にとっては屈辱的な結果となるかもしれない。  だが、愛ちゃんを解放するには、自分が犠牲になるしかないのだ。
     
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