女性化短編小説集/ある日突然に III

(三)哀れと思う 「実は、もう一体あるんですよ」  組織員が、手際良く遺体を片付けながら言った。 「もう一体?」 「はい」  再び遺体が運ばれて来る。 「なに! この娘は妊娠しているじゃないか」  私は産婦人科医だ。女性の身体の事は知り尽くしている。その腹部の状態と触診で すぐに判った。 「はあ……。何でも、強姦されたあげくの妊娠で、それを悲観しての睡眠薬自殺だそ うです」  人工心肺装置のおかげで、体細胞はまだ生きており温もりもある。いわゆる脳死状 態というところだ。  しかし無表情のまま生気はない。  年の頃十五・六歳くらい。まだ高校生なのだろう。 「なんてことだ……。まだこんなに若くて美しい娘なのに……」  素敵な恋をして結婚して、愛する人の子供を産んで共に育てながら、長い人生を歩 いていくはずなのに……。  人生はこれからじゃないか!  幼さの残る顔立ち、人を信じて疑わない純朴な性格が伺われる。  一体何があって強姦されることになったのか?  しかし遺体は、黙して語らない。  プリベンなど事後避妊剤というものがある。強姦など不本意な性交為を受けた場合 などに、七十二時間以内に最初の二錠を飲み、続いて十二時間後に残りの二錠を飲め ば、九十九パーセントの避妊効果があるというものである。しかし日本では承認され ておらず、輸入するしかないが、事が発生してからでは間に合わない。ましてや強姦 されることを予期して準備している女性がいるはずもない。  日本では性に関することは常にタブー視されており、ピルにしても先進国で唯一承 認されていない国家なのだ。性に関しては後進国日本。  強姦などの性犯罪に対応する為に、事後避妊剤を常備薬として、すべての警察や病 院に置いて欲しいものだ。もちろん事情調査や事実関係……などとやたら調書ばかり 取っていないで、無条件で即投薬できるようにしてもらいたい。そうすれば泣いて苦 しむ女性達を一人でも多く助ける事ができるのだが……。  許さない!  私の胸に憎悪の念が湧きあがってくる。 「君、悪いがこの娘は私に預からせてくれないか」 「そんな事……組織が許しませんよ」 「ああ、確かにそうだ。しかし、脳移植を行う実験体として、この娘を利用する。そ れなら許可されるはずだ」 「脳移植ですか?」 「そうだ。生きた別の人間の脳組織を移植して蘇生させる人体実験をやりたいのだ」  脳移植が実現できれば組織の利益になる。例えば国家元首の脳を組織の一員と入れ 替えれば、その国家を自由に操れるようになるというわけだ。 「生きた脳をどうやって手に入れるつもりですか?」 「それはこちらで都合つけるつもりだ」 「わかりました。組織にはそう伝えておきます。取り敢えず先の検体の分だけ頂いて 帰ります」  そういうと組織員は臓器と検体を引き揚げていった。  改めて娘の遺体を見る。  解剖するには偲びなかった。  この目の前に横たわる娘の死に顔を見つめていると、何故か仇を討たないではいら れなかった。強姦者は世間にいくらでもいる。なのにたった一人の犯人に固執するの かと笑われそうだが、このままでは、この娘の魂は浮かばれずに、永遠に漆黒の闇を さまよい続けるだろう。  娘の魂を救いたいと思った。  とはいっても産婦人科の自分一人では、脳移植手術はとても無理だ。脳神経外科の スペシャリストを呼ぶ必要がある。  組織に属する医師と連絡を取り、脳神経外科医を集めることにする。  脳移植による蘇生手術という人体実験をやるといえば、興味ある医師なら数多く集 まるはずだ。  倫理学に縛られている表の世界では不可能なことでも、裏の世界ならいくらでもで きる。倫理さえなければと二の足を踏んでいた医者も、存分に腕を振るう事ができる。 仮に失敗しても臓器移植に廻してしまえばいいのだから気は楽だ。  さて、手術スタッフは揃った。  後は脳を供給してくれる人物だが、すでに決めている。  もちろん娘に手を掛けた相手の男だ。  罪滅ぼしに娘の蘇生の献体になってもらう。  基本的に脳神経細胞には免疫反応は起きない。脳から分化した眼球の角膜が誰にで も移植できるのもそのためである。  よって移植には何の支障は起きないはずである。  強姦するような奴なら、何らかの犯罪歴があるはずだ。  裏の組織には、警察でさえ知り得ていない犯罪者達のデータがある。  まずはそこから調べていくとしよう。  早速裏組織のデータバンクにアクセスして、犯罪データを調べに掛かる。  犯罪者の中から、被害者に関わっている男を探り当てる。  柿崎直人、二十六歳。 「なるほど……。これまでにも強姦などの性犯罪歴がかなりあるな。しかし検挙には 至っていない……。強姦が親告罪で、現行犯逮捕するか、被害者が告訴しない限りは、 検挙できないというわけか……。相手は若くてきれいな女性ばかり。おそらく何らか の策を巡らして、女性が告訴できない状況にしているのだろう」  主な手口は、繁華街をうろつく中・高校生を言葉巧みにドライブに誘い、人気のな い場所に連れ込んで犯す。被害者は多分この手口に引っ掛かってしまったようだ。  もう一つは、スナックバーなどで睡眠薬入りの酒を飲ませてホテルに連れ込む。 「娘達に協力してもらうか……」
 前ページ・  メニューへ・  次ページ
11