銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 V
2021.06.15
第二章 ミスト艦隊
V
別働隊指揮艦の艦橋。
迫り来る敵艦隊との会戦の時が迫り、オペレーター達の緊張が最高潮を迎えようとしていた。
正面スクリーンが明滅して、敵艦隊の来襲を知らせる映像が投影された。
「敵艦隊捕捉! 右舷三十度、距離三十二光秒!」
目の前を敵艦隊が悠然と進撃している。
ミスト艦隊が取るに足りない弱小艦隊とみて、索敵もそこそこにしてミスト本星へ急行しているというところだ。
手っ取り早くミストを攻略し、先遣隊が帝国皇女の拉致に成功した後に、この星に連行してくるつもりなのかも知れない。
「時間通りです」
「ようし! 全艦攻撃開始だ」
アレックスの作戦プランに従い、別働隊の敵艦隊に対する側面攻撃が開始された。
敵艦隊の旗艦艦橋。
「攻撃です! 側面から」
不意の奇襲に、声を上ずらせてオペレーターが叫ぶ。
「側面だと? こざかしい!」
「艦数およそ二百隻です」
「所詮は陽動に過ぎん。放っておけ。加速して振り切ってしまえ!」
「こちらは外洋宇宙航行艦、向こうは惑星間航行艦。速力がまるで違いますからね」
「競走馬と荷役馬の違いを見せてやるさ」
別働隊の攻撃を無視して、速度を上げて差を広げていく連邦艦隊。
別働隊指揮艦。
正面スクリーンに投影された敵艦隊の艦影が遠ざかっているのが判る。
「距離が離れていきます。追いつけません」
「それでいい。作戦通りだ」
落ち着いた口調で答える司令官。
敵艦隊が別働隊の奇襲を無視して加速して引き離すことは予測していたことであった。
アレックスの思惑通りに、事は運んでいた。
「さて、後方からゆっくりと追いかけるとするか……」
艦橋にいる人々に聞こえるように呟く司令。
頷くオペレーター達。
「よし、全艦全速前進!」
ゆっくりと追いかけると言ったのは、敵艦隊のスピードに対しての皮肉であった。
追いつけないまでも、敵艦隊に減速の機会を与えないように、後方から睨みを利かせるためである。
その頃、連邦軍の艦影を捉えたミスト旗艦のアレックスは全艦放送を行っていた。
「……いかに敵艦が数に勝るとも、無用に恐れおののくことはない。わたしの指示通りに動き、持てる力を十二分に引き出してくれれば、勝機は必ずおとずれる。どんなに強力な艦隊でも所詮は人が動かすもの、相手を見くびったり、奢り高ぶれば油断が生じるものだ。その油断に乗じて的確な攻撃を敢行すれば、例え少数の艦隊でもこれを打ち砕くことができるだろう……」
感動したオペレーターが、思わず拍手をすると、その波はウェーブとなった。
放送を終えて照れてしまうアレックスであった。
しかし、アレックスにはもう一つの放送をしなければならなかった。
敵艦隊の指揮艦。
機器を操作していた通信士が報告する。
「敵の旗艦から国際通信で入電しています」
戦闘に際しては、通信士の任務は重大である。
味方同士の指令伝達は無論のこと、敵艦同士の通信を傍受して作戦を図り知ることも大切な任務である。
「正面スクリーンに映せ」
「映します」
オペレーターが機器を操作し、正面スクリーンにアレックスの姿が映し出された。
スクリーンのアレックスが語りかける。
「わたしはアル・サフリエニ方面軍最高司令官、アレックス・ランドールである」
途端に艦橋内にざわめきが湧き上がった。
ランドールと聞けば知らぬ者はいない。
そのランドールが、なぜミスト艦隊に?
オペレーター達が驚き、隣の者達と囁きあっているのだ。
スクリーンのアレックスは言葉を続ける。
「わけあって、このミスト艦隊の指揮を委ねられた……」
疑心暗鬼の表情になっている司令官であった。
ランドールと名乗られても、『はいそうですか』と即時に信じられるものではない。
副官は機器を操作して、スクリーンに映る人物の確認を取っていたが、
「間違いありません。正真正銘のランドール提督です。それに、ミストから離れつつある艦隊を捕らえました。サラマンダー艦隊です」
「どういうことだ。タルシエン要塞にいるはずのやつらが、なぜここにいる?」
何も知らないのは道理といえた。
ランドール率いる反乱軍は、堅牢なるタルシエン要塞を頼りにして、篭城戦に出ているのではなかったのか……。
「おそらくランドールの目的は銀河帝国との交渉に赴いたのではないでしょうか?」
「交渉だと?」
「はい。反政府軍が長期戦を戦い抜くには強力な援護者が必要です。帝国との交渉に自らやってきて、補給に立ち寄ったこのミストにおいて、我々との戦いを避けられないミスト艦隊が、提督に指揮を依頼した。そんなところではないでしょうか」
「なるほどな……。とにかく大きな獲物が舞い込んできたというわけだ」
すでにアレックスの挨拶が終わっていて、スクリーンはミスト艦隊の映像に切り替わっていた。
「敵艦隊、速度を上げて近づいてきます」
「全艦に放送を」
通信士が全艦放送の手配を済ませて、マイクを司令に向けた。
「敵艦隊の旗艦には、宿敵とも言うべき反乱軍の総大将のランドール提督が乗艦しているのが判明した。その旗艦を拿捕してランドールを捕虜にするのだ。それを成したものは、聖十字栄誉勲章は確実だぞ。いいか、ランドールは生かして捕らえるのだ、決してあの旗艦を攻撃してはならん」
「なせです。捕虜にするのも、撃沈して葬るのも同じではないですか」
「ばか者。ここはミスト領内で、あやつの乗艦しているのはミスト艦隊だぞ。撃沈してしまったら、どうやってランドールだと証明できるか? 宿敵艦隊旗艦のサラマンダーならともかくだ」
「そうでした……」
「指令を徹底させろ」
「判りました。指令を徹底させます」
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅳ
2021.06.14
第三章 第三皇女
Ⅳ
「さて……」
と、前置きしておいてから、アレックスに向かって語りだすエリザベス皇女。
「妹であるジュリエッタを救い出して頂いたこと、個人としても大いに感謝しています。あなたの組織する解放軍が援助を願っていることも伺いました。しかしながら、我が銀河帝国には内憂外患とも言うべき頭の痛い問題を抱えているのです。もちろん一方は、バーナード星系連邦の侵略です。そしてこれが一番の難しい問題なのですが……。はっきり申し上げましょう」
エリザベス皇女が語り出した問題は、内乱の勃発というものだった。
しかもそれを引き起こしているのが身内であり、マーガレット第二皇女がその首謀者ということである。
かつて銀河帝国を震撼する大事件があった。
次期皇太子・皇帝となるべき皇位継承権第一のアレクサンダー第一王子が誘拐され行方不明となったのである。
そして皇帝が崩御されて、次期皇帝問題が起こったが、皇帝には第一王子以外に男子はなく、行方不明である以上捜索を続けるべしとの結論が出されて、皇帝不在のままエリザベス第一皇女が摂政となることで取りあえずの一件落着が諮られた。
しかし二十余年もの時が過ぎ去り、第一王子が行方不明のまま、いつまでも皇帝不在なのは問題である。そこで新たなる皇太子候補を皇族の中から選びなおそうではないか。
そして人選に上がってきたのが、エリザベス第一皇女と夫君のウェセックス公国領主のロベスピエール公爵との間に生まれた、ロベール王子である。
皇位継承の順位では、ロベスピエール公がアレクサンダー王子に次ぐ第二位になるのであるが、公爵はその権利を第五位の息子に譲って、皇太子候補として強く擁立した。
ロベスピエール公ロベール王子が次期皇太子。
皇族の間では妥当であるとされ、皇室議会でも承認された。
これに毅然として反対したのが、マーガレット第三皇女である。ロベール王子は皇家の証であるエメラルド・アイではなく、アレクサンダー王子の消息が確認されるまでは待つべきだと主張した。
そして何より最大の根拠は、【皇位継承の証】の存在であった。
【皇位継承の証】は、代々の皇太子に受け継がれてきた皇家の至宝である。その実体はエメラルドの首飾りで、深く澄み通った鮮やかに輝く深緑色の大粒のエメラルドを中心にして、その周囲をダイヤモンドが配されているというものだった。
そしてそれは、アレクサンダー王子の首に掛けられたまま、共に行方不明となっている。
アレクサンダー王子が生きていれば当然所持しているだろうし、仮に王子が亡くなられていたとしても、価値ある宝石であるために、いずれ宝石商やオークション、骨董品市場などに流通するはずであろう。
エメラルド・アイと皇位継承の証の二点を根拠に、反論を続けるマーガレット皇女であったが、結局ロベール王子擁立は覆されなかった。
そしてついに、マーガレット皇女は、ロベール王子擁立を掲げるロベスピエール公爵率いる摂政派に対して、皇太子派としての反旗を掲げたのである。そしてそれを支援したのが、自治領アルビエール候国領主のハロルド侯爵である。
こうして銀河帝国を二分する姉妹同士が骨肉相食む内戦へと発展していった。
「内乱ですか……。宇宙港の物々しい警戒はそのためだったわけですか」
「双方にはそれぞれ穏健派と急進派がありまして、急進派の人々が至る所で騒動やテロを引き起こしているのです。要人の暗殺も起きております」
「大変な事態ですね。これは早急に手を打たないと、漁夫の利を得てバーナード星系連邦の思う壺にはまりますよ」
それは誰しもが考えていることであった。速やかに内乱を鎮圧して外来の敵に備えなければいけない。そのためには首謀者であるマーガレット皇女を捕らえることである。
しかしマーガレット皇女率いる第二皇女艦隊は強者揃いである。そしてマーガレット皇女が身を寄せているアルビエール候国にも、自治領艦隊百万隻に及ぶ大艦隊を有していた。それはアルビエール候国が、バーナード星系連邦との国境に位置しており、領土防衛の観点からより多くの艦艇の保有を許されてきたからである。しかも連邦の侵略を食い止めるために、常日頃から戦闘訓練が施されて精鋭の艦隊へと成長していた。
第二皇女艦隊と自治領艦隊とを合わせて百六十万隻。
対する摂政派率いる統合軍は、第一・第三・第六皇女艦隊、そしてウェセックス公国軍とを合わせて二百四十万隻になるが、ジュリエッタ皇女の艦隊以外は、戦闘経験がまったくない素人の集団であった。まともな戦闘ができる状況ではなかった。
銀河帝国の汚点とも言うべき内容を、外来者であるアレックスに対し、淡々と説明するエリザベス皇女。その心の内には、皇家の血統の証であるエメラルド・アイを持ち、共和国同盟の英雄と称えられるランドール提督なら、解決の糸口を見出してくれるのではないかという意識が働いたのではないかと思われる。
「もし許して頂けるのなら、私がマーガレット皇女様を保護し、この宮殿にお連れして差し上げましょう」
突然の意見具申を申し出るアレックスだった。まさしくエリザベス皇女の期待に応える形となったのである。
「そんな馬鹿なことができるわけがない」
「冗談にもほどがあるぞ」
大臣達が口々に反論するが、一方の将軍達は黙ってアレックスを見つめていた。
「できるというのなら、やらせてみようじゃないか」
そういう表情をしていた。同じ軍人であり、以心伝心するものがあるのかも知れない。共和国同盟の英雄、奇跡を起こす提督ならやるかも知れない。
「判りました。いずれにしてもこのままでは、のっぴきならぬ状況に陥るのは目に見えています。前代未聞のことですが、ここは一つランドール提督にお任せしてみましょう」
摂政が決断を下せば、それに従って行動を起こすだけである。
アレックスは声には出さず、深々と頭を下げた。
「ランドール提督には、希望なり必要なものはありますか? できる限りの便宜をはかりましょう」
「二つほどの要望があります」
「構いません。どうぞ、おっしゃってください」
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅲ
2021.06.13
第三章 第三皇女
Ⅲ
「共和国同盟の婚姻制度は非常に複雑なのですが……。他国の制度でみれば結婚状態にあると言えます」
「婚姻制度のことは、私も存じております。そうですか、ご夫婦ということですね」
「そう考えていただいて結構です」
アレックスが二人の間柄を結論づけた。
「ということであれば、お休みなられるお部屋もご一緒でよろしいですね」
艦隊内では別室である二人だが、夫婦であることを認めた以上、断る理由もなかった。
インヴィンシブルが首都星へ着くまでの間、三人はそれぞれの国家における風習や、出来事などについて語り合った。
そして出生についての話題が持ち上がった。
「つかぬことをお聞きいたしますが、提督の瞳ですが……。エメラルド・アイは銀河帝国皇家にのみに、遺伝的に継承されてきたことをご存知ですか?」
「存じております。それを有するものは、帝国皇族に繋がる血統の証でもあると」
「その通りです。エメラルド・アイは限定遺伝する特殊な例の一つで、瞳をエメラルドに誘導する発色遺伝子をX性染色体に持ち、かつまたその遺伝子を活性化させる遺伝子をY染色体に持っています。そしてこの両遺伝子が揃ってはじめて、エメラルド・アイが出現するのです。ゆえに必ず男性のみに遺伝していきます。その出現率は非常にまれで、血縁同士の婚姻が常識のようになっている皇族においてこそのものなのです。つまり私と提督とは親戚関係にあると言えます」
その言葉は将来にも関わる重大な事実を意味するものであった。
実際にもジュリエッタは、アレックスの人となりを考えると、銀河帝国の祖であるソートガイヤー大公にも似た面影を見出していたのである。その戦闘指揮能力はもちろんのこと、人を活用させる術にも長けていることなども……。
首都星アルデランが近づいてきた。
さすがに首都星を守る艦艇の数も増えてくる。
「総勢百万隻からなる首都星の防衛を担う統合軍第一艦隊です。銀河帝国摂政にして第一皇女のエリザベス様の指揮下にあります」
やがてインヴィンシブルは、ゆっくりと首都星アルデランへと降下をはじめた。そして皇族専用の宇宙港へと着陸態勢に入った。
宇宙港には、物々しい警備体制が敷かれており、空を対空砲が睨み、蟻一匹入れないように戦車隊や歩兵がぐるりと周囲を取り囲んでいた。
戦争のない平和なはずの首都星における厳重な警備に、タラップを降りてきたアレックスも、驚きの声を上げるしかなかった。
「この状況はどういうことですか?」
思わず尋ねるアレックスだが、
「その件に関しましては、摂政の方からお話があると思います」
ジュリエッタ皇女は、即答を避けた。
何やら複雑な事情があるようだ。
一行はインヴィンシブルに横付けされている皇室専用大型ジェットヘリに移乗し、宮殿へと向かうことになった。
数分後、眼下に広大な敷地を有した豪華な宮殿が見えてきた。
「アルタミラ宮殿です」
立憲君主国制を敷く帝国における政治と軍事の中枢であり、皇族たちの住まいでもある。
宮殿内の廊下をジュリエッタに案内されて歩いているアレックスとパトリシアの二人。
やがて重厚な扉で隔たれた謁見の間に到着する。近衛兵の二人が扉を開けて一行を中へ招きいれて、高らかに宣言する。
「第三皇女ジュリエッタ様のお成り!」
謁見の間に参列していた者のすべてが振り返り、ジュリエッタに注視する。
背筋を伸ばし、毅然とした表情で、歩みを進めるジュリエッタ。
その左側には政治の中枢を担う大臣などが居並び、右側には将軍クラスの軍人が直立不動で並んでいる。その誰しもが目の前をジュリエッタが通り掛かった時には、深々と頭を下げていた。そして最前列には、着飾った皇族たちが占めていた。
「ジュリエッタ。よくぞ無事に戻ってこれましたね。心配していたのですよ」
正面壇上に設けられた玉座に腰掛けて、妹の帰還を喜ぶ、銀河帝国摂政を務めるエリザベス第一皇女だった。
「海賊に襲われたそうではありませんか」
「はい。ですが、この方々に助けていただきました」
そう言って後に控えていたアレックス達を改めて紹介した。
「その方は?」
「旧共和国同盟軍アル・サフリエニ方面軍最高司令官であられたアレックス・ランドール提督です。現在では解放戦線を組織して、バーナード星系連邦と今なお戦い続けていらっしいます」
「ほうっ」
という驚嘆にも似たため息が将軍達の間から漏れた。さもありなん、要職にある軍人なら共和国同盟の若き英雄のことを知らぬはずはない。数倍に勝る連邦艦隊をことごとく打ちのめし、数々の功績を上げて驚異的な破格の昇進を成し遂げ、二十代で少将となったアレックス・ランドール提督。その名は遠くこの銀河帝国にも届いていた。
「ということは、中立地帯を越えて我が帝国領内に、戦艦が侵入したということですな」
大臣の方から意見が出された。すると呼応するかのように、
「国際条約違反ですぞ」
「神聖不可侵な我が領土を侵犯するなど不届き千犯」
各大臣から次々と抗議の声が上がった。
それに異論を唱えるのは将軍達だった。
「確かに侵犯かも知れないが、だからこそジュリエッタ様をお救いできたのではないですか」
「それに救難信号を受信しての、国際救助活動だと聞いている」
軍人である彼らのもとには、救難信号を受け取っていたはずである。救助に向かう準備をしている間に、ランドール提督が救い出してしまった。もしジュリエッタ皇女が拉致されていたら、彼らは責任を取らされる結果となっていたはずである。ゆえに、ランドール提督擁護の側に回るのも当然と言えるだろう。
大臣と将軍との間で口論になろうとしている時に、一人の皇族が前に進み出て意見具申をはじめた。銀河帝国自治領の一つである、エセックス候国領主のエルバート侯爵である。
「申し上げます。事の発端は、我がエセックス候国領内で起きたことであります。ゆえに今回の件に関しましては、私に預からせて頂きたいと思います」
「そうであったな。エルバート候、この一件ならびにランドール提督の処遇については、そなたに一任することにする」
「ありがとうございます」
エルバート候の申し出によって、この場は一応治まった。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十三章 カーター男爵 Ⅱ
2021.06.12
第十三章 カーター男爵
Ⅱ
「男爵の旗艦より発砲!」
「ジュリエッタ皇女が御座します(おわします)艦に対して発砲するとは!」
艦隊司令のホレーショ・ネルソン提督が怒りを顕わにしていた。
「今のを見ましたか? 殿下ご自慢の艦が守ってくれていたようですね」
はじめてみた情景に、皇女が感心する。
「確か、特殊哨戒艇でしたでしょうか。歪曲場透過シールドですね」
「密かにお守りくださっていたとは……」
「とにかく男爵とはいえ、皇女様に刃を向けたとなれば大問題です。
「そうですね。少しおしおきをしなくてはいけませんね」
その言葉を聞いて、ネルソン提督が反応する。
「男爵の艦に対して威嚇攻撃を行う! 随伴艦に当たっても構わん」
さらに副長が呼応する。
「主砲発射準備! 軸線を右へ五度ずらす」
オペレーターがテキパキと主砲発射準備を始める。
「発射準備完了しました!」
ジュリエッタの方を見て、頷くのを確認した提督。
「発射!」
巡洋戦艦インビンシブルから一条の光跡がほとばしり、男爵の艦へと向かう。
男爵の艦の艦橋。
「う、撃ってきました!」
副官の言葉に、怯えとまどう男爵がいた。
光跡は、艦のそばを掠め通って、被害は出なかったが、
「護衛艦に着弾! 被害軽微!」
後続の艦に損傷を与えてしまったようだ。
「引き続き停戦を繰り返しています」
軍事行動において、停戦とは降伏に等しい。
とはいえ相手は正規の艦隊であり、火力差がありすぎる。
勝てる相手ではなかった。
「し、しかたあるまい。停戦しろ」
「了解! 機関停止します」
機関が止まり、艦内を静けさが覆いつくす。
「男爵の艦が停戦しました」
「カーター男爵をここへ連れてきてください」
指令を受けて、一隻の艦が艦隊から離れて、男爵艦へと近づいてゆく。
やがて男爵を連れ出したのだろう引き返してきた艦から、連絡艇が発進してインビンシブルの着艦口にたどり着いた。
数分後、マーガレット皇女の前に引きだされた。
「さて、申し開きを聞こうか?」
厳かに皇女が尋ねる。
すると信じられない言葉が男爵の口から発せられた。
「私は、公爵に命じられて、言われるがままに行動しただけです」
まさしく責任転嫁を羅列しはじめたのだった。
自分は悪くない、すべては公爵の図り事なのだと。
もはや逃げ道はない。
保身のためなら土下座もする勢いだった。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅱ
2021.06.11
第二章 デュプロス星系会戦
Ⅱ
重力アシストに突入して十二分、巨大惑星の背後から赤く輝く小さな星が現れた。
カリスの衛星ミストである。
デュプロス星系において人類生存可能な星にして、カリスとカナン双方の中に存在する唯一の衛星である。
二つの巨大惑星は周囲の星間物質を飲み込んで、三つ目の惑星どころか衛星さえも存在しえないはずだった。
ミストは、恒星系が完成したその後に、どこからか迷い込んできた小惑星を取り込んで衛星としたと推測されている。
実際に、巨大惑星の重力の及ばない最外縁には、いわゆるカイバーベルトと呼ばれる小惑星群がある。そこから軌道を外れた小惑星が第二惑星カナンに引かれはじめた。
そのままでは、カナンに衝突するはずだったが、たまたま内合を終えたばかりの第一惑星カリスによって軌道を変えられて、その衛星軌道に入った。
それがミストが衛星として成り立った要因ではないかとされている。
ミストはカリスの強大な重力によって、潮汐ロックを受けて常に同じ表面を向けている。一公転一自転というわけである。
その地表はカリスの重力の影響を受けて至る所で火山が噴出して地表を赤く染め上げている。地熱を利用した豊富な発電量によって人類の生活を潤していた。
「せっかくここまで来たのに。立ち寄りもせずに素通りとはね」
「仕方ありませんよ。それより、ほら。お出迎えです」
ミストから発進したと思われる艦隊が目前に迫っていた。
「ミスト及びデュプロス星系を警護する警備艦隊です」
「警備艦隊より入電です」
「スクリーンに流して」
スクリーンの人物が警告する。
「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴艦らは、我々の聖域を侵害している。所属と指揮官の名前を述べよ」
相手は旧共和国同盟の正規の軍隊ではないとはいえ、節度ある軍規にのっとった警備艦隊である。
いきなり戦闘を仕掛けてくるようなことはしない。
まずは自分が名乗り、そして相手に問いただす。
それに対して襟を正してスザンナが静かに答える。
「こちらはアル・サフリエニ方面軍所属、アレックス・ランドール提督率いるサラマンダー艦隊です。」
「サ、サラマンダー艦隊!」
さすがにその名前を聞かされては、驚愕の表情を隠せないようだった。
スザンナが共和国同盟解放戦線としてではなく、旧共和国同盟軍の称号を名乗ったのは、敵対する意思のないことを伝えたいからだった。
「我々は、デュプロスに危害を加えるつもりはありません。ただ、通過を認めてもらいたいだけです」
「これまでにも貴艦らと同じように、周辺国家の艦隊が銀河帝国へ亡命するためにここを通過しようとしたが、ことごとく追い返したのだ。一度でも通過を許したことが伝われば、同様のことが立て続けに発生するだろうからだ」
「でしょうね……」
スザンナが納得したように頷く。
バーナード星系連邦に組みして総督軍に編入されるか、共和国同盟解放戦線に加担するか、そのどちらにも賛同し得ない国家や軍隊にとって第三の選択肢が、銀河帝国への亡命であった。
しかし帝国へ亡命するには、最寄の星系であるこのデュプロスからもかなりの道のりを要するために、補給のために立ち寄る必要があった。
「貴艦らがサラマンダー艦隊という証拠を見せてくれ。ランドール提督を出してくれないか」
彼らが確認のためにランドール提督を出してくれと言うのは無理からぬことだろう。
ニュースにたびたび登場する共和国同盟の英雄であるアレックスを知らない人間はいないだろうが、旗艦艦隊司令のスザンナやパトリシアを含めたその他の参謀達はほとんど知られていなかった。
「提督はただ今会議に出席しておりまして、すぐには……。お待ちいただけますか」
まさか昼寝をしているらしいとは言えなかった。
「いいでしょう、三時間……。三時間待ちましょう。それを過ぎたら攻撃を開始します」
サラマンダー艦隊相手に勝てる見込みなどないはずだった。
さりとてこのまま通過を許すわけにもいかない。
万が一、戦闘を避けるために迂回してくれるかもしれない。
そういう思考が働いたのかもしれない。
「そ、それは……」
と、スザンナが言いかけたときだった。
通信に割り込みが入ってアレックスが答えていた。
「了解した。私がアレックス・ランドールです。これより貴艦に挨拶に向かうので乗艦を許可されたい」
サラマンダー艦橋にいる一同が耳を疑った。
「提督の艀のドルフィン号のパイロットから出港許可願いが出ています」
オペレーターが報告すると同時にアレックスよりスザンナに連絡が届く。
「スザンナ。わたしが相手の艦に赴いて直接交渉をする。艀を出してくれ」
「まさか提督お一人で、ミスト艦隊に出向かわれるおつもりですか?」
「相手の所領内に侵入しているのだ。こちらから赴くのが礼儀というものだろう」
「判りました。一緒にSPを同行させます」
「それなら大丈夫だ。ここにコレットを連れてきている」
「コレット・サブリナ大尉ですか? しかし彼女は特務捜査官ではないですか……」
「射撃の腕前ならサラマンダーでは誰にも負けないぴか一だぞ」
「判りました。艀を出します」
出港管制オペレーターに合図を送るスザンナ。
「ドルフィン号へ、出港を許可する。三番ゲートより出港せよ」
一連のアレックスの行動について、驚きの感ある一同だった。
普段は昼寝するといって艦橋を離れたり、艦隊運用をスザンナに任せて自室に籠ったりと、一見傍若無人とも思える行動をとるアレックス。
しかし、ここぞというときには霊能力者のように、先取りする行動を見せる。
「ミスト艦隊へ、ランドール提督自ら艀に乗って、そちらへ伺うとのことです」
「分かった。ゲートを開けてお待ちする」
発着ゲート。
係留されている格納庫から三番ゲートに移動を開始するドルフィン号。
その機体には小柄ながらもサラマンダーの図柄が施されていて、一目でランドール専用機であることが判るようになっている。
やがて発進ゲートがゆっくりと開いていく。
『ドルフィン号、発進OKです。どうぞ』
『了解。ドルフィン号、発進します』
エンジンを吹かせて静かに宇宙空間に出るドルフィン号。
戦闘機ではないので、武装はないし高速も出せない、あくまでも艦と艦の間を移動するための手段としての機体である。
静かにミスト艦隊の旗艦に近づいていく。
やがてミスト艦隊の着艦口が開いて誘導ビーコンが発射された。
『誘導ビーコンに乗ってください。こちらで誘導します』
『了解。誘導ビーコンを捕らえました。誘導をお願いします』
双方とも旧共和国同盟のシステムを持っているので、着艦には何のトラブルを起こすこともなく、着艦ゲートへと進入に成功した。
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