あっと! ヴィーナス!!(44)
ハーデース編 part−9 「儂が愛君を誘拐し、弘美君を呼び寄せたのには訳がある」  ハーデースが切り出した。 「訳だと?アポローンのゼウスに対する復讐じゃないのか?」 「アポローンの復讐は、君がここへやってきたことで、すでに成し遂げておる」 「成し遂げた!?どういうことだ?」 「実を言うと、愛君が食べたものには、冥界の果実ザクロが含まれていたのだ」 「どういう意味だ?」 「ザクロを食べたものは、地上には戻れない」 「ヴィーナス!本当なのか?」 「ああ、一応そういうことになっておるな」 「馬鹿な!ちゃんとした人間の食べ物と言ったじゃないか!?」 「ザクロは人間界にあるものと全く同じだ。だから人間の食事と言ったのだ。ただ、 冥界で食べたことが問題なのだ」 「結局騙したのと同じだろう!?インディアン嘘つかないって、嘘だったのか?エ ピメニデスのパラドックスじゃないか」 「パラドックス?ああ、確か『クレタ人はいつも嘘つき……云々』というやつか。 自己言及のパラドックスだな。が、嘘つかないという場合は違うだろ?」 「そうなのか?ええい!どっちでもいいわい!!」 「まあまあ、落ち着きたまえ」  ハーデースが場を取り持つように発言した。 「そうだな。君たちが儂に協力してくれるというなら、地上に返すこと考えてもよ いぞ」 「協力?」 「儂がペルセポネーに惚れているのは知っておろう」 「ペルセポネー?」 「ゼウスとデーメーテールの娘よ」 「と言われても分らんぞ」 「分からないなら、黙っているのね」 「だが、ペルセポネーは処女神であることを宣言して、儂のことなど眼中にないの だよ」 「でしょうね。まずは、地の底へ来ようと思う神はいないわね」 「そこで、ペルセポネーが儂の方に振り向くように策を労じて欲しいのだ」 「まさか、ゼウスの娘を篭絡することで、天地海分けジャンケンの時の復讐をする つもり?」 「ちがう!ちがう!!儂は本気でペルセポネーに惚れておるのじゃ」 「本当かしら?」  一同疑いの目。 「頼む!協力してくれはしまいか?」 「つまり俺らに、恋のキューピッドになれということか?」 「有体(ありてい)に言えばその通りだ」 「具体的にどうすれば良いのだ」 「ここは一番愛と美の女神に手助けをしてもらおう。そのために、愛君と弘美君を 餌にしたのだ」 「え?わたしですか?」  ヴィーナスが意外という表情をしている。 「ヴィーナスの手下にエロースがいるだろう?」 「ああ、アポローンの目の前でダプネーに鉛の矢を討って、アポローンをダプネー に恋慕させるようにした悪戯(いたずら)少年ですね」 「ああ、思い出したぞ。ダプネーはアポローンから逃げ回って、結局追い詰められ て月桂樹にしてもらった、という奴だな。おい、アポローン。そうだろ?」 「あ、ああ……」  苦虫を潰したような表情になるアポローンだった。  アポローンは女漁りが日常の女好き。  それがエロースの罠とはいえ、真剣にダプネーに惚れて追い回したのだから。 「ともかく、エロースを呼んでくれないか?」 「いいけど……」  というわけで、エロースが召喚された。 「なんで僕が協力しなくちゃいけないの?」  突然冥府に呼び出されて、協力を打診されたエロースは不貞腐(ふてくさ)れて いる。 「だいたい僕を嘲(あざ)笑ったアポローンの手助けもすることになるんだろ?い やだね!」  エロースは、その弓と矢で男女の恋心を弄(もてあそ)んで楽しんでいたのだが、 アポローンに叱責された恨みがある。  その復讐で、アポローンを弓で射って操ったのだが……。 「そこをなんとか……」  ハーデースが懇願する。
     
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