第十二章 テルモピューレ会戦
V  それから数時間後。  全艦隊に作戦の概要が伝えられ、出撃が開始された。  今回の作戦は敵の勢力圏内にまで進軍し、かなりの移動距離があるために、時間的 に余裕がなかったからである。敵艦隊の出撃を待ってからではテルモピューレに間に 合わない。レイチェルの情報を信じて、テルモピューレに先着して出口で待ち受けな ければならない。  別働隊のウィンディーネ艦隊はさらに長距離を隠密裏に進撃しなければならないた めに、今すぐにでも出撃する必要があった。 「途中で敵の哨戒機に発見されないことを祈っておいてくれ」  本隊に先行するウィンディーネ艦隊のゴードンが、パトリシアにこぼした言葉だっ た。 「ご無事を祈ります」  誰しもが成功を祈っていた。  ニールセン中将から迫害されるように、トランター本星からの援軍もなく、少数精 鋭でカラカス基地を防衛しなければならない境遇にあって、誰しもがただ作戦の成功 を祈るだけしかなかった。そしてアレックスの指揮の下、テルモピューレへと向かう のであった。  カラカスを後にして、全軍が出撃したという報は、トライトン准将の元へと届けら れていた。  第十七艦隊の居留地であるシャイニング基地の司令官オフィスで、フランク・ガー ドナー大佐から報告を受けているトライトン。 「そうか……敵艦隊を迎撃するために出撃したか……」 「アレックスは軌道衛星砲に頼る防衛戦を選ばなかったようです」 「その方が賢明だよ。いくら火力が大きくても動かない砲台など、所詮取るに足りな いものさ。アレックスが基地を攻略したようにな」 「彼の本領は、錯乱と奇襲攻撃です。数に勝る敵を叩くにはそれしかありません。さ て今回はどんな奇抜な作戦を見せてくれるでしょうかね」 「そうだな……私の力が及ばないだけに、彼にはいつも苦労をかけさせるしかない。 成功を信じるしかないだろう」  窓辺に寄り添って、空の彼方を見つめるトライトンであった。  その横顔を見つめながら、 「アレックス、無事に戻ってこれたら、酒を酌み交わす約束を果たそうぜ」  とトライトンのそばで、ガードナーも同じことを考えていた。  その時、机の上の電話が鳴り響いた。  ガードナーが送受機を取り上げ、トライトンに伝えた。 「統合本部からです」 「わかった」  送受機を受け取って替わるトライトン。 「トライトンだ……そうか、決まったか。判った、ありがとう」  そっと送受機を置いてガードナーの方に向き直ると、 「フランク、君の第八艦隊司令の就任が正式に決まったぞ」  と、手を差し伸べてきた。 「そうですか……」  トライトンの握手に応じるガードナー。  その表情は、やっときたかという安堵の色が見えた。  ガードナーの第八艦隊就任の話は三ヶ月前のことであった。  第八艦隊の司令が定年で引退となり、後任としてガードナーが内定していたのであ るが、第十七艦隊からの移籍ということで、決定が先延ばしになっていたのである。 第八艦隊には准将への昇進点に達している大佐がいなかったので、他艦隊よりの選抜 となりガードナーに白羽の矢が立ったのである。  それを渋ったのが、例によってニールセン中将であった。しかし圧倒的な功績点を 集めていたガードナーを拒絶するには無理があった。結局順当に選ばれたということ である。 「まあ、ニールセンとて軍の規定には逆らえないからな。クリーグ基地に駐留する第 八艦隊の司令官を、いつまでも空位のままにはできないだろう。シャイニング基地同 様に敵艦隊の重要攻略地点の一つだからな」 「しかし提督の少将への昇進も先述べになっています。素直には喜べません。それが 順当に進んでいれば、私はこの第十七艦隊をそのまま引き継ぐことができたのです」 「私のことはどうでもいいさ。第八艦隊は、私と同様にニールセンに疎まれて最前線 送りされているところだ。同じ境遇にあるものとして、暖かく君を迎えてくれるだろ う」 「だといいんですけどね」 「後は君の采配しだいさ。その点はまったく心配していないがね」 「わかりました……。それで他には何か伝達事項はなかったですか?」 「ああ、そうだったな。司令官の交代式があるので、クリーグ基地へ三日後の九時に、 出頭するようにとのことだ」 「了解しました」    テルモピューレに進撃しているランドール艦隊。  サラマンダー艦橋。  正面パネルスクリーンにゴードンが映っている。 「それではここでお別れだ。武運を祈る」 「期待に添えるように努力するよ」  と言いながら敬礼するゴードン。  やがて本隊から離れてゆくウィンディーネ艦隊。  その雄姿を見つめるアレックスにパトリシアが寄り添ってくる。 「うまくいくといくといいですね」 「そうでなくては困るがな……」
     
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