銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十一章 タルシエン要塞攻防戦 Ⅰ
2021.04.25
第二十一章 タルシエン要塞攻防戦
I
一方のランドール率いる別働隊の第六突撃強襲艦部隊と第十一攻撃空母部隊。準旗艦セイレーンでは、着々と作戦準備が進行していた。
その艦載機発進デッキ。
ひときわ大型の重爆撃機が羽を広げて、発進準備に入っていた。
そのすぐ真下には、重爆撃機に搭載される大型ミサイル。
ミサイルの胴体が二つに割れており、炸薬と推進剤の替わりに詰められた緩衝材の一部に人間が丁度入れるくらいの空洞が多数空いていた。
すぐそばには、船外用の宇宙服を着込み、左手小脇にヘルメットを抱え、右手でチューブに入ったペースト状の宇宙食を食べているアレックスが、ミサイルの装着作業を見つめていた。
「どうせなら君の開発した次元誘導ミサイルが利用できれば、もっと楽に事を運べるのだがな」
そばで最後のチェックを入れている技術将校のフリード・ケイスン少佐に尋ねた。
「それは不可能です。あれには生命を運ぶ能力はありません。肉体的・精神的に完全に破壊されてしまいます」
「だろうな」
パイロット控え室では、天才ハッカーのジュビロやレイティが、手助けを受けながら宇宙服を着込んでいる。一緒に出撃するその他の乗員はすでに準備を終えて、ベンチに腰掛けて待機している。
この作戦に初顔として参加するジュビロに、疑心暗鬼する乗員達であるが、アレックスの肝いりということで、信じるよりなかった。
「提督。敵守備艦隊が前進をはじめました。味方艦隊との間合いを縮めようとしているようです」
艦橋のジェシカから連絡が入った。
「作戦通りだな。乗員を集合させろ」
すぐさまに乗員が召集される。
そして、一人一人にシャンパンが渡される。
「諸君。この作戦任務に志願してくれたことに感謝する。失敗すれば生きて帰ってこれぬかも知れぬが、これを成功させなければ明日の共和国同盟はないだろう。できうる限りの算段はしてあるから、与えられた任務を忠実に遂行して欲しい。我らに赤い翼の舞い降りらんことを!」
グラスを捧げ乾杯するアレックス。
「赤い翼の舞い降りらんことを!」
全員が一斉に乾杯を挙げ、飲んだグラスを床に叩き付けた。
この作法は、グラス(杯)を割る→二度と乾杯のやり直しはできない→後戻りしない、決死の覚悟で出陣するぞという意思表示である。
「よし、全員乗り込め」
宇宙服に身を包んだ隊員達がミサイルの空洞部分に乗り込もうとしている。
「しかし、本当に大丈夫なんでしょうねえ。心配ですよ」
レイティーが心配そうな顔をしている。
「ダミー実験を繰り返して、乗員の安全度は保証されている。問題があるとすれば目標に無事到達できるかだ」
フリード少佐が答えた。
「というと、このミサイルを発射する射手の力量にかかっているというわけですね」
「そうだ」
「で、その射手は誰ですか?」
人だかりをかき分けて進み出た人物がいた。
「わたしだよ」
第十一攻撃空母艦隊の中でも、三本の指に入る射撃の名手、ジュリー・アンダーソン中尉である。
「アンダーソン中尉!」
「中尉は重爆撃機乗りでは一番の腕前だ。このミサイル発射には寸部の狂いも許されない。よって自動誘導発射にたよることはできない。ミサイル発射のタイミングは、中尉の神業ともいうべき絶妙の反射神経が必要とされるのだ。そして、ミサイルを搭載する重爆撃機の操艦を担当するのが、やはり撃墜王のジミー・カーグ少佐である」
「ハリソンと並び称される撃墜王のお二人が?」
「これで少しは諸君らも安心できるだろう」
「まあ、多少はねえ……」
「と納得したところで、出発するとするか。密封しろ」
「はい」
「提督、お気を付けて」
「うむ。」
するすると二つの胴体が合わされていく。
鈍い音とともに完全なミサイルとなる。
「よし、装着しろ。慎重にな」
整備員が寄り集まってきて、ミサイルを重爆撃機の下部に装着する。
「作戦開始五分前。総員戦闘配備につけ」
艦内放送が響きわたった。
戦闘機に搭乗するパイロット。それを支援する整備員達の慌ただしい動き。
「いいか、ワープアウトと同時に出撃する。全機エンジン始動!」
「エドワードの隊は、重爆撃機の護衛が主任務だ。絶対に落とさせるな、提督が乗っておられるんだからな」
「了解」
艦橋。
モニターに、アレックス達の乗るミサイルが重爆撃機に取り付けられていく様子が映し出されている。
「まるで人間魚雷ですね」
副指揮官のリーナ・ロングフェル大尉が感想を述べた。
「まあね、元々は次元誘導ミサイルの筐体だから。総括的な作戦立案は、ウィンザー少佐でしょうけど、この人間魚雷だけは提督のアイデアということ」
「そうですね。だからこそ提督自ら乗り組んでいるのでしょう。そうでなきゃ誰も志願などしないでしょう」
「成功すれば二階級特進が約束されているとはいえ……」
「噂では、提督はこの日のために士官学校時代から、ウィンザー少佐と作戦を練られていたとか」
「まあね……」
士官学校よりの信頼関係にあるジェシカとて、およその概要の説明を受けていたとはいえ、いつどこで作戦が発動されるかといった詳細はアレックス以外にはパトリシアとレイチェルしか知らない。
ハード面においては、フリード・ケースンを開発中心として、次元誘導ミサイルの開発生産、特殊中空ミサイルの製作と綿密周到な射撃訓練。ソフト面では、レイチェル・ウィングを連絡係りとして、ジュビロ・カービンとレイティ・コズミックらによってコンピューターシステムの乗っ取りが計画された。
「すべては、今日のために仕組まれていたとはいえ……」
それぞれは単独では何ら意味をなさないが、こうして組み合わされてはじめて、その意味の真相が明らかとなる。アレックスがパトリシア以外に詳細を明かさなかったのも、作戦立案から発動までに至る間、外部に情報が漏れるのを危惧したせいである。
「ま、夫婦士官で秘密もないだろうからな」
「少佐、時間です」
「ふむ」
艦内放送のマイクを取るジェシカ。
「諸君良く聞け。作戦は、ハリソン少佐率いるセラフィムからの第一次攻撃隊、続いてカーグ少佐率いるセイレーンからの第二次攻撃を敢行する。第一攻撃隊は、要塞手前 0.8宇宙キロの地点にワープアウトすると同時に、艦載機は全機発進。総攻撃を敢行する。目標は要塞砲台、ミサイル弾薬を間断なく発射し、一撃離脱でそのまま駆け抜けて戦線を離脱する。一分一秒足りとも要塞宙域に留まることのないように。
続いて第二次攻撃隊は、提督の乗り込む重爆撃機の護衛しつつ、合図を待て!
敵守備隊は、我等が本隊を迎撃すべく要塞から離れつつある。その間隙をついて攻撃するのだ」
作戦の概要が確認される。
「全艦発進!」
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第十二章 海賊討伐 Ⅰ
2021.04.24
第十二章 海賊討伐
Ⅰ
アルビエール侯国アレックスの執務室。
「ヘルハウンドから連絡が入りました。海賊船は中立地帯へと向かっているようです」
パトリシアが報告する。
「そうか、やっと本拠地を探し当てられそうだな」
「どうしますか? 戦艦が中立地帯に立ち入るのは、国際条約違反になりますが」
「そもそも中立地帯に違法に基地を建設しているのは海賊だからな」
としばし考え込んでいたが、
「この際、大掃除するか?」
「中立地帯でドンパチやらかすのですね」
「害悪を放っておいては、摂政派との交渉にも水を差される事態になるかもしれないからな」
「誘拐された候女救出という名分があれば、大丈夫なのではないでしょうか」
「そうかもしれないな」
「それでは、征伐には誰を向かわせますか?」
「ここはやはり、ゴードンがいいだろう」
「捲土重来(けんどちょうらい)ですね。失った信用を取り戻させようと?」
「まあな……」
海賊征伐の命はすぐさまゴードンに伝えられた。
副官のシェリー・バウマン大尉が、頬を紅潮させて言う。
「提督の恩に応える機会を与えられましたね」
「すぐさま海賊討伐に向けて準備せよ!」
「はいっ! 海賊討伐に向けた準備を進めます」
キリッと姿勢を正して、命令を復唱するシェリーだった。
「ヘルハウンドに連絡! 我々が到着するまで、索敵に専念させて早まった行動は取らせるな!」
通信士も思いは同じだった。
いや、ここにいるすべてのオペレーター達の思いも。
ウィンディーネ艦隊が結成されて以降、指揮官たるゴードンに付き従ってきた同志だった。
「了解! ヘルハウンドどうぞ!」
『こちらヘルハウンド』
「索敵に専念し、ウィンディーネ艦隊の到着を待て!」
『ヘルハウンド了解! ウィンディーネ艦隊を待ちます』
数時間後。
「出航準備完了しました!」
「よおし! 中立地帯へ向けて全速前進!」
「了解!」
「進路、中立地帯へ!」
「全速前進!」
ウィンディーネ艦隊七万隻が、中立地帯に潜む海賊討伐に向けて動き出した。
銀河帝国にしろ、共和国同盟にしろ、長年の頭痛の種を葬り去る好機がやってきたのだ。
その頃、追撃艦隊が動き出したのも知らずに、中立地帯へと踏み込む海賊船団。
「まもなく中立地帯に入ります」
航海長が報告する。
「警報装置を切っておけよ」
戦艦に搭載された航路ナビには、中立地帯に近づくと警報を鳴らすシステムが組み込んである。
結構大きな音を立てるので、煩いからと切るのがいつものことである。
国際条約上では切ってはいけないことにはなっているのであるが海賊には無用である。
「中立地帯に入りました」
「跡をつけている奴はいないか?」
「感応ありません」
「ならば基地に帰還する」
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十章 タルシエン要塞へ Ⅳ
2021.04.23
第二十章 タルシエン要塞へ
Ⅳ
今回の場合もそうだが、ここ一番という作戦にはランドールが原案を考え、ウィンザーが作戦としてまとめ、ゴードンが実行する、というパターンが繰り返されてきたのである。黄金トリオはそうして昇進街道を突っ走ってきた。そのおこぼれに預かって他の者は昇進してきたといって過言ではないだろう。
とはいっても彼とて軍人であり、武勲を上げて出世することは生きがいであり名誉としていることには変わりがない。士官学校同期の軍人が、せいぜい少佐になりたてだというのに、自分は一足先に大佐となり准将に手が届く距離にいることは、すべてランドールの配下にあってこその幸運であったのだ。オニールを追い越すことは出来なくても、名誉ある第十七艦隊の第二準旗艦・高速戦艦ドリアードに坐乗しているだけでもよしとしなければ。そもそも今回の昇進に際しても、例の軍法会議の一件のこともあり、認められることなどない高望みであったはずだ。それがこうして実現した背景には提督の強い働きかけがあったに違いない。
「シャイニング基地には連邦から搾取した艦船がまだ三万隻ほど残っております。第十七艦隊を分離分割して新しい新艦隊を増設するという噂はどうでしょうか。そうすればカインズ大佐にもチャンスがあります。チェスター大佐は退役まじかですし、コール大佐は艦隊再編成時によそから移籍してきたいわゆるよそものですからね」
「確かに第十七艦隊は大きくなり過ぎていると思う。未配属を含めて十三万隻の艦艇を所有し、四人もの大佐がいる唯一の艦隊だからな」
「ですから希望は捨てないでいきましょう。私だって昇進はしたいのです。大佐の配下のすべての将兵にしても」
「そうだな……」
さらにパティーは話題を変えてくる。
「それにしてももう一つ解せないのは、第八占領機甲部隊{メビウス}を首都星トランター他の主要惑星に残してきたことです。第十七艦隊の主要なる占領部隊なしでどうやって要塞を落とすのでしょう」
「メビウスは最新鋭の機動戦艦を旗艦に据えて、補充員の訓練をこなしているということだが……司令官には、レイチェル・ウィング少佐がなったばかり」
「表向きは訓練ですが、密かにタルシエンに向かうのではないかとの憶測も飛び交っています。占領部隊なしでは要塞は落とせませんからね。第六の白兵戦だけでは不可能じゃないかと思うのですが。だいたいメビウスはカインズ大佐の配下だったではありませんか。それをウィング少佐が……」
「それを言うな。提督にも考えがあるのだろうさ。これまでもそうやって難局を切り開いてきたのだからな。俺達は命令に従うだけさ」
「納得のいく命令ならいくらでも従いますけどね。一切が極秘なんじゃ……」
「もう一度言っておく。ランドール提督は公正な方だ。すべての将兵に等しく昇進の機会を与えてくれる。ただその順序があるというだけだ。全員を一度に昇進させることができないからな。オニール大佐は、士官学校時代の模擬戦闘、ミッドウェイ宙域会戦と提督の躍進の原動力となった活躍をした背景がある。一番に優遇するのは当然だろう」
その時、パトリシアがフランソワやその他のオペレーター達を従えて艦橋に姿を現した。丁度交代の時間であった。
「総参謀長殿のお出ましです」
パティーが刺々しい言い方で言った。
憤懣やるかたなしといった表情である。これまでの会話で、次第に感情を高ぶらせていたのである。
「艦の状態はいかがですか?」
「全艦異常なしです。敵艦隊の動静にも変化は見られません」
「判りました。カインズ大佐は休憩に入ってください」
「判った」
立ち上がって指揮官を譲るカインズ。
「これより休憩に入ります」
敬礼をし、ゆっくりと歩いて艦橋を退室する。その他のオペレータ達も交代要員と代わっていく。
カインズに代わって指揮官席に付くパトリシア。
その側に立つ副官のフランソワ。
「目的地到達時間まで十一時間です」
オペレーターが報告する。
「ありがとう」
タルシエン要塞中央制御室。
要塞内に鳴り響く警笛。
「敵艦隊発見!」
「方位二○四、上下角三四。距離十七・八光秒」
「艦数、約七万隻」
次々と報告される戦況。
「どこの艦隊だ」
「第十七艦隊だと思われます」
「そうか、やっと到着というわけか……フレージャー提督を差し向けるか」
「しかし、フレージャー提督はランドールと相性が悪いですからね。毎回撤退の憂き目に合わされています。今回はどうでしょうか?」
「ううむ……雨男というわけだな。そのとばっちりを受けて、こっちまで雨に降られるのは御免だが……逆に発想すれば、ランドールの猛攻を交わして生き延びてきた運の良い提督という言い方もできる。これまでどれだけの提督が全滅や捕虜になったか……」
「なるほど、そんな考え方もできるんですね」
「よし。フレージャーに迎撃させろ」
共和国同盟軍第十七艦隊への迎撃命令を受けたフレージャー提督。
「なんでこうも、私にばかりお鉢が回ってくるんだ」
頭を掻きながら、指揮官席に腰を降ろす。
これで何度目の対戦だったかなと、指を折って数えている。
「フレージャー提督。今度こそ、これまでの仇を討つチャンスだと思います」
「だと良いんだがな。そもそものけちの付き始めが、あのミッドウェイ宙域会戦。ヤマモト長官より預かった第一機動空母艦隊の主力旗艦空母を多数撃沈され、提督も四名戦死し、ナグモ長官も自決した。その責任をとってミニッツ提督は、艦隊司令を降りられたのだが……」
「アカギ・カガ・ヒリュウ・ソウリュウが撃沈。壊滅的というべき悲惨な状態でしたね。引責退任されたミニッツ提督にはもう少し現役で活躍されることを希望していたのですが。それにしても当時少尉だったランドールも今や准将、一個艦隊を率いるまでに昇進しています。たった二年でここまでくるなんて尋常ではありませんね」
「ミッドウェイ宙域会戦での功績による、前代未聞の三階級特進があるからな。その後もカラカス基地奪取をはじめとして奇抜な作戦で同盟軍を勝利に導いてきた実績を持っているからな。クリーグ基地攻略においても、シャイニング基地を放棄して第八艦隊の援護に駆けつけた奴等に背後を突かれて、撤退を余儀なくされた」
「閣下も重傷を負われたのですよね」
「ああ、運がよかったのだ。ヨークタウンは辛くも撃沈を免れたものの帰還途中に機関部に誘爆を生じて航行不能に陥った」
「そのヨークタウンも閣下が退艦したあとに、漂流中を敵ミサイル艦に撃沈されましたね」
「何にしても、これが最後の戦いになるだろう。勝つにしても負けるにしてもだ」
「どういうことですか?」
「ランドール提督が、この要塞に対する攻略戦を仕掛けてくるということは、それ相応の自信と覚悟を持ってのことだろう。これまでのランドールの攻略戦を分析すれば、作戦途中での撤退などあり得なかった。カラカス基地攻略戦がその良い例だ。背水の陣を強いての強行突入による軌道衛星砲の奪取から始まる劇的な幕切れ。今回もおそらくは……」
と、その作戦を思い浮かべようとするフレージャー提督。
「だめだな。私のちんけな脳細胞では、ランドールの考えることが思い浮かばない」
「この堅固な要塞を落とすには、奇襲を掛けて潜入し内部から破壊するしかないでしょう。しかし、こうして迎撃艦隊が張り付いている現状では、侵入など絶対不可能です」
「絶対不可能という言葉を使うものではないさ。所詮人間の作ったものだ。どこかに落とし穴があるかも知れない。ランドールは必ずそこを突いてくる」
「あるんですかね……落とし穴」
「俺達の貧弱な脳細胞では考えも付かない穴がな」
第二十章 了
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十章 タルシエン要塞へ Ⅲ
2021.04.22
第二十章 タルシエン要塞へ
Ⅲ
アル・サフリエニ宙域タルシエンに浮かぶ要塞。
バーナード星系連邦の共和国同盟への侵略最前線基地にして、その後方に架かる銀河の橋を守る橋頭堡でもある。
銀河系の中の、太陽系をも含有するオリオン腕とペルセウス腕と呼ばれる渦の間に存在する航行不能な間隙の中で、唯一の航行可能な領域。それがタルシエンの橋と呼ばれ、その出口にバーナード星系連邦が建設した巨大な軍事施設がタルシエン要塞である。
直径512km、質量7.348x10^21kg(地球質量の1/81,000,000)
*ちなみに太陽系内では、準惑星のケレスが直径1000kmで他に500km級は2個しかない。また、スターウォーズのデススターが直径120kmである。*
要塞は重力を発生させるためにゆっくりと自転しており、人々は要塞の内壁にへばり付いている。 重力のほとんどない要塞最中心部には、心臓部とも言うべき動力エネルギーを供給する反物質転換炉。
それを囲むようにして収容艦艇最大十二万隻を擁する内郭軍港及び軍需生産施設があって、要塞の北極と南極にあるドッグベイに通路が繋がっている。
中殻部には軍人や技術者及びその家族軍属を含めて一億二千万人の人々が暮らす居住区画やそれらを賄う食物・飲料水生産プラント。要塞を統括制御している中枢コンピューター区画、病院やレクレーションなどの福利厚生施設も揃っている。
そして最外郭には、要塞を守るための砲台が並ぶ戦闘区画となっている。
その主力兵器は、陽子・反陽子対消滅エネルギー砲。中心部の反物質転換炉から放射状に伸びる粒子加速器によって加速された反陽子一単位と、もう一対の粒子加速からの陽子二単位とを反応させた際に生ずる対消滅エネルギーを利用し、残渣陽子をさらに加速射出させる。通常の陽子加速器では得られない超高エネルギー陽子プラズマ砲である。副産物として多量のダイバリオン粒子が生成されることから、ダイバリオン粒子砲とも呼ばれる。
質量のすべてをエネルギー化させる対消滅エネルギー砲に勝るものはない。例えば核融合反応における極微量の質量欠損だけでも、E=mC^2で導かれる膨大なエネルギーが発生するのである。
ちなみに広島に落とされた原爆における質量欠損は、0.7グラムだと言われている。1グラム(1円玉の重さ)にも満たない質量がすべてエネルギーに変わるだけで、あれだけの破壊力を見せつけてくれたわけである。
サラマンダー艦に搭載された原子レーザー砲と比較検討がされたりするが(つまりどちらが威力があるかだが)、前述の通りであるし、そもそも巨大要塞砲と、蟻のように小さな戦艦搭載砲とを比べるのには無理がある。
居住区画の一角にある中央コントロール室。
壁面のスクリーンに投影された要塞周辺の映像や、要塞内の状況がリアルタイムに表示され、それらを操作するオペレーター達が整然と並んでいる。
要塞を統括運営する機能のすべてがここに終結している。
「第十七艦隊の動きに何か変わったことはないか?」
「別にありません。二十八時間前にシャイニング基地から出撃したとの情報からは何も……」
「だろうな。無線封鎖をして動向をキャッチされないようにしているだろうからな。それで予定通りこちらに向かったとして到着は何時ごろだ」
「およそ十八時間後だと思われます」
「警戒を怠るなよ」
「判っております」
「それにしても着任そうそう、あのランドール提督とはな。ついてないな」
「はい。あのサラマンダー艦隊かと思うと、身震いが止まりませんよ」
「君は、ランドールを評価するのか?」
「前任の司令官自らが率いた八個艦隊もの軍勢をあっさりと退けた張本人ですからね。安全な本国でのほほんとしている頭の固い将軍達はともかく、こっち側にいる指揮官達は、みんな奴とだけはやり合いたくないと願っているのですよ」
「そうか……。君達の気持ちも判らないでもないが、だからと言って逃げているわけにもいくまい」
「ランドール提督なら、平気で逃げちゃいますけどね」
「奴は例外だ。しかし奴とて闇雲に逃げ回っているわけではないだろう」
「そうです。転んでもただ起きるような奴ではありません。いつも必ず罠を仕掛けてあります。それに引っかかって幾人の提督が泣かされたか。前任の司令官なんか、捕虜にされるし一個艦隊を搾取されしで面目丸潰れ、もはや本国に帰りたくても帰れないでしょう。捲土重来はあり得ず、全艦玉砕すべきだったというのが本国の一致した意見らしいです」
「らしいな。罠を仕掛けたりする卑怯な奴として思われているが、罠に引っかかる方が不注意なのであって、それも立派な戦術なのだがな」
「今回はどんな罠を仕掛けてくるのでしょうか? たかが一個艦隊だけで、この要塞を攻略など不可能ですからね」
「十分以上の用心をするに越したことはないだろう」
「考えられるだけのすべての防御策を施した方がいいでしょう」
宇宙空間に出現する第十七艦隊。
旗艦サラマンダーの艦橋。
ワープを終えて一息つくオペレーター達。
「第一目標地点に到達しました。全艦、ワープ完了。脱落艦はありません」
「よし。全艦、艦の状態を確認して報告せよ」
「全艦、艦の状態を報告せよ」
エンジンに負担を掛けるワープを行えば少なからず艦にも異常が生じる。それを確認するのは、戦闘を控えた艦としては当然の処置であった。特に旗艦サラマンダー以下のハイドライド型高速戦艦改造II式は、今だに改造の続いている未完成艦であり、データは逐一フリード・ケースン少佐の元に送られる事になっていた。それらのデータを元にして実験艦「ノーム」を使用しての、改造と微調整が続けられていた。
「一体、何時になったら改造が終わるんだ?」
アレックスが質問した事があるが、フリードは肩をすくめるように答えていた。
「他人が建造した艦ですから、いろいろと面倒なんですよ。例えばある回路があったとして、それがどんな働きをしているか理解に苦しむことがあるんですよ。最初から自分が設計した艦なら、すべてを理解していますから簡単なんですけどね」
その口調には、自分にすべてを任せて戦艦を造らせてくれたら、サラマンダーより高性能な艦を建造してみせるという自信に満ちているように思えた。しかしいくら天才科学者といえども、そうそう自由に戦艦を造らせてもらえるものでもなかった。まずは予算取りからはじまる面倒な手続きを経なければならないし、開発設計が始まっても軍部が口を挟んで、自分の思い通りには設計させてはくれないものだ。そして実際に戦艦を造るのは造船技術士達であり、設計図通りに出来上がると言う保証もなければ、手抜き工事が横行するのは世の常であるからである。
「報告します。全艦、異常ありません。航行に支障なし」
「よし。コースと速度を維持」
時計を確認するカインズ大佐。
「うん。時間通りに着いたようだな」
「時間厳守なのは、第十七艦隊の誇りです。一分一秒の差が勝敗を決定することもありますからね」
副官のパティー・クレイダー大尉が誇らしげに答える。
「そうだな……」
「ところで、カインズ大佐……」
「なんだ」
「提督は何を考えておられるのでしょうか。大佐をさしおいて、ウィンザー少佐に第十七艦隊の全権を委ねるなんて。自身はウィンディーネのオニール大佐と共に別行動にでたまま。通信統制で連絡すらままならないし」
「まあ、そう憤慨するな。この作戦の立案者の一人であるウィンザー少佐に指揮権を任せるのが一番妥当ではないか」
「そうはいいますが、何もウィンザー少佐でなくても……だいたい作戦内容が一切秘密だなんて解せないですよ。一体提督は第六突撃強襲艦部隊や第十一攻撃空母部隊を率いて何をしようとしているのですか? 第六部隊は、白兵戦用の部隊なんですよ」
「ランドール提督がわざわざ第六部隊を率いる以上、ゲリラ戦を主体とした作戦だとは思うが、それがどんなものかは少佐の胸の内というわけだ」
「ゲリラ戦ですか……しかし相手は巨大な要塞ですよ。一体どんな作戦があるというのでしょうか」
「さあな。俺達には何も知らされていないからな」
「やっぱり、恋人だからですかね」
「ま、どんなことがあっても、絶対裏切ることのない信頼できる部下であることには間違いないだろうな。後方作戦の指揮をまかせるのは当然だろ」
カインズとて、下位の士官に命令を受けるのは好ましいことではなかった。しかし、今の自分の地位があるのも、ランドール提督とウィンザー副官の絶妙な作戦バランスの上に成り立っているのも事実であった。大佐への昇進をゴードンに先んじられ、悔しい思いを胸に抱きながらもやっと大佐へとこぎつけたばかりだ。配下には三万隻の艦隊を預けられている。
「大佐。今回の作戦が成功すれば、提督は第八師団総司令と少将に昇進することが内定していると聞きましたが」
「それは確からしい」
「だとすると、今四人いる大佐のうちの誰かが第十七艦隊司令と准将の地位に就くということになりますね」
「ああ……そういうことだな」
「どうせ、腹心のオニール大佐でしょうねえ。順番からいっても」
それは間違いないだろう。
カインズは思ったが、口には出さなかった。やっとゴードンに並んだばかりだというのに、という思いがよぎる。ランドールの下で動く限り、その腹心であるゴードンに完全に追い付くことは不可能であろう。
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銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十章 タルシエン要塞へ Ⅱ
2021.04.21
第二十章 タルシエン要塞へ
Ⅱ
サラマンダー、作戦会議室。
アレックス、ゴードン、パトリシアにジェシカ、そしてレイチェルが集まっている。
タルシエン要塞攻略について最後の詰めを行っているのであった。
「どうだ、例の物の仕上がり具合は、レイチェル」
「はい。ダミー実験を繰り返して安全性に万全を期するように念入りな微調整が行われています」
「うん。乗員の訓練のほうはどうだ。ジェシカ」
「工作員は問題ないとして、一応操艦手としてはジミーとハリソンのうちのどちらか、射手をジュリーにやらせております」
「射手をジュリーにまかせるのか?」
「射撃の腕はジミーにもひけを取らないですよ彼女は」
「そうか、君がそういうなら」
「ところで提督自らが要塞に侵入されるそうですが、お考えを改めなさいませんか?」
ジェシカがパトリシアの方を見つめながら尋ねる。
「私が行かないでどうする」
「生きて帰ってこれないかも知れないんですよ」
「だからこそ私が行かなければならないのだ」
「そうおっしゃってカラカス基地にも突入されましたね」
「どんな状況変化が起きるかもしれない作戦において、迅速かつ正確に事態収拾するためには、作戦のすべてを知り尽くした私の他に誰が行くというのだ」
パトリシアは俯いている。アレックスの意思が固く、いかにパトリシアでもそれに異論を唱える立場にないからである。
「判りました。提督がそこまでおっしゃるなら、もはや私達の差し出口を挟む余地はありませんね」
「うん。いつも済まないと思っているが……」
と、レイチェルの方を見つめながら、
「特に今回は、部外者である天才技術者を一人連れて行く。彼との信頼関係をなくしたくないのだ」
「天才システムエンジニアですよね?」
皆の手前そういうことにしているが、事実はネット犯罪という裏舞台で暗躍する「闇の帝王」、ジュビロ・カービンその人である。間違っても天才ハッカーなどとは明かすことはできない。
フリード・ケースンという人物が身近にいるから、他にも天才と呼ばれる者がいても不思議ではないと思う一同だった。
その本人は、作戦開始までは特別室でくつろいで貰っている。仲間内ではない艦隊の乗員とは距離を置きたいだろうとの配慮である。
五人委員会にて最後の確認事項が取り交わされた後に、改めて少佐たちを加えた作戦会議が招集された。
「別働隊として投入する部隊は、第六突撃強襲艦部隊及び第十一攻撃空母部隊。この私が率いていく」
第六突撃強襲艦部隊はその名の通りに、かつての士官学校時代の模擬戦でも活躍した強襲艦を主体とした白兵戦部隊である。攻撃よりも防御力と速力に主眼において、目的の場所に速やかに到達して任務を遂行する。
「それぞれの指揮は、ゴードンとジェシカに任せる」
「了解した」
「判ったわ」
「今回の作戦は、本隊が要塞への攻撃を敢行注意を引きつつ、別働隊の要塞への接近を容易にすることにある。しかも寸秒刻みの正確さで速やかに作戦を遂行しなければならない。そのために別働隊を率いる私に代わって、作戦の詳細を熟知しているパトリシアを総参謀長とし、艦隊の指揮をカインズ大佐に任せる」
ため息をつく一同だった。
パトリシアが解説に立ち上がった。
「タルシエン要塞は、このシャイニング基地に相当する堅固な敵最前線基地です。全艦挙げての総攻撃とし、シャイニング基地の守備は、基地の自動防衛システムに委ねます。基地を空にすることになりますが、先の基地攻防戦のことから、敵も容易には手出しはできないと思われます。タルシエン要塞はバーナード星系連邦と共和国同盟を繋ぐ橋を守る橋頭堡です。第十七艦隊が攻略に向かったという情報は、すでに向こうにも流れていると思います。それを知らされれば敵側も要塞の死守に専念するよりなく、シャイニング基地攻略の余裕はないでしょう」
「出撃は四十八時間後だ。将兵達には交代で休息を取らせておくように。以上だ、解散する」
作戦会議から四十八時間後。
アレックス率いる別働隊が、シャイニング基地を出撃していく。
「別働隊、重力圏を離脱しました」
サラマンダー艦橋では、パトリシア以下のオペレーター全員が、パネルスクリーンに投影された艦影に向かって敬礼していた。
ご武運を祈ります……必ず戻ってきてください。
心の中で、作戦の成功を祈るパトリシアだった。仮に要塞の攻略に失敗しても、無事に生還してきて欲しいと切に願うのだった。
「カインズ大佐、時間です。私たちも、出撃しましょう」
「判った」
艦隊の指揮のためにドリアードからサラマンダーに移乗してきていた。全艦隊の指揮ともなれば、艦隊運用オペレーター士官の揃っている旗艦サラマンダーの方が好都合だからである。
「全艦隊に告げる。これよりタルシエン要塞攻略に向かう。全艦出撃開始!」
シャイニングに残る艦は一隻もいない。
全艦挙げての総攻撃である。
「進行方向オールグリーン」
「微速前進!」
戦艦フェニックス艦橋。
出撃の指揮を執るチェスター大佐がいる。
「亜光速航行へ移行します」
「旗艦サラマンダーに相対速度を合わせろ」
「相対速度、旗艦サラマンダーに合わせます」
「亜光速、八十パーセントに到達」
「各艦に異常は?」
「ありません。全艦異常なし」
「よし。そのまま進路と速度を維持」
「進路及び速度そのまま」
ふうっ。
とため息をついて、指揮官席に沈むように座りなおすチェスター。
「全艦、順調に進撃中です」
副官のリップル・ワイズマー大尉が報告する。
「輸送艦、サザンクロスとノースカロライナは?」
「ちゃんと着いてきていますよ」
「そうか……。今回の作戦の要だからな」
「次元誘導ミサイルですね」
「ああ……」
「ほんとにそんな性能があるのでしょうか? 極超短距離ワープミサイルなんて」
「あの天才科学者の発明品だからな」
「フリード・ケースン少佐ですね」
「P-300VX特務哨戒艇のことを考えれば冗談とも言えないだろう」
「そりゃそうですけど……。何にしても、我々の任務がその次元誘導ミサイルを積載した両艦の護衛任務ですからね。二万隻でたった二隻を守るなんて、馬鹿げていると思いませんか?」
「そうとも言えんだろう。要塞を内部から破壊できる唯一の攻撃手段だ。当然と言えば当然だろう」
「性能通りでしたらね」
「信じるしかないだろう。何せミサイル一基が戦艦三十隻分の予算だ」
「しかし、提督が少佐に任命された当初から、ケースン少佐に開発を命じていたと言うじゃないですか。今日あることを、その時から計画していたということですよね」
「先見の明があるということだな。提督は一歩も二歩も先を読んで行動している。要塞攻略を命じられてから行動すれば、その準備に最低でも一年は掛るというのに、たった三日で出撃開始だ」
「普通なら考えられませんね」
「そうだな……まあ、提督に従っていれば間違いはないさ」
「だといいんですけどね」
サラマンダー艦橋。
「全艦、ワープ準備にかかれ」
指揮官席から指揮を執るカインズ。
「全艦、ワープ準備」
「ワープ航路設定及び入力完了」
「ワープ航路データを艦隊リモコンコードに乗せて伝達する。全艦、ワープ設定を同調、確認せよ」
スクリーン上の艦影が次々と赤から青へと変わっていく。
「全艦、ワープ設定同調確認。ワープ準備完了しました」
「よし! 全艦ワープ開始」
「了解。全艦ワープ!」
一斉にワープを開始する艦隊。
艦影が揺らいだと同時に次々と消えていく。
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