銀河戦記/鳴動編 第一部 第一章 索敵 Ⅱ
2020.11.20

第一章 索敵

II

 一方、同盟の前面に対峙する敵艦隊。バーナード星系連邦軍の第七艦隊所属で、
旗艦ヨークタウンの艦橋では、F・J・フレージャー少将が指揮をとっていた。
「敵右翼への攻撃が薄いな。通信士、ナグモあて電令『右翼への攻撃を増強された
し』だ」
「はっ。直ちに」
「ナグモ達はよくやっているな」
「はい、このままいけば制空権を確保している我が軍が勝てるでしょう」
 艦隊首席参謀のスティール・メイスン中佐が報告した。
 深緑の瞳と褐色の髪が畏敬をさそう。
 深緑の瞳を持つものは連邦でも数少ない人種であり、かつて全銀河を統一したア
ルデラーン一族の末裔を意味していた。
 今から四百年もの昔において、全銀河に繁栄した人類の中でも、アルデラーン一
族は数ある小数民族の一つに過ぎなかった。彼らも元々は蒼い瞳を持つ部族であっ
たが、ある日深緑の瞳を持つ子供が誕生した。それは突然変異であったのだが、成
長したその子供はまたたくまに一族を統率し、さらには周辺の国々への侵略を開始
して、ついには銀河の三分の一を治めるに至り、専制君主国家アルデラーン公国を
建立したのである。始祖ソートガイヤー大公の誕生であった。
 その孫のソートガイヤー四世によって全銀河統一されて以来三百余年の間に、深
緑の瞳を持つ人間もその親族である皇族を中心として増えていった。すなわち深緑
の瞳を持つものは、分裂し勢力が縮小したとはいえ現在も延々と続く銀河帝国の皇
族達とどこかで血がつながっていることを意味していた。
「このままいけば、勝てるか……」
 そもそも今回の作戦を立案したのは、深緑の瞳をしたこの参謀であった。ミニッ
ツがそれに賛同し、自らヤマモトを説き伏せてナグモの艦隊を借り受けたのである。
「熟達したナグモの戦闘機乗り達にかかっては、トライトンも流石に手も足もでな
いというところです」
「君の作戦にも見るところがあるが、それを実現してしまうミニッツ提督の采配に
も、毎度うならされるな。ナグモなしでは机上の空論で終わってしまうところだっ
たのだ。
しかし、我が第七艦隊と第一空母機動部隊のナグモとを連携させるとはな」
 フレージャー提督が感心するのも、道理があった。同じ連邦軍とはいえ、多種多
様な民族の寄せ集めであるミニッツらの艦隊と、単一血縁のヤマト民族を誇るヤマ
モトの艦隊とでは、相容れない溝の存在があったのである。ゆえに時として反目し
あい、互いに戦功を競い合いながら、微妙なバランスの上に連邦軍は成り立ってい
た。
「しかし、あのヤマモト提督がよくナグモを差し向けてくれましたね。ミニッツ提
督とヤマモト提督は犬猿の仲だというのに」
「同盟への全面侵攻作戦も間近だからな。ここで、貸しを作っておいて、侵攻作戦
の総指揮官の椅子が自分に回ってくることを狙っているのだろう」
「彼が構想を抱いているといわれる『聯合艦隊』の司令長官の椅子ですか」
「そうだ」

 そのころ、フランク中佐の配下にあった士官学校出たてのアレックス・ランドー
ル少尉は、索敵のために出撃中で、丁度敵艦載機群の飛来した方向の宙域でその配
下の一個小隊を展開させていた。
 アレックスの乗る指揮艦「ヘルハウンド」の艦橋では、各種オペレーターが忙し
く機器を操作し、それぞれの任務をてきぱきとこなしていた。それらの中には男性
の姿は一人も見受けられない。
 アレックスは、士官学校同期卒業生の中から、ヘルハウンド艦長のスザンナ・ベ
ンソン准尉を筆頭に、特に優秀な女性士官のみを選出して自分の乗艦する艦橋オペ
レーターとして配属させたのである。
 艦内には、エンジンや艤装兵器などから伝わって来る重低音が、常時うなるよう
に響いており、その中では女性士官の甲高い黄色い声は、明瞭にはっきりと聞き取
れるという利点も考慮されているのである。
 艦内スピーカーから、索敵機よりの報告が随時流されている。
「こちら、ガーゴイル七号機。サラマンダー応答せよ」
 それに対して、女性管制オペレーターが応対する。
「こちら、サラマンダー。ガーゴイル七号機、どうぞ」
「索敵飛行コースの終端に到着。レーダーに敵艦隊の反応なし。これより帰投す
る」
「サラマンダー、了解」
 一人の女性士官がすくっと立ち上がって、アレックスの前に立った。索敵編隊の
指揮官であるアレックスの乗艦「ヘルハウンド」の艦長、スザンナ・ベンソン准尉
である。
「索敵機第一班、予定目標ポイントの索敵完了。全機帰投コースに入りました」
「うむ。ご苦労」
 なおサラマンダーとは、指揮艦「ヘルハウンド」の暗号名である。

「索敵ポイントを変えますか」
 スザンナが次の指示を確認する。
「そうだな。艦長、第十四区域へ移動する」
「了解。第十四区域に移動します。面舵三十度、機関出力三十パーセント、微速前
進」
「索敵機第二班に出撃準備させておけ」
「はっ。かしこまりました」
 その時、オペレーターの一人が金切り声をあげた。
「隊長! 本隊が敵の奇襲を受けております!」
「なに……敵の勢力分析図は出るか」
 その声は、自分の所属する本隊が奇襲をうけているというのにもかかわらず、非
常に落ち着いていた。
 身長百八十センチ足らず、体重八十キロという平均的容姿はともかく、その深緑
に澄んだ瞳と褐色を帯びた髪は、同盟軍の中では異彩を放っていた。それは彼が孤
児であり、銀河帝国からの流浪者の子供であろうとのもっぱらの噂であった。
「ただいま受信中です。まもなくスクリーンに出ます」
 数秒して前方パネルスクリーンに本隊と敵勢力の分布図が映しだされた。刻々と
移り変わる光点が示す本隊のデータは、宇宙空間を隔てて瞬時に伝わってくる。そ
こには敵の圧倒的優勢状態を現すデータが表示されていた。
 スクリーンを凝視するアレックス。
「戦艦、巡洋艦と艦載機の大編隊か……これだけの編隊が数隻やそこらの空母から
飛来したとは思えない。おそらく連邦の第一機動艦隊が近くに潜んでいるのだろ
う」
「第一機動艦隊というとナグモ中将率いるあの無敵艦隊ですか」
 小隊の副隊長を務めている同僚のゴードン・オニール少尉が発言した。
 くしくも准将と中佐と同じ会話となったことは偶然でもないだろう。それだけナ
グモ艦隊の存在とその動勢は、第十七艦隊の日常としての関心事であるからだ。
 ゴードンはアレックスとは士官学校からの親友であった。蒼瞳で金髪という平均
的な同盟軍カラーを所持していた。身長百九十センチ、体重九十二キロという体躯
からは想像できないほどのずば抜けた反射神経を持っていた。アレックスと同様に
戦術用兵士官とはいえ、戦艦を操艦できる腕前を持っていた。
「そうだ……ゴードン、君ならどこから攻撃をしかける?」
「そうですね。敵の出現点と航続距離から推測すれば、このあたりですかね」
 と操作盤を操作してパネル上に予想地点を表示してみせた。
「丁度我々の捜査範囲内ですね」
「ふむ……早速索敵機を飛ばしてみてくれ。指揮はまかせる」
「了解。索敵の指揮をとります」
 ゴードンは、艦橋を出てフライトデッキの方へ走っていった。
「少尉殿、よろしいでしょうか」
 艦長のスザンナ・ベンソン准尉が質問した。
「うむ」
「このまま索敵を続けていてよろしいのでしょうか?」
「どういうことかな」
「本隊は攻撃を受けているのですよ。一刻もはやく帰還して援護にまわるべきでは
ないでしょうか」
「帰還命令は出ておるか?」
「いえ、出ておりません」
「ならばこのまま索敵を続行するまでだ」
「ですがたとえ敵を発見したところで、本隊が全滅していたら」
「だからといって、今更戻ったところでどうなるというのだ。たかが十数隻の小隊
が戻ったところで、体勢に影響はあるまい」
「それはそうですが……」
「いいかい。我々がなさねばならないことは、敵の情報をより正確に収集し把握し
て、味方に伝えることなのだ。仮に本隊が全滅しても、索敵で得た情報と本隊の戦
闘記録を持って無事帰還することなのだよ。それによって、後に続くものの糧とな
りうる。わかるかい、スザンナ」
「わかりました」
 スザンナ・ベンソン准尉。この女性艦長は、士官学校スベリニアン校舎時代の同
窓生である。アレックスとゴードンが特待進級卒業の栄冠を得たために、通常卒業
の彼女とは一階級の差が出来ていた。

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11
2020.11.20 12:40 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 V
2020.11.20

 第二章 士官学校




 その夜。
 パトリシアが宿舎の自分の部屋でネグリジェに着替えてくつろいでいた時だった。
外から窓をこつこつと叩く音がするので、何事かと窓を開けて見ると、ひょいと顔
を出したのはアレックスだった。
「アレックス!」
「しっ! 大きな声を出さないで」
 ここは三階である。アレックスはロープを伝って屋上から降りてきたようであっ
た。
「危ないわ、早く中に入って」
 パトリシアはアレックスを招きいれた。アレックスは中へ入り侵入に使ったロー
プをしまい込んだ。
「どうして……」
 言葉を言い終わらないうちに、強く抱きしめられ唇を奪われた。
 厚い胸板、広い肩幅、そして自分を抱きしめる強い力。女性であるか細い自分と
は違う頑丈な身体つきをしたアレックス。
「君にどうしても逢いたかった。君の同室のフランソワが当直で今夜は一人と聞い
てね」
「でもこんなことまでして来なくても。落ちたらどうするのよ」
 パトリシアは真剣な顔で心配していた。アレックスはかけがえのない存在になっ
ていたのである。
「一刻も早く逢いたかったんだ」
「アレックス……」

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえている。
 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
 ベッドの上でまどろむ二人。パトリシアは、アレックスが自分の肩を抱き寄せる
ようにしたそのたくましい腕を枕にして、その厚い胸板に手を預けるように寄り添
って寝入っていた。
 先に目を覚ましたパトリシアが、
「もし結婚したら、毎朝こうやって目覚めるのね……」
 横に眠るアレックスの寝顔を見つめながら感慨ひとしおであった。男性に抱かれ
て朝を迎えるのは、これがはじめてのはずなのに、なぜかずっと以前からそうして
きたような、錯覚を覚えていた。男と女との関係、これがごく自然な姿なのかも知
れない。
 アレックスを起こさないようにそっと抜け出すと、鏡台に座って髪をとかしはじ
めた。昨夜の夢模様のせいかだいぶ髪が乱れている。
 アレックスが起きだしてきた。
「おはよう」
 といってパトリシアの額に軽くキスをした。
「おはようございます」
 明るいところでネグリジェ姿の自分を見られるのもまた恥ずかしいものがあった。
裸すら見られているのだから、今更という感もありはしたが、夢うつつ状態にあっ
た時と、冷静な今とでは状況もまた違うということであった。
 アレックスはすでに衣服を着込み始めていた。男性は女性と違って身支度に時間
はかからない。髪を丁寧にとかす必要もなければ、化粧をすることもない。ものの
数分で支度を完了していた。
 外が騒がしくなっていた。
 アレックスが何事かと思って、窓のカーテンを少し引いて隙間から外を覗くと、
庭の片隅に一人の男性が立たされて、寮長の尋問を受けているところだった。
 回りには騒ぎをかぎつけて出てきた女性士官候補生がたむろしていた。パトリシ
アもアレックスのそばにきて外の様子をうかがった。
「まいったな……」
「これでは窓からは出られないわね」
「ああ……」

 パトリシアは、箪笥から下着を取り出して着替えをはじめた。
「後ろを向いていてね」
 たとえ身体を許した相手とはいえ、明るいところで着替えを見られるのはさすが
に恥ずかしい。二人とも背中合わせになっている。
「しかし、どうしようかなあ……」
 背中ごしに彼の困ったような呟きが聞こえてくる。
「今更、どうしようもないわね」
 スリップを頭から被るように着るパトリシア。
「元はと言えば夜這いをかけた僕がいけないんだけど。ばれたら君にも迷惑がかか
るな」
「う、うん……」
 その時、同室で後輩のフランソワ・クレールが入ってきた。
「あ、あなたは!」
 入ってくるなりアレックスの姿を見つけて驚くフランソワ。
「静かに、フランソワ」
 人差し指を唇にあてて制止するパトリシア。
「でも……」
「いいから、早くドアを閉めて」
「は、はい」
 ドアを閉め、あらためてアレックスとパトリシアを交互に眺めるフランドル。
 アレックスはすでに着替えをすんでいたものの、パトリシアはまだスリップ姿の
ままであった。その光景を見れば状況は一目瞭然である。
「ふーん……先輩達、そういう仲だったのですか」
「そういうわけなの」
「わかりました。あたしだって野暮じゃありませんから、お二人のこと内緒にして
おきます」
「ありがとう」
 といいながら軍服を身に付けはじめるパトリシア。
「でも、どうするんですか。外の状況はご存じでしょう」
「ああ、今あそこに立たされているのは俺の同僚なんだよな」
「見つかる彼もどじですけど、先輩も帰る手段がないみたいですね」
「ん……それで困っているんだよな」
「あ。ところで、どうやってここに侵入したのですか」
「非常階段を使って五階の踊り場へ。非常口には中から鍵が掛かっているから樋を
伝って屋上へ昇り。そしてロープを使ってここへ降りてきて、パトリシアに窓を開
けてもらって中に入ったのさ」
「本当に無理するんだから」
「へえ。やるじゃない」
 といいながら窓から首を出して屋上を見上げていた。
 フランソワは感心していた。恋する人のところへ来るために命がけというところ
にである。
「あたしも、そうやって会いに来てくれるような恋人作ろうかな」
「とんでもないわよ。命懸けもいいけど、心臓に悪いわよ」
「そうかあ……」
「それにしても出るに出られぬ籠の鳥とはな」
「夜までここに隠れていらっしゃったら?」
「それがだめなんだ。どうしても出なけりゃならん講義があるんだよ。卒業がかか
っている重要なやつでね」
「ふーん」
 どうしたもんかと、アレックスとフランソワが悩んでいた。フランソワにしてみ
れば、恋泥棒であるアレックスがどうなろうと知ったことではないのだが、お姉さ
まにも問題が降り掛かるとなればそうもいってはおられない。
「一つだけ方法があるわ」
 軍服を着終えたパトリシアがぽつりとつぶやいた。
「それは、どんな方法だい」
 アレックスの問いかけには答えずにフランソワに言いつけるパトリシア。
「ジュリーの部屋から彼女の軍服を持ってきて頂戴」
「ジュリーの……?」
 しばし首を傾げていたフランソワだったがすぐに閃いたのか、
「わかりました。いますぐ持ってきます」
「他の人に、怪しまれないようにしてね」
 フランソワは言葉に出さずに指でVサインを示しながら出ていった。
「一体なにをしようというのかい」
「あなたにジュリーになってもらうのよ」
「ジュリーになるって、まさか……」
「そのまさかよ」

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2020.11.20 11:37 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第一章 索敵 I
2020.11.19

第一章 索敵




「ミサイルです! 三時の方向」
 突然、オペレーターの声が艦内にするどく響いた。
 指揮官席そばに臨時に据えられたテーブルの上のサンドウィッチを頬張っていた
トリスタニア共和国同盟軍フランク・ガードナー中佐は、突然の奇襲攻撃を受けた
のに動揺しつつも、全艦に迎撃体勢を取らせるべく命令を下した。
「全艦、戦闘体勢」
 宙を舞いながら指揮官席に飛び移るフランク。その途端、艦が激しく揺れて、危
うく席から外れてしまいそうになるが、背もたれにしがみついて難を逃れた。
 パネルスクリーンには、漆黒の宇宙に浮かぶ艦隊が次々とミサイルの攻撃を受け
て炎上していく様が映し出されていた。
「三時の方向、上下角マイナス五度の方角に敵艦隊を確認」
「距離、三・二光秒」
「六時の方向より、敵戦闘機急速接近中」
 次々と報告がなされて、艦橋の空気は緊張の度合を深めていく。
「艦首を敵艦隊に向けろ。往来撃戦準備だ。最大戦速で敵艦に向かえ」
 指令を受けてオペレーターが復唱伝達する。
「面舵、九十度転換」
「全艦、往来撃戦用意」
「最大戦速」
「こちらも艦載機を発進させては?」
 副官のピーター・コードウェル中尉が進言した。中肉中背でどこをとって特徴を
述べることも難しいほど平均的な士官というところ。
「無理だ。制空権を先手に取られた。艦載機を発進させるために着艦口を開けば、
そこを狙い撃ちされて、内部誘爆を招くだけだ。今は防御に徹するしかない。しか
し発進準備だけはしておいて、いつでも出られるようにしておけ。高射砲で戦闘機
を打ち落としつつ、敵が一時退却して体制を立て直す間隙をついて出撃させる」

 ややあってドアが開き、顎鬚を貯えた恰幅の良い軍人が、のそりと入ってきた。
「先に見つけられてしまったか」
 それは、共和国同盟軍第十七艦隊司令官、アーネスト・トライトン准将であった。
 その冷静な態度は、幾度かの戦闘を乗り越えて来たものだけが持つ、重厚な落ち
着きを持っており、彼が現れたことによる将兵達の表情の変化は、誰にも観察がた
やすかった。それほど、部下の間では信頼に厚かったといえよう。
 これほどし烈極まるといわれる最前線の戦場は他にないという宙域の防衛の任に
あたっている。毎日が戦闘の連続であり、後方に戻らない限り休息する暇もないと
いう激戦につぐ激戦で、艦船の消耗は全艦隊中最大である。ゆえに戦死する士官達
も続出する一方でその分昇進のスピードも破格であった。今日の戦闘を生き延びれ
ば、明日には一階級昇進していた。フランク・ガードナー中佐も、他の艦隊に所属
していれば、同盟における平均的地位にすれば大尉くらいがせいぜいであっただろ
う。トライトンでさえ、准将中最年少であることも明白な事実である。とはいえ、
激戦区を生き延び准将に昇り詰めるのは、よほどの運とたぐいまれなる才能との両
方がなければあり得ないことなのである。
「申し訳ありません。索敵の網からこぼれたようです」
 フランクは指揮官席を准将に譲りながら釈明した。
「しようがないだろう。三次元宇宙をくまなく探すのは不可能だからな。敵艦隊の
勢力分析図を出してくれ」
 トライトンは引き締まったその身体を指揮官席に沈め、スクリーンに目をやった。
 ほどなくスクリーンに敵艦隊の分析図が表示された。索敵レーダーの捕らえた艦
影から、コンピューターが即座にその艦型と戦力を計算表示してくれる。
「敵艦隊は戦艦、巡洋艦を主力とする約七千隻」
「空母はいないのか?」
「分析図から見る限りでは、見当たりませんが。後方に必ずいるのではないかと推
測します。敵は第七艦隊のようですから、たぶんヨークタウンやエンタープライズ
が控えているでしょう」
「それにしたって、フレージャーとてこれだけの大編隊の艦載機は、持ち合わせて
いないはずだ。となると前面の艦隊だけから発進したとは考えられない。艦載機は
どっちから飛来したか」
「六時の方角からです」
「だとすると、そちらの方に別動の空母艦隊が待機しているということか……」
 トライトンの目は、スクリーンの艦隊六時の方角にあたる部位をしげしげと見つ
めている。まるでそこに空母艦隊の存在を確かめているかのように。
「まさか、ナグモ空母機動艦隊ですか」
「そうだ。そっちの方も気にかかるが、今は目前の敵艦隊に対処することが先決だ。
全艦最大戦速で向かえ」
「はっ。全艦最大戦速。進路そのまま」

 一方、同盟の前面に対峙する敵艦隊。バーナード星系連邦軍の第七艦隊所属で、
旗艦ヨークタウンの艦橋では、F・J・フレージャー少将が指揮をとっていた。
「敵右翼への攻撃が薄いな。通信士、ナグモあて電令『右翼への攻撃を増強された
し』だ」
「はっ。直ちに」
「ナグモ達はよくやっているな」
「はい、このままいけば制空権を確保している我が軍が勝てるでしょう」
 艦隊首席参謀のスティール・メイスン中佐が報告した。
 深緑の瞳と褐色の髪が畏敬をさそう。
 深緑の瞳を持つものは連邦でも数少ない人種であり、かつて全銀河を統一したア
ルデラーン一族の末裔を意味していた。
 今から四百年もの昔において、全銀河に繁栄した人類の中でも、アルデラーン一
族は数ある小数民族の一つに過ぎなかった。彼らも元々は蒼い瞳を持つ部族であっ
たが、ある日深緑の瞳を持つ子供が誕生した。それは突然変異であったのだが、成
長したその子供はまたたくまに一族を統率し、さらには周辺の国々への侵略を開始
して、ついには銀河の三分の一を治めるに至り、専制君主国家アルデラーン公国を
建立したのである。始祖ソートガイヤー大公の誕生であった。
 その孫のソートガイヤー四世によって全銀河統一されて以来三百余年の間に、深
緑の瞳を持つ人間もその親族である皇族を中心として増えていった。すなわち深緑
の瞳を持つものは、分裂し勢力が縮小したとはいえ現在も延々と続く銀河帝国の皇
族達とどこかで血がつながっていることを意味していた。
「このままいけば、勝てるか……」
 そもそも今回の作戦を立案したのは、深緑の瞳をしたこの参謀であった。ミニッ
ツがそれに賛同し、自らヤマモトを説き伏せてナグモの艦隊を借り受けたのである。
「熟達したナグモの戦闘機乗り達にかかっては、トライトンも流石に手も足もでな
いというところです」
「君の作戦にも見るところがあるが、それを実現してしまうミニッツ提督の采配に
も、毎度うならされるな。ナグモなしでは机上の空論で終わってしまうところだったのだ。
しかし、我が第七艦隊と第一空母機動部隊のナグモとを連携させるとはな」
 フレージャー提督が感心するのも、道理があった。同じ連邦軍とはいえ、多種多
様な民族の寄せ集めであるミニッツらの艦隊と、単一血縁のヤマト民族を誇るヤマ
モトの艦隊とでは、相容れない溝の存在があったのである。ゆえに時として反目し
あい、互いに戦功を競い合いながら、微妙なバランスの上に連邦軍は成り立ってい
た。
「しかし、あのヤマモト提督がよくナグモを差し向けてくれましたね。ミニッツ提
督とヤマモト提督は犬猿の仲だというのに」
「同盟への全面侵攻作戦も間近だからな。ここで、貸しを作っておいて、侵攻作戦
の総指揮官の椅子が自分に回ってくることを狙っているのだろう」
「彼が構想を抱いているといわれる『聯合艦隊』の司令長官の椅子ですか」
「そうだ」


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銀河戦記/鳴動編 序章
2020.11.18

作戦を立てることは誰にでもできる。
しかし、戦争ができる者は少ない。
なぜなら、状況に応じて
行動することは
真の軍事的天才だけに
可能なことだからである。
ナポレオン・ボナパルト


序章

 銀河系は、肉眼でも観察されるように恒星や惑星や星雲などのように星間物質が重力収縮によって濃密に密集し形成された無数の星々によって構成されている。ところがそれらの星々の間の一見何もないかのような空間にも僅かながらも重力収縮で残された希薄な星間ガスが存在する。星間ガスは収束や拡散を繰り返しながら銀河面方向に流れている。ところが、銀河の中心には巨大な銀河ブラックホールの存在があり、それが及ぼす重力と銀河の回転により星間ガスの流れに波動が生じる。その波動によって、銀河には星の密集した空間と星のない空間が渦巻状に並んで、腕とよばれる構造をなしている。
 この腕の発生は、地球上において重力・自転・温度差などの影響によって、大気が循環しジェット気流が蛇行して低気圧や高気圧の発生が促されたり、熱帯雨林帯・中緯度乾燥地帯などが発生したりすることを考えると理解しやすい。上昇気流の生ずる低気圧下では雲が発生し、下降気流の生ずる高気圧下では雲が消失する。
 これと同様なことが宇宙規模で恒星の発生と消失が繰り返されて、あの銀河の腕として観察されるのである。波動によって生じた衝撃波が恒星を消滅させる結果として、星のない空間が渦巻状にできるというわけである。地球のような球体表面上での大気循環では、緯度の変化によって雲の発生に違いがでるが、偏平銀河面ではそれが渦巻状に引き起こされる。

 人類が自分達の生まれた母太陽系を飛び出して、宇宙空間に進出しはじめた銀河開拓時代、人々は銀河の腕に沿って星々を渡り歩き、その生息域を広げていった。星をも消滅させるほどの衝撃波の存在や航続距離の問題によって、星のない空域は通常航法や当時のワープ航法だけでは航行不可能であったからだ。いわゆる大河の激流の中を丸太の筏で川を渡ろうとするようなものである。しかし、どんな激流でも浅瀬があったり淀んだ箇所が必ずあるように、人々は永い年月を経てついに航行可能な宙域を発見したのである。そこに誘導ビーコン灯台を設置したりしてより安全に航海できるような工夫が随所に施されるようになった。それらの橋を拠点として銀河は開発されていき、百年を経たないうちに全銀河に人類は行き渡ったのである。

 大河を渡る橋は、時として戦争の際には重要な拠点となる。
 やがて勃発した第一次銀河大戦において、橋を制するものが戦争を制すると言われるとおり、それらの橋をめぐってのし烈な戦いが繰り広げられた。
 すべての橋を手中におさめて第一次銀河大戦を勝利し、全銀河を統一したアルデラーン公国の君主は、銀河帝国の成立を宣言し初代皇帝として君臨した。銀河帝国はおよそ三百年の長きに渡って安定した基盤を確保していたが、大河を一瞬にして渡ることの出来るハイパー・ワープドライブ航法とそれを可能にする新型ワープエンジンの発明によって、もはや橋は必要性を失い帝国の基盤も揺るぎはじめた。
 帝国暦三百五年、ついに第二次銀河大戦が勃発する。
 豊富な資源と経済力で力をつけてきたトランターを中心とした地方の豪商達が、帝国支配からの独立を企てようとし、これを阻止しようとして帝国軍隊を差し向けたのがきっかけである。一時的には鎮圧されはしたものの、豪商達は密かに賛同する地域を集めて共和国同盟トリスタニアを樹立し、軍隊を組織して帝国に反旗を掲げたのである。
 戦いは三十年続き、資源と経済力で優位にあった共和国同盟は、強力な火器と高性能のハイパー・ワープドライブエンジンを搭載した最新鋭戦艦を続々と投入して、旧式戦艦の帝国艦隊に圧勝し、ついに独立を勝ち取ることに成功した。
 敗れた帝国はその弱体化をしめしたことで、やがて軍事クーデターを起こした将兵達によってさらに分裂、軍事国家バーナード星系連邦が誕生する。
 こうして銀河は、帝政銀河帝国と議会民主制共和国同盟と軍事国家バーナード星系連邦の三つに分裂したのである。

 それから十数年後、バーナード星系連邦と共和国同盟との間に戦争が勃発、以来百年の長きに渡って戦いが繰り広げられているのであった。


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