第三章 模擬戦闘
\  応接室の応接セットに座るアレックスとゴードン。  目の前のテーブルにはマイクが並べられ、周囲をTVカメラが囲んでいる。 「それでは合同記者会見をはじめます」  姿勢を正す二人。 「お二人とも、まずは昇進おめでとうございます」 「ありがとうございます」  ほぼ同時に礼をいう二人。 「ランドール少佐は、特別名誉昇進で二年後には大佐への昇進も約束されているそ うですが、この点に関して何か意見がございますか」 「私のような若輩者が、こんな栄誉な地位を与えられて、見に余る光栄というべきでしょうが、いくらなんでも極端すぎると恐縮してます」 「しかし敗走を続ける同盟軍には英雄の存在が不可欠なのも事実だと思います。軍の規定ではあり得ない特別名誉昇進という今回の昇進劇も、国会や行政府内閣官房調査室などの政府からの強い後押しで決定されたものです」 「そうらしいですね。軍部の意向を無視した行政府の勝手な決定で、将校達の猛反発がいまだに続いているようです」 「オニール大尉はこの件には、どう思われますか」 「そうですね。選挙が近いからでしょう」  ゴードンがそっけなく答えると、場内から笑いが起こった。 「つまり、英雄を担ぎ上げることで自身の評判を高め、次の選挙を有利に戦いたいという議員達の思惑がからんでいると。そうおっしゃるのですね」 「世間では周知の事実じゃないですか」 「そんなこと、この場所で発言してよろしいのですか。この放送は議員達も聞いていますよ」 「別に構いませんよ。議員達のことは、世間にまかせておけばいい。俺達が相手にしなければならないのは、軍部の好意的ではない上層部の将軍達ですよ。実際、配属は一応第十七艦隊に所属しているとはいえ、トライトン准将でさえ直接命令を下せない特別独立遊撃部隊ということになってます。単独でどこへでも出撃させられる捨て駒的存在ですよ」 「そこまでも言ってしまわれるのですね」 「まあね。士官学校時代からも、いつも教官から疎まれてきましたからね。慣れっこになっているんです。一見常軌を逸したとも取れる行動ばかりとるアレックスと一緒にいる限り、まともな生き方はできないってね」 「常軌を逸したって、たとえば?」 「スベリニアン校舎祭に、地下室でバニーガールまで集めてカジノを主催したり、科学実験と称して密造酒を造って売りさばいたり、本人は生活費を稼ぐためだとか言ってましたがね」 「校舎内でそんなことをやってたのですか?」 「いやあ、どちらもすぐに教官に見つかりましてね。売上金のほとんどを自治会費の方へ強制的に収納させられたようです」 「少佐殿、今の話し本当ですか?」 「ええ、まあ……そんなこともありましたね」 「しかしお二人は、少尉として特待昇進卒業じゃないですか。そんな状況で、よく教官が認められましたね」 「生活態度は最悪ですけど、戦術的才能が人並みはずれていたからですよ。士官学校全校一の天才用兵家と噂されていた、あのミリオン・アーティスを完膚なきまでに撃破しましたからね」 「それそれ、士官学校時代に全国合同で行われる学期末実技試験である模擬戦闘においても、奇抜な作戦を用いて勝利されたんですよね」 「ああ、あの作戦ですか。そうですね、あれは実に楽しかったですよ。罠を張り巡らしておいて敵が網に掛かるのを待ってただけで、一網打尽で敵を捕獲して戦闘不能に陥れたのですから。ついでに先に敵基地を攻略したのは、基地を乗っ取られれば逆上して、必ず引っ掛かると思ったからです」 「罠というと基地の管制システムに細工を施して、占領された後も遠隔操作でシステムを乗っ取ったのですね」 「そうです」 「そのこともそうですが、私が疑問を抱いているのは、敵基地を占領するために、暗黒星雲の中の原始太陽星ベネット十六の直中を通過したことです。これはもう作戦というよりも、すべての艦隊や乗員達を危険に巻き込む冒険の何ものでもないと思いますが、いかがでしょうか」 「艦艇の進撃コースの気象状況は、無人探査艇を数度飛ばして、すべて事前に念入りに調査を行いました。そのデータをもとに、艦艇の強度や航行能力を熟慮して、航行には支障がないことを確認しました」 「支障がないとわかっていても、乗員の大半が訓練生じゃないですか。よく最後まで逃げ出さずについて来れましたね」 「それがこいつの人徳のなすところですよ。人を集め行動する時、神懸かり的な指導力を発揮するんですよ。まるで教祖が信者を集めて集団自決さえ実行させるようにです」 「集団自決ですか」 「死なば諸共にってね。実際事故を起こせば本当にお陀仏になるところを、こいつとならどこへだってついて行こうと思わせる。不思議な能力を持っているんですね」 「ありがとうございます。時間ですので、私の質問は以上です」  記者が、質問席を離れて自分の席に戻ると、司会者が次の質問者を指名した。 「続いてトリスタニア共同通信のスカーレット・カールビンセンさんが質問します」  立ち上がり質問席に歩いて行くタイトスカート姿の女性記者。 「共同通信のカールビンセンです。早速お伺い致します」 「どうぞ」 「ランドール少佐は、深緑の瞳をされていますが、遺伝的に銀河帝国皇帝の血筋につながるっていることは、ご存じですよね」 「らしいですね」 「その深緑の瞳は、二十二番目の染色体上にある虹彩緑化遺伝子と、Y染色体上にある虹彩緑化遺伝子活性化遺伝子の相乗効果があってはじめて発現するものです。前者は劣性遺伝子で後者は限定遺伝子のために、男子二百万に一人という、非常にまれな確率でしか発現しません」 「私は、戦争孤児でして、幼少の頃海賊船に捕われているところを、海賊討伐で巡回中のトライトン中佐に助けだされました」  質問に丁寧に答えながらも、アレックスの目はパトリシア一人を見つめていた。  TV放映取材が終わった。  だからといって、他の報道陣が放っておいてくれるわけがない。  次から次へと取材攻勢に纏わりつかれるアレックス。  マイクが差し出され、カメラが追いかける。 「アレックス、こっちよ」  通路の曲がり口でパトリシアが手招きする。  確認するが早いか、アレックスがダッシュで駆け出す。  パトリシアと共に逃避行だ。  学園内のことなら学生が一番良く知っているし、報道陣は来たばかりで右往左往するばかり。  取材陣を撒いて、生徒会長室に逃げ込んだ二人は、鍵を掛けて誰も来ないことを確認すると、 「お帰りなさい、あなた……」  パトリシアはアレックスの胸に飛び込んだ。  アレックスはその肩を抱くようにしてパトリシアの唇を吸った。 「卒業したらあなたの艦隊に配属させて。ずっとあなたと一緒にいたいから。離れて暮らすのはもういや」 「わかってる」 「約束よ」 「待ってるよ」 「あなた……愛してるわ」  無事に再開を果たした二人は、いつまでも抱き合っていた。  第三章 了
     ⇒第四章
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