特務捜査官レディー (響子そして/サイドストーリー)
(三十一)レディスホテル  某レディスホテルの表玄関を見渡すことのできる、道路を隔てた側にあるビルの谷 間の路地にバンが停車している。その運転席と助手席には双眼鏡を構えてホテルのほ うを監視している怪しい人物がいる。  その一人が振り向いて、後ろの座席に待機している真樹に語りかける。 「大丈夫か? 真樹ちゃんにとっては、今日が初仕事だからね。震えていない?」 「大丈夫です。ご心配なく」  平然として答える真樹だった。 「銃はちゃんと持ってきてるよね。弾は入ってる?」  こと細やかに真樹の心配をする同僚達であった。  確かに麻薬取締官としては初仕事ではあるが、警察官としての経験なら豊富にある。  銃の取り扱いにも慣れている。もっともその時のはザウエルのP220だったが。 「ちゃんと持ってますし、弾も入ってます」 「それなら、大丈夫だね」 「相手が銃を持っていて、撃ってくるようだったら、迷わずに撃つんだよ」 「判りました」 「それから、これを君に渡しておく」  と、SONY製のPalm OS-5 200MHz ネットワーク手帳「PEG-NX80V」を手渡された。  無線LANと130万画素のカメラ及び手書き認識ソフトなどを搭載した通信機器である。 「こちらとの連絡は、このネットワーク手帳を使用する。無線LANで、メールで逐次 情報をやりとりできる。レディスホテルを利用する女性には、いわゆるキャリアガー ルと呼ばれるビジネスライクな人間が多い。このようなデジタル手帳を持っていても 不思議ではないから、怪しまれる危険性は低いと思う。常にオンラインにしておいて、 何かあれば書き込んで送信してくれればいんだ。カメラも搭載してあるから、これで 奴の写真が撮れれば万全だ」 「連絡なら携帯電話のメールでも十分なんじゃないですか? 写真だって撮れます よ」 「いやね。携帯電話だと、やたら迷惑メールがくるだろう?」 「それは仕方がないですよね。ドメイン指定とかして防いでますけど」 「業務用で使用するとなると困ることが多いそうだ。それで、今度からこいつで連絡 を取り合うことになったらしい。というか……これを扱ってる業者のテストモニター で無料で手に入れたらしい。業者としてもこのモニターから、気に入ってもらえれば、 ゆくゆくは官庁への指定業者となれるかも知れないだろう?」 「へえ……無料のモニターですか。モニター期間が終わったら、ただで貰えるんでし ょ?」 「ああ、まあ……そういうことになっているらしい」 「じゃあじゃあ、あの……これ、貰えるんですか? あたしに……」  非常に多機能の最新機器である。  個人として、是非とも欲しくなったのである。 「いや……。一応、この件の連絡用にと備品として手に入れたんだ。あげるわけには ……」 「ねえ、そう言わないで。何とかできませんか?」  精一杯の甘えた声を出してねだる真樹だった。  可愛い女の子にせがまれたら、男の意思もぐらつく。 「そう言われてもなあ……」  と主任取締官は、同僚達と顔を見合わせている。 「今回の件で奴を見事逮捕して、無事解決したらご褒美にあげてもいいんじゃないで すか?」 「そうそう。課長に上申してはいかがでしょうか?」 「おまえら、気楽に言うが……」 「大丈夫だ。主任も課長もやさしいから」 「そうそう! あげるというのではなくても、拳銃みたく支給貸与という名目にすれ ばいいんですから。それなら問題ないでしょう?」 「そりゃそうだが……」  というわけで、どうやら自分のものになりそうな雰囲気になって喜ぶ真樹だった。  ここは一押ししておく方がいい。 「ありがとうございます」  精一杯の笑顔を作り、出来る限り可愛い声で感謝の意を表す。 「まったく……しようがない奴らだ。みんな真樹ちゃんに甘いんだからな」 「そういう主任こそ甘いですよ」 「言うな!」
ネットワーク手帳などの機器は執筆当時のものです。 今では、スマートフォンのアプリがあって、さらに高性能となってますね。
     
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