銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅶ
2020.12.12

第四章 情報参謀レイチェル




 翌日、アレックスが起きて満員でごったがえすような食堂にいくと、レイチェル
は同室のジェシカや同僚の女性士官達とグループで集まって楽しそうに談笑していた。
「あ、司令。ここが空いてますよ」
 と士官学校同窓のジェシカが、手を振ってアレックスを呼び寄せて、レイチェル
の隣を指し示した。
「今、パトリシアのこと話していたんですよ」
「パトリシア?」
 といいながら席に腰を降ろした。レイチェルを横目でちらりと見ると、彼女は微
笑みながらこちらを見つめている。
「はい。彼女、士官学校を首席で卒業したそうです」
 パトリシアはジェシカと寄宿舎を同一にした後輩である。だから直接パトリシア
から連絡が届いても不思議ではない。
「ふーん。首席か……、やはりというところだね」
 卒業のことは知っているが、首席ということは聞かされていなかった。遠慮して
のことだろうが、普段から首席を通していたので納得する。
「よかったですね」
「何が、よいんだ」
「だって、首席ということは、部隊配属希望が一番乗りで選ばれるわけですよね」
「そりゃ、そうだが」
「パトリシアは、もちろんここへの配属を希望したそうです。当然、首席だから希
望通りここへ来れるはずです。また一緒に生活できるじゃないですか」
「なにいってるんだ」
「だめ、だめ。あなたとパトリシアのことはばれているんですから。模擬戦の後、
二人で旅行に出たこともみんな知っていますよ。夫婦として一緒に生活してるくせに」
「ちぇっ。ジェシカにかかったら、形無しだな」
 彼女達はアレックスを魚にするように笑った。レイチェルも屈託なく彼女達と一
緒に笑っている。
 その時艦内放送が鳴った。
『遅番の食事交替まで後十分です』
「あら、もうそんな時間なの。じゃあ、レイチェル、また後でね」
 といって彼女達は、遅番と食事交替するためにそれぞれの部署へと戻っていった。
 レイチェルは、アレックスの副官なので早番・遅番の交替勤務というものはなく、
規定の時間内に済ませればよいので、そのまま残って食事を続けることができた。

「ところでいい情報を、つかみましたわ」
 レイチェルが口を開いた。昨夜のことはまるで意識にないといった表情であった。
こういうことは意外と女性の方が、覚めているのかもしれないし、アレックスにし
てもそうであってくれたほうがありがたい。いつまでも糸を引くような関係では
後々に問題を残すだろう。アレックスにはパトリシアがいるし、レイチェルもその
ことをよく理解してくれているのであろう。
「いい情報?」
 レイチェルは特務科情報処理課に勤務する情報将校である。
「ええ、試作のハイドライド型高速戦艦改造II式が廃艦になるそうです」
「例のあの高速戦艦が?」
「はい。ここに改造II式の仕様書をお持ちしました」
「どれ、拝見させてくれ……」
「どうぞ」
 手渡された仕様書を読み終えて、アレックスは腕組みしながらしばらく考えてい
たが、やがて目を輝かせて言った。
「レイチェル、この高速戦艦を何とか僕の部隊に持ってくることは出来ないだろう
か」
「出来ないことはないでしょうけど……難しいと思いますよ。廃艦が決定している
のですから」
「何としてでも欲しい。申請書を出してくれないか」
「わかりました。なんとか、努力してみます」
「よろしく、たのむ」

 技術部開発設計課を訪れたアレックスは、親友であるフリード・ケイスンに面接
した。
「よお、久しぶりだな。司令官になったそうだね、おめでとう」
「ありがとう」
「で、司令官殿が開発設計課に何用かな」
「君に特殊ミサイルの設計をやってもらいたくてね」
「特殊ミサイル?」
「ここに概要の資料を持ってきている」
 といって、手書きの簡単な設計図と仕様説明書、そして特殊ミサイルを使用する
作戦企画書を手渡した。フリードは企画書に目を通して驚いたように尋ねた。
「おいおい。本気でこの作戦を実行するつもりか?」
「もちろん」
「だが、この作戦目標だが……その強大なる防衛力から、攻略には少なくとも三個
艦隊以上の兵力が必要だと言われている。今までにも、准将や少将クラスの提督が
何度か攻略を試みて、散々の体で逃げかえっているのだぞ。君は諸提督から煙たが
れて独立艦隊に追いやられている身じゃないか。この目標に対する任務を与えられ
るには、君自信が提督のクラスに昇進しない限り無理だろう。少佐になったばかり
の君が作戦を立てるのは時期相応ではないのか」
「確かにそうかも知れない。しかし、今から作戦の準備をしておいてもいいんじゃ
ないかな。たとえそれを実行するのが十年先の話しであったとしてもね」
「まったく君は気が速すぎるな」
「用意周到と言ってほしいね」
「まあいい、要件は飲んだ。で、見返りは頂けるのかな」
「パトリシアをくれ、という要求以外なら考慮しよう」
「誰が人妻なんかいるもんか」
「あ、それから……君は、第十七艦隊独立遊撃部隊の技術要員として転属が決定し
たから……そこんとこ、よろしくな」
「なんだとお! ちょっと、待て」
「辞令は、たぶん明日あたり届くと思う」
「何てことしてくれたんだよ。俺が無重力アレルギーなのを知ってんだろが。だか
ら艦隊勤務にならない技術部開発設計課を選んだんだ」
「おまえのは、ただの宇宙船酔いだろ。大丈夫だ、旗艦サラマンダーには重力居住
ブロックがあるから、船酔い程度なら軽減できるさ」
「しかし、なんで俺がおまえと同行しなければならないんだ。ミサイルの開発設計
なら地上でできるじゃないか」
「そうもいかない。特殊ミサイルを実際に使用する前に、数度の演習が必要だしそ
の度に改良を重ねて万全を期したい。つまり改良設計のために君が必要というわけさ」
「こうなりゃ、見返りをたっぷりもらわんといかんな」
「それにだ……君の持っている次元誘導ミサイルの開発援助をしてもいい」
「次元誘導ミサイル?」
「確か、ミサイル一発の開発生産に戦艦三十隻相当分の予算がかかるんだったよな」
「あ、ああ……極超短距離のワープ誘導システムがね……」
「そうだろうな。一飛び一光年飛べる戦艦で、目の前一メートル先にワープするに
等しいことをするんだからな」
「まあね。ミサイル一発作るより、実物戦艦三十隻のほうが実益があるとかで、ど
こからも製作依頼がこない」
「そりゃそうだろう。戦艦なら撃沈されない限り何度でも戦闘に参加できる。たっ
た一発限りの消耗品に戦艦三十隻分の予算をつぎ込むことなど、具の骨頂というも
のだ」
「だが、作戦次第では、絶対に三十隻以上の働きをできるはずなのだ」
「たとえば?」
「あの強大堅固なタルシエン要塞を内部から簡単に破壊できる。反物質転換炉ない
しは貯蔵システムにぶち込んでやれば、一発で木っ端微塵にできる。でなくても動
力炉、メイン中枢コンピューター、中央管制センターなどの主要部分を攻撃すれば、
数発のミサイルで機能停止して簡単に落ちる」
「それは無理だな。同盟軍中枢部は要塞を破壊するのではなくて、攻略して手に入
れることを考えているから、主要部分への攻撃は許されていない」

 翌日。
「ベンソン課長……」
「おお、ケイスン。転属の挨拶か」
「はい。しかし……ベンソン課長。私の転属をよくお認めになられましたね。今開
発中の機動戦艦の設計中で一人でも多くの人手が欲しいはずなのに」
「ああ……その機動戦艦なんだが……。実は、ランドール少佐の部隊に配属が決ま
っているのだ」
「ちょっと待ってください。機動戦艦は宇宙戦艦じゃありませんよ。大気圏内防衛
専用の空中戦艦です。アレックス、いえランドール少佐には必要ないと思いますけ
ど。何せ彼は最前線ですから」
「わしにもわからんが、わしの機動戦艦の仕様を読んだランドールがぜひ自分の部
隊に配属させたいと上層部に申請して受理されたんだ。何せ、開発は始まってはい
たが、配属先が決まらず宙に浮いたままだったからな。すんなり決まってしまった」
「しかし、なんで空中戦艦なんか……」
「輸送艦に積んで占領地の掃討作戦にでも使用するつもりかもな」
「無理ですよ。こんな巨大な機動戦艦を積んで大気圏突破できる輸送艦なんてあり
ません」
「そういわれればそうだな。ともかく。わしとしては、配属先が決定して喜んでい
る。だから君の転属依頼があった時でも、断り切れなくてね。ま、君の担当のメイ
ンエンジン部門はほぼ完了しているから」
 壁に貼られた機動戦艦の設計概要図を見つめているベンソン。
「それから君には、少佐が旗艦として乗艦するハイドライド型高速戦艦改造II式の
エンジンの改良を手掛けてもらうそうだ」
「ハイドライド型高速戦艦改造II式……? それって廃艦に決定したんじゃ……」
「いや、こいつも少佐の部隊に配属されたそうだ」
「一体何を考えているんだ。アレックスは……」
「ああ、それから。旗艦サラマンダーに乗艦したら、娘のスザンナに渡してもらい
たいものがあるのだが、頼んでもいいかな」
「サラマンダー?」
「知らなかったのか。ハイドライド型高速戦艦改造II式のうちの一隻がサラマン
ダーと命名されて、ランドール君の旗艦に決まったのだよ。その旗艦の艦長になっ
たのが、スザンナというわけさ」
「そうでしたか。しかし、旗艦の艦長とは素晴らしいじゃないですか」
「まあな。娘はミッドウェイ宙域会戦はもちろんのこと、士官学校での模擬戦闘大
会当時から、ずっとランドール君の乗艦の艦長やってるんじゃよ。絶大なる信頼関
係というところかな」

 第四章 了

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング



11
2020.12.12 08:25 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅵ
2020.12.11

第四章 情報参謀レイチェル


VI

 数日後。
 アレックスは本格的に部隊の再編成に大車輪で取り組みはじめた。情報処理が専
門のレイチェルという優秀な副官を得て、仕事は順調かつスピーディーにはかどっ
ていた。
 そんな女性士官の軍服を着込んでアレックスの副官としてかいがいしく働くレイ
チェルの姿を横目でちらちらと眺めながらも、その美しい容姿に思わず変な気分に
ならざるを得ない自分自身を異常かなと思ったりもした。タイトスカートの裾から
のぞく白くて細い足に思わずどきりとすることが、何度あることか。
「紅茶はいかがですか?」
「ああ、頼む」
 レイチェルはアレックスから依頼される仕事をてきぱきとこなしながらも、個人
的なアレックスの身の回りのせわもしてくれていた。司令官として与えられたアレ
ックスの個室の掃除や、衣類の洗濯といったこまごまなことも率先してやってくれ
ていた。女性特有のこまやかな心配りを忘れない、副官として有能な人物であった。
 アレックスは彼女をその他の女性士官達と区別することなく扱った。女子更衣室
や浴室、トイレの使用まですべてに渡ってである。無論女性士官達は彼女が性転換
者であることも知らずに、仕事を共にしていることになるのだが。実際彼女と同室
になったジェシカ・フランドル少尉などは、時々衣類などの取り替えっこをするく
らいの大の仲良しになるほどで、それほど完璧に女性になりきっていたのである。
いや、なりきっていたという表現は彼女にたいして失礼であろう。アレックスとレ
イチェル本人にとっては、女性そのものに相違なかったのである。第一、軍籍上は
女性として登録されている以上、そうするよりになかったのではあるが。

 ある日、アレックスはレイチェルが副官としてよく尽くしてくれるので、その労
をねぎらう意味で、二人とも非番となる明日にデートへ誘うことにした。ジュビロ
との面談の後にデートらしきものはしたが、正式なデートはまだであった。
「え? あたしとですか」
「うん。どうかな」
 実は誘いの言葉をかけたものの、冷や汗ものであったのだ。形成手術を施して身
体は女性として生まれ変わり、言葉使いや態度は完全に成りきっているものの、心
の中までは覗くことはできない。精神的にも男性を受け入れることのできる真の女
性であるかどうかがわからなかったからだ。一部の性転換者の中には、男でいるの
がいやだからとか、女性の素敵なドレスを自由に着てみたいからとか、そういった
理由で手術を受ける者もいると聞く。当然異性としての男性には全く興味を持たな
い、自分本意だけの完全な女性になりきっていない者もいるわけだ。
 しかし、レイチェルは、身も心も完璧な女性であった。それはアレックスも幼少
の頃から気付いていたことだ。レイチェルは昔から女っぽい性格をしていた通り、
異性のアレックスから誘いを受けて、その心情を包み隠さず表情にさらけ出すよう
にして喜んだ。
「うれしいわ。あなたが誘ってくださるなんて」
「いつもよくやってくれるから、感謝をこめてね」
「じゃあ。ホテルのプールに泳ぎにいきません?」
「プール?」
「ええ。その後はホテルで一緒にディナーをいただくの」
 アレックスは、いいのかな……と当惑した。プールに行くとなればもちろん水着
になることになる。わざわざ水着になることを希望したということは、自分の身体
に自身を持っているということになるわけだ。そんな彼女の水着姿を見たい気もする。

 レイチェルが勤務を終えて、女子更衣室で着替えをしていると、ジェシカが話し
掛けてきた。
「ねえ、レイチェル。明日非番でしょ。一緒にどこか遊びにいかない?」
「ごめんね。先約があるの」
「え。誰なの、相手は」
「内緒」
「わかったあ。少佐とね、彼も非番だもの」
「想像におまかせするわ」
 といってレイチェルは微笑んだ。
「やっぱり、そうなのね。いいなあ……『ただの幼馴染みよ』とか言っておきなが
ら、結局仲良くやってるのね」
「言っときますけど、あたし達は健全な関係ですから。第一少佐には、れっきとし
た婚約者がいるんですからね」
「それくらいは、あたしも知っているわ。パトリシアよ。あたしの後輩なんだから」

 翌日、レイチェルは下着姿で鏡台に座って簡単に化粧を済ませると、白い木綿の
ドレスを着込んだ。デートだというのに化粧を簡単にしたのはどうせプールにつけ
ば化粧を落とさねばならないし、念入りな化粧はディナーの前に施すつもりだった。
そのディナーの時に着るためのドレスもすでに別に用意してある。
 今回のデートの場所にあえてホテルのプールを選んだのにはわけがあった。奇麗
な身体になった自分自身をアレックスに見て欲しかったのである。ごく自然な場所
でとなると、水着になれるプールしかない。
 待ち合わせの場所にそろそろ行かなければならない時間になっていた。鏡に自分
の身体をもう一度映して、衣類の乱れなどの最後のチェックをしてから、レイチェ
ルは部屋を出た。
 女子寮から歩いて五分ほどの所に、小さな公園があった。その入り口近くの噴水
のそばのベンチが待ち合わせ場所であった。
 約束の時刻丁度にアレックスは、エアカーで迎えに来た。
「さすがにアレックスね。時間厳守だわ」
「その荷物は?」
 プールに行くにしては、大きな荷物に疑問を抱いたアレックスが尋ねた。
「水着と、ディナー用のドレスよ」
 男性と違って女性は衣装には気を遣うものだ。ホテルで食事となれば、それなり
の衣装が必要だ。
「ああ、そうか……じゃあ、行こうか。女子寮の連中に見つからないうちに」
「そうね」
 レイチェル自身にしてみれば、別に見つかっても構わないと思っていたが、アレ
ックスには部隊運営にかかわる重大問題事であった。上官と副官との情事なんて取
りだたされれば、士気にかかわるし、世間の週刊誌が放っておかないだろう。なに
よりパトリシアに言い訳がつかない。
 アレックスはレイチェルの荷物を抱えると、エアカーの後部座席にしまった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
 レイチェルが助手席に乗り込み、アレックスはエアカーを走らせた。

 プールサイドに置かれたビーチベッドに横たわっているアレックス。女性の着替
えは時間がかかるものであり、先にプールサイドに来てレイチェルのおでましを待
つことにした。果たして彼女はどんな水着を来てくるかというのが、アレックスの
感心事であった。ワンピースかビキニか。目を閉じレイチェルの水着姿を想像して
いた。
「お待たせ」
 そこへ黒い生地に縁に金ラインの入ったビキニの水着姿でレイチェルは現れた。
 はじめて見るレイチェルの水着姿。身体のラインがくっきりと手に取るように見
えている。
 まさしく完全な女性の肢体が目の前にあった。
 何せ自分からプールに行こうと言い出した彼女である。身体のラインには相当の
自信があったのだろう。
「きれいだよ」
 開口一番、誉め言葉を述べるアレックス。
「どっちが?」
 レイチェルが尋ねたのは、きれいなのは水着か、自身の身体のことか、と確認し
たのである。
「もちろん両方さ」
「ありがとう」
 といって隣のビーチベッドに横たわるレイチェル。

 数時間後、ホテルのレストランに二人はいた。
 ピンク系のドレスを身に纏い、しとやかに料理を口に運ぶ仕草は、まさしく女性
のそれであった。
 身体的・精神的なものに加えて、立居振舞に関しても完璧な女性であった。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング



11
2020.12.11 11:45 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅴ
2020.12.10

第四章 情報参謀レイチェル


V

 数日後。
 ダウンタウンの界隈を散策するアレックスとレイチェルの姿があった。
 レイチェルはワンピースに身を包んでアレックスの腕に自分の腕をからませて、
まるで恋人風気分といった感じであった。
「彼はこの建物の地下にいるはずです」
「地下への入り口は?」
「裏手から入れるようになっています」
 二人はビル脇の狭い通路から裏手に回った。
「しかし汚いなあ」
 足元には空き缶などのごみが散乱し、壁には雑多なペイントの落書きで埋め尽く
されていた。
「ダウンタウンですからね」
「君はこういうところに頻繁に出入りしているのか?」
「まさかあ……特別な時だけですよ」
「だろうね」

 中へ入った途端、背後の扉が閉められて、逃げられないよう扉の前に塞がるよう
に男達が立ちはだかった。
 見た目にも柄の悪い、危ない雰囲気の連中が、二人を取り囲んだ。
 その群れをかき分けるようにして、見知った顔の男が現れた。軍のシステムにハ
ッカーしてきたあの男、ジュビロ・カービンである。
「よく来たな英雄さん。ところで俺からの贈り物は届いたかね」
「ああ。さすがだな、あのカウンタープログラムを看破してくるとはな」
「俺の腕前を試したようだが、あれくらいのカウンターで神出鬼没のこの俺を排除
しようと考えるのは甘いな」
 ジュビロに案内されて奥まった場所にあるテーブルに着席する一同。
「君の腕前には感服した」
「だてにハッカーを何年もやってはいないさ。さて……要件を聞こうか」
「レイチェルから大まかな事情は聞いていると思うが、君のそのハッカーの技量を
貸してほしい」
「で、目標は?」
「これが企画書だ。目標はそこに記されている通りだ」
 アレックスは企画書を差し出した。
 ジュビロは企画書を受け取り、内容を確認して驚いて言った。
「こ、これは……!」
 なおも企画書を熟読を続けるジュビロ。
 やがてポトリと企画書をテーブルの上に放り出して尋ねた。
「内容は了解した。しかし、本気でやるつもりか」
「もちろんだ。どうだ。ハッカーとしてのその腕前を存分に発揮してみたいと思わ
ないか?」
「確かに。この目標にアクセスできるならば、やってみる価値はある」
「まだ誰一人として侵入した者がいないそうですわね」
「そりゃそうさ。完全に外部から遮断された独立コンピューター系が支配している
からな」
「そうでしたの?」
「あたしにも読ませてよ」
 仲間の女性の一人が企画書を読もうとしたが、
「だめだ!」
 と叫んでジュビロが企画書を取り上げた。
「なにすんのよ」
 いきまいて怒りだす女性。
「決まっているじゃないか。この計画は、極秘理に進行させなければ意味が無い。
なにせ何十年かかるかわからない計画だ。直接の当事者以外知られてはいけないの
さ。どこから計画が洩れるか判らないからな。おまえもハッカーの一人ならわかる
だろう」
「そりゃそうだけど……」
 しぶしぶながらも納得して同意する女性。
「彼が危険を冒してまで、直接この俺にアクセスしてきたのもそのせいだ。な、そ
うだろう、アレックス君」
「まあね……」
 アレックスは、さすがに切れる男だと察知した。企画書に一度目を通しただけで、
遠大な計画の全容を把握している。

「だが、どうやって目標に接触するつもりだ。この計画を実行するには、目標に直
接アクセスする必要がある。いくらこの俺でもそれは不可能だ。現状ではどうにも
ならんぞ」
「今はまだ、不可能だが、いずれそれを可能にしてみせる」
「どうやって? どう考えても今のおまえには実現できないだろう」
「今はまだ何とも言えない。今後の情勢によって臨機応変というか、多分に未知数
が多過ぎる。ともかく、この計画は同盟の将来を左右する重大な作戦となることは
確かだ」
「ジュビロ、受けてたってやってやろうじゃない。何だかんだ言ってこの人はあた
し達に挑戦しているのよ」
「そうだ。俺達のハッカーの腕を試そうとしている」
「同盟の将来がどうなろうと、俺達の知ったこっちゃない。だが、不可能といわれ
る巨大なシステムに対してチャレンジするのは、ハッカーの夢だ。いいだろう、依
頼を受けようじゃないか」
 ジュビロは立ち上がって、承諾の意志を表すように握手を求めて来た。それに応
じて同じく立ち上がって手を差し出すアレックス。やさぐれに囲まれているこうい
った状況の中で、手を塞がれる握手に応じることは、相手を完全に信用するという
意志表示でもある。

「ともかく目標の情報が極端に不足している。皆目といっていい。情報はそっちの
方で手当してくれるのだろうな」
「それは軍の情報部に働きかけてみよう。そういった方面は軍のほうが専門だから
な。軍が収集した情報を、君達に直接流せないが、好きなだけハックして取り出す
がいい」
「ハックして取り出せだと? 言ってくれるぜ」
「君達なら、雑作ないことだろう」
「それはそうだが……。司令官殿がこんなことして、事態が表面化すればスパイ容
疑で軍法会議にかけられるのではないか」
「それは間違いないだろう。だが、同盟が存続してこその軍隊であり、司令官の地
位があるのだからな」
「まあいい。ともかく協力すると約束しよう」
「ジュビロ、ありがとうございます」
「とはいっても、目標のシステムのOSすら判明していない。その概要を把握しカ
ウンタープログラムをかいくぐって侵入する手だてを確立するのには、それなりの
周到なる準備が必要だ。軍の情報部の活躍次第というところだが、解明には軍部の
総力をあげても数年掛かるかもしれないがな」

 数時間して、地下室から出てくる二人。
「さて、まだ時間があるな」
「せっかく二人で出てきたのですから。これからデートってのはいかがでしょう」
 といって微笑みながらアレックスの腕に、そのか細い腕をからませた。
「そうか……、それもいいかもしれないな」
「うふふ……」
 ダウンタウンのビル街の谷間を、寄り添って歩きだす二人であった。

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング



11
2020.12.10 05:36 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅳ
2020.12.09

第四章 情報参謀レイチェル


IV

 翌日。
 アレックスはオフィスの椅子に腰掛け、相も変わらず苦手な書類を懸命にこなし
ていた。
 インターフォンが鳴った。
「レイチェル・ウィングです。ご命令により出頭いたしました」
「入りたまえ」
 扉が開いてレイチェルが入室してきた。
 その服装を見るなり、
「やはりか……」
 という風に目を伏せるアレックス。
 レイチェル・ウィング少尉は、軍服のタイトスカートからのぞく足並みもまぶし
いくらいに、その身のこなしかたも女性士官としてすっかり様になっていた。
「ご命令により、出頭いたしました」
「辞令で伝えてあるとおり、君を副官としておくことにした」
「はい。存じております」
「ご苦労。早速で悪いのだが、部隊の再編成について打ち合わせしたい」
「はい。わかりました」
 二人は再会のあいさつもそこそこに、いきなり仕事に入ることになった。それは、
アレックスが私情にかかる懸念を避けるために、わざとそうしていたのである。
「とにかく我が部隊は、高速運航できることを主眼におきたい。艦載機を搭載でき
てより高速移動できる軽空母や巡航艦を主体とした部隊編成が必要だ」
「つまり足の遅い主戦級の攻撃空母や重戦艦はいらないとおっしゃるのですね」
「その通り。艦載機を多数搭載できる攻撃空母は魅力ではあるが、防御力が小さい
ため護衛艦を配置しなければならん。直接戦闘できない艦をおくのは無駄だ」
「ただでさえ造船費や維持費のかかる空母よりも、安くて速い巡航艦を多数配置し
たほうが良いというわけですか」
「本格的な艦隊戦ならともかく、遊撃部隊として行動することが主体の我が部隊に
は必要ないし、足手まといになるだけだからな。いかに早く戦闘宙域に到達しかつ
迅速に撤退できるかといった高速性能が必要なのだ」
「司令官がミッドウェイ宙域会戦でとられたような作戦を今後もとられるおつもり
ですか」
「まあな。時と状況によるさ」
「わかりました。現部隊所属の攻撃空母を放出して巡航艦と等価交換すればよろし
いのですね」
「君には手数をかけるがよろしく頼むよ」
「攻撃空母はどこの艦隊でも欲しがっているので、そう苦労することはないと思い
ますよ」
 それからこまごまとした内容を打ち合わせて、ほぼ今日の分が終わりかけたとき
にレイチェルが言った。
「話しは変わりますけど、例のハッカーとの連絡が取れました」
「本当か」
「はい。お会いになられますか」
「もちろんだ」
「まもなく相手からアクセスがあると思います」
「なに。軍のネットにわざわざ侵入してくるというのか」
「はい。挨拶代りに出向いてくるそうです」
 その時丁度、端末が受信を知らせた。
「来たようですわ。出ますか?」
「頼む」
 レイチェルは端末を操作して受信体制を整えた。
 ディスプレイに相手の顔が映しだされた。
「よお、レイチェル。来てやったぜ」
「待っていましたわ。さすがですわね」
「司令官を出してくれないか。俺も忙しい身でね」
「わかったわ。替わります」
 レイチェルに代わってアレックスがディスプレイの前に立った。
「あんたが、噂の英雄さんか」
「アレックス・ランドールだ。君が、レイチェルの言っていたハッカーだな」
「それは、ご覧の通りだ。厳重な軍のネットにこうして侵入してきているのだから
な。ジュビロ・カービンだ。よろしくな」
「要件は直接会って話したい。どうすれば会えるか?」
「俺は、あんたを信用しているわけではないからな。ここで居場所を教えるわけに
はいかない。会見方法は後日レイチェルを通してあんたに伝える。今日はともかく
あんたの顔を確認したいのと、俺の腕前を証明するためにアクセスしたのだ」
「いいだろう。連絡を待っている」
「じゃな」
 といって通信は一方的に途切れた。逆探知を恐れてのことだろうか、名前と顔を
確認するだけの極端に短い通話であった。
「印象は、いかがでしたか?」
「なかなか好男子だったじゃないか」
「それってどういう意味ですか?」
「いやなにね」
「もう……そんな関係ではありません。変にかんぐらないでください」
「ははは。悪い、悪い。ところで、技術部システム管理課のレイティ・コズミック
少尉をここへ呼んでくれないか」
「コズミック少尉をですか?」
「そうだ」

 それから数時間後。
 端末を操作しているレイティ。
「ふう……これでいいですよ」
「完了か?」
「はい。こんど彼がアクセスしてきたらきっと驚くことになります」
「何をなさったのですか?」
「いやなにね。レイティに特別なカウンタープログラムを組んでもらったのさ」
「カウンタープログラム?」
「通常の手段によらないでアクセスしたものの端末を逆探知してそのシステムを破
壊するプログラムです」
「逆探知して破壊ですって。そんなことが出来るのですか?」
「可能ですよ」
 レイティはきっぱりと答えた。
「システムをハッカーから守るには、二種類の方法があります。システムを厳重に
ガードして侵入を防ぐ方法と、それでも侵入された場合のためにカウンタープログ
ラムで退治する方法とです」
「カウンタープログラムを作るためには、システムのハードとソフトのすべてを熟
知していなければできないんだ。通常の方法でアクセスしてくる一般のシステム運
営者との区別を厳密にしなければならないからな。システム管理部にいるレイティ
だからこそできる技ということさ」
「でも、そんなことをして相手を怒らせることになりませんか。相手にハッカーの
依頼をなさるおつもりなのでしょう?」
「確かに自分のシステムを破壊されて怒らない奴はいない。しかし、それだけこち
らが真剣だと悟るだろう。そのうえでレイティの作り上げたカウンタープログラム
を看破してくるような腕前がなければ、この計画を実行し成功させることはできない」

 アレックスは、ジュビロ・カービンとの共同計画となる作戦概要を示した企画書
を、レイチェルとともに作成した。もちろんこのような機密書類をレイチェルに作
成させたのは、彼女を信頼している証でもある。
「それにしても遠大な計画ですね。これを実行する機会は到来するのでしょうか」
「さあな。何年かかるか、僕にも検討もつかないさ。十年掛かるか二十年かそれ以
上か……。少なくとも僕が提督と呼ばれる地位に就くまでは実現しない計画なのか
もしれない。しかし前もって準備万端整えておいて、即実行できるようにしておか
なければ、いつやってくるかわからない千載一隅の機会を失ってしまうかもしれない」
「わかりました」
 それから数時間後、司令官室から出て来るレイチェル。
 戸口で敬礼をしてかる、ゆっくりとそのばを立ち去る。
「しかし遠大な計画だわ……果たしてそれを実行できる機会は本当にやってくるの
かしらね。その日の為に用意周到に今から着手しておくことは必要だけど……ま、
さすがアレックス、あたしが惚れるだけの人物ね」
 といいつつ、つい顔を赤らめるレイチェルだった。

 とある部屋。
 端末を操作しているジュビロ。ふとその手を止めて、
「レイチェルに連絡とってみるか……」
 いつものように軍のホストコンピューターにアクセスを試みる。以前レイチェル
の軍籍を改竄したことがあるので、さほどの苦労もなく容易に侵入に成功した。
「ええと、レイチェルのIDはと……」
 端末を叩いてレイチェルのメールボックスにたどりつく。
 だが、その途端だった。
 ディスプレイが一瞬輝いたかとおもうと真っ白になってしまったのである。
「な、なんだあ……」
 慌てて端末を操作しようとしてもキーを一切受け付けなくなっていた。
 やがてディスプレイに文字が浮かび上がってきた。
『ごめんなさいね。あなたのシステムは破壊させていただきました。このカウン
タープログラムを看破して再度挑戦してみてください』
「ちきしょう、カウンタープログラムか。いつのまに……それにしてもなんちゅう
カウンターだ」
 システムは、完全に死んでいた。
「だがな、この俺をそんじょそこらのただのハッカーと思ったら大間違いだ。こっ
ちにはカウンタープログラムを看破する支援システムがあるのだ」
 それはジュビロが開発した支援システムで、メインシステムの状態を常時監視追
跡しながら独立に作動する。カウンタープログラムによってメインシステムが破壊
されても、自動的にそれを修復すると同時に、そのカウンタープログラムを解析ま
でしてしまうというジュビロ自慢のシステムプログラムであった。つまり一度はカ
ウンターを食らっても二度目のアクセスでは、それを回避する手段をとることがで
きるのである。つまりプログラムを解析してそれを無効にしてしまうワクチンを処
方してしまえばいいのだ。
「さてカウンタープログラムを拝見させていただくとするか」

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング



11
2020.12.09 09:13 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第四章・情報参謀レイチェル Ⅲ
2020.12.08

第四章 情報参謀レイチェル




 基地に戻ったアレックスは早速軍籍コンピューターにアクセスして、レイチェル
の素性を確認した。もちろん真っ先に確認したのは、その性別である。
「FEMALEか……本当だ」
 ハッカー存在は確かなようであった。
 誕生日や出身地といった性別以外の項目には、幼少時代のアレックスにも周知な
事実が記されている。間違いなくあの「泣き虫レイチェル」本人であった。
 アレックスは、少佐のIDカードを差し込んで、さらに詳細なデータとこれまで
の勤務評定を読んでみた。
「ふうん。結構優秀じゃないか」
 一通り読みおわって、しばらく考えたあと、アレックスは彼女の配属項目に自分
の名前を入力した。すなわち自分の副官として採用することにしたのである。とに
かく独立遊撃部隊の再編成に忙しい自分が、現在もっとも欲しいのが自分の仕事を
補佐してくれる人物であったからだ。
 もちろん副官採用は命令であり、軍人としてレイチェルにはそれを拒否すること
はできない。

 独立遊撃部隊が駐屯する基地からほど遠くないところに女性士官専用の寮がある。
 基地に艦隊が駐留している間、女性士官達が寝泊まりする施設である。
 女性士官の軍服を着たレイチェルがその門をくぐりぬけた。
 施設に入るには受け付けで登録をしなければならない。
「レイチェル・ウィング少尉です。認識番号は……」
 受け付けの係官は、そばの軍籍コンピューターに接続された端末に認識番号を打
ち込み、ディスプレイに現れた顔写真と本人とを照合した。もちろんその顔写真や
性別などの登録情報は、レイチェルがハッカーに依頼して後から書き直したもので
あるが、受け付けが気付くわけもなく照合はすんなりとパスした。
「確認しました。レイチェル・ウィング少尉、あなたのお部屋は二階の二百五号室です」
「ありがとうございます」
「それから、ランドール少佐からの辞令が届いています」
「辞令?」
「はい。これです」
 レイチェルは辞令を受け取ると、二階へあがり自分にあてがわれた部屋を見つけ
て入った。
 荷物を床に置いて、早速辞令を開けて読んでみると、自分をランドール少佐の副
官に任命するとあり、明朝午前九時にオフィスに出頭せよとあった。
「あたしが、アレックスの副官か……なんか楽しくなりそうね」
 レイチェルは思わず含み笑いを浮かべ、荷物をロッカーにしまい軍服から私服に
着替えをはじめた。
 スカートを脱いで下着姿になったところで、ドアがノックされた。
「どうぞ」
 振り返って返事をすると、片手に荷物を持って女性士官が入ってきた。ここでは
全員相部屋になっているので、どうやら同室となる相手なのだろう。
「あなたが同室なの?」
 彼女はレイチェルの姿を見て確認した。
「そうみたいですわね。あたしは、レイチェル・ウィングです。今日からよろしく
お願いします」
「あたしは、ジェシカ・フランドル。こちらこそ、よろしくね」
 彼女も荷物をおいて、レイチェルの目前で着替えをはじめた。もちろんレイチェ
ルの素性など知るはずもなく、女同士とすっかり信じこんでいるからである。レイ
チェルもまた女性の心を持っているためにジェシカの下着姿には興味を抱くことも
なかった。
「ねえ、レイチェル。あなたはどうしてアレックスの部隊に転属を申し出たの?」
「アレックス?」
「ああ、あたしは彼と士官学校が同じでね。恋人同士だった時もあったけど……と
にかく、アレックスから直接来てくれないかと連絡があったのよ」
「そうですか……。あたしのほうは、広報をみて応募しましたのよ。英雄なんて呼
ばれるお方がどのような人物なのか、何となく興味あるじゃないですか、やっぱりね」
「ふうん……そんなものかな」

 その日の夕刻、寮の食堂において自己紹介及びミーティングが行われた。夕食を
とりながら一人ずつ氏名と出身校などの自己紹介が進められていく。その後、門限
や入浴時間そして服装や化粧などといったこまごまとした寮生活の規律・注意事項
の確認が伝達される。
 若い女性ばかりが集まっているのだ、寮母の話しなどに真面目に耳を傾けている
者は少ない。それぞれてんで勝手に近くの者とわいわいと内輪話しに夢中になって
いる。レイチェルも、ジェシカらの仲良しグループに混じって、仲良くやっていた。
アレックスと同校であるジェシカをはじめとするスベリニアン校出身の女性士官全
員が、独立遊撃部隊転属を希望してやってきていたのである。顔見知りの彼女達が
すぐに仲良しグループを作るのは当然といえた。
「レイチェル、ちょっとこちらにいらっしゃい」
 突然寮母がレイチェルを前に呼び寄せた。
「は、はい」
 何事かと皆の視線が集中するなか、レイチェルはゆっくりと前に進み出た。
「改めて紹介しておきます。このレイチェルは、ランドール少佐の副官として任命
されました」
「ええ!」
「うそお……?」
 という黄色い声が飛び交った。
「というわけで、みなさんの部隊内での配置転換などの希望や、諸々の要望書など
の受け付けはこのレイチェルが窓口になります」
「実はあたしも、副官に任命されたなんて今日知らされたばかりなのです。どうし
てかしらと、みなさんに変なかんぐりされるのもいやなので白状しますと、少佐と
あたしは幼馴染みなのです。きっとその縁であたしを副官に選ばれたのと思います。
なにせ一緒にお風呂なんかにも入った中で、少女時代から良く知り合っていました
から。そういうわけで、みなさんお手柔らかにお願いしますね」
 そう言って軽くお辞儀をすると微笑んでみせるレイチェルであった。
 ジェシカ達のグループに戻ったレイチェルは、早速吊し上げにあうはめに陥った。
「ずるいわよ。少佐とのこと隠しておくなんて」
「別に隠していたわけじゃありませんもの。話す必要がないと思っていましただけ
よ」
「ね、ねね。少佐とはどこまで進んでいるの?」
「それって男と女の関係で、という意味でしょうか?」
「もちろんに決まっているでしょ」
 仲が良いということになると、その親睦度までかんぐりたくなるのが、世の女性
達の常であった。AだのCまでいっただのと、きゃーきゃー言いながら憶測で判断
し、おひれがついてその噂話しが広まっていく。
「あのですねえ、幼馴染みだからって特別な関係に発展するとは限りませんわよ」

 その夜。
 部屋に戻って就寝着に着替えたレイチェルとジェシカは、アレックスを肴にして
昔話を花咲かせていた。レイチェルはアレックスの幼少の頃を、ジェシカは士官学
校の頃のそれぞれの話題を交換していた。
「……というわけでアレックスとパトリシアは夫婦なのよ。まだ子供はいないけど」
「そうでしたの……もういい人がいらっしゃったのですね」
「がっかりした?」
「少しばかりね……。でも、ジェシカさんもお好きだったのでしょう?」
「まあね。しかし親愛なる後輩のためと思って、いさぎよくあきらめたわよ」
「パトリシアさんか……」
「いずれ会うことになるわよ。どうせ士官学校を首席で卒業するでしょうから、間
違いなくアレックスの部隊に配属されてくるわ」
「早くお会いしてみたいですわね」
「ところでさあ……」
「なんでしょう」
「あなたが副官になるということは、配属に関してもある程度融通を利かせること
ができるのよね」
「それってつまり……」
「お願いしちゃおうかなと思ってさ」

↓ 1日1回、クリックして頂ければ励みになります(*^^)v

ファンタジー・SF小説ランキング



11
2020.12.08 11:52 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

- CafeLog -