第十二章 テルモピューレ会戦
Z  誰しもが考えもしなかった作戦にうってでたアレックス達の完勝であった。敵の誤 算は、カラカス基地にある強力な軌道衛星兵器を盾にして防衛に徹し、一歩たりとも 出てはこないだろうと考えたことである。まさか防衛しなければならない基地を空っ ぽにして自分達の勢力圏内奥深くまで進撃してくるとは誰しも想像だにしなかったで あろう。それがゆえに何の警戒もせずにテルモピューレ宙域を渡ろうとしたのである。  アレックス達の電撃作戦によるバルゼー艦隊の壊滅、艦隊司令官バルゼーの捕虜と いう報が伝えられた時、タルシエン要塞司令官はあまりの動揺の激しさのために、要 塞に警戒体制を発令しただけで、後続の艦隊を派遣することすらなかった。  追撃の艦隊が出てこないのを知ったアレックス達は、悠々と宙域の掃討を行なうこ とができた。結果として、またしても千隻近い敵艦艇を拿捕して、基地に持ち帰るこ とに成功したのである。それもバルゼー提督という有力敵将を捕虜にして。 「前回と違って、今回は敵艦を鹵獲(ろかく)するのですね」 「頂けるものは頂いておくのが、私のポリシーだからな。今回は策謀の余地もないだ ろう」  こうしてカラカス基地の防衛に成功したアレックスは大佐に昇進した。ゴードン・ カインズ両名はそれぞれに中佐となり、配下の多くの士官達も多く昇進を果たしたの である。もう一人の少佐であるディープス・ロイドは、キャブリック星雲会戦に参加 していなかったせいで、功績点が僅かながらも昇進点に届かず昇進から外れた。 「残念でしたね、少佐殿。後もう少しでしたのに。キャブリック星雲に参加していな かったのが尾をひきました」  副官のバネッサ・コールドマン少尉が慰めた。 「しかたがないさ。運不運は誰にもある。搾取した艦艇に配属された乗組員を訓練し なければならないのは当然だし、だれも敵と遭遇するとは思いもしなかったのだか ら」 「でも、大丈夫ですよ。ランドール司令は公正な方ですから、すべての将兵に均等に チャンスを与えてくれます」  士官学校時代にアレックスから、戦術理論と戦闘における行動理念を、直々に叩き 込まれたバネッサの言葉である。まさしくアレックスの言葉を代弁していると言える だろう。  さらにもう一人特筆すべき昇進者がいる。  独立遊撃艦隊再編成当初からアレックスの副官として尽力を尽くし、たぐいまれな る情報収集・処理能力でアレックスの作戦を情報面からバックアップした、情報将校 レイチェル・ウィングである。  今回の作戦においても、バルゼーの到着を逸早くキャッチし、その艦隊がテルモピ ューレ宙域を突破するコースを通るという情報を掴んだのも彼女と彼女が指揮する情 報班であった。いかにアレックスとて、敵艦隊の正確な情報なしには、テルモピュー レ宙域会戦の綿密な作戦を立てられなかった。  彼女の提供した情報は、アレックスの立てた作戦に匹敵する功績とされ、無監査に よる少佐への昇進を認められ、宇宙艦隊史上初の現役女性佐官の誕生となったのであ る。  これは意外と思われるかもしれないが、宇宙艦隊勤務につく女性のほとんどが三十 歳を前に地上勤務に転属するため、現役で少佐に昇進した例は過去にはない。艦隊勤 務の激務による生理不順、無重力の影響による骨格からのカルシウム溶出や、宇宙線 による卵細胞の遺伝子破壊などなど、宇宙艦隊生活は女性の妊娠・出産を困難にする 障害が多すぎる。ゆえに結婚を考える女性士官としてはごく自然な淘汰であろう。  しかしながら、アレックスの率いる独立遊撃艦隊は、めざましい功績を立て続けに あげて、全員が急進歩的に昇進しており、ただでさえ士官学校出たばかりの新進気鋭 が勢揃いしているのだ。現在大尉の階級にあるジェシカ・フランドルもパトリシア・ ウィンザーも、確実に佐官に昇進するのは時間の問題である。
     
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