銀河戦記/鳴動編 第一部 第十八章 監察官の陰謀 Ⅲ
2021.04.05

第十八章 監察官の陰謀




「今日の作戦会議はこれまで。解散する」
 一同が立ち上がってぞろぞろと退室をはじめる。
 その時だった。
「お待ちください!」
 旗艦サラマンダーに同乗している、統合本部より派遣されてきている監察官が異議を唱えた。
「シャイニング基地を放棄などもっての外です。監察官として指令の撤回を進言します」
 共和国同盟軍の正規の艦隊には、統合本部直属の監察官を同乗させなければならないという規則があった。提督が命令を遂行しているか、独断専行や反乱といった同盟に不利益な行動を犯していないかなどを監視のために派遣されているのであった。
「それでは、監察官殿には何か妙案でもあると言うのですか?」
「あるわけないだろう。私は作戦参謀ではない! 統合本部よりの命令が正しく実行されているかを監視するために派遣されているのだ」
「で、統合本部よりの命令とはどういうものかをお伺いしたい」
「何をふざけたことを言っているのだ!」
「確認のためです。第十七艦隊に与えられた命令とは?」
「無論。シャイニング基地の死守することだろう」
「それでは死守すればよろしいのでしょう? そのための一時的な撤退です」
「だめだ、だめだ! 例え一時的にもシャイニング基地を放棄することは認めないぞ」
「あなたは第十七艦隊だけで敵の三個艦隊を撃滅できるとお考えですか?」
「私にとっては、そんなことはどうでも良い。命令を遵守させること、それが私に与えられた任務だ。それ以外には考えることなど必要ない!」
「つまり敵の三個艦隊と正々堂々と戦い、討ち死にしろと仰るのですか?」
「死守できないならそうなるというだけだ」
「つまりあなたも監察官として同乗し、華々しく散るというわけですな」
「仕方あるまい。最後まで提督を観察する。それが私の任務だ」
「涙ですね。あなたにとっては、殉職することが名誉ですか?」
「そうだ。軍人として生きる者として命令を遵守することが最上の誇りだ。そして命令を守らせることもな」
「私には詭弁としか思えませんね。無駄死にほど馬鹿馬鹿しい行為はないと思っています。あなた自身はそれで満足でしょう。しかしその命令に就き従い死んで行く将兵達のことを考えたことがありますか? 彼らには家族があるし恋人もいる。その人々の悲しみを考えたことがありますか?」
「殉職すれば名誉の戦死として特進が与えられるし、家族には遺族恩給が出る」
「死んで昇進して浮かばれると思いますか? 家族には恩給が増えるよりも生きて無事に帰ってきてくれることのほうがどんなに嬉しいか知らないのですか?」
「話にならないな。君は軍人としての気質に欠けているようだ」
「死ねと言われて喜んで死出の旅に立つのが軍人気質ですか。そんなの糞食らえです」
「提督、お下品ですよ」
 じっと提督と監察官との言い合いに耳を傾けていた一同であるが、さすがに言葉が乱暴になってきたアレックスをレイチェルが諌める。
「ああ、悪いな。つい興奮してしまったよ」
「ふんっ! 一日の猶予を与える。それまでに撤退命令を撤回するんだ。いいな」
「一日あれば敵艦隊はすぐそこまで迫ってきますよ。そんな余裕はありません」
「とにかく一日間だ!」
 そういうとすたすたと艦橋を立ち去って行った。
 早速一同がアレックスの元に駆け寄ってくる。
「何なんですか、あいつは? そんなにわたし達を殺したいのですか?」
「自己陶酔の境地ですよね。あれは、何言っても無駄ですよ」
「それでどうなさるおつもりですか?」
「聞くまでもないだろう。監察官が何と言おうとも撤退する。それだけだ」
「監察官は統合本部に連絡しますよ。提督は命令違反を犯したとのことで軍法会議必至です」
「それは当然のことだ。しかし部下達の命には代えられない。私一人が罰せられれば済むことだ」
「しかし、提督……」
「これは命令だ。それとも君達も司令官に対して命令違反を犯すつもりか?」
「いえ。そんなことはありませんが」
「なら、答えは一つだろう」
「ですが……」
「作戦会議を解散する。ご苦労だった」
 そういい残してアレックスは会議室を退室していった。
 一同はアレックスの考えに感嘆しながらも、その行く末を心配していた。
「このままだと、例え作戦が成功してシャイニング基地を防衛しても、提督は確実に軍法会議だよ」
「一旦撤退した後で、再び奪還してみせると言っているのに、どこがいけないのよ」
「そうだよ。結果よければすべて良しじゃないのか?」
「ニールセンの野郎の陰謀だよ。あいつにとって結果じゃなくて、提督が命令に逆らうことが狙いなんだよ。これ幸いと軍法会議に掛け、提督を抹殺しようとしているんだ」
「間違いないわね」
「第十七艦隊を救うために、一人軍法会議になる覚悟をしている提督だというのに、俺達には何もできない」
「一体どうすりゃいいんだよ。敵艦隊はすぐそこまで迫っているというのに……」
 頭を抱えていくら考えても答えを見出せない一同であった。

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2021.04.05 08:34 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十八章 監察官の陰謀 Ⅱ
2021.04.04

第十八章 監察官の陰謀




「あの……発言してよろしいでしょうか?」
 パトリシアの副官として傍聴していたフランソワが発言の許可を打診した。彼女には発言権は本来ないのであるが……。
「かまわない。言いたまえ」
「では……」
 フランソワが前に進み出て、自分が考えていた作戦を披露した。
「三個艦隊とまともに戦ってはこちらに勝ち目はありません。この際、シャイニング基地は、参謀長のおっしゃられた通りに放棄して撤退しましょう」
「馬鹿な。基地を放棄しては指令無視になる。この基地を取られれば、同盟侵攻の拠点とされて、戦争に負けてしまうんだぞ。だからこそ、敵に渡さない作戦を練るため、我々が頭を悩ましているんじゃないか」
「最後まで聞いてください。ただ放棄するのではなく、ついでに置き土産を敵にプレゼントします」
「置き土産?」
「はい。この基地の管制システムに細工しておくのです。わざと敵に占領させておいて、遠隔操作で基地をコントロールするのです。地上ミサイル制御、対空管制システム、すべてをこちらで操作。そして敵を混乱させて撃滅に至らせます」
「ちょっとまて。それは提督が、士官学校時代の模擬戦闘で使った作戦ではないか」
「その通りです。レイティ・コズミック大尉ならシステムの細工は簡単でしょう」
「そううまくいくものだろうか」
 誰ともなく呟きの声が漏れる。
「フランソワ、君は本気でその作戦が成功すると考えているのか」
「もちろんです。敵が提督の士官学校時代の作戦まで、知りうるはずがありませんから。我々の策略に気付く可能性は低いといえます」
「そうか……」
 アレックスは微笑みながら一同を見回していた。
 その時インターフォンが鳴った。
「レイティ・コズミック大尉から至急の連絡です」
「回線をこちらにまわしてくれ」
「はい」
 スクリーンにレイティの姿が現れた。
「提督。基地の管制システムの改良プログラム、ヴァージョン2のインストール完了しました」
「ヴァージョン2?」
「はい。基本プログラムは前回のものを改良したものを使用していますので」
「で、敵に見破られる懸念は?」
「それは有り得ないでしょう。よほど同盟のシステムに熟知したものか、天才ハッカーでもない限りは」
「なら、大丈夫だな。ご苦労だった。引き続き万全を期してのバグつぶしをやってくれ」
「わかりました」
 レイティの姿がスクリーンから消えた。
「提督……今のお話しは?」
 一同がアレックスに注目した。
「提督も意地が悪い。すでに計画をご自分で練っておられながら、私達にも作戦を出させるなんて」
 フランソワが抗議の声を上げている。部下の意見を聞きだそうとする、アレックスの常用的言葉の言い回しなどのことをまだ知らないからである。
「決めていたわけではない。私の作戦はいわゆる最後の保険というやつさ。皆の意見を聞いたうえで、そっちの方がよければそれでよし。といって一秒を争う作戦においては、皆の意見を聞いてからでは間に合わなくなるので、先行投資させてもらっただけさ。レイティといえど、基地全体の管制システムを改良する時間が必要だからだからな。第一私がすべて考えて実行するのであれば参謀はいらないし、一人の人間の考えることには限界がある。常にディスカッションして良いところを取り上げ、悪いところを訂正しなおす。誰だって完璧な人間ではないんだ。納得のいかない作戦なら、いくらでも訂正意見をのべてくれたまえ」
「どうやら、提督はご自身の作戦をお持ちのようですね。聞かせていただきませんか」
「そうですよ。我々の意見は出尽くしたようですし、フランソワの述べた作戦をお考えだったようですが……」
「先のパトリシアの作戦は、敵に占領させないように行動しなければならないから無理がでてくる。ならばいっそのこと占領させてしまって、後から十分作戦を練ってから奪還を計ったほうがいい。敵は基地を確保しようとするだろうから、援軍が到着するまで待たねばならず、動くことができない。つまりは我々が引き返してくるにも、交代で休息をとることができる時間的余裕があるというわけだ。弾薬や燃料の補給だってできる。そして敵はちゃんといるべきところで待っていてくれる」
「そうか、そこでフランソワの考えた作戦をもってあたれば」
「そういうことだ」
「決まりです。その作戦でいきましょう」
「そうだ。提督、俺も賛成しますよ」
「提督。どうやらみんなの総意が一致したようですね」
「よし、フランソワ。君が詳細を煮詰めて、至急作戦立案としてまとめてくれたまえ」
「わ、わたしがですか?」
「その通り」
「は、はい」
 肩をぽんと叩くものがいた。振り返ってみるとパトリシアであった。
「作戦立案、よろしくね」
「お姉さま……」
「大丈夫、あなたならできるわよ」

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2021.04.04 07:39 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第十一章 帝国反乱 Ⅷ
2021.04.03

第十一章 帝国反乱




 大演習は終わった。
 すでに展望ルームには、皇帝の姿はない。
 幼い皇帝に長時間同じ場所に立たせておくのは無理だろう。
 ぐずって泣いて周りの者を困らせたのであろう。皇帝をあやしながら侯爵とエリザベス皇女と共に帰ったと思われる。
 残っているのは将軍達だけのようである。
「大演習を終了する。これより反省会を開くので、各艦隊の指揮官及び参謀はステーション作戦会議室に集合せよ」
 本部から連絡が届く。

 数時間後作戦室に集合する面々。
 議長は、当然ロベスピエール公爵子飼いのアルバード・ギンガム大将である。
「反乱軍は、アルビエール侯国に集結している」
 摂政派においては、反乱を起こしたのは前回に続いて皇太子派ということになっている。
 前回はともかく今回はどうみても摂政派の謀反であることは確か。
 しかし国政においては、帝都を押さえている摂政派に分がある。
「帝国を放ったらかしにして、共和国同盟にばかり加担して国政を疎かにしている」
 アレクサンダー王子に、皇帝になる資格はないと吹聴しまくっていた。
 盗人にも三分の理があるということだろう。
 摂政派にとって、アレックス(アレクサンダー)が皇位継承継承権を有する王子であることまでは認めているようだが、皇太子としては認めない。


 話題は中立を保っているサセックス侯国の話しとなった。
「サセックス侯国は、今まで通り中立を保っている」
「まあ、バーナード星系連邦の侵略を阻止するためには致し方ないでしょう」
「連邦? 今はあっちも謀反が起きて分裂しているのだろ? こちらに攻め入る余裕はまだないと思うのだが」
「さすれば、サセックスをこちら側に引き込むこともできるじゃないか」
「使者を送ってみたらどうだ?」
「そうだな。手をこまねいていたら、反乱軍に先を越されてしまうぞ」
「だが、これまでの経緯をみても、エルバート侯が首を縦に振るとは思えないが?」
 頭を抱える一同だったが、
「人質を取って、言うことを聞かせるしかないだろう」
 と進言したのは、フランシス・ドレーク提督であった。
 海賊上がりのドレーク提督にとっては、人質作戦を実行するのも容易いだろう。
「ならば貴官が陣頭指揮を執ればどうだ?」
「いいですとも。ご命令なさればいつでもよろしいですぞ」
 と議長のギンガム大将を見る。
「それは良いのだが……一応公爵に伺ってからでないと結論は出せない」
 国家間の案件であるがゆえに、公爵の了解を取る必要がある。
 最高権力者であるはずの皇帝ロベール三世でも、摂政エリザベスでもない公爵の名を出すことからして、真の実力者は誰かを示していた。


「ところで、ジュビロ・カービンはどうしておるか?」
「例の同盟分断作戦を上程した奴か? 闇の帝王とか名乗っていたようだが」
「議会進行中のスクリーンに突然現れたのにはビックリしましたよね。ハッキングの能力は認めますけど」
「しかし彼の進言通りに途中までは上手く運んでましたよ」
「共和国同盟内に反乱を起こさせたのは、素晴らしい手腕でした」
「いっそ参謀に取り入れたらどうでしょうか?」
「いや、それはよした方がいい。ああいう奴は、自分の都合で簡単に裏切る」
 ということで、話題を変える一同だった。

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2021.04.03 10:38 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十八章 監察官の陰謀 Ⅰ
2021.04.02

第十八章 監察官の陰謀




 アレックスは敵艦隊の新たなる情報を得て、幕僚達を集めて基地防衛の作戦について協議することにした。
「さて、以前にも話したとおりだが、連邦軍の総攻撃の詳細が判明した」
 その後をレイチェルが補完する。
「その総数は八個艦隊におよび、うち二個艦隊がフランク・ガードナー提督の守るクリーグ基地へ。このシャイニング基地には三個艦隊が向かっているという情報がはいりました」
「三個艦隊!」
「とても数では太刀打ちできない」
「でも提督なら……」
 作戦会議初参加のフランソワが言いかけたが、
「馬鹿ねえ。奇襲攻撃で背後を襲うのではないのよ。カラカス基地からシャイニング基地に至る間に奇襲を掛けられるような要衝となる地域は存在しないわ。防衛戦となれば正面決戦とならざるをえないでしょ。つまりは数が物をいうのよね」
 とジェシカがたしなめる。
「そうなんですか?」
「それでよくも首席卒業できたわねえ。まさかカンニング常習犯ということでもないわよねえ」
 新人いびりが好きなジェシカだった。
「う……。ひ、ひどい」
 今にも泣き出しそうなフランソワ。
「ジェシカ先輩。新人のいじめはやめてください」
「あらん。楽しみにしているのに……」
「おい。作戦会議中だぞ」
 そんなやりとりに粛清を促すゴードン。
「ところでカラカス基地の方は、どうなのですか」
 カラカス基地方面の守備を任されているカインズが尋ねた。自分の管轄する基地がどうなるかを知りたいのは当然であろう。
「今の所そちら方面に向かったという情報は得られていない」
「カラカスは銀河乱流の中洲に取り残された恒星系です。そこから共和国同盟に進撃するには、航行不可能な宙域で囲まれた隧道を通らねばなりません。テルモピューレ宙域会戦で手痛い敗北を喫した経緯から、無理してそこを通過する危険を冒すことはしないと思われます。結局シャイニング基地方面に転進しなければならない。だったら最初からシャイニング基地を攻略したほうが得策です。それに軌道衛星砲というやっかいな代物で武装されているからでしょう。たかが無人の装置にたいして多大な被害が想定できる作戦に艦隊を派遣するわけにはいかないでしょう」
 パトリシアが自分の考えを述べた。
 これまでの連邦側の行動体系から導かれる方程式から、さらなる推論を加えて熟慮された答えは誰しもが納得した。
「パトリシアの考えは九割は正しいと言えるだろう。残りの一割にかけてカラカス基地を陥落させて隋道を強行突破して進撃しないとも限らないが、それを阻止する手立ては我々にはない。シャイニング基地だけで手一杯だ。両基地のどちらかを選択するとなれば、より戦略的価値の高いシャイニングに決まっている」
「それで、残る三個艦隊は?」
「あ、それは補給のための輸送ルート確保や、惑星攻略部隊そして占領後の基地確保などの後方作戦部隊のようですね」
「どうやら連邦は本気のようだな。後方支援部隊まで連れてきていることは、確実に基地を陥落して拠点とし、共和国同盟に進軍する戦略だ」
 敵側の動静がほぼ確定された。
 次に考えるべきことは、味方がどうこれに対処するかである。
「さて、どうしたものかねえ。困ったものだ」
 アレックスは呟くが、それが単なる口癖であり、少しも困っていないだろうと推測する一同であった。すでに作戦の概要を固めているようだ。
 しかしだからといってすぐには公表しないアレックスであった。何のために作戦会議を招集したのか、意味をなさなくなるからである。部下の考えの中にも自分の考えたことよりも優れたものがあるかも知れない。だから、まずは部下の意見から先に発表させるというのが常だった。
 無論、ゴードンたちも重々承知のことだった。
 参謀長であるパトリシアが口火を切った。
「こうしてはどうでしょう。ここは一端退いて、クリーグ基地の援軍に回ります。それだと丁度二個艦隊同士の決戦となりますし、たぶん敵も我々が援軍に来るなんて知る由もないでしょうから、敵の背後を突くこともできるでしょう。さすれば敵を壊滅させることも可能かと。その後でガードナー提督の艦隊と合わせて二個艦隊で、シャイニング基地に戻って三個艦隊と対峙します。この場合防衛にたつのは敵側、攻撃側のこちらには作戦的には有利に運べます」
「確かにそうかも知れない。しかし、長距離を往復して休む暇なく戦闘に駆り出される兵士達の疲労度のことを失念しているな」
「そうか。最初に同数の敵と戦って、休む間もなく引き返して数で優る敵と再び戦わ
なければならない……心理的にとてもまともに戦える状況ではありませんね」
「クリーグ基地での一戦目はともかく、シャイニング基地での戦闘は最悪の環境になる」
「だめですか……」
「いや、作戦の主旨は要点を突いて巧妙だ。諦めるのはまだ早い。もっと練りあげれば何か解決策があるかもしれない」
「はい」
「参謀長の意見は再検討ということで、他に案があるものはいないか」
 アレックスは一同を見回すが、頭抱えたまま動く気配はなかった。
「うむ……やはり、難しいか」
 一同、言葉に詰まっていた。

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2021.04.02 09:12 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第十七章 リンダの憂鬱 Ⅷ
2021.04.01

第十七章 リンダの憂鬱




「諸君、そのまま聞いてくれ」
 と一言置いてから、静かに言葉を紡いでいく。
 食堂は静まり返り、提督の話を聞き漏らさないようにと、耳を澄ましていた。
「すでに諸君らも聞いていると思うが、連邦の艦隊がついに出撃を開始した」
 ざわざわとどよめきが沸き起こる。
 とうとう来たかというため息が漏れる。
「このシャイニング基地には三個艦隊が押し寄せていることが判明した。しかしだからと言って、恐れおののき、慌てふためくことだけはしないで貰いたい。今後の作戦は、これから参謀達と協議して決定するが、すべてを私と配下の有能なる指揮官に委ねて欲しい。私には君達の生命を守り、家族の元へ送り届ける義務がある。無駄死にするような戦いに誘い、悲惨な結果となるようなことは決してしないから安心してくれたまえ。そしていざ戦いとなった時は、己の能力のすべてを引き出してそれぞれの任務を全うして欲しい。諸君の健闘を期待する。以上だ」
 ざわめきが去り、静けさが食堂を覆いつくした。事の重大さに動くものはいなかった。
 それぞれにアレックスの語った内容を吟味しているのであろうか。
「さて、食事だ」
「え? すぐにでも作戦会議を招集するのでは?」
「それは食事の後だ。戦闘の前にはちゃんと腹ごしらえしなくちゃな。それも軍人の責務だ」
「はあ……そういうものでしょうか?」
「そうだよ。食べられる時に食べておくもんさ」
「わたしもご一緒してよろしいですか?」
「ああ、かまわんよ」
 放送を終えて、テーブルに戻ろうとした時だった。
「提督。質問があります」
 一人の下士官が勢い良く手を挙げて立ち上がった。
「何かね。アンドリュー・レイモンド曹長」
「え?」
 いきなり名前と階級を当てられてびっくりしているレイモンド曹長。
「提督は、どうして一介の下士官である自分の名前をご存知なのですか?」
 本来の質問の前に、確認してみる。
「作戦大会議に召集されたにも関わらず寝坊して遅刻し、罰として会議室の後方で立たされた上に、居住区の男子トイレ全部の清掃を命じられた君の事は忘れるはずがなかろう」
 食堂に大爆笑が湧き上がった。
「そ、そんなことまで覚えてらっしゃるのですか?」
「遅刻してきたのは君だけだ。しかもぐっすり眠っていたなんて、よほどの図太い精神を持っていると感心していたのだ。それで覚えていた」
 食堂のあちらこちらから、くすくすという笑い声が聞こえている。
 便所掃除をさせられている当人をからかったりした者もいるだろう。しばらく艦内の話題の人となっていた。そんな思い出し笑いが続いている。
「提督って意外と物覚えがいいんですね」
 フランソワがレイチェルに囁いている。
「あら、知らないの?」
「何がですか?」
「提督の記憶力は艦隊随一なのよ。一度覚えた将兵の顔と名前は絶対に忘れないわ」
「え? お姉さまが一番じゃなかったんですか」
「一応そういうことになってるだけ。記憶力はパトリシアの十倍以上は軽くあるんじゃないかしら」
「う、うそでしょ?」
「計算能力でも、艦隊一と言われているジェシカをはるかに凌いでいるのよ。類まれなる記憶力と計算処理能力があってこそ、不時遭遇会戦での突然の敵艦隊との戦闘が起こっても、あれだけの完璧な作戦を考え出し、見事な勝利へと導いてくれることができるのよ」
「知りませんでした」
「いいこと、この事は他言無用よ。提督はご自身の自慢話になるようなことはあまり公表されたくないらしいの。艦隊参謀長の副官であるあなただから教えてあげたのだから」
「判りました」

 さすがに情報参謀のレイチェルだと実感したフランソワであった。自分の素性のすべても把握されているんじゃないかしらと少し不安にもなる。がどうなるでもなし、取りあえずは意外な提督の素性を知ったことを胸にしまって置くことにした。
 フランソワとレイチェルが小声で囁きあっている間、レイモンド曹長は顔を赤らめその時の状況を思い起こしているようだった。
 頭を掻きながら謝るレイモンド。
「そ、そうでしたか……その件では申し訳ありませんでした」
「それはいい、もう済んだことだ。質問を続けたまえ」
「あ……は、はい」
 敵艦隊の来襲を告げられて緊迫感に押し潰されそうだった乗員達だったが、二人のやりとりですっかりリラックスしてきていた。
 それはアレックスが場の雰囲気を和ませようと、とっさに機転を利かした話題転換だったのである。
「たった今、三個艦隊もの敵艦隊が押し寄せてきていることを伺いました。提督はいかがなされるおつもりですか? この後参謀達を交えて具体的な作戦を練られると思いますが、作戦会議においては事前に提督ご自身の考えをいつも用意していると聞きうけております。今回の場合も、すでに作戦の概要をまとめておられるのではないですか? できればこの場で率直なご意見をお伺いできないでしょうか?」
 別の隊員が乗り出すようにして尋ねる。
「徹底抗戦ですか? 策略を巡らしての奇襲ですか? それとも撤退しますか?」
 他の隊員達も思いは同じようで、聞き漏らさないようにと聞き耳を立てているようであった。
「残念だが、今はまだ君達に言えることは何もない。不確かなことをここで言っても不安を駆り立てる結果となるだけだからだ。いずれ作戦が本決まりになれば、君達に発表するからそれまでおとなしく待っていてくれたまえ」
「提督のことを、私達は信じております。提督が何時如何なる時も私達のために、精進努力してらっしゃることも重々承知しております。しかしこの情勢下にあっては、少なからず不安を抱いております。せめて、攻めるのか守るのかだけでも知ることが出来れば、安心して枕を高くして眠れるというものです」
 枕を高くして眠るという言葉が、宇宙でどれほどの意味があることなのかを理解して使ったのではないだろうが、本人にしてみればぐっすり眠れるという単純な意味合いだろうと思う。
「曹長、提督をこれ以上、困らせないでください。いずれ作戦は発表されます。おとなしく待っていてあげてください」
 レイチェルがやんわりとたしなめた。
 こういった場を収めるのは、レイチェルの得意であった。乗員達の間のもめごとや騒乱を丸く治めることも主計科の任務の範疇に入っている。
 憧れの的でもあるレイチェルに、そう言われればおとなしく引き下がるよりなかった。
 女性士官達だけでなく、男性士官達の間でもレイチェルの人気は抜群だったのである。
 やがて食堂内は、いつものざわめきが戻り始めていた。
 アレックスを信じ、すべてを任せよう。
 絶大なる信頼関係に裏打ちされた上官と部下達との心温まる食堂での一件であった。

「ところでレイチェル」
 アレックスが小声で囁く。
「リンダの事、ありがとう」
「いいえ。どう致しまして」

 第十七章 了

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2021.04.01 13:13 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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