あっと! ヴィーナス!!
第一章 part-1 「うわー!」  ベットで飛び起きる弘美。汗びっしょりである。  回りを見回している。  自分の部屋にいるのを確認して安堵している。 「ゆ、夢か……。まったく変な夢を見ちまったよ。この俺を女に変えるなんてね」  まだ外は暗いので、そのまま再びベットにもぐり込む弘美。  夜が明けて窓辺から差し込む光。  まどろんでいる弘美。  と、突然。 「こらー! 起きろ。いつまで寝てるんだよ」  弘美を起こしているのは、一つ上の兄の武司だ。  弘美は五人兄弟の末っ子だった。 「もう少し……」 「起きろ!」  弘美の布団を引き剥す武司。  そして、弘美の寝姿に驚く。 「な、なんだー!」  そこには、半裸に近い姿の、しかも豊かな胸、ほっそりくびれた胴体、正しく 若々しい女の子の姿をした弘美が横たわっていたのである。 「お、お、お、おまえ……」  驚きのあまりに、言葉を失っている武司。 「う……ん。なんだよ」  目を擦りながらも、自分の身体の異変にまだ気づいていない弘美。 「か、母さん! 母さん!」  叫びながら部屋を飛び出す武司。  どたどたどたどたー!  大きな音が響いてくる。  どうやら階段から足を踏み外して転げ落ちたようだ。 「なんだよ……。何を驚いて……」  とベッドから縁に腰掛けるようにして起き上がるが、顔の前にふわりと長い髪が 被さってくる。 「ん……え?」  はじめて自分の異変に気がつく弘美。自分はこんな長い髪をしていない。  髪だけではない、その胸元には昨日まではなかった二つの膨らみがあったのだ。 「なんだよ! これは?」  そっと触ってみる。  しっかりとした弾力があって、感触がちゃんとあるところをみても、本物の乳房 以外の何物でもなかった。 「ま、まさか……?」  あわてて股間に手を当ててみる。 「な、ない……」  あるはずのものがなくなって、ないはずのものがある。  これってつまり……。  女の子になっちゃったー!  どこからどう見ても女の子だよ。  なんでこうなっちゃったの?  きのう何か変なもの食べ覚えもないし。  あーん。いくら考えても判らないよお。  部屋の外から、どたどたと昇ってくる多数の足音が聞こえてきた。 「や、やばいよ!」  この姿を見られた武司から事情を聞いて家族が確認にきたようだ。  この姿を見られるわけにはいかなかった。  弘美の部屋には鍵が付いていないし外開きだから、ドアから侵入してくる者を防 ぐ手だてがない。  あわてて布団に潜り込む弘美。 「弘美、入るわよ」  母の声がしたかと思うと、ぞろぞろと家族が入ってきた。 「ほんとに女の子がいたのか?」 「いたさ。それも弘美にそっくりな女の子。最初は、弘美が女の子を連れ込んだか と思ったけど……。間違いなくなく弘美だよ」 「弘美が女の子になったというわけね」 「そうだよ。この目に間違いはない。視力は、1.5」  ベッドを囲むようにして家族が話し合っている。 「弘美、隠れてないで顔を見せなさい」 「……」  見せられるはずがなかった。しかし完全に逃げ場はなかった。  かといって出られない。  ううーん。どうしたらいいんだよ。 「俺が布団を引っぱがしてやる」  次兄の慎二兄さんの声だ。  だ、だめー!  剥がされないように裏側からしっかりと布団を抱き寄せる弘美。 「待って!」 「なんだよ」 「あなた達は、ちょっと外へ出ていなさい」 「ええ? 何でだよう」 「もし武司の言ってることが本当なら、弘美は恥じらい多き年頃の女の子というこ とじゃない。兄弟とはいえ、異性の前に姿を見せられて?」  おお、さすが母親だけあるよ。女の子の心理を知り尽くしている。  って、そうじゃないだろう。 「おい。おまえら、母さんの言う通りだ。出るぞ」  言い出したのは長兄の信一郎兄さんだ。 「ちぇっ、しょうがねえな」  三兄の雄三兄さん。  と、ぞろぞろ部屋を出ていく足音。  やがて扉を閉める音。  そして静かになった。 「さあ弘美、顔をお見せなさい。お兄さん達はもういないわ」  やさしく諭す母。 「もし武司の言うとおり、弘美が女の子になったとして、お母さんにだけは、姿を 見せられるわね」  それでもじっと布団の中で固まっている弘美。強制的に掛け布団を剥がされる気 配はなかった。あくまで本人の意思で姿を見せるのを待つつもりのようだ。  いつまでも姿を出さないので、静かに語りはじめる母。 「ねえ、弘美。以前からお母さんが、女の子が欲しがっていたのは知っているわよ ね。産まれてくる子はみな男の子。これが最後と割り切って産んだ五人目のあなた も結局男の子だった。悔しくて、あなたに弘美って女の子みたいな名前をつけちゃ った。覚えていないだろうけど、ちっちゃい頃はあなたに女の子の服を着せて慰ん でいたわ。ほら、そんな写真があったのを覚えているでしょ」  そう確かに、弘美の記憶には家族のアルバムに、可愛いちっちゃな女の子の写真 があったのを思い出した。そのアルバムを見て自分自身の幼少の写真がなくて、知 らない女の子の写真があるのを不思議に思ったものだった。母は、その頃の弘美が 写真嫌いでカメラを向けても逃げ回っていて、その女の子は弘美の幼馴染みの一人 たとか言っていたけど、そうかあの女の子が……。今更にして納得する弘美だった。 ちなみに幼馴染みには双葉愛という女の子がいる。 「だから、ねえ弘美。もしあなたが本当に女の子になったというのなら、お母さん はこんなに嬉しいことはないわ。だってこれからは女同士の話しができるんですも のね。今流行のファッションの話しをしたり、ショッピングにも一緒に行けるのよ ね。今までは自分以外は、みんな男性でしょ。お父さんと五人の息子達、合わせて 六人の男性の中でたった一人自分だけが女性。こんな寂しいことはないわよ。でも 今日からは違うわよね? 弘美が女の子だったらね」  弘美を産み育てた心境やアルバムの事を持ち出して、とくとくと説得を続ける母。  このまま隠れているわけにもいかなかった。  自分を産んでくれた母、弘美が女の子になったことを心底喜んでいることが、そ の口調からはっきりと感じ取られていた。  もっそりと布団から顔を現わす弘美。 「あら、髪が伸びたのね。いいわよ、今の弘美には似合っているわよ。さあ、全身 を見せてくれるわよね」  あくまで弘美の自意識に委ねる母。  布団を捲くって、その全身をあらわにする弘美。  一糸纏わぬ女の子の裸体がそこにあった。 「まあ……素敵!」  瞳を爛々と輝かせて、歓喜しながら、 「弘美なのよね……?」  一応念押しの確認している母。 「そ、そうだよ。俺、弘美だよ」 「そう……ほんとに、女の子になったんだね」  言うが早いか、力強く抱きしめられた。 「うれしい……弘美、ありがとう」  うれしいと感謝感激されても困るんだけど……と、思っていても口に出せる心境 ではなかった。  母は涙を流し、身体を震わせながら弘美を抱きしめ続けていた。 「お母さん、苦しいよ。そんなに強く……」 「我慢してらっしゃい。母娘のスキンシップは大切なの!」
     
11