銀河戦記/鳴動編 第二部 第七章 反抗作戦始動 V
2021.07.08

第七章 反抗作戦始動




 こちらは総督軍艦隊旗艦ザンジバル。
 艦橋内に警報が鳴り響いている。
 正面スクリーンには、艦隊の後方に多数の艦影が表示されていた。
 後方に所属不明の艦隊が出現して、動揺を隠せないオペレーター達。
「識別できました。反乱軍のようです。味方ではありません。敵艦隊です」
 敵艦隊の先頭を突き進む旗艦と思しき艦に焦点が合わされた。
 ハイドライド型高速戦艦改造Ⅱ式。
 艦体に描かれているのは、伝説の水の精霊ウィンディーネである。
 バーナード星系連邦の敵艦種リストのトップ3に挙げられており、知らない者はいないという艦である。
「あれは、ウィンディーネ艦隊です」
 その名前を聞いて恐れをなすオペレーター達。
「別名、皆殺しの艦隊と恐れられている、あのウィンディーネか?」
「率いるはランドール提督の右腕と称されるゴードン・オニール准将です」
 艦橋内にざわめきが沸き起こる。
 正面スクリーンには、敵艦隊を示す光点が次々と増えていた。
 艦体に伝説の木の精霊ドリアードが描かれた高速戦艦も確認された。
「独立遊撃艦隊旗艦高速戦艦ドリアードです。ランドール提督のもう一人の片腕と言われる猛将が率いています」
 ランドール提督配下の精鋭艦隊に後ろを取られている。
 艦橋オペレーター達は恐怖に浮き足立っていた。
「敵艦隊、続々と現れています」
「総勢六十万隻に達しました」
 その数に、マック・カーサー提督もさすがに落ち着いていられないようだった。
「反乱軍だと? つまりアル・サフリエニからやってきたというのだな」
「おそらくトランターのワープゲートが奪われたのでしょう。タルシエン要塞にあるワープゲートを使ってトランターを経由してきたと思われます」
「六十万隻ということは反乱軍の全軍ではないか」
「そういうことになります。アル・サフリエニ方面軍の全軍がこちらに来ているのですから」
「タルシエン要塞を空にしてか? 馬鹿な。常識で、そんなことはありえない」
「しかし、ランドール提督には前例があります。スピルランス提督の共和国同盟への潜入かく乱作戦において、これを迎撃するためにカラカス基地を空にしたことがあります」
「シャイニング攻略戦においても、ブービートラップの仕掛けられたシャイニング基地に舞い降りたハズボンド・E・キンケル大将が捕虜となり、六万隻もの艦船を搾取されてしまいました」
(*注:第一部第十三章・ハンニバル艦隊及び第十九章・シャイニング基地攻防戦参照)
「判っておる。みなまで言うな!」
 過去のことを持ち出してもしかたがない。
 今現状をどう打破するかである。
「二百五十万隻対二百十万隻か……」
 数では互角である。


 それから三時間後。
 総督軍は中央突破を掛けられて総崩れになりつつあった。
 マック・カーサーと参謀達が集まって協議をしていた。
「我が軍の勢力は百五十万隻に減じました。対してランドール艦隊は百八十万隻」
「大勢はランドール艦隊に傾いています」
「このままでは負けは必至の状態です」
「ではどうすればいいというのだ。敵は援軍を得て大攻勢を掛けてきている」
「その通りです。中央を切り崩され、後方からと側面からも攻撃を受けています」
「包囲殲滅するはずが、逆に包囲されるとは……」
「中央を切り崩されましたが、その分正面方向が手薄になっています。正面に攻撃を集中して、正面突破を図りましょう」
「逃げるのか?」
「他に救いの道はありません」
「しかし奴らには、銀河系最速とも言われるウィンディーネ艦隊やドリアード艦隊がいるのだぞ。逃げ切れるわけがない」
「しんがりの艦隊を立てて、彼らに追撃を食い止めてもらうのです。その間に中立地帯に逃げ込むのです」
「誰がしんがりを引き受けるのだ。生きて帰れる保障はないのだぞ」
「旧共和国同盟の連中にやらせましょう。かつての仲間同士の戦いとなれば、お互いに手加減して戦闘が長引きます。本隊が十分に逃げ切れたところで投降させれば……」
「判った……。ここは逃げよう」
 協議は決した。
 旧共和国同盟の艦隊にしんがりを立てさせ時間稼ぎをしている内に、本隊は中立地帯へ逃げ込む。
 そして命令が下される。
 撤退である。
「全艦最大戦速。全速前進!」
 前面に攻撃を集中して逃げ込みを図る。


 一時間後。
 中央に切り込んだ帝国軍艦隊は優勢に戦いを進めていたが、すでにすれ違いを終えて相対位置は離脱の方向に向かっていた。
 さらに戦いを続けるには反転しなければならないが危険を伴う。
 サラマンダー艦橋。
「総督軍は正面突破を図って、中立地帯へ逃げ込もうとしているようです」
「反転攻撃しますか?」
「いや、半時計回りに全速迂回して総督軍の側面を突く」
「側面を突くと申しましても、そのためには総督軍の頭を抑えて前進を阻む必要がありますが?」
「その通りだよ」
「しかし応対できる艦隊がおりません」
「いるじゃないか」
「え?」
「まあ、見ていたまえ」
 含みを持たせた笑みを浮かべて答えないアレックスだった。


 ザンジバル艦橋。
「何とか正面突破に成功しました」
「よし、このまま全速前進して中立地帯へ逃げ込め」
「了解」
 ふうっ、と大きなため息をついて肩を落とすマック・カーサー提督。
「このまま行けば何とか逃げられそうです」
 とその時、警報が鳴り響いた。
「どうした?」
「前方に艦影を確認」
「なんだと?」
「帝国艦隊です。その数、六十万隻!」
「馬鹿な! そんなものがどこから……」


 サラマンダー艦橋。
「銀河帝国軍、第四艦隊と第五艦隊です」
「ほら見ろ。援軍が来てくれたではないか」
 と楽しそうに言うアレックス。
 万事予定通りという表情である。
「第四艦隊と第五艦隊に連絡を取ってくれ」
 ほどなく正面スクリーンに両艦隊の司令官の姿が投影された。
『第四艦隊、フランツ・ヘーゲル准将です』
『第五艦隊、ベルナルト・メンデル准将です』
「諸君らはすでに戦場に足を踏み入れてしまった。よって銀河帝国軍規によって、両艦隊を私の指揮下に組み入れる」
 帝国軍規には戦場にある艦隊は、戦場を指揮する司令官の采配に従うように定められている。
 本国から後方支援部隊として戦闘には参加しないことを前提に進軍してきた第四艦隊と第五艦隊ではあったが、戦闘が長引き戦場が後方に移動したことによって、予定外として戦場に踏み込んでしまったのである。
 戦場においては、本国からの直接命令は破棄されて、戦場の指揮官の命令に従うというわけである。
『御意!』
 と両准将は力強く応えた。
 帝国軍規には精通している将軍であるから、アレックスの命令を受け入れることには躊躇しなかった。
「第四艦隊、及び第五艦隊に対し、宇宙艦隊司令長官として命令する。接近する総督軍に対し攻撃を敢行せよ」
『御意!』
 再び応える両将軍。
『おまかせください』
『殿下のご期待にお応えしましょう』
 これまでのアレックスの戦いぶりを、後方からずっと見ていたはずである。
 寸部の隙を見せず、負け戦を勝勢へと導いてしまった、作戦巧者の我らが宇宙艦隊司令長官にして皇太子殿下。
 銀河帝国の存亡を掛ける作戦に参加できることは武人の誉れとなる。
 両将軍がはりきるのは当然のことである。
 後方支援で出撃が下された時のことである。
「皇女様に対し敵艦隊との矢面に立たせて、第四・第五艦隊は安全な後方支援とはいかなる所存か?」
 第四艦隊・第五艦隊司令官からも、なぜ自分達は後方支援なのだという意見具申が出されていた。
 しかし大臣達は、戦闘経験のない艦隊を最前線に出すわけにはいかないという一点張りで対抗した。
 両将軍は不満だったのである。
 しかしその鬱憤はここへきて晴らされることとなる。
 皇太子殿下に従い、銀河帝国を勝利に導く。
 もはや迷いはなかった。
 両将軍率いる艦隊は、接近する総督軍に対して猛攻撃を開始した。
 頭を塞いで進行を遅らせ、本隊が追いつくのを手助けする。
 そうこうするうちに、援軍が後方から追いつき、さらに全速迂回してきたアレックス率いる本隊が側面から攻撃を開始した。
 総督軍包囲網が完成した。
 敗勢から勝勢へ、アレックスの采配を疑うものはもはや一人もいなかった。

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2021.07.08 08:24 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第七章 反抗作戦始動 Ⅳ
2021.07.07

第七章 反抗作戦始動




 総督軍後方に新たなる艦隊の出現を見て、緊張を高めるオペレーター達。
 敵の援軍なればもはや救いようのない戦況となり、逃げ出すことも不可能となるだろう。
 しかし次なる報告に状況は一変することとなる。
「識別信号に独立遊撃艦隊第一分艦隊旗艦ウィンディーネを確認」
 それはアレックスの片腕の一人、ゴードン・オニール准将であった。
「ウィンディーネ艦隊だ! 援軍がやってきたんだ」
 小躍りするオペレーター達。
 さらに報告は続く。
「独立遊撃艦隊第二分艦隊旗艦ドリアードを確認!」
 もう一人の片腕、ガデラ・カインズ准将。
「さらに続々とやってきます」
「第十七艦隊旗艦戦艦フェニックスもいます」
 アレックスより艦隊司令官を引き継いだオーギュスト・チェスター准将。
「ヘインズ・コビック准将の第五艦隊、ジョーイ・ホスター准将の第十一艦隊」
 アレックス・ランドール配下の旧共和国同盟軍第八師団所属の精鋭艦隊が続々と登場しつつあった。
 さらに第五師団所属、リデル・マーカー准将の第八艦隊以下、第十四艦隊、第二十一艦隊も勢揃いした。
 アレックスの配下にあるアル・サフリエニ方面軍が勢揃いしたのである。
 バーナード星系連邦との国境に横たわる銀河渦状腕間隙にある、通行可能領域として存在するタルシエンの橋。
 現在地からトリスタニア共和国を経て、さらに遠方にあるタルシエンを含む銀河辺境地域を守るのがアル・サフリエニ方面軍である。
 トリスタニア陥落以降は、共和国同盟解放軍として旗揚げした総勢六十万隻に及ぶ精鋭艦隊である。
「戦艦フェニックスより入電。フランク・ガードナー少将が出ておられます」
 アレックスの先輩であり、第五師団司令官にしてタルシエン要塞司令官である。
「繋いでくれ」
 正面スクリーンがガードナー少将の映像に切り替わった。
「やあ、少し遅れたようだが、約束通りに引き連れてきてやったぞ」
「恐れ入ります」
「さあて、早速はじめるとするか」
「お願いします」
「それでは、勝利の後にまた会おう」
 映像が途切れて再び戦場の映像に切り替わった。
 パトリシアは思い起こしていた。
 タルシエン要塞を出発する時のことである。
 発着場においてアレックスとガードナー提督が別れの挨拶を交わしていた。


「それでは先輩、行ってきます」
 ガードナー提督に敬礼するアレックス。
「まあ、いいさ。とにかく要塞のことはまかしておけ。援軍が欲しくなったら、連絡ありしだいどこへでも持っていってやる」
「よろしくお願いします、では」
「ふむ、気をつけてな」


 そうなのだ。
 あの時からアレックスとガードナー提督の間には密約が交わされていたのだった。
 今日のこの日のために……。
 なぜ、そのことをパトリシアにさえ隠していたのか?
 現況を熟慮して、パトリシアは気がついた。
 統合軍は銀河帝国軍との混成軍である。
 しかも本国には不穏な動きを見せる摂政派の影の黒幕であるロベスピエール公爵の存在がある。
 そして、このサラマンダーにも皇女艦隊との連絡係として乗艦している帝国兵士もいる。
 摂政派の息がかかっていないとは言えないのだ。
 たとえ腹心のパトリシアにとても、内心を明かすことはできなかったのである。
 壁に耳あり障子に目ありである。
 どんなに優秀な作戦も、上手の手から水が漏れて敵に作戦を知られては元も子もなくなる。
 危険を最小限にするためには、完全無欠でなければならなかったのである。


 戦況はどんでん返しとなり、勝勢はこちらに傾き始めていた。
 すっくと立ち上がって号令するアレックス。
「全艦隊、後退中止。微速前進から、最大戦速へ!」
 すぐさま復唱がなされる。
「全艦隊、後退中止!」
「微速前進から最大戦速へ」
 士気は大いに盛り上がっていた。
 ランドール提督配下の精鋭艦隊が援軍に来てくれたのだ。
 その数六十万隻。
 銀河帝国軍の総勢は、二百十万隻に膨れ上がったのだ。
 二百十万隻対二百五十万隻。
 これによって両軍の勢力はほぼ互角となったといえよう。
 いや、勇猛果敢な精鋭が総督軍の背後から急襲しているのだ。
 勝勢はこちら側に傾いたといえるのではないか。
 オペレーター達の表情は紅潮していた。
 負け戦から勝ち戦へ。
「有効射程距離に入りました」
「よおし! 全艦、攻撃開始!」
 これまで辛抱に辛抱を続けていた鬱憤を晴らすかのような猛烈な攻撃が開始された。
 攻撃に転じたアレックスには迫力があった。
「砲撃を正面の艦隊に集中しろ!」
 総督軍は、天地両翼を展ばして包囲陣を敷いていたために正面が薄くなっていた。
 集中砲火を浴びせることによって、中央突破を図る算段のようである。
 やがて中央が切り崩される。
「全艦、中央に突撃開始」
 集中砲火で開いた穴に銀河帝国軍が雪崩れ込んでいく。
「マーガレットに打電! 艦載機、全機発進!」


 アレックスの指令を受けて、マーガレットが配下の空母艦隊に全機発進命令を下していた。
「殿下の期待に応えるのです。第二皇女艦隊の威信を見せ付ける時です」
「戦闘機を全機発進させよ」
 トーマス・グレイブス提督が全航空母艦に指令を出す。
 全航空母艦から蜘蛛の子を散らすように、わらわらと戦闘機が出撃していく。
 こちらが艦載機を出せば相手も呼応して戦闘機を出撃させてくる。
 航空戦の緒戦は戦闘機同士の潰し合いではじまる。
 マーガレット率いる第二皇女艦隊の主力は、旗艦アークロイヤル以下の攻撃空母が主体の艦隊である。
 アークロイヤル以下、プリンス・オブ・ウェールズ(新造)、クイーン・エリザベス(新造)、イーグルなどの攻撃空母から艦載機が続々と発艦していた。
 正面に対峙しての撃ち合いでは影が薄かったが、接近戦での航空機による攻撃では本領を発揮する。
 航空戦術にかけては英才のジェシカ・フランドルがいればなおのこと良いのだが、あいにくと援軍の方で指揮を執っているだろう。
 その数では総督軍のそれを上回っていた。
 当然のこととして戦闘機同士の戦いは、帝国軍の勝利で決着が着く。
「雷撃機、全機発進せよ」
 戦艦への攻撃においては魚雷を搭載した雷撃機に勝るものはない。魚雷一発で相手を撃沈も可能である。ただ防御力が低いので、その運用には慎重を要する。制宙権を確保した後でなければ出撃させることはできない。
「続いて重爆撃機、全機発進。戦闘機は爆撃機を護衛しつつ敵艦の砲台を叩け」
 こちらも攻撃力は甚大である。敵艦の身近に迫らなければまるで役に立たないが、大量の爆弾を抱えていけるので、多数の艦船を叩くことができる。
 ただし敵艦の砲撃の餌食になりやすいので戦闘機の援護が不可欠である。


 ジュリエッタの第三皇女艦隊も奮戦していた。
 敵味方入り乱れての戦闘の経験など一度もない皇女艦隊の将兵達は、目の前で繰り広げられる死闘に足が震える者が多かった。
 さすがのジュリエットも例外ではなかったが、指揮官が怯えていては士気にかかわる。
 気を奮い立たせて、将兵達を鼓舞していた。
「怯えてはなりません。少しでも尻込みしていたら、そこを叩かれてしまいます」
 スクリーンの一角には、皇太子殿下坐乗のサラマンダーが悠然と戦いを続けている姿があった。
 恐れをなして引き下がるわけにはいかないのだ。
 ホレーショ・ネルソン提督が下令する。
「隊列を崩すな! 砲雷撃戦!」
 戦艦を主力とする第三皇女艦隊は、艦載機の数では見劣りするが、艦砲射撃による攻撃力はすさまじいものがあった。
「味方の艦載機に当てるなよ。グレーブス提督と連絡を取り合って、艦載機との連携攻撃を続けろ」

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2021.07.07 17:17 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第七章 反抗作戦始動 Ⅲ
2021.07.06

第七章 反抗作戦始動




 戦闘が開始されていた。
 敵艦隊からの攻撃は熾烈で、後退しつつも少しずつ戦力を削り落とされていく。
 次々と味方艦隊が撃墜されていく。


 アークロイヤル艦橋。
 オペレーター達が小声で囁き合っている。
「どういうことだ? 決戦を前にして後退とは……」
「まさか、恐れをなしたというわけではあるまい」
「がっかりだよ。共和国同盟の英雄と言うからどんな素晴らしい作戦を用意しているのかとおもっていたのに」
「二百五十万隻対百五十万隻。圧倒的な戦力差に、いまさらにして無謀な戦いだと悟ったのか」
「いずれにしても、このままでは負けるのは必死だぜ」
 同盟軍の将兵はともかくも、銀河帝国の将兵達には、アレックスの人となりをまだ十分に理解していない。
 不安に駆られるのも当然であろう。
 マーガレット皇女がそれらの会話を聞きつけて咎めるように言った。
「そこのあなた達。言いたいことがあるのなら、ちゃんと意見具申しなさい」
 と言われたのを機に、一人が立ち上がって意見具申を申し述べた。
「それでは申し上げます」
「申し述べてみよ」
「はい。中立地帯を越えて共和国同盟くんだりまで来て、いざ決戦という時に後退とは、殿下は何をお考えになられているのでしょうか? 二百五十万隻対百五十万隻。圧倒的な戦力差に我が艦隊はなし崩しに崩壊の危機にあります」
 もう一人が立ち上がった。
「その通りです。このまま無策のまま後退を続けていては、全滅は必死です。完全撤退ならともかく、ただ後退するだけではいかがなるものかと」
 そしてまた一人。
「いっそのこと帝国領まで撤退して、帝国艦隊全軍五百万隻を持って対峙すれば勝てます」
 いずれも正論だと思われた。
「あなた方が心配する気持ちも良く判ります。しかしながら、殿下がジュリエッタを従えて、アルビエール侯国へ反乱勢力討伐のために出撃し、自らが僅かな手勢を率いてこのアークロイヤルを捕獲し、私を捉えてしまったことを忘れたのですか?」


 一方の第三皇女艦隊旗艦インヴィンシブルの艦橋でも同様な事態になっていた。
 ジュリエッタ皇女が叱咤激励していた。
「この艦隊が海賊に襲われた時のことを思い出しなさい。あなた達は見たはずです。殿下の率いる艦隊の勇猛果敢な戦いぶりを。僅か二千隻という艦艇数で、数万隻の敵艦隊と戦った殿下のこと、何の策もなくただ後退しているはずはありません」
 ジュリエッタに言われて、オペレーター達は思い起こしていた。
 サラマンダー艦隊が援軍に現れた時、それはまるで曲芸師のような見事な動きを見せて、数に勝る敵艦隊を翻弄して撤退に追い込んでしまった。
 まさしく脳裏にくっきりと焼きついていた。
 そんな勇猛果敢な戦士が、ただ無策に後退しているはずがない。


 皇女艦隊において、そんな成り行きとなっていることなど、アレックスの耳元には届いていない。
 正面スクリーンに投影されたベクトル座標に映し出された艦隊の戦況をじっと見つめていた。
「現在の戦況をご報告します。我が方の損害は二百五十隻、第二皇女艦隊において二千五百隻の大破及び轟沈。同じく第三皇女艦隊では、三千二百五十隻に及びます。対して敵艦隊の推定損害はおよそ三千隻かと思われます」
 アレックス直下の旗艦艦隊の損害が小さいのは、艦の絶対数が少ないのと戦場慣れしているせいであろう。
 オペレーターの報告に対してパトリシアが語りかける。
「我が方の六千隻に対して敵艦隊は三千隻の損害で済んでいます」
「二対一ということだ」
「その通りです。このままでは敗退は必至の情勢といえるでしょう」
「多少の損害は覚悟の上だ……」
 両手を組んで顎を乗せる格好で厳しい表情を見せるアレックス。
 事情を飲み込めないパトリシアは首を傾げるだけであった。


 そう。
 アレックスは待っていたのだ。
 静かな湖に、白鳥が再び舞い降りるのを……。


 ザンジバル艦橋。
 正面スクリーンには、後退を続ける帝国艦隊が投影されていた。
「帝国艦隊さらに後退中です。前衛艦隊はほぼ壊滅状態です」
 正面スクリーンには、敵艦隊を示す光点が次々と消えゆく有様が投影されていた。
「このままいけば、帝国艦隊が全滅するのも時間の問題でしょう」
 当初から、二百五十万隻対百五十万隻という艦隊数で劣勢だったのだ。こうなることは戦う前から判りきっていたのだが……。
「それにしても一体どういうことだ。理解できん。同盟領に侵入し、いざ決戦という時に引き下がるとは……」
 摩訶不思議な表情でスクリーンを見つめているカーサー提督。
「何か罠を仕掛けているのではないですか?」
「その可能性はあるまいて。周囲には星雲や小天体などの身を隠す空間もない。罠を仕掛けることなど不可能だ」
「そうでしょうか……」
「天地両翼を展ばして包囲陣を敷け。握り潰す」
 帝国軍を包囲するように、艦隊が動き始めた。

 敵艦隊が包囲陣を敷いたことによって、両翼に展開する第二皇女艦隊と第三皇女艦隊の被害がさらに大きくなりつつあった。
 前衛にいた第六皇女艦隊はすでに壊滅し、大破を喫した旗艦マジェスティックは後方に退き、マリアンヌはインヴィンシブルのジュリエッタの元に身を寄せていた。
「敵艦隊は包囲陣を敷いて、我が艦隊を包囲殲滅する所存のようです」
「なるほど、やはりそうきたか……。包囲陣は数に勝る時は有効な作戦だ。しかし半面として防衛に回った時には守備陣が薄い欠点がある」
「その通りです。両翼を除く正面の艦隊はほぼ互角の百五十万隻です。紡錘陣形で突入すれば正面突破が可能なのではないですか?」
「中央突破を図って撤退の道を切り開くならそれも良い作戦だが……。しかしながら我々は勝たねばならない。逃げるわけにはいかないのだ。ここに踏みとどまり敵艦隊の銀河帝国への侵略を阻止しなければならない」
「そうは申されましても、このままでは敗退は確実です。援軍でも来ない限りは……」
「援軍か……。それもありだ。待つことにしよう」
「おっしゃる意味が判りませんが? 援軍とおっしゃられましても、後から来る帝国軍第四艦隊及び第五艦隊は後方支援のみで戦闘には参加しませんが」
「まあな」
 意味深な返答に疑問を投げかけるパトリシア。
「援軍が来るのですか?」
「今に判るさ」
 自分に隠し事をしているアレックスが理解できなかった。
 どんな些細なことでも相談しあう相棒ではなかったのか。
 悲しかった。
 黙りこんだまま正面スクリーンを見つめているアレックス。
 と、突然通信オペレーターが叫んだ。
「特秘暗号文入電! 解読中です」
 それを聞いてアレックスの表情が大きく変わった。
 艦橋内がしばしの沈黙に覆われた。
 全員が固唾を呑んで解読の結果を待っている風だった。
 これまでのアレックスの態度から、何かを待っていることが明らかだったからだ。
 現況を打破する新たな風。
「解読終了!」
「読め!」
「読みます」
『静かなる湖に白鳥は舞い降りる』
「以上です」
 それを聞いてアレックスが動いた。
「全艦に放送の用意を」
 すぐさま全艦放送の手配が取られる。
 それが完了するまで、アレックスをじっと見つめるオペレーター達。
 これから語られる内容を一句たりとも聞き漏らさないように耳を澄ましている。
「全艦放送の用意ができました」
 オペレーターがマイクをアレックスの口元にセットした。
 厳かに言葉を発するアレックス。
「全将兵に告げる。これまで辛抱してよく耐えてくれた。感謝する」
 敵艦隊に包囲された情勢の中では、通常的には敗北宣言というのが普通であろう。
 潔く負けを認め、撤退するなり降伏するなりの道を選ぶのだろう。
 誰もがそう思うだろう。
 しかし、それに続くアレックスの言葉は意外なものだった。
「苦しい戦いであったが、それもこれまで。これより態勢を整えて総反撃に移り、敵艦隊を殲滅する」
 そう告げたとき、オペレーターが叫んだ。
「敵艦隊の後方に重力加速度を検知! 何かがワープアウトしてきます!」
 と同時に、正面スクリーンの映像に新たな艦影が出現した。
「敵艦隊後方に多数の艦隊を確認!」

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2021.07.06 13:41 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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