第五章
Ⅲ ネルソン提督の最期  宇宙空間をアムレス号が進んで行く。  じっとスクリーンを見つめているアレックス。  イレーヌが側に寄ってくる。 「アレックス……」 「ん? 何だい?」 「変わったわね」 「何が?」 「あなたよ。まるで別人みたいよ。昔のアレックスとは違うみたい」 「そうかな……。僕は変わってないつもりだけど」 「見違えるほど立派になったわ。ここ二三日のうちによ」 「やっぱり戦争のせいかな……」 「アレックス……」  バンゲル星区、トラピスト星系連合王国軍は、前面に太陽系連合王国軍が進路 を塞ぎ、後方からはバーナード星系連邦軍が追い打ちを掛けてくる。  まさしく前門の虎後門の狼状態である。  ただでさえ正面突破の際に、戦艦の半数を失い残った艦も満身創痍状態である。 とても正面の敵艦と戦える状態ではなかった。  さらに敵艦の後方には、空母エンタープライズを中心とした編隊が展開して、 艦載機を射出させていた。  ヴィクトリアの艦内で忙しく動き回る乗員達。 「提督、まもなく前方艦隊との戦闘宙域に入ります」 「敵空母から艦載機が発進したもようです。高速で接近中!」 「全艦に指令、第一戦闘配備。マルチ隊形で突撃せよ」 「はっ!」 「行くぞ、アンドレ」 「はい。ヴィクトリア突撃します。高射砲・対空機関砲は敵戦闘機を、主砲は敵 艦を狙え! 三十秒後に一斉掃射だ」  迫りくる艦隊・戦闘機。  それらに照準を合わせて動く各砲塔・銃座。 「撃て!」  一斉射撃され火を噴く各砲台。  次々と撃墜される戦闘機と敵艦。  壮絶なる決戦が繰り広げられている。  敵も味方も次々と戦力を失ってゆく。  しかし空母七隻を有し、戦闘機による攻撃を続ける太陽系連合王国軍の方が格 段に優れている。  次々と艦船を失っていくトリスタニア連合王国軍。  ヴィクトリアもかなりの損傷を受けている。 「戦艦グレート・ハリー撃沈されました」 「巡洋艦グラスゴー大破!」 「我が艦隊の有効戦力はどれくらい残っていますか?」 「はっ。有効戦力はヴィクトリアとオリオン号以下、巡洋艦七隻、駆逐艦四隻で す」 「たったそれだけか……敵の戦力は? エンタープライズはどうなっているか」 「敵勢力は三割ほど削り取りましたが、空母エンタープライズ以下の主力艦は健 在です」 「圧倒的というわけか……」  前方を塞がれたことによって進行速度が落ちて、引き離したはずの後方のバー ナード星系連邦軍が追い付いてきた。    その頃奮戦するオリオン号の艦橋では、ドルトンが必死の応戦をしていた。 「第七ブロック被弾!」 「ええい。弾幕が足りんぞ! 撃って撃って撃ちまくれ」 「機関室がやられました。出力70%低下、ビーム砲・主砲共に使用不能です」 「畜生! 撃てないなら弾除けになる。ヴィクトリアの側に着けろ!」  ヴィクトリア艦橋。 「駆逐艦リバプール撃沈」 「我が方の艦隊は何隻残っているか?」 「我が艦とオリオン号だけです」 「艦長! 機関室に火災発生」 「大至急消火に当たらせろ」 「駄目です。人員が不足し、かつ火の勢いが強くて……」  その瞬間、爆風で吹き飛ぶ乗員。 「フレンダー!」  機関室では、勢いよく燃え広がる火災の消火に当たっており、戦闘行為に着け る人員がいなかった。  そこへ消火器を持ってあたふたと入ってくる乗員。  機関長が怒鳴りたてる。 「何をしてたんだ!」 「そんな事言ったって、我々は恒久応急班じゃありません」 「生活班炊事課所属ですよ」 「手が足りないからって借り出されたのです」 「どうでもいい。つべこべ言う暇があったら早く火を消せ!」 「分かってますよ」  このままでは自分たちの命もないので、とにかく消火を始める乗員だった。  通路に倒れている人々。  その人々を避けながら駆けてゆく乗員。 「副長!」 「君は技術部の……」 「はい。緊急事態発生です」  艦橋。 「まだ通信回路は直らないのか?」 「は、はい。回線がズタズタに破断されていて」 「このままでは何もできないじゃないか」  副長が駆け込んでくる。 「艦長、大変です」 「どうした?」 「空気清浄装置が破壊されました。修理不能です」 「何だって?」 「空気清浄機が働かなければ、有毒ガスの除去が出来なくて、艦内に充満したガ スで全員死んでしまうぞ」 「それで、後どれくらい持つのか?」 「はい。このままでは三十分持つかどうか」 「そうか……」 「艦長。このままでは我々全員窒息死してしまいます。すでに後部機関室付近で は、シアン化ガスが発生して倒れる者が続出しています」 「提督……」  宇宙空間で完全に沈黙してしまったヴィクトリア。  それを盾になって擁護するオリオン号。  艦橋。 「これまでだな……」 「提督……」  涙を流している乗員達。  ネルソンの周りを囲んでいる。 「オリオンは無事か?」 「はい。まだ何とか持ちこたえています」 「うむ……アンドレ!」 「白旗信号を打ち上げろ! 総員に退艦命令を出せ!」 「提督、降伏するのですか?」 「そうだ、アンドレ。何をしている、早く退艦命令を出せ! 全員を窒息死させ るつもりか!」 「は、はい。総員に退艦命令を出します」 「よし、副長。投降信号を打ち上げろ!」 「分かりました」  ノーザンプトン号艦橋。  ヴィクトリアから上げられた発光信号を確認した副長。 「発光信号です。あれは、投降信号。司令、ヴィクトリア号が降伏しました」 「よし。全艦に戦闘中止命令を出せ」 「はい。全艦に指令、第一戦闘配備解除。警戒態勢で、次の指令を待て!」 「ヴィクトリアから救命艇が発進しています。船を放棄するようです」  正面スクリーンには、ヴィクトリアから次々と救命艇が発進して、オリオンと の間を往復していた。 「機関部かどこかが故障して航行不能になったのでしょう」 「あの程度の巡洋艦では、ヴィクトリアの乗員を全員収容できないだろう」 「空母サラトガに、残りの乗員を収容させましょうか?」 「そうだな。サラトガと数隻の護衛艦を残して、全艦トラピストへ向かう」 「はっ!」  敬礼して、全艦に指令を伝える副長。  全艦隊発進するゴーランド艦隊。  オリオン号艦橋のドルトンは、ゴーランドの進撃開始の様子をただ見つめてい るしかなかった。  ヴィクトリア艦橋。  じっとスクリーンを見つめるネルソン提督。  副長がアンドレに話しかける。 「総員退艦完了しました。ゴーランド艦隊からも救援が届いています。艦長達も 早く!」 「ちょっと待ってくれ」  アンドレ、ネルソンに歩み寄る。  ネルソン、スクリーンを見つめながら、 「私はいい。君こそ早く退艦したまえ」 「提督……いやです。提督が残るなら、自分も残ります」 「君は艦長だ。将兵達の指揮を執らねばならんだろう」 「艦長だからこそ、艦と運命を共にします」 「馬鹿な、時代遅れだ」 「しかし提督……」 「これは命令だ。第一、君には待っている女性がいるだろう。彼女を悲しませる つもりなのか?」  アンドレ、はたと気が付く。  アンドレの空想の中。  青空の下、美しく咲き誇る花の園。  エミリア、髪をなびかせ微笑みながら走っている。  後方からアンドレが追いかけている。 「ほら、捕まえたぞ!」  エミリアの手を掴むアンドレ。 「アンドレ!」  勢いで花園に倒れ込んでしまう二人。 「あはは!」  軽やかに笑う二人。  ヴィクトリア艦橋。  我に返るアンドレ。 「君は、その女性を悲しませるつもりか?」 「艦長、早くしてください。時間が……」 「も、もう少し待ってくれ」 「しかし……」 「提督もご一緒に」 「何をしている。命令だと言ったはずだ。退艦しろ」 「艦長早く!」  艦橋に爆風が吹き荒れる。  副長、アンドレを引き連れて行こうとする。 「提督……」  アンドレ、心痛な思いで、敬礼して艦橋を離れる。  提督も静に敬礼を返してきた。  ヴィクトリアから、ゆっくりと最後の救命艇が発進する。  救命艇の中から、ヴィクトリアを見つめるアンドレ。 「ネルソン提督……」  ヴィクトリア漂流している。  やがて、遠く離れた場所で閃光が走る。
     
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