性転換薬 XX(ダブルエックス)

(一)性同一性障碍者  社長室で、英二と由香里を加えて二人の結婚式の日取りについて話し合っていると、 「社長、出来ましたよ!」  と叫びながら社長室に飛び込んで来た女性がいる。  一見医者のような白いユニフォームを着込んでいる。  手には液体の入った瓶を持っている。 「何だどうした? 何ができたんだ?」 「性転換薬ですよ。社長がご命令なされた薬が完成しました」 「それは、本当か?」 「はい。動物実験でチンパンジーのレベルまで、効果が実証されています。次は、人 体への臨床実験に移行します。それでご報告に参った次第です」 「そうか……とうとう臨験までこぎつけたのか。よくやった」 「しかし、困っているんです」 「困る?」 「臨験を実施する相手がいないんです」 「そうだろうなあ……。癌の特効薬とかいうのなら、いくらでも臨験を願い出る末期 患者がいるのだが……。性転換となると……」  ちらりと、先程から興味津々の表情で、聞き入っていた二人を見やった。  それに気づいて由香里が即座に答えた 「あ、あたしはだめですよ。臨床実験なんていやです。生殖器は完全な女性で卵巣も あって、子供も産めると先生もおっしゃってましたけど、生殖器以外は男性の遺伝子 を持っているんですからね。どんな効果が現れるか判らないじゃないですか。それに 英二さんと結婚するんですからだめ!」 「ああ、俺もだめだよ」  研究員の方を見やると、彼女も、とんでもない! という表情で首を横に振ってい る。  だろうなあ、彼女も由香里と同じで、性別再判定手術を受けている。私が施術した 記念すべき第一号患者なのだから。  当時、社内健康診断を実施した時、もちろん医者である私自らが検診したのだが、 男なのに胸が膨らんだ女っぽい研究員がいた。一目で性同一性障害者とわかる、 「女性ホルモンを飲んでいるね」  問診で聞いてみると、 「はい」  素直に答えた。 「いつから?」 「三年前からです」 「ふーん。まあ、そんな感じだな。サイズはどれくらいかな、85くらいみたいだが」 「70のCカップです。87です」 「血中ホルモン濃度や血液凝固とかの検査はちゃんと受けているのか?」 「いいえ」 「じゃあ、ホルモン剤も、自分勝手な判断で飲んでいるんだな。インターネットで個 人輸入して手に入れているな」 「そうです」 「いかんなあ……。ホルモン剤は処方箋薬だ。素人判断で勝手に扱えるようなものじ ゃないんだぞ」 「すみません」 「血栓症になる確率は高いし、乳癌にだってなる。女性ホルモンは乳癌を促進するん だ。それくらいは、知っているだろう?」 「知っています」 「とにかくこれは命令だ。病院を紹介するから、毎月検診を受けろ。いいな」 「はい。わかりました」  会社の健康診断は半年に一度だ。身体を改造してしまうホルモン剤を投与している なら、期間が長すぎる。 「健康保健を持って行くのを忘れるなよ」 「健康保健がきくのですか?」 「あたりまえだ。社員の健康を守るのは会社の義務だ。そのための健康保健なのだか らな」  実際にも、性同一性障害というものが認知されて、女性ホルモンを処方してくれる 病院は結構増えてきている。しかし健康保健が適用されるかどうかは、医者の判断に 委ねられている。保健がきくところもあれば、だめなところもある。  私の父親が経営している産婦人科は、内科を併設してある関係から、女性ホルモン を求める患者がひっきりなしに訪れる。父親も理解があるので、問診などで性同一性 障害者と診断されれば、保険治療として女性ホルモンを処方してやっている。もちろ ん私が担当した時もだ。ただし、ただの興味本意ならお断りする。
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