銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 Ⅵ
2020.11.30

 第二章 士官学校


VI

 女子寮玄関。
「さあ、みなさん食堂に行きなさい。まもなく朝食の時間です」
 寮長が外にたむろしている女性士官候補生達を寮に押し戻しはじめた。
「はい」
 入れ代わりにパトリシアと、かつらをかぶり女性士官の軍服を着込んだアレック
スが出てくる。濃紺に白線のストライプの入ったタイトスカートに、同柄のブレ
ザー、そして黒のストッキングという女性士官の軍服を着込んでいるアレックス。
慣れないタイトスカートを履いているせいか、非常に歩きづらそうであった。少し
でも早く歩こうとするのでつい大股になるのだが、裾の狭いタイトスカートは足捌
きが難しくて小股でしか歩けないのである。こけそうになりながらも必死で歩くア
レックスの姿を横目で見ながら、パトリシアはくすくすと笑っていた。
「笑うなよ」
「だってえ……しっ。寮長よ。あなたはそのまま車のところに行って。わたしがな
んとかごまかすから」
 というとパトリシアは寮長の方に歩み寄っていった。アレックスは言われた通り
に、当直が乗る車のところへ向かった。
「おはようございます」
 パトリシアは寮長にあいさつを交わした。
「あら、パトリシア。おはよう」
 普通士官学校ではファーストネームで呼ぶことはないが、優等生で何かと寮長の
代理役もこなしているがために、二人きりのときには親しみをこめてパトリシアの
名で呼んでいた。
「一体、何があったのですか?」
 と立たされている男子を見やりながら尋ねた。
「いえね、女子寮に侵入したらしくてね。今とっちめているところよ」
「そうなんですか」
「当直?」
「はい。これより、ジュリー・アンダーソンと共に当直交代に参ります」
 寮長は、車を出そうとしているジュリーの後ろ姿を遠目に確認して、
「アンダーソンですね」
 手に持っていたスケジュール表を開きチェックを入れた。
「確認しました。いってらっしゃい」
「行ってまいります」
 アレックスが発車準備している車に歩きだすパトリシア。その言葉をすっかり信
じてジュリーと入れ代わっているアレックスの正体にまるで気付かない寮長であっ
た。
 車の助手席に腰を降ろしてドアを閉めるパトリシア。
「行きましょうか」
 無事車を発進させて寮を脱出した二人であった。
 アレックスはバックミラーで誰も追いかけてこないのを確認した。どうやら誰に
も気づかれずに脱出できたようだ。
「しかし、よく寮長にばれなかったな。冷や汗ものだったよ」
「実は寮長はど近眼なのよ。女の心理で眼鏡をかけたがらないけど」
「そうだったのか、おかげで助かったというわけだな」
「ちょっと離れていると顔の区別ができなくて、誰が誰だかわからないのよ。だか
ら、女性士官の軍服さえ着ていれば、中身も女性士官と思い込んでしまったという
わけ。それにしても……」
 とパトリシアは、スカートを履いて運転をするアレックスの姿に思わず吹き出し
た。
「また、笑う」
「だってえ……」
「しかし、まさか女装をするはめに陥るとは夢にも思わなかったな」
「それもこれもあなたが夜這いなんかするからですよ」
 軍服を着込んでいるパトリシアは、いつもの沈着冷静な優等生である女性士官に
戻っていた。
「夜這いは男の本分さ」
「なにが、男の本分よ。わたしのバージンを奪っておいて、なおも飽きたらず女子
寮まで追いかけてくるなんて」
「しかし、僕が欲しいと思うのは君だけだよ。だからこそ危険を犯してまで夜這い
をかけて君のところに忍び込んだんじゃないか」
「それって殺し文句?」
「本気さ」
「いいわ、信じてあげる。わたしもあなたのこと嫌いじゃないから」
「感謝する。もし銀河が平和になったら結婚しよう」
 といって空いている右手を、パトリシアの膝においた。
「期待してるわね」
 パトリシアはさらりと答えて、微笑みながらそのアレックスの右手を軽く握りか
えした。

「それにしても、ジュリーが寮を出るときに問題にならないかい? いないはずの
彼女がいるとばれてしまう」
「大丈夫よ。ジュリーなら昨夜は寮に帰ってないから」
「帰っていない?」
「昨夜はバーで酔いつぶれて、カプセルホテルで寝ているの。寮長にはうまく騙し
て帰寮して部屋にいることになっていたけど」
「ジュリーは酒豪なのか」
「うわばみといったほうが正解ね。何かあると酔いつぶれるまで飲みまくるの」
「ずいぶん変わった女性士官がいるものだ」
「でも酒が入っていなければ、パイロットとしての腕は、女性士官の中でも抜群よ」
「へえ、そうなんだ。このサイズの軍服を着ているということは、結構女性の中で
も大柄なほうだろうけど」
「ともかく彼女のところに行くわね。その軍服を返さなきゃいけないし、明るい時
間帯の帰寮になるので、本人でないとばれるから」
「ちょっとその前に、どこかで着替えをさせてくれないか」
「あら、いいじゃない。とても似合っているわよ、そのままジュリーに逢ったら?」
「冗談じゃないよ」
「悪いけど、途中停車している暇はないの。ジュリーを迎えにいってたら交替の時
間ぎりぎりなのよ」
「しかし……」
「それもこれも天罰と思って諦めたら」
「将来の旦那さまになんと冷たいお言葉」

 第二章 了

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11

2020.11.30 10:23 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 Ⅴ
2020.11.29

 第二章 士官学校




 その夜。
 パトリシアが宿舎の自分の部屋でネグリジェに着替えてくつろいでいた時だった。
外から窓をこつこつと叩く音がするので、何事かと窓を開けて見ると、ひょいと顔
を出したのはアレックスだった。
「アレックス!」
「しっ! 大きな声を出さないで」
 ここは三階である。アレックスはロープを伝って屋上から降りてきたようであっ
た。
「危ないわ、早く中に入って」
 パトリシアはアレックスを招きいれた。アレックスは中へ入り侵入に使ったロー
プをしまい込んだ。
「どうして……」
 言葉を言い終わらないうちに、強く抱きしめられ唇を奪われた。
 厚い胸板、広い肩幅、そして自分を抱きしめる強い力。女性であるか細い自分と
は違う頑丈な身体つきをしたアレックス。
「君にどうしても逢いたかった。君の同室のフランソワが当直で今夜は一人と聞い
てね」
「でもこんなことまでして来なくても。落ちたらどうするのよ」
 パトリシアは真剣な顔で心配していた。アレックスはかけがえのない存在になっ
ていたのである。
「一刻も早く逢いたかったんだ」
「アレックス……」

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえている。
 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
 ベッドの上でまどろむ二人。パトリシアは、アレックスが自分の肩を抱き寄せる
ようにしたそのたくましい腕を枕にして、その厚い胸板に手を預けるように寄り添
って寝入っていた。
 先に目を覚ましたパトリシアが、
「もし結婚したら、毎朝こうやって目覚めるのね……」
 横に眠るアレックスの寝顔を見つめながら感慨ひとしおであった。男性に抱かれ
て朝を迎えるのは、これがはじめてのはずなのに、なぜかずっと以前からそうして
きたような、錯覚を覚えていた。男と女との関係、これがごく自然な姿なのかも知
れない。
 アレックスを起こさないようにそっと抜け出すと、鏡台に座って髪をとかしはじ
めた。昨夜の夢模様のせいかだいぶ髪が乱れている。
 アレックスが起きだしてきた。
「おはよう」
 といってパトリシアの額に軽くキスをした。
「おはようございます」
 明るいところでネグリジェ姿の自分を見られるのもまた恥ずかしいものがあった。
裸すら見られているのだから、今更という感もありはしたが、夢うつつ状態にあっ
た時と、冷静な今とでは状況もまた違うということであった。
 アレックスはすでに衣服を着込み始めていた。男性は女性と違って身支度に時間
はかからない。髪を丁寧にとかす必要もなければ、化粧をすることもない。ものの
数分で支度を完了していた。
 外が騒がしくなっていた。
 アレックスが何事かと思って、窓のカーテンを少し引いて隙間から外を覗くと、
庭の片隅に一人の男性が立たされて、寮長の尋問を受けているところだった。
 回りには騒ぎをかぎつけて出てきた女性士官候補生がたむろしていた。パトリシ
アもアレックスのそばにきて外の様子をうかがった。
「まいったな……」
「これでは窓からは出られないわね」
「ああ……」

 パトリシアは、箪笥から下着を取り出して着替えをはじめた。
「後ろを向いていてね」
 たとえ身体を許した相手とはいえ、明るいところで着替えを見られるのはさすが
に恥ずかしい。二人とも背中合わせになっている。
「しかし、どうしようかなあ……」
 背中ごしに彼の困ったような呟きが聞こえてくる。
「今更、どうしようもないわね」
 スリップを頭から被るように着るパトリシア。
「元はと言えば夜這いをかけた僕がいけないんだけど。ばれたら君にも迷惑がかか
るな」
「う、うん……」
 その時、同室で後輩のフランソワ・クレールが入ってきた。
「あ、あなたは!」
 入ってくるなりアレックスの姿を見つけて驚くフランソワ。
「静かに、フランソワ」
 人差し指を唇にあてて制止するパトリシア。
「でも……」
「いいから、早くドアを閉めて」
「は、はい」
 ドアを閉め、あらためてアレックスとパトリシアを交互に眺めるフランドル。
 アレックスはすでに着替えをすんでいたものの、パトリシアはまだスリップ姿の
ままであった。その光景を見れば状況は一目瞭然である。
「ふーん……先輩達、そういう仲だったのですか」
「そういうわけなの」
「わかりました。あたしだって野暮じゃありませんから、お二人のこと内緒にして
おきます」
「ありがとう」
 といいながら軍服を身に付けはじめるパトリシア。
「でも、どうするんですか。外の状況はご存じでしょう」
「ああ、今あそこに立たされているのは俺の同僚なんだよな」
「見つかる彼もどじですけど、先輩も帰る手段がないみたいですね」
「ん……それで困っているんだよな」
「あ。ところで、どうやってここに侵入したのですか」
「非常階段を使って五階の踊り場へ。非常口には中から鍵が掛かっているから樋を
伝って屋上へ昇り。そしてロープを使ってここへ降りてきて、パトリシアに窓を開
けてもらって中に入ったのさ」
「本当に無理するんだから」
「へえ。やるじゃない」
 といいながら窓から首を出して屋上を見上げていた。
 フランソワは感心していた。恋する人のところへ来るために命がけというところ
にである。
「あたしも、そうやって会いに来てくれるような恋人作ろうかな」
「とんでもないわよ。命懸けもいいけど、心臓に悪いわよ」
「そうかあ……」
「それにしても出るに出られぬ籠の鳥とはな」
「夜までここに隠れていらっしゃったら?」
「それがだめなんだ。どうしても出なけりゃならん講義があるんだよ。卒業がかか
っている重要なやつでね」
「ふーん」
 どうしたもんかと、アレックスとフランソワが悩んでいた。フランソワにしてみ
れば、恋泥棒であるアレックスがどうなろうと知ったことではないのだが、お姉さ
まにも問題が降り掛かるとなればそうもいってはおられない。
「一つだけ方法があるわ」
 軍服を着終えたパトリシアがぽつりとつぶやいた。
「それは、どんな方法だい」
 アレックスの問いかけには答えずにフランソワに言いつけるパトリシア。
「ジュリーの部屋から彼女の軍服を持ってきて頂戴」
「ジュリーの……?」
 しばし首を傾げていたフランソワだったがすぐに閃いたのか、
「わかりました。いますぐ持ってきます」
「他の人に、怪しまれないようにしてね」
 フランソワは言葉に出さずに指でVサインを示しながら出ていった。
「一体なにをしようというのかい」
「あなたにジュリーになってもらうのよ」
「ジュリーになるって、まさか……」
「そのまさかよ」

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2020.11.29 10:29 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第九章 共和国と帝国 X
2020.11.28

第九章 共和国と帝国





 インビンシブル艦橋では、援軍の到着と海賊の殲滅とに歓喜の声を上げていた。
「殿下、ありがとうございます。海賊が襲ってくることを予言なされていて、密かにサラ
マンダー艦隊に後を追わせていたのですね」
 ジュリエッタが感心している。
「まあね。これまで二度もやられたから、二度あることは三度あるだよ」
 その時、
「殿下、サラマンダーより連絡が入りました」
「こちらに繋いでくれ」
 送受機を取り、サラマンダーからの報告を受けるアレックス。
「ジュリエッタ。サラマンダーの随行の許可を頼む」
「かしこまりました」
 早速配下の者に指示を出すジュリエッタ。
「それと艦内の捜索をしてくれ。おそらく艦載機発着口辺りに発信機が取り付けられてい
るはずだ」
「発信機……内通者ですか?」
 早速、艦内捜索が行われてアレックスから指定された周波数を探って、発信機が発見さ
れた。さらに艦内モニターに映し出された、発信機を取り付けたと見られる容疑者も特定
されたのだった。
 容疑者の元に警備兵が駆け付けた時には、時すでに遅く命を絶った後だった。
「消されたかな……」
 報告を受けたアレックスは呟いた。
 生きていれば、首謀者の名前を聞けたかもしれなかった。
 そして以前にもあった事件を思い出すのだった。
*参照 第一部第八章・犯罪捜査官コレット・サブリナ
「他にも内通者が?」
「陰謀を企てる者は、幾つもの予防線を張るものだ。実行犯は、その下っ端ということだ
よ」
「乗員全員の身元調査を行いますか?」
「いや。その必要はない。どうせ二重三重の予防線を張ってるさ」
「そうでしょうか……」
 命の重さも毛ほども気にしない陰湿な陰謀の闇、気高いジュリエッタには理解しがたい
ことだろう。
「一度、サラマンダーに戻る。手配してくれ」
「かしこまりました」
 本来なら、皇太子殿下が旗艦インビンシブルから離れるのは、警護の上でも避けなけれ
ばならないが、同盟軍最高司令官でもあるアレックスの行動を止めることはできない。
 アレックス専用の艀「ドルフィン号」が、駆逐艦に護衛されながらサラマンダーへと移
動する。例え目の前にあったとしても、万が一を考慮してである。
 サラマンダー艦橋に戻ったアレックス。
 オペレーター達の敬礼に迎えられながら、スザンナが明け渡した指揮官席に座る。
「通信記録の解読はできたか?」
 開口一番の質問だった。
「残念ながら記録は抹消されていました。引き続きデータの復元作業を行っています。断
片的にでも特定の人物が浮かび上がればよいのですが」
「ふむ。よろしく頼むよ」

「ところで、インビンシブルの居心地はいかがですか?」
「ああ、結構息苦しいな。殿下と呼ばれると、こそばゆいよ」
「そのうち慣れますよ」

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2020.11.28 10:42 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 Ⅳ
2020.11.27

 第二章 士官学校


IV

 パトリシアは少し酔っていた。
 カクテルを飲みながら、隣のアレックスにもたれかかるように寄り添っている。
 あの日以来、アレックスとのデートを重ねてきて、すっかりうち解け合って酒の
出る場所にも同席する仲になっていた。
 はじめてのデートでは食事をして別れた。
 二度目には帰り際にファーストキスを奪われた。はじめての異性との接触であっ
たが少しもいやな感じはしなかった。
 三度目には強く抱きしめられて胸を愛撫された。
 デートを重ねるたびに、二人の絆が深くなっていく。いずれ行き着くところまで
行くのは明らかであった。それも運命かも知れないと思っていた。
 パトリシアは、アレックスになら自分の身体を捧げてもいいと思っていた。
「バーでお酒を飲みたいな」
 といって、自分の方からアレックスをバーに誘ったのである。お酒を飲むことで、
自分に勇気を与える意味もあった。
「少し、暑いわ」
「外に出よう。少し風に当たるといい」
 アレックスが、ふらつくパトリシアの身体を抱き寄せるようにして外へ連れ出し
てくれる。
 高台にある静かな公園にきていた。眼下には宇宙港が広がっており、時折真っ赤
な炎を撒き散らして空高く舞い上がっていく様がよく見える。軌道上にある宇宙ス
テーションに向かう連絡艇である。
 それらがよく観察できる一番の場所にアレックスは車を止めていた。車の助手席
に座るパトリシア。
 開いた窓から冷たい風が入って気持ちがいい。
 アレックスの顔が覆い被さってくる。パトリシアはそっと目を閉じる。唇を吸われ、
服の上から胸を愛撫される。パトリシアはなすがままにされていた。やがてスカー
トの中にアレックスの手が滑り込んできてショーツに手をかけた。
「ここじゃ、いや……」
 パトリシアは目を閉じたまま、アレックスの手をそっと振り払った。
 アレックスは身体を離して、車を発進させた。パトリシアはアレックスの横顔を見
つめながら、意図を察した彼がモーテルに車を乗り入れるのを確認した。

 モーテルの一室に入ると、すかさずアレックスが抱きしめて唇をふさいだ。
 長い抱擁が続いた。
 アレックスの手が背後に回る気配がしたかと思うと、ワンピースの背中のファス
ナーを降ろしはじめた。
 やがてパサリと床に落ちるワンピース。
 異性の前ではじめて下着姿を見られているのかと思うと身体が微かに硬直してい
くのがわかった。
 アレックスが唇を放して口を開いた。
「ベッドにいこう」
 パトリシアはアレックスの両手に抱きかかえられてベッドに運ばれた。
 ベッドに横たえられる下着姿のパトリシア。
 アレックスが脇に入ってきて、ブラが外されショーツが引き降ろされた。
 パトリシアは生まれたままの裸の自分に注がれる熱い視線を感じていた。
「いいんだね?」
 アレックスはやさしくささやいた。
「わたしのこと、好きですか?」
「ああ、誰よりもね」
 その言葉に答えるように、パトリシアは黙って目を伏せるのだった。

 パトリシアが宿舎に戻ったのは、八時の門限から三時間も遅れた午後十一時であ
った。 パトリシアを出迎えた寮長は言った。
「あなたが門限を遅れるなんてはじめてね」
「はい」
「正直に言って頂戴。彼と一緒だったのね?」
 寮長は毅然とした表情をしてはいたが、その声はやさしかった。
「はい……」
「わかったわ。今回は特別に許してあげる。でもこれっきりよ」
 優等生で何かにつけて、寮長の手助けをしてくれていたパトリシアだからこその
配慮であったのだろう。
「今回ははじめてだからしようがないかもしれないけど。今後も女性が門限を破ら
なければならないような立場に追いやることになっても少しも省みない男性は、き
っぱりとわかれなさいね。そんな奴は、女性の身体だけが目的なんだから」
「わかりました」

 自室に引き込んだパトリシアは、今日の出来事を思い起こしていた。
 アレックス・ランドール。
 自分の処女を捧げた男性として、一生忘れることはないだろう。
「結婚したいな……」
 パトリシアは、将来の夢を思い描いていた。愛する人と結婚して一緒に暮らし、
子供を産んで育てるという、ごく普通の女性なら誰でも願うことであった。士官学
校において席次首席という優秀な成績を持つ彼女も、一人の男性の前ではただの女
性でしかないことを。いつかきっとその希望がかなうことを祈りつつ眠りに入るパ
トリシアでった。

 翌日。
 アレックスに顔を見られると恥ずかしいという思いで、何となく士官学校に出る
のがためらわれたが、行かないわけにはいかなかった。
 その日の授業を終えて早速いつものように第一作戦資料室へ向かう。
「パトリシア!」
 突然、アレックスの叱責が飛んだ。
 昨日の思いが込み上げてきて、アレックスとの話しを上の空で聞いていたのであ
った。
「は、はい」
「念のために言っておくが、僕は公私混同はしたくない。休日とかには君と恋人で
ありたいし一緒にいたいと思うが、公務にあるときはあくまで指揮官と副官の、或
は先輩と後輩のそれ以上ではない。そこのところを間違えないでくれたまえ」
「す、すみません」
 アレックスの強い口調に、自分の甘えにも似た考えがあったのを反省した。
 パトリシアは気分を切り替えるように深呼吸をした。
 アレックスはやさしく見守るように微笑んでいた。
「どう、大丈夫かい」
「はい、すみませんでした。もう大丈夫です」
「よし……早速はじめるよ」
「はい」
「例のコンピューター技師の選定は済んだかい」
「情報処理部のレイティ・コズミックが適任かと思います。彼は、コンピューター
ウィルスのワクチンを開発するのが専門ですが、逆も得意で、誰にも発見されない
ようなウィルスを開発し忍び込ませることができると自慢しています」
「レイティか……次の会議には彼を呼んでおいてくれないか」
「わかりました」
「よし。今日はこれくらいにしようか」
「はい」
「じゃあ、帰りは送るから喫茶店にでも寄ろうか」
「え?」
「だからさ。これからの時間は公務を離れた私の時間だよ。恋人同士に戻る時間さ」
 といってパトリシアの頬に軽くキスをして、その肩を抱いてエスコートしてゆく。
「切り替わりが早いのね」
「何事も、公私はきっちりと区別しなくてはね」

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2020.11.27 11:40 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二章 士官学校 Ⅲ
2020.11.27

 第二章 士官学校




 パトリシアが学生自治会室に戻ると、窓際に腰を降ろして空を仰ぎ見ている人物
がいた。
 その瞳は、エメラルドのように澄んだ深い緑色をしており、褐色の髪がそよ風に
なびいていた。一目見て、パトリシアは彼が、アレックス・ランドールであること
にすぐに気がついた。
「やあ。君が、パトリシアかい?」
 とパトリシアの入室に気がついて振り向いた彼が尋ねた。
「そうですけど。ランドールさんですね」
「その通り……といっても、僕がランドールであることは、一目瞭然だろうけど。
ともかく僕の副官に選ばれたという人物を拝見したくてね」
 パトリシアは、スベリニアン校舎に来て三年になるが、この緑色の瞳をした人物
と面と向かって対話したのは、はじめてであった。これまでに戦術シュミレーショ
ンや、通路ですれ違い様にこの緑色の瞳の人物と出会いはしたが、遠めに眺めるこ
とはあっても対面して会話したことはなかった。彼の噂に関しては、彼の同僚でパ
トリシアの先輩であるジェシカ・フランドルから聞いて、ある程度は知らされてい
たが。
「しかし、副官が君のような美人だなんて光栄だな。アレックスと呼んでくれ」
 彼は右手を差し伸べてきた。
「あら、おせじがお上手ね。パトリシアです」
 パトリシアはその手を握りかえして微笑んだ。

 数日後、パトリシアは街に出てウィンドウショッピングを楽しんでいた。玉虫色
に輝く神秘的なブルーのシフォンシャンブレークレープ素材ワンピースドレス。プ
リーツスカートの細かなひだが風にそよいで揺れている。クリーム色の靴を履き、
黒皮にゴールドチェーンのハンドバックを小脇に抱えて、ウィンドウの中の商品を
品定めしていた。
 肩を叩いて声を掛けるものがいた。振り返ると微笑みながら背後に立っているア
レックスがいた。
「あら、アレックス」
「君一人?」
「ええ」
「恋人はいないの? せっかくの休日なんだろ?」
「いませんわ。誘ってくれる人がいなくて」
「君のような美しい人に、恋人がまだなんて、信じられないな。もしかしたら、と
っくに決まった人がいると思って、誰も声を掛けないのかもしれないね」
「そうでしょうか」
「そうだよ。きっと。よし、今日は、僕と付き合ってくれないか」
 といってパトリシアの手を引いて歩きだすアレックスであった。
 数時間後、レストランで食事をとる二人がいた。
 テーブルに対座して、談笑している。
「君っておしゃれなんだね」
「そ、そうですか」
「しかし、本当に恋人はいないの?」
「いません」
「そうか……じゃあ、恋人に立候補してもいいかな」
 といってアレックスはパトリシアをじっと見つめなおした。
「そんな……」
 パトリシアは赤くなって恥じらんだ。
 彼女は成績こそ優秀で常に首席を維持しているが、男性との交際では何も知らな
い初な女性であった。


 数日後、パトリシアは、アレックスから第一作戦資料室に呼び出された。
 正式に模擬戦の作戦会議がはじめられたのである。
 当日の参加者はパトリシアの他は、ゴードン・オニール、ジェシカ・フランドル、
スザンナ・ベンソンといった、アレックスが親友と認め、その才能を高く評価して
信頼している人物達である。
「事務局から、今回の模擬戦の作戦宙域が発表になった」
 アレックスがパトリシアに機器を操作させて、正面のスクリーンに作戦宙域を映
しだした。
「ここが、今回我々が作戦を行う、サバンドール星系、クアジャリン宙域だ」
 全員からため息のような声が発せられた。
「付近一帯の詳細な資料を、パトリシアに調べてもらった。先程配布したファイル
がそれだ。ご苦労だったね、パトリシア」
「どういたしまして」
「なんだ、やっぱりパトリシアに手助けしてもらったんだ」
「僕は、資料作りといった、細やかな作業は苦手でね」
「でしょうねえ」
「とにかく、資料を充分検討して今後の作戦立案に役立ててほしい」
「わかった」
「それでは、本題にはいるとするか」
 五人は、それぞれの役割分担からはじめて、今後の作戦遂行に必要な各種参謀役
の人選、おおまかなる作戦要綱をまとめていった。

 アレックス・ランドール=作戦指揮官
 ゴードン・オニール  =作戦副指揮官
 ジェシカ・フランドル =航空参謀
 スザンナ・ベンソン  =旗艦艦長
 パトリシア・ウィンザー=作戦参謀

 これらの役割が、第一回目の作戦会議で決定された。
 中でも、三回生であるパトリシアが作戦参謀という重要な幕僚に着任することに
なったのは、彼女の先輩であるジェシカの強い推薦があったからである。
 数時間後。
「よし、今日のところはこんなところでいいだろう」
 アレックスの発言で、作戦会議は終了した。
 席を立った五人は、資料を片手に作戦会議室を退室し、次の予定の目的地へと四
散していく。
「あ、ちょっとパトリシア」
 ジェシカと一緒に帰ろうとしていた彼女を、アレックスが呼び止めた。
「はい。何でしょうか」
「ついでといっちゃ、なんだが、パトリシア。ジャストール校のミリオンについて
詳細な資料を集めてくれないか」
「ミリオンといいますと、ミリオン・アーティスですか?」
「そうだ。知っているのか?」
「ええ、まあ。ジャストール校では、百年に一人出るか出ないといわれる神童とま
で称される逸材で、戦術シュミレーションでは常に圧倒的成績で勝利を続けている
そうですから」
「って、それくらいなら誰でも知っているわよ。アレックス。わざわざ、知ってい
るかと確認することはないわよ」
「そうかなあ……僕は、ジャストール校のことを調べなきゃならないってんで、つ
い昨日その名前を知ったばかりなんだ」
「呆れた! そんなことで、よくもまあ指揮官に選ばれたものね。先行き不安だわ」

「しかし、ミリオンを調べて実際の戦闘に役に立つのですか?」
「敵の指揮官の素性を知る事は作戦の第一歩じゃないか」
「指揮官? ジャストール校側の指揮官はまだ発表されていないじゃない。第一、
ミリオンは三回生よ。指揮官には、速すぎるのではないかしら?」
「そうとも限らないよ。例えば、うちだって副官にパトリシアが選ばれているくら
いだから。あのミリオンなら充分有り得るさ」
「まあ、あなたが、そうまで言うのなら。パトリシア、調べてあげなさい」
「はい。わかりました」
 パトリシアにとって、ジェシカは一年先輩であり、士官寮では昨年までの二年間
同室となっていた。戦術理論などの実践について、手取り足取り教えてもらった経
緯もあって、ジェシカに対しては従順であった。
「その中でも特に、性格的な特徴が知りたい」
「性格ですか」
「短気だとか、好みの色とかなんでもいい」
「わかりました。でもそんなことが役に立つのですか?」
「もちろんさ。それから……ジェシカには、このメモにあるものを手配しておいて
くれないかな」
 とアレックスが、ジェシカに手渡したメモには次のようなものが記されていた。

 迫撃砲、催涙弾、煙幕弾、麻酔銃……

「何よこれ……」
「もちろん白兵戦用の道具さ」
「白兵戦?」
 二人は驚いた。模擬戦は艦隊戦なのである。
 それなのに……。
「何も聞かずに集めてくれないかな」
「かまわないけど、時間がかかるわよ。士官学校では、手に入れにくいものばかり
だから」
「わかっている。だから、早めに依頼しておくのさ」

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2020.11.27 07:06 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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