銀河戦記/鳴動編 第二部 第十三章 カーター男爵 Ⅱ
2021.06.12
第十三章 カーター男爵
Ⅱ
「男爵の旗艦より発砲!」
「ジュリエッタ皇女が御座します(おわします)艦に対して発砲するとは!」
艦隊司令のホレーショ・ネルソン提督が怒りを顕わにしていた。
「今のを見ましたか? 殿下ご自慢の艦が守ってくれていたようですね」
はじめてみた情景に、皇女が感心する。
「確か、特殊哨戒艇でしたでしょうか。歪曲場透過シールドですね」
「密かにお守りくださっていたとは……」
「とにかく男爵とはいえ、皇女様に刃を向けたとなれば大問題です。
「そうですね。少しおしおきをしなくてはいけませんね」
その言葉を聞いて、ネルソン提督が反応する。
「男爵の艦に対して威嚇攻撃を行う! 随伴艦に当たっても構わん」
さらに副長が呼応する。
「主砲発射準備! 軸線を右へ五度ずらす」
オペレーターがテキパキと主砲発射準備を始める。
「発射準備完了しました!」
ジュリエッタの方を見て、頷くのを確認した提督。
「発射!」
巡洋戦艦インビンシブルから一条の光跡がほとばしり、男爵の艦へと向かう。
男爵の艦の艦橋。
「う、撃ってきました!」
副官の言葉に、怯えとまどう男爵がいた。
光跡は、艦のそばを掠め通って、被害は出なかったが、
「護衛艦に着弾! 被害軽微!」
後続の艦に損傷を与えてしまったようだ。
「引き続き停戦を繰り返しています」
軍事行動において、停戦とは降伏に等しい。
とはいえ相手は正規の艦隊であり、火力差がありすぎる。
勝てる相手ではなかった。
「し、しかたあるまい。停戦しろ」
「了解! 機関停止します」
機関が止まり、艦内を静けさが覆いつくす。
「男爵の艦が停戦しました」
「カーター男爵をここへ連れてきてください」
指令を受けて、一隻の艦が艦隊から離れて、男爵艦へと近づいてゆく。
やがて男爵を連れ出したのだろう引き返してきた艦から、連絡艇が発進してインビンシブルの着艦口にたどり着いた。
数分後、マーガレット皇女の前に引きだされた。
「さて、申し開きを聞こうか?」
厳かに皇女が尋ねる。
すると信じられない言葉が男爵の口から発せられた。
「私は、公爵に命じられて、言われるがままに行動しただけです」
まさしく責任転嫁を羅列しはじめたのだった。
自分は悪くない、すべては公爵の図り事なのだと。
もはや逃げ道はない。
保身のためなら土下座もする勢いだった。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅱ
2021.06.11
第二章 デュプロス星系会戦
Ⅱ
重力アシストに突入して十二分、巨大惑星の背後から赤く輝く小さな星が現れた。
カリスの衛星ミストである。
デュプロス星系において人類生存可能な星にして、カリスとカナン双方の中に存在する唯一の衛星である。
二つの巨大惑星は周囲の星間物質を飲み込んで、三つ目の惑星どころか衛星さえも存在しえないはずだった。
ミストは、恒星系が完成したその後に、どこからか迷い込んできた小惑星を取り込んで衛星としたと推測されている。
実際に、巨大惑星の重力の及ばない最外縁には、いわゆるカイバーベルトと呼ばれる小惑星群がある。そこから軌道を外れた小惑星が第二惑星カナンに引かれはじめた。
そのままでは、カナンに衝突するはずだったが、たまたま内合を終えたばかりの第一惑星カリスによって軌道を変えられて、その衛星軌道に入った。
それがミストが衛星として成り立った要因ではないかとされている。
ミストはカリスの強大な重力によって、潮汐ロックを受けて常に同じ表面を向けている。一公転一自転というわけである。
その地表はカリスの重力の影響を受けて至る所で火山が噴出して地表を赤く染め上げている。地熱を利用した豊富な発電量によって人類の生活を潤していた。
「せっかくここまで来たのに。立ち寄りもせずに素通りとはね」
「仕方ありませんよ。それより、ほら。お出迎えです」
ミストから発進したと思われる艦隊が目前に迫っていた。
「ミスト及びデュプロス星系を警護する警備艦隊です」
「警備艦隊より入電です」
「スクリーンに流して」
スクリーンの人物が警告する。
「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴艦らは、我々の聖域を侵害している。所属と指揮官の名前を述べよ」
相手は旧共和国同盟の正規の軍隊ではないとはいえ、節度ある軍規にのっとった警備艦隊である。
いきなり戦闘を仕掛けてくるようなことはしない。
まずは自分が名乗り、そして相手に問いただす。
それに対して襟を正してスザンナが静かに答える。
「こちらはアル・サフリエニ方面軍所属、アレックス・ランドール提督率いるサラマンダー艦隊です。」
「サ、サラマンダー艦隊!」
さすがにその名前を聞かされては、驚愕の表情を隠せないようだった。
スザンナが共和国同盟解放戦線としてではなく、旧共和国同盟軍の称号を名乗ったのは、敵対する意思のないことを伝えたいからだった。
「我々は、デュプロスに危害を加えるつもりはありません。ただ、通過を認めてもらいたいだけです」
「これまでにも貴艦らと同じように、周辺国家の艦隊が銀河帝国へ亡命するためにここを通過しようとしたが、ことごとく追い返したのだ。一度でも通過を許したことが伝われば、同様のことが立て続けに発生するだろうからだ」
「でしょうね……」
スザンナが納得したように頷く。
バーナード星系連邦に組みして総督軍に編入されるか、共和国同盟解放戦線に加担するか、そのどちらにも賛同し得ない国家や軍隊にとって第三の選択肢が、銀河帝国への亡命であった。
しかし帝国へ亡命するには、最寄の星系であるこのデュプロスからもかなりの道のりを要するために、補給のために立ち寄る必要があった。
「貴艦らがサラマンダー艦隊という証拠を見せてくれ。ランドール提督を出してくれないか」
彼らが確認のためにランドール提督を出してくれと言うのは無理からぬことだろう。
ニュースにたびたび登場する共和国同盟の英雄であるアレックスを知らない人間はいないだろうが、旗艦艦隊司令のスザンナやパトリシアを含めたその他の参謀達はほとんど知られていなかった。
「提督はただ今会議に出席しておりまして、すぐには……。お待ちいただけますか」
まさか昼寝をしているらしいとは言えなかった。
「いいでしょう、三時間……。三時間待ちましょう。それを過ぎたら攻撃を開始します」
サラマンダー艦隊相手に勝てる見込みなどないはずだった。
さりとてこのまま通過を許すわけにもいかない。
万が一、戦闘を避けるために迂回してくれるかもしれない。
そういう思考が働いたのかもしれない。
「そ、それは……」
と、スザンナが言いかけたときだった。
通信に割り込みが入ってアレックスが答えていた。
「了解した。私がアレックス・ランドールです。これより貴艦に挨拶に向かうので乗艦を許可されたい」
サラマンダー艦橋にいる一同が耳を疑った。
「提督の艀のドルフィン号のパイロットから出港許可願いが出ています」
オペレーターが報告すると同時にアレックスよりスザンナに連絡が届く。
「スザンナ。わたしが相手の艦に赴いて直接交渉をする。艀を出してくれ」
「まさか提督お一人で、ミスト艦隊に出向かわれるおつもりですか?」
「相手の所領内に侵入しているのだ。こちらから赴くのが礼儀というものだろう」
「判りました。一緒にSPを同行させます」
「それなら大丈夫だ。ここにコレットを連れてきている」
「コレット・サブリナ大尉ですか? しかし彼女は特務捜査官ではないですか……」
「射撃の腕前ならサラマンダーでは誰にも負けないぴか一だぞ」
「判りました。艀を出します」
出港管制オペレーターに合図を送るスザンナ。
「ドルフィン号へ、出港を許可する。三番ゲートより出港せよ」
一連のアレックスの行動について、驚きの感ある一同だった。
普段は昼寝するといって艦橋を離れたり、艦隊運用をスザンナに任せて自室に籠ったりと、一見傍若無人とも思える行動をとるアレックス。
しかし、ここぞというときには霊能力者のように、先取りする行動を見せる。
「ミスト艦隊へ、ランドール提督自ら艀に乗って、そちらへ伺うとのことです」
「分かった。ゲートを開けてお待ちする」
発着ゲート。
係留されている格納庫から三番ゲートに移動を開始するドルフィン号。
その機体には小柄ながらもサラマンダーの図柄が施されていて、一目でランドール専用機であることが判るようになっている。
やがて発進ゲートがゆっくりと開いていく。
『ドルフィン号、発進OKです。どうぞ』
『了解。ドルフィン号、発進します』
エンジンを吹かせて静かに宇宙空間に出るドルフィン号。
戦闘機ではないので、武装はないし高速も出せない、あくまでも艦と艦の間を移動するための手段としての機体である。
静かにミスト艦隊の旗艦に近づいていく。
やがてミスト艦隊の着艦口が開いて誘導ビーコンが発射された。
『誘導ビーコンに乗ってください。こちらで誘導します』
『了解。誘導ビーコンを捕らえました。誘導をお願いします』
双方とも旧共和国同盟のシステムを持っているので、着艦には何のトラブルを起こすこともなく、着艦ゲートへと進入に成功した。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅰ
2021.06.10
第三章 第三皇女
I
銀河帝国領内。
今まさに、第三皇女の艦隊が連邦軍先遣隊による奇襲攻撃を受けていた。
貴賓席に腰を降ろす皇女ジュリエッタの表情は硬かった。側に仕える二人の侍女は、ただオロオロとするばかりだった。
「何としても姫を後方へお逃がしして差し上げるのだ。艦隊でバリケードを築いて、後方へのルートを確保するのだ」
貴族と庶民との身分の隔たり。こういう状態においてこそ、その人となりが良く判るものだ。
庶民を人とも思わずに税金を搾り取るだけの存在と考えたり、高慢で貴族であることを鼻に掛けて、庶民を虐げるだけの者は、いざとなった時には誰も助けてはくれない。庶民達は自分可愛さにさっさと逃げてしまうだろう。
しかし、ジュリエッタを取り巻く人々には、責任放棄する者はいなかった。命を張ってでもジュリエッタを救うための戦いを繰り広げていた。
気分を悪くした兵士を見かけたら、やさしくいたわり休息を与えたたり、全体が暗いムードに陥っている時には、レクレーションやパーティーを開いて、士気を高める努力を惜しまなかった。常に兵士一人一人に対して分け隔てなく気配りを忘れなかった。
ジュリエッタは民衆を愛し、かつまた民衆からも愛されていたのである。
「わたくし一人のために、多くの兵士達が犠牲になるのは、耐え難いことです。わたくし一人が……」
「いけません! 奴らは姫を捕虜にして、自分達の都合の良い交渉を強引に推し進める算段なのです。かつてアレクサンダー第一皇子が、海賊に襲われ行方不明となった時にも、皇子を捕虜にしていることを暗に匂わせて、十四万トンものの食糧の無償援助と、鉱物資源五十万トンを要求してきたのです。その後、皇子は連邦軍の元にはいないことが判明して、交渉はないものとなりましたが……」
貴賓席に深々と沈み込み、自分には何もできないのか? と苦渋の表情にゆがむジュリエッタ皇女。そうしている間にも、数多くの戦艦と将兵達が消えてゆく。
その頃、急ぎ救出に向かっていたランドール艦隊は、やっと中立地帯を抜け出たばかりだった。
「銀河帝国領内に入りました」
「前方に火炎を認めます」
銀河帝国艦隊と連邦軍先遣隊との戦闘が繰り広げられ、まるでネオンの明滅のような光景がスクリーンに投影されていた。
「全艦に戦闘配備だ」
「了解。全艦戦闘配備」
「うーむ……。何とかギリギリにセーフといったところか。第三皇女の旗艦は識別できるか?」
「お待ちください」
指揮艦席の手すりに肩肘ついてスクリーンを凝視しているアレックス。
「双方の戦況分析はどうか?」
「はい。圧倒的に連邦軍側が優勢です」
「だろうな。連邦軍にはつわものが揃っているからな」
「皇女の艦を特定できました」
「奴らの目的が皇女の誘拐であるならば、旗艦を無傷で拿捕しようとするだろうが、流れ弾が当たって撃沈ということもあり得る。私のサラマンダー艦隊は、旗艦に取り付いている奴らを蹴散らす。スザンナは旗艦艦隊を指揮して、連邦軍の掃討をよろしく頼む」
「判りました。旗艦艦隊は連邦軍の掃討に当たります」
「それでは行くとしますか。全艦突撃開始! 我に続け!」
アレックスの乗るヘルハウンドを先頭にして、勇猛果敢に敵艦隊の只中に突入していくランドール艦隊。
連邦軍先遣隊の旗艦艦橋。
「皇女艦の包囲をほぼ完了しました」
「ようし、降伏を勧告してみろ」
「了解」
戦闘情勢は有利とみて、余裕の表情だったが……。
「未知の重力加速度を検知! ワープアウトしてくる艦隊があります」
「なんだと? 艦が密集している空間へか?」
「間違いありません。重力値からすると、およそ二百隻かと」
「ワープアウトします!」
戦闘区域のど真ん中にいきなり出現した艦隊。
二百隻の艦隊は、皇女艦に取り付いている連邦軍艦隊に対して戦闘を開始した。
「包囲網が崩されています」
「何としたことだ。一体どこの艦隊なのだ」
すさまじい攻撃だった。
まるで戦闘機のように縦横無尽に駆け回る艦隊に翻弄される連邦軍艦隊。
さらに連邦軍を震撼させる事態が迫った。
「背後より敵襲です! その数二千隻」
「敵襲だと? 帝国の援軍が到着したのか、しかも背後から」
「そんなはずはありません。本隊が救援に来れるのは、早くても三十分かかるはずです」
「じゃあ、どこの艦隊だ? 今取り付いているこいつらにしてもだ」
と、言いかけた時、激しい震動と爆音が艦内に響き渡った。
「左舷エンジン部に被弾! 機関出力三十パーセントダウン」
パネルスクリーンには、敵艦隊の攻撃を受けて、次々と被弾・撃沈されていく味方艦隊の模様が生々しく映し出されていた。高速で接近し攻撃し、一旦離脱して反転攻撃を加え続けていた。
「この戦い方は……。ランドール戦法か?」
折りしも正面スクリーンに、攻撃を加えて離脱する高速巡洋艦。その舷側に赤い鳥のような図柄の配置された艦体が映し出された。
「こ、これは! サラマンダーじゃないか」
その名前は連邦軍を震撼させる代名詞となっている。その精霊を見た艦隊は、ことごとく全滅ないし撤退の憂き目に合わされているという。
「そうか! デュプロスに向かった別働隊との連絡が途切れたのもこいつらのせいに違いない」
「ランドールのサラマンダー艦隊は、タルシエン要塞にあるのでは? それが何故、中立地帯を越えたこんな所で……」
「知るもんか。これ以上、被害を増やさないためにも撤退するぞ」
「撤退? 後少しで皇女を拉致できるというのにですか?」
「何を言うか! すでに皇女艦の包囲網すら突き崩されてしまっているじゃないか。逆にこちらの方が捕虜にされかねん情勢が判らないのか。ランドールは撤退する艦隊を追撃したケースは、これまでに一度もない。だから捲土重来のためにも、潔く撤退するのだ」
「判りました。撤退しましょう」
「戦闘中止の信号弾を上げろ! それで奴らの攻撃も止むだろう。その間に体勢を整えて撤退する」
旗艦から白色信号弾が打ち上げられた。
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 デュプロス星系会戦 Ⅸ
2021.06.09
第二章 デュプロス星系会戦
Ⅸ
ステーションをゆっくりと離れてゆくヘルハウンド。
「これより、一旦カリスの衛星軌道に入る。二度の周回を行いつつ、重力アシストの加速を得て、最大噴射でカリスの重力圏を脱出する」
ヘルハウンドも外宇宙航行艦であるから、自力ではカリスの強大な重力を振り切ることは困難である。カリスをスパイラル状に加速・周回しながら、少しずつ軌道を遠ざかり、ついでに重力アシストで加速を得て、最適な位置から最大速度に上げて脱出しようというわけである。
「噴射! 機関出力最大、加速度一杯!」
二度目の周回を終えて、頃合いよしと判断したアレックスは号令を下した。
艦体を激しい震動が襲った。
「比推力、最大に達しました」
「そのまま維持せよ」
巨大惑星カリスからゆっくりと遠ざかっていく。
やがて艦体の震動もおさまりつつあった。
「まもなく惑星カリスの重力圏を離脱します」
「よし、機関出力を三分の二に落とせ」
「機関部はエンジンに異常がないか確認せよ。ダメコン班は艦体の損傷をチェック!」
たてつづけに命令を出してから、
「ふうっ……」
と大きなため息をついて、指揮艦席に深く腰を沈めるアレックスだった。
連邦艦隊との戦闘。カリスからの脱出と息つく暇もなく働き詰めで疲労がたまっていた。
「艦長。ちょっと昼寝をしてくる。後を頼む」
席を立って自分の部屋へと向かうアレックス。
「判りました。ごゆっくりお休みください」
最高司令官たるアレックスには、定められた休息時間はない。適時自分の判断で休むことになっている。
ミストの補給基地が見えてきた。
その周辺には、旗艦艦隊が展開している。
指揮艦席に座ったまま、サンドウィッチを頬張っているアレックス。
「サラマンダーより入電」
「繋いでくれ」
正面スクリーンにスザンナが映し出された。
「ご無事でなによりでした。全艦、補給を終えて待機中です」
「それでは、早速発進させてくれ。私はこのヘルハウンドから指揮を執る」
スザンナが疑問を投げかける。
「ヘルハウンドからと申されましても、旗艦艦隊二千隻の指揮統制は不可能ですが……」
旗艦には搭載されている戦術コンピューターには、それぞれキャパシティーがある。各艦からは識別信号を出しており、その信号を戦術コンピューターが受信して処理している。撃沈・大破や航行不能などに陥れば即座に処理される。サラマンダーの戦術コンピューターは十万隻もの処理能力があるが、ヘルハウンドには三百隻の処理能力しかなかった。
「何を言っておるか。旗艦艦隊二千隻は、君が指揮するのだよ。大まかな作戦はこちらから指示するが、後は君の判断で自由に動かしたまえ」
スザンナの指揮能力を高く評価し、信頼に疑いを抱かないアレックスの叱咤激励の言葉であった。一人前の司令官に育て上げるには、甘えを許さずすべてを任せきりにして、時として渦中に放り込むといった荒療治も辞さない態度で臨む。
こうしてアレックスに鍛えられて、数多くの有能なる司令官が誕生しているのである。それら司令官達の働きによって、アレックス率いる艦隊は、多大なる戦果を上げてその陣容を強化していった。
「判りました。旗艦艦隊を発進させます」
毅然として表情を取り戻すスザンナ。
師弟関係にも似た厚い信頼で結ばれている二人。
「全艦微速前進。ヘルハウンドに続け」
艦隊が中立地帯に差し掛かるのは、それから間もなくのことだった。
「国際救難チャンネルに、SOSが入電しています」
「信号はどこから発せられているか?」
「中立地帯を越えた銀河帝国領からです」
「どうやら遅かったようだな。敵さんの方がひと足早く皇女艦隊に襲い掛かったようだ」
と、しばしの思慮に入るアレックス。
艦橋オペレーター達は、その去就に注目している。
「サラマンダーに繋いでくれ」
正面スクリーンにスザンナが映し出される。
「救難信号をキャッチした」
「はい。こちらでも確認しております」
「君ならどうするかね?」
「はい。救難信号が出されている以上、救出に向かうのが船乗りの務めです」
「戦艦が中立地帯に踏み込むのは国際条約違反だぞ」
「しかしながら、国際救助活動においては、特別条項が適用されます。それになによりも、銀河帝国との交渉を進める良い機会になるのではないでしょうか」
「なるほど、それは良い考えだ。それでは行こうか。全艦に伝達! 救助活動のために中立地帯を越えて銀河帝国へ向かう。全艦全速前進せよ」
こうしてランドール艦隊発足以来、はじめての銀河帝国領への進出が、国際救助活動の名のもとに行われたのである。
果たして、連邦先遣隊を蹴散らして、無事に第三皇女を救い出すことができるのか?
その先にある、銀河帝国との交渉の行方もどうなるか判らない。
すべての乗員の胸の内にある不安と葛藤も推し量るすべもない。
第二章 了
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銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章・デュプロス星系会戦 Ⅷ
2021.06.08
第二章 デュプロス星系会戦
Ⅷ
「全艦、回頭せよ」
オペレーターが復唱する。
ゆっくりと回頭をはじめる連邦艦隊。
しかし、様子がおかしかった。
回頭の中途で失速し、その体勢のまま流されている艦が続出していた。
「どうしたというのだ?」
司令が怒鳴り散らすが、事態が好転するはずもなかった。
艦体はガタガタと異常震動を続けており、オペレーター達の表情は暗かった。
「機関出力、大幅なパワーダウン」
「出力をもっと上げろ!」
「機関オーバーロード。これ以上出力を上げれば暴走爆発します」
「ええい、かまわん! 目の前にアイツがいるのに、みすみす逃してたまるものか。出力を上げろ、もっと上げるんだ!」
カリスの強大な重力によって引き寄せられていることが、誰の目にも明らかとなっていた。外宇宙航行艦にとっては、方向転換をも不可能とする強大な重力である。
その一方で、惑星間航行艦ながら馬力のある荷役馬のミスト艦隊は、カリスの重力をものともせずに、悠然と突き進んでいた。
「後方の敵艦隊が乱れています。どうやら失速しているもよう」
オペレーターの報告を受けて頷くアレックスだった。
「こちらの思惑通りだ」
そして総反撃ののろしを上げる。
「よし、今だ! 後方で回頭する連邦艦隊を撃て!」
それまで前方を向いていた砲門が一斉に後方へと向き直った。徹底防戦に甘んじていた隊員は、鬱憤を晴らすかのように、夢中になって総攻撃に転じたのである。
その破壊力はすさまじかった。あまつさえ失速して機動レベルを確保できない敵艦隊は迎撃の力もなく、一方的に攻撃を受けるのみであった。
千隻の艦隊が、百五十隻の艦隊に翻弄されていた。
やがて別働隊も追いついてきて攻撃に参加した。
次々と撃破されてゆく敵艦隊。無事に攻撃をかわせたとしても、カリスの強大な重力がそれらを飲み込んでゆく。カリスに近寄りすぎて、その重力から逃れるのは競走馬の連邦艦隊には不可能だった。
十分後、敵艦隊は全滅した。
千隻の艦隊に、三百隻で臨んで勝利したのである。
艦橋に歓喜の大合唱が沸き起こった。
ミスト艦隊司令のフランドル・キャニスターは、アレックスの作戦大成功を目の当たりにして感心しきりの様子であった。
「これが英雄と呼ばれる男の戦い方か……。カリスの強大な重力を味方にしてしまうとはな。交戦状態に入ったときにはすでに敵は自滅の道を突き進んでいたのだ。その情勢を作り出してしまう作戦の妙というところだな」
アレックスの乗る旗艦でも拍手の渦であった。
「おめでとうございます提督。ミストは救われました」
と言いながら、右手を差し出す副司令。握手に応じるアレックス。
「いやいや。当然のことしただけですよ。共和国同盟軍の同士ではないですか」
「共和国同盟ですか……なるほどね」
事実上として共和国同盟は滅んではいるが、解放戦線を呼称するアレックスたちにとっては、今なお健在なのである。
衛星ミストの軌道上に浮かぶ軍事宇宙ステーションに近づく小艦隊があった。
アレックスを迎えるために、スザンナが寄こした高速艦隊である。
艦隊はステーションの周囲に待機し、指揮艦と思しき艦だけが入港ゲートへと進行していく。
その指揮艦の艦内では、入港に向けてのステーションとの交信がひっきりなしに続いている。
「艦長。入港許可が出ました」
「よし、入港せよ」
「入港します」
操舵手が答え、艦に制動が掛けられる。
「ステーションより、誘導すると言ってきておりますが」
「丁重にお断りしろ。我が艦は手動制御で入港する。操舵手いいな」
「了解しました。これより手動による入港体勢に入ります」
操舵手に緊張した表情は見られないし、気負った態度もなかった。ごく自然に平然と答えている。
「サラマンダー艦隊の操艦技術を見せつけてやれ」
「了解」
他のオペレーター達も、自分に与えられた端末を黙々と操作しており、余裕のあるところを見せていた。
艦体の側面には、真っ赤に燃える火の精霊を配色し異彩を放っている。
暗号名「サラマンダー」を呼称するもう一つの旗艦「ヘルハウンド」が正式称号である。
そう……。
アレックス・ランドール提督が、少尉時代に乗艦・指揮し、ミッドウェイ会戦で大戦果を挙げたあの艦である。
ヘルハウンドはゆっくりと橋梁に近づき、所定の位置から五センチもずれることなくピタリと接岸した。
「見事だ。さすがに提督が直接指揮したことがあるだけのことはあるな」
ステーションの管制員は感心しきりだった。
タラップが掛けられ、艦長以下の出迎え陣が勢揃いした。
ここで改めて確認することにしよう。
サラマンダー艦隊と言えば、ハイドライド高速戦艦改造II式「サラマンダー」以下の二千隻の旗艦艦隊だと思っている者が多いが、それは正しくない。
アレックスが初めて独立遊撃艦隊を任され、その旗艦として高速巡洋艦「ヘルハウンド」が与えられた。その暗号名が「サラマンダー」であるから、艦隊としての行動する時の暗号名も「サラマンダー艦隊」というのがそもそもの名称のはじまりなのである。これらの呼称は軍籍簿にも登録されている正式称号であることを忘れてはいけない。
その後に転属してきたレイチェル・ウィングの骨折りで、高速戦艦五隻を手に入れ、新たに「サラマンダー」と名づけられた艦に、アレックスが乗艦するようになった。しかしながらその時点では、純然として旗艦登録は「ヘルハウンド」のままであった。
高速戦艦サラマンダーが正式に旗艦登録されたのは、アレックスが中佐となり艦隊数が増強されて以降のことである。しかしながら、ヘルハウンド以下の独立遊撃艦隊はそのまま残され、アレックスの直属のサラマンダー艦隊として、ヘルハウンドも旗艦登録されたまま今日に至っているのである。
アレックス配下の全艦隊を総称する時は、ランドール艦隊と呼称するのが正しい。
アレックスがフランドルに案内されながら現れた。
一斉に敬礼して出迎える艦長達。
「出港準備完了しております」
「うん。ご苦労だった」
振り返ってフランドルに別れの挨拶をするアレックス。
「おせわになりました」
「何もできませんが、せめて補給基地に立ち寄って補給を受けてください。二千隻すべてへの補給は無理でしょうが、行って帰ってこれる程度の備蓄はあります」
「よろしいのですか?」
「なあに、これくらいの礼はさせてもらわないと、罰が当たりますよ」
「そうですか……。それではご好意に甘えさせていただきます」
「ご武運を祈っています」
「ありがとう」
握手をして別れ、アレックスはヘルハウンドに乗艦した。
「おめでとうございます。提督のご奮戦振りモニターしておりました」
艦橋に入るやいなや、女性オペレーター達の熱烈な祝福を受ける。
「そうか……」
指揮艦席に腰を降ろすアレックス。
この席に座るのは実に久しぶりのことであった。
懐かしそうに、機器を撫でている。
「ステーションより、補給基地のベクトル座標データが入電しております」
「よし、データを艦隊に送信し、先に補給しろと伝えろ」
「了解」
「提督。このベクトル座標データからすると、補給基地は中立地帯のすぐそばです」
航海長が説明した。
数字の羅列を読んだだけで、およその位置を言い当ててみせるのは、その頭の中に航海図がまるごと入っているからだろう。
「補給基地の位置を五次元天球儀に投影してみろ」
「判りました」
五次元天球儀は、透明球状体にレーザーを照射して、その内側に航路図を投影できるものである。ワープ中でも常に艦の位置を表示できる。敵艦隊や新築されたばかりの施設などの更新されていないデータは表示されないので、構築物の所有者や国家は、国際宇宙航路図協会への報告を厳重に義務付けられている。
補給基地を示す青い光点が明滅し、そのすぐそばを銀河帝国領との境界にある中立地帯が、淡いレッドゾーンとして表示されている。
「目と鼻の先だな」
「中立地帯近辺の警備における補給を担っているのでしょう」
「だろうな……」
と頷いて、オペレーター達を見渡してから、
「出航する。機関出力五分の一、微速前進」
命令を下した。
「了解。機関出力五分の一、微速前進」
艦長が命令を復唱する。
「機関出力五分の一」
「微速前進」
各オペレーター達が復唱しながら機器を操作している。
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