第一章
V トラピスト星系連合王国  地球から、「みずがめ座」の方向およそ四十光年先に、「TRAPPIST-1(トラピ スト1)」と呼ばれる恒星がある。  直径が太陽の約十一パーセント、質量が太陽の約八パーセント、表面温度が摂 氏約二千三百度と小さな赤色矮星ではあるが、地球型の七つの岩石惑星が周回し ている。その公転軌道は、最内側の惑星で約一日半、最外側の惑星でも約十八日 である。太陽系の水星軌道の内側に入っていることになる。惑星同士の距離が近 いために、互いに重力干渉を受けて、ラプラス軌道共鳴に近い軌道を回っている。  第四惑星から第六惑星は、惑星表面に液体の水が存在できるハビタブルゾーン に位置しているが、恒星に近すぎるために潮汐ロックを受けて、惑星の半球ずつ が常に昼か夜の世界となっていた。  また潮汐加熱によって、惑星内部に摩擦熱が発生し、地表の至る所で火山噴火 を起こし、大気を温めると同時に気体成分を放出していた。水蒸気は冷えて雨と なって地表に降り注ぎ海を作った。  大気は循環して海流と共に、厳寒の夜側へと熱を運んで、気候を温暖化させて いった。  この恒星系にたどり着いた人類は、最も地球環境に近い『トラピスト1e(第 四惑星)』を最初の居住惑星とした。  大気と海洋の存在により、大気循環と海流によって、平衡温度十三度前後と住 みやすい環境にあったからだ。  さらに地球型環境改善化(テラフォーミング)を行って、地球型大気組成とな るように開発していった。  周辺の他の六つの惑星に存在する豊富な鉱物資源を持って、資源大国から工業 都市へと発展した。 (提供:NASA/JPL-Caltech)  トラピスト星系連合王国トリタニア宮殿。  中央壇上玉座にクリスティーナ女王、それを囲むように重臣と侍女達。  皆がスクリーンを見つめている。  映像が変わって、ネルソン提督が現れる。 「……以上が、ビデオコーダーに記録されていたすべてです。この後のアレック ス様とエダ、そしてアムレス号については未だ消息不明です」 「そうでしたか……分かりました。ご苦労様でした。よく知らせてくれました」 「また何かありましたら直ちにご報告致します」 「よろしくお願いします」 「かしこまりました。失礼します」  一人になり、バルコニーに出る女王。  空には、内合を終えたばかりの巨大な第三惑星が南天に浮かんでいる。  すぐ近くに見える第三惑星の夜の側には、王国最大の工業都市の夜景が美しく 輝いていた。  突然、警報音が街中に鳴り響いた。  女官が歩み寄ってきて報告する。 「陛下。トラピストの閃光フレアの兆候が観測されました。安全な場所へお移り ください」 「分かりました」  促されてバルコニーから退避する女王。  トラピスト1のような赤色矮星は、白色光フレア(可視光を伴う強力なフレ ア)を頻繁に発生させる。高エネルギー荷電粒子が惑星に襲い掛かり、人々を死 に至らしめることもある現象である。地球においても太陽フレアの発生時には、 両極地方でオーロラが観測されることでも周知。地球には地磁気があって、これ がバリアーとなって荷電粒子を防いでくれている。  幸いにもフレアは、トラピストの高緯度で発生することが多いので、恒星赤道 面上を公転している限り、その影響はかなり減少する。とはいえ、何割かは惑星 に向かってくるので、衛星軌道上に磁気シールド衛星を三十六基打ち上げてバリ アーを張って防いでいる。  それでも完全に防ぎきれないので、市民に避難場所に退避するように警報を出 しているのである。  アンツーク星。  パネルスクリーンに映るクリスティーナ女王に敬礼するネルソン提督。  通信を終えて、スクリーンが切られる。  その時だった。  警報音が鳴り響き、赤色灯が点滅を始めた。 「どうした?」 「これをご覧ください」  半自動防空管制装置の監視スクリーンに、このアンツーク星に接近する艦影が 映し出されていた。 「敵か味方か?」 「拡大投影してみます」  技術士官が機器を操作する。  スクリーンに近づきつつあるのはケンタウリ艦隊だった。 「敵艦隊だ。しかし大した数ではない」 「敵はこちらに気づいていないようです」 「オリオン号に知らせて戦闘配備させろ! 但し、気づかれるまでは静観だ。そ れと走行車などは隠せ!」 「了解しました」  この場にいる者すべてに緊張が走る。 「ここの施設には警戒迎撃管制装置もあるんだよな。動かせないか?」 「はい。私も、そう思って迎撃の起動装置を探しているのですが……だめです、 見つかりません」 「馬鹿な。迎撃管制装置があるのに、迎撃できないってどういうことだ?」 「しかし、どこを探しても見当たりません」 「提督、もしかしたら別の場所にあるのではないでしょうか」 「別の場所だと?」 「そうです。ここには最終判断を下すメインコンピューターがありません。近づ いてくる艦がいれば、一応迎撃態勢に入りますが、それが味方か敵か判断して、 攻撃するか否かを決断するメインがないのです」 「つまり中枢は他の場所にあって、そこから遠隔操作されているというわけか?」 「可能性はあります。その場所とは」 「まさか、アムレス号のマザーコンピューターか?」 「多分そうだと思います。私の知る限りでは、艦載型のコンピューターでは銀河 一優れているということですから」 「アムレス号か……」 「とにかく、ここの武器が使えないとなると、我々で奴らを叩くしかありません」 「よし、直ちにオリオン号に連絡。発見される前に攻撃する。総員艦に戻れ!」  オリオン号ブリッジ。 「全艦、戦闘配備完了しました」 「敵艦の位置は?」 「それが……。位置関係が悪くて、こちらのレーダーに反応なく、位置の確認が 取れません」 「何だと!」 「只今、先ほどの場所の管制システムに連結させて、データを送ってもらってい る所です。まもなくパネルスクリーンにデータが映されます」  スクリーンに敵艦隊の位置情報が次々と送られてくる。 「敵艦隊の情報入力完了。丁度この星の反対側です」 「反対側か、どうりで気づかないわけだ。艦の修理はどこまで進んだか?」 「一戦やるくらいなら大丈夫ですよ」 「なら、やるぞ! 発進だ!」  静かにアンツーク星を離陸してゆくオリオン号。  帝国軍艦隊旗艦の艦橋。 「まもなくアンツーク星です」 「うむ。謎の電波を受信したというのはここか?」 「はい。間違いありません」 「こんな辺鄙な星に何があるというのか……」  司令、アンツーク星を見つめている。  スクリーン上の惑星の縁がキラリと輝く。 「今のは何だ!」  司令、目を凝らしてスクリーンを凝視する。  やがてオリオン号が出現する。 「あれは! オリオン号です」 「こんな所に隠れていたのか! 全艦戦闘配備!」 「ミサイル接近中!」 「機関全速。取り舵一杯! デコイ発射!」 「駄目です。間に合いません、命中します」  吹き飛ぶ乗員達。  ブリッジ内爆破し続ける。  奇襲を掛けられて右往左往する敵艦隊。  ミサイルによって撃沈する艦、異常接近し互いに衝突して大破する艦。  まったく統制の取れていない艦隊の末期だった。  オリオン号艦橋。 「敵艦隊全滅しました」  飛び上がって喜ぶ乗員達。 「やったあ! 勝ったぞ」 「それにしても、あの設備を放っておくてはないと思うのですが……」 「いや、女王様のご命令だ。トリタニア王家の人物だ、そっと静かに眠らせてお いてやろうじゃないか」 「それもそうですね」 「念のためだ。あの洞窟の入り口を封印しておこう。魚雷一号発射準備だ!」 「了解! 魚雷一号発射準備!」  オリオン号の魚雷発射管が開いてゆく。 「発射!」  魚雷が発射されて、洞窟上部の岩盤に命中して、山が崩れて洞窟入り口を塞い だ。 「これでいい」 「提督。艦の修理が終わりました。巡航速度出せます」 「よし、発進準備に入れ!」 「了解!」  オリオン号艦橋。  スクリーンに映るアンツーク星が次第に遠くなってゆく。  ネルソン提督見つめながら、敬礼を施す。 「安らかに眠りたまえ」 「アンツーク星の重力圏より離脱します」 「只今より五分後にワープに入ります」  加速してゆくオリオン号。  やがてワープして消える。  洞窟内、プライベートルーム。  カプセルの中で静かに眠る二人。  自動消灯装置が働いたのか、ルームの照明が静かに暗くなってゆく。
     
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