第八章・犯罪捜査官 コレット・サブリナ
I  女子更衣室。  談笑しながら着替えをしている女性士官達。下着姿の者、レオタード姿の者、そし て軍服姿の者。その中にレイチェルも含まれている。 「あーあ。いやんなっちゃうな。何で運動しなきゃならないの」  女性士官の一人が誰に言うともなしにぼやいた。 「仕方ないわよ。重力のない宇宙空間では骨格からカルシウムが抜け出して骨粗鞘症 になってしまうのよ。それを防ぐには運動をして骨格や筋肉に刺激を与えるのが一番 なんだから。艦橋のある居住ブロックは重力があると言っても、平均して地球上の六 分の一しかないんだからね」  筋肉の収縮や糖分の代謝などにはカルシウムが不可欠である。重力のあるところで はただじっとしているだけでも、重力から体重を支えるために常に筋肉が緊張して糖 分とカルシウムを消費する。そして脳の血中カルシウム濃度を調整する中枢では、そ の消費量に応じて余分に摂取したカルシウムを骨格形成させることで備蓄しようとす る作用が働く。これは空腹時に食料を摂取すると、より多く脂肪として体内に蓄積さ れて通常よりも太ってしまう理由に近い。飢餓状態が続いた後で食料が摂取されると 中枢部では、次にまた長期の飢餓状態がきても大丈夫なように、通常より多くの脂肪 を備蓄をしようとするのである。いわゆる緊急時備蓄作用と呼ばれている。  運動選手の骨格が発達するのは、運動することが直接の要因ではなくて、運動に見 合ったカルシウム資源を備蓄しようとする作用によるもの。だからいくら運動しても カルシウムを十分摂取しなければ徒労に終わり逆効果になってしまう。ところが無重 力となって体重を支える筋力を必要としなくなると、糖分やカルシウムの消費が極端 に減少して、備蓄しようとする作用も減少する。骨格は、骨を作る骨芽細胞と骨を溶 かす破骨細胞と呼ばれる組織のバランスによって、二週間半で新陳代謝を繰り返して いるという。ところが無重力などの影響によって、破骨細胞の骨を溶解する作用が勝 ると、骨粗鞘症などの骨のカルシウムが抜け出て脆くなる症状に陥ってしまうことに なる。 「でもね、重力ブロックにいるあたし達はまだ救われているほうなんだから。重力の ない機関部要員の男性達なんかもっと悲惨よ」 「そうですね。あたし達は毎日二時間の運動で済むけど、彼らは四時間ですもの」 「男性と違ってあたし達女性には妊娠・出産そして授乳という役目を担っていて、カ ルシウムの摂取量が足りないと自身の骨格からカルシウムを取り出してまで、胎児や 乳児にカルシウムを与えようとする。だから今のうちにしっかりとカルシウムを補給 しておかないと大変なことになるのよ」 「そういうこと、しっかり運動してカルシウムを逃がさないようにしなくちゃね」 「そうよ。いくら運動が苦手だからって甘えは許されません。これも軍人の務めの一 つよ。さあさあ、ぐずぐずしていないで、早く着替えなさい。この後にも次の班が控 えているんだから。時間は有効に利用しなくちゃね」  とレイチェルが一喝した。 「はーい」  と答えて隊員達は着替えを急いだ。  女性士官でも最高位の大尉となったレイチェルは、主計科主任を兼務していた。な お主計科とは、隊員の給与を扱う経理課、軍服などの支給・修繕などを行う衣糧課、 給食・配食を行う厨烹課の三部門があって、隊員達の生活に密着した部門である。  部隊創設の副官時代から、女性士官達の要望を受け入れ、いろいろな相談に乗って あげていたので、その人望は厚いものがあった。  一方、ジェシカとパトリシアも医務科衛生班長の任にあって、隊員達の健康管理に あたっていた。  アレックスが主計科と医務科の責任者に、レイチェル達女性士官を置いたのは、そ の二科が全体の士気統制に関わる分野であり、信頼のおける側近である必要があった からだ。砲術科や機関科などは、それぞれが特殊能力を有して専門分野科した隊員を 治めて独立した運用体系にあるのに対し、給与や炊事などの生活面を担当する主計科 と健康管理を担当する医務科は、隊員全体が相手であり必要不可欠な部門である。給 与の支払いが滞ったり、飯を満足に食べさせて貰えなかったり、病気になったりして は、士気は衰えるし戦える者も戦えなくなる。その任務の性格上、女性をあてるのは 自然であろう。パトリシアを含めた三人が隊員達の生活や健康を管理する他にも、悩 みごととか相談ごとといった個人的な問題をも親身になって聞いてやり、解決してあ げようとする態度は、隊員達から慕われ絶大な人望を得ていることは、まさしく天職 にかなっているといえた。言い換えれば彼女達にそうさせる魅力を、アレックスもま た所有していたともいえる。  女性士官の一人が入室してきて尋ねた。 「ねえ。誰か、ミシェールを見ていない?」 「ミシェール?」 「カテリーナから頼まれて探しているんだけど、もうじき当直交代時間なのに、姿が 見えないらしいのよ」  その時悲鳴が艦内にこだました。 「なに、いまの?」 「アスレチックジムのほうよ」 「あの声はカテリーナよ。行ってみましょう」  レイチェルを先頭に一行がジムに入ると、カテリーナ・バレンタイン少尉がうずく まっていた。 「どうしたの?」  レイチェルがそばによって話し掛けた。  カテリーナは震える手を伸ばして一つの機械を指差した。  そこには機械に首を吊って死んでいるミシェールが発見された。 「きゃー!」  口々に叫ぶ隊員達。卒倒する者もいた。
     
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