第二十五章 トランター陥落
\  ベラケルス恒星系。  ニールセン中将率いる同盟軍絶対防衛艦隊三百万隻と、スティール・メイスン少将 率いる連邦軍侵攻艦隊八十万隻。  両軍が恒星ベラケルスを挟むような位置関係で対峙するように接近しつつあった。  連邦軍旗艦「シルバーウィンド」の艦橋。 「同盟軍との接触推定時刻、1705時です」  スティールは指揮官席に腰掛けたまま、副官の持ってきたお茶をのんびりと飲んで いた。  まもなく戦闘だというのに余裕綽々の表情である。今回の作戦に対する自信のほど が窺える一面だった。  そんな指揮官の姿を見るに着け、配下の将兵達もすっかり信用し安心している。 「よし! そろそろいいだろう。輸送艦ハイドリパークに打電。当初予定通りに自動 プログラムに任せてワープをセットし、乗員は速やかに退艦せよ」  正面スクリーンには輸送艦ハイドリパークが映し出されている。その艦内には小ブ ラックホールが納められている。  やがて退艦する乗員達の舟艇が繰り出して、近くの同僚艦に拾われていく。 「ハイドリパークの乗員、退艦終了しました」 「自動ワープ開始まで三分です」 「うん……」  飲んでいたカップを副官に返しながら、 「全艦に戦闘配備命令を出せ。それと全艦放送の手配だ」  と戦闘指示を下す。 「全艦、戦闘配備」  すぐさまに指示命令が伝達されて、臨戦態勢が整っていく。 「自動ワープまで二分」 「戦闘配備完了しました」 「全艦放送OKです」 「判った」  というと、スティールはこれから繰り広げられる戦闘に際しての訓示をはじめた。 「全将兵の諸君。これより開始される戦闘は、経験したことのない前代未聞のものと なるであろう。何が起きても慌てず騒がず、与えられた作戦通りに任務を遂行してく れたまえ。戦闘がはじまれば一切の通信も連絡もできない状態になるはずだ。もはや 指揮官の采配は届くことはない。君たちひとりひとりが指揮官となり、自分の判断で 的確に行動してくれ。勝つも負けるも君たちの腕次第だ。生きて再び故郷の大地を踏 みしめたかったら、持てるすべての力を振り絞って戦ってくれたまえ。迫り来る敵艦 を各個撃破し、この戦いを勝利へと導くのだ。そして敵艦隊を壊滅し、勇躍敵の母星 トランターに迫ってこれを占領、共和国同盟をこの手に入れるのだ。以上だ、諸君達 の奮戦を期待する」  身を震わせるような熱い熱弁だった。  放送を聴いた全将兵が、目前の敵艦隊に対するだけでなく、共和国同盟そのものに も言及する指揮官の言葉に喚起した。 「自動ワープ開始。三十秒前です」 「よし、光電子システムをすべて停止し、補助の運営システムに切り替えだ」  光電子システムは、光通信を軸とした光ファイバー網が巡らされ、中央処理システ ムを十六進光コンピューターが担っていた。一方の補助の運営システムは電流による 通信と、電気信号の強弱やオンとオフとで計算を行う二進法の制御コンピュータによ っていた。  光は真空中ではいわゆる光速で移動するが、物質中ではその屈折率によって速度が 制限される。これを利用して、複数の誘電体を光の波長程度の周期で交互に積層させ た構造体を持つ結晶として、フォトニック結晶というものが開発された。その構造次 第によって光の伝播速度を極端に遅くしたり、光が同じ軌道を周回し続ける無限回路 も可能である。光の伝播速度を変え自由自在に曲げ、光の回折や干渉といった現象を も利用して開発された量子コンピューターを、そのシステムの中心に置いたものが光 電子システムである。  つまり一度に膨大なデータを送り超高速で処理できる光を主体としたシステムに対 して、電流によるシステムはデータ量も処理速度も一万分の一にも満たないお粗末な 代物だった。ゆえに戦闘に際しては自動システムは一切使えず、ミサイルや魚雷発射 はすべて人間の目で計測してデータを入力して発射する。実際にはそんな暇はないか ら、すべて感に頼る当てずっぽうとなる。スティールが艦内放送で言った通りのこと が再現されるということだ。 「補助システムに切り替え完了しました」 「自動ワープ開始、十秒前。……5・4・3・2・1。ワープします」  スクリーンに映っていた輸送艦ハイドリパークがワープし、艦影が消え去った。 「ちゃんとワープアウトしたかどうかを確認できないのが残念だな」 「いずれ判りますよ」 「よし、全艦進路そのままで敵艦に向かえ。これが最後の通信だ」 「了解。全艦、進路そのままで敵艦に向かえ」
     
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