銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅶ
2021.06.17

第三章 第三皇女




「敵艦隊旗艦、アークロイヤル発見!」
 ついに待ちに待った情報が届いた。
「ようし、遊びは終わりだ。全艦ワープ準備! 敵旗艦空母の周辺に座標設定」
「了解! ワープ準備に入ります。座標設定、敵空母周辺」
 操舵手が復唱する。まさに楽しそうな表情で、ピクニックにでも行くようだ。それもそのはずで、あのミッドウェイにおいても操舵手を務めていたのである。空母攻略のための小ワープは、その時と状況がほとんど似通っており経験済みの余裕であった。
「白兵戦の要員は、ただちに発着場に集合せよ」
 ミッドウェイでは総攻撃を敢行したが、今回はアークロイヤルに接舷し、白兵戦で艦内に侵入する。そしてマーガレット皇女を保護する作戦である。
「艦長、後は任せる。作戦通りに動いてくれ」
 立ち上がって指揮官席を譲るアレックス。
「おまかせ下さい」
 作戦を参謀達に伝えた時、提督自らが敵艦に乗り込むことに、反対の声も少なくなかった。しかし、作戦が困難であればあるほど、部下にだけに苦労させたくないというアレックスの心情と性格は、誰しもが知っていることである。カラカス基地攻略戦、タルシエン要塞攻略戦など、生還帰しがたい作戦だからこそ自ら率先してきたのでる。
「内乱を引き起こしたとはいえ、相手は皇女様だ。私が行かなければ失礼にあたるだろう」
 そう言われてしまうと誰も反論することができなかった。

 その頃。旗艦空母アークロイヤル艦橋では、マーガレット皇女が、戦闘機編隊の不甲斐なさに憤慨していた。
「たかが駆逐艦に戦闘機が手をこまねいているとは……」
「いいえ、よくご覧下さい。そのたかが駆逐艦の動きです。さながら戦闘機のようではありませんか。まるで曲芸飛行をのようです」
 そう答えるのは、艦隊司令のトーマス・グレイブス少将である。
「こちらは三万機もの戦闘機で迎え撃っているのですよ。相手はたった二百隻ではありませんか」
 戦闘機がたかが駆逐艦に負けるわけがない。
 そうでなければ、自軍の艦隊編成を見直さなければならない。戦闘機の攻撃力と機動性を信じたからこそ、アークロイヤルはじめ数多くの航空母艦を主体とした空母艦隊を組織したのである。戦闘機がこうもあっさりと惨敗し、しかも敵艦はほとんど無傷となれば、まさしく空母無用論を唱えたくなる。
「とにかく、このままでは……。一旦退却して体勢を整えさせましょう」
 その時だった。
 敵艦隊が突如として消えてしまったのである。
「消えた?」
「どういうことですか?」
「わかりません」
 次の瞬間、目前に敵艦隊が再出現したのである。
 突然の出来事に目を丸くして驚愕する一同。
 空母は、戦闘機の発着を円滑に行うために、艦同士の距離をとってスペースを開けておかなければならない。そのスペースを埋め尽くすように敵艦隊が、アークロイヤルの周囲を取り囲んでしまったのである。これでは味方艦隊は攻撃をできない。まかり間違えば、アークロイヤルに被害を及ぼしてしまうからである。
「完全に包囲されています」
「何とかしなさい」
「無駄です。我々は人質にされてしまいました。味方は攻撃することができません」


 やがて一隻の艦が接舷してきた。
「乗り込んでくるもようです」
「排除しなさい」
「判りました」
 答えて艦内放送で発令するグレイブス提督。
「艦内の者に告げる。接舷した敵艦より進入してくる敵兵を排除せよ。銃を持てる者はすべて迎撃に回れ」
 次々と乗り込んでくるサラマンダー艦隊の白兵部隊。
 だがいかんせん、戦闘のプロの集団に、白兵など未経験の素人が太刀打ちできる相手ではなかった。
 白兵部隊は艦橋のすぐそばまで迫っていた。
 ロックして開かないはずの扉が開いてゆく。投げ込まれる煙幕弾が白煙を上げて視界が閉ざされていく。そしてなだれ込んでくる白兵部隊。次々と倒されていく味方兵士達。
 やがて煙幕が晴れたとき無事でいたのは、マーガレット皇女と侍女、そしてグレイブス提督他数名のオペレーターだけであった。
 やがて敵兵士によって確保された扉を通って、警護の兵士に見守られながら一人の青年が入ってきた。
 どうやら敵白兵部隊の指揮官のようであった。
「ご心配なく。倒れているのは麻酔銃で眠っているだけです。十分もすれば目を覚まします」
 言われて改めて周囲を見渡すマーガレット皇女。確かに死んでいない証拠に、微かに動いているようだ。麻酔があまり効かなかったのか、目を覚まし始めている者もちらほらといる。
「このようなことをして、何が目的ですか?」
「銀河帝国摂政エリザベス皇女様の命により、あなた様を保護し帝国首都星へお連れ致します」
「わたしを逮捕し、連行すると?」
「言葉の表現の違いですね」
 麻酔が切れて次々と目を覚まし始めるオペレーターや兵士達。
 敵兵の姿を見て銃を構えようとするが、
「おやめなさい! 銃を収めるのです。わたしの目の前で血を流そうというのですか?」
 皇女に一喝されて銃を収める兵士達。
 マーガレット皇女の旗艦アークロイヤルは、敵艦隊の包囲の中にあり、接舷した艦が発砲すれば確実に撃沈するのは、誰の目にも明らかであった。
 いわゆる人質にされてしまった状況では、戦うのは無駄死にというものである。将兵の命を大切にする皇女にできることは一つだけである。
「提督。全艦に戦闘中止命令を出して下さい」
「判りました。全艦に戦闘中止命令を出します」
 提督の指令で、アークロイヤルから停戦の意思表示である白色弾三発が打ち上げられた。
 ここに銀河帝国を二分した内乱が終結したことになる。
「首都星へ行くのは、わたしだけでよろしいでしょう? バーナード星系連邦の脅威ある限り、この地から艦隊を動かすことはできません。罪を問われるのはわたし一人だけで十分です」
「皇女様の思いのままにどうぞ」
 皇女の気高さと自尊心を傷つけるわけにもいくまい。
「ありがとう」
 そう言って改めて、その若き指揮官を見つめるマーガレット皇女。
 常に笑顔で対応するその指揮官の瞳は、透き通った深緑色に輝いていた。
「あ、あなたは……?」
 言葉に詰まるマーガレット皇女。ジュリエッタ皇女が初対面の時に見せた表情とまったく同じであった。
「共和国同盟解放戦線最高司令官、アレックス・ランドール少将です」
 指揮官が名乗ると、艦内に感嘆のため息が起こった。
 ここでも、アレックス・ランドールの名を知らぬものはいないようであった。
「なるほど……。共和国同盟の英雄と称えられるあの名将でしたか」
「巡洋戦艦インヴィンシブルが近づいてきます」
「ジュリエッタが来ていたのね」
「インヴィンシブルで首都星アルデランにお連れ致します」
「参りましょう。提督、艀を用意してください」
 グレーブス提督に指示を与える。
「かしこまりました」
「提督には残って艦隊の指揮を執って頂きます。引き続き連邦への警戒を怠らないようにお願いします」
「はっ! 誓って連邦は近づけさせません」
「ランドール殿、それでは参りましょうか」
 こうしてアレックスに連れられて、インヴィンシブルへと移乗するマーガレット皇女だった。


 インヴィンシブルの艦載機発着場。
 アークロイヤルの皇女専用艀が停船しており、その周囲を将兵が整然と取り囲んでいた。真紅のビロードの絨毯が敷かれて、ジュリエッタ皇女が出迎えていた。
 やがてドアが開いて、中からマーガレット皇女が姿を現わす。その背後にはアレックスが控えている。
 タラップが掛けられて、兵士達が一斉に銃を構えなおし、VIPを出迎える動作を行った。内乱の首謀者といえども、皇女という身分を剥奪されてはいないからだ。
「お姉さま!」
 ゆっくりと歩み寄るジュリエッタ皇女。
「ジュリエッタ……」
 互いに手を取り合って再会を喜ぶ二人。政治の舞台では反目しあっていても、姉妹の愛情は失われていなかった。
 首都星へ向かうインヴィンシブルの貴賓室で、姉妹水入らずで歓談する二人。アレックスは席を外しており、別の部屋で待機をしていると思われる。
「そういうわけだったのね」
 ジュリエッタは、共和国同盟の英雄との出会いを説明していた。
「噂には聞いておりましたが、あれほどの戦闘指揮を見せつけられますと……」
「何? 何が言いたいわけ?」
 言い淀んでしまったジュリエッタの言葉の続きを聞きだそうとするマーガレット。
「マーガレットお姉さまも気づいていますよね?」
「エメラルド・アイでしょ……」
「その通りです。軍事的才能をもって帝国を築いたソートガイヤー大公様の面影がよぎってしかたがないのです」
「そうね……。もしかしたら大公様の血統を色濃く受け継いでいるのかもしれません」
「だったら……」
 身を乗り出すジュリエッタ皇女。
「待ちなさいよ。結論を急ぐのは良くないことよ。わたし達はランドール提督のことを、まだ何も知らないのよ。例えば連邦にもエメラルド・アイを持つ名将がいるとの噂もあることですし」
「ええと……。確かスティール・メイスン提督」
「連邦においてはメイスン提督、同盟ではランドール提督。この二人とも常勝の将軍として名を馳せており、奇抜な作戦を考え出して艦隊を勝利に導いているとのこと」
「そして異例のスピードで昇進して将軍にまで駆け上ってきた。もしかしたら……このどちらかが、アレクサンダー皇子と言うこともありえます」
「ええ。何につけても『皇位継承の証』が出てくれば、すべて氷解するでしょう」
「そうですね……。とにもかくにも、今は身近にいるランドール提督のことを調べてみるつもりです」
「事が事だけに、慎重に行うことね。何せ、命の恩人なのですから」
「はい」

第三章 了

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2021.06.17 08:18 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅵ
2021.06.16

第三章 第三皇女




 物語に戻ることにする。
 インヴィンシブルの艦橋。
 貴賓席に腰を降ろしているジュリエッタ皇女と、その両脇に直立不動の姿勢で立っているネルソン提督とアレックス。
 艦橋オペレーターは、アレックスの方をチラチラと訝しげに垣間見ている。
「まもなく、アルビエール候国領内に入ります」
「ここから先は、自治領を侵犯してゆくことになります」
 オペレーターの報告に対して説明するネルソン提督。
「いつ、どこから攻撃を受けるか判らないということですね」
「はい、その通りです。マーガレット様の艦隊は航空母艦を主体とした艦隊編成ですので、まずは戦闘機の大編隊が襲い掛かってきます」
 ジュリエッタの質問に詳しい解説を加えるネルソン提督。
「マーガレット皇女様の旗艦は、攻撃空母アークロイヤルでしたね?」
 確認を求めるアレックスにネルソン提督が答える。
「はい。舷側に皇家の紋章が配色されているので、すぐに判ります」
「ありがとう」
 頷きながら正面スクリーンに敵編隊を探し求めるような表情を見せるアレックスだった。
「ランドール提督宛て、ヘルハウンドより入電しています」
 艦内の緊迫感を一気に高める声だった。
 アレックスは冷静に対応する。
「繋いでください」
 正面スクリーンにポップアップ画面でヘルハウンド艦長が映し出された。
「Pー300VXが敵艦隊を捉えました」
「よし。索敵を続行。マーガレット皇女の旗艦空母アークロイヤルを探せ! それとドルフィン号をこちらに回してくれ。今からそちらへ行く」
「了解!」
 艦長の映像が途切れて、元の深遠の宇宙空間が広がる映像に戻った。
 アレックスはジュリエッタに向き直って、先程の交信内容を実行することを伝えた。
「これより我がサラマンダー艦隊は、マーガレット皇女様を保護するために、皇女艦隊への突撃を敢行いたします」
「たった二百隻で大丈夫ですか?」
 心配そうに尋ねるジュリエッタに微笑みながら答えるアレックスだった。
「六十万隻を相手にするのではなく、目標のアークロイヤル一隻のみですので大丈夫ですよ。ジュリエッタ様は、作戦通り援護射撃に専念してください」

 ヘルハウンドに戻ったアレックスは、早速サラマンダー艦隊に進撃を命じた。
「機関出力三分の二、加速三十パーセント。マーガレット皇女艦隊に向けて進撃開始」
 速度を上げてジュリエッタ艦隊を引き離すように先行してゆくサラマンダー艦隊。
「まさか、このヘルハウンドで、たて続けに戦闘をするなどとは思わなかったな」
 愚痴ともとれる言葉に、艦長が笑いながら答えた。
「いいじゃありませんか。我が艦隊の乗員達も提督を指揮官に迎えて、みんな張り切っているのですから」
 艦長に呼応するかのように、オペレーター達が立ち上がって答える。
「艦長のおっしゃるとおりです」
「かつての独立遊撃艦隊の復活です」
「提督となら地獄の果てまでもご一緒しますよ」
「おいおい。地獄はないだろう。天国にしてくれ」
 笑いの渦が沸き起こった。
 本来なら笑っていられる状態ではなかった。六十万隻もの大艦隊がひしめく中に飛び込んで、皇女艦に取り付いて、白兵戦でマーガレット皇女を保護しようというのだから。まさしく命がけの戦いで、地獄の果てまでという言葉が出たのもそのせいなのだ。
 しかし、サラマンダー艦隊に集う士官達に迷いはない。提督と共になら、火中に栗を拾いに行くこともいとわないのである。
 まさしくミッドウェイ宙域会戦の再来ともいうべき作戦が開始されようとしていた。


 それはアレックスが昇進し大艦隊を指揮統制できるようになっても独立遊撃艦隊として、二百隻をそのまま自分の直属として配下に置き続けたきたからである。
 幾度となく死線を乗り越えてきた勇者の余裕ともいうべき雰囲気に満ちていた。
「Pー300VXより入電! 敵空母より艦載機が発進しました。その数およそ三万機」
 オペレーターの声によって、艦橋は一気に緊迫ムードに包まれた。
「おいでなすったぞ。全艦、対艦ミサイル迎撃準備。CIWS{近接防御武器システム}を自動追尾セット。各砲台は射手の判断において各個撃破に専念せよ」
 戦闘機は接近戦に入る前に、遠距離からのミサイル攻撃を仕掛けるのが常套である。そこでまず最初に、そのミサイルに対する防御処置を取ったのである。とはいえ、各機がミサイルを一発ずつ放ったとしても、総数三万発のものが襲い掛かってくることになる。まともに相手などしていられない。
「ミサイル接近中!」
「全艦急速ターン用意」
 ここはミサイルの欠点を突くしかない。宇宙空間では、ミサイルは急速ターンができず、ホーミングによって追尾しようとしても旋回半径が非常に大きい。そこでタイミングよく急速移動すれば、何とか交わすことが可能である。
「よし、今だ! 急速ターン!」
 ミサイルと違って、ヘルハウンド以下の艦艇には、舷側や甲板・艦底などに噴射ジェットが備えられており、急速ターンや平行移動ができる。ミサイルを目前にまで近づけておいて、一気に移動を掛けるのである。
 目標を失ったミサイルは頭上を素通りしていった。そこをCIWSが一斉に掃射されて破壊してゆくのである。
 こうしてミサイル群を見事に交わしきってしまったサラマンダー艦隊は、さらに前進を続ける。
「敵艦載機、急速接近!」
 ミサイルよりはるかに手ごわい相手の登場である。
「提督。ちょっと遊んでもいいですか?」
 操舵手が許可を求めてきた。
 余裕綽々の表情である。
 三万隻を相手にして遊んでやろうという自信のほどが窺える。
「ほどほどにしてくれよ」
「判ってますよ」
 わざとらしく腕まくりをして、操作盤に向き直った。
「全艦に伝達。戦闘機のコクピットは狙わずに、後部エンジンに限定して攻撃せよ。パイロットが緊急脱出できるようにしておけ」
 今回の作戦は、敵艦隊を殲滅させることではなく、空母アークロイヤルに座乗しているマーガレット皇女を保護し、反乱を終結させ和平に結びつけることにある。その他の将兵達には極力手出ししないようにしたかったのである。
 仮に目的のためには手段を選ばずで、手当たり次第に殺戮を行えば、後々まで遺恨を残して、和平にはほど遠くなってしまうだろう。
 とにもかくにも、サラマンダー艦隊と戦闘機との壮絶な戦いが繰り広げられていた。
 ランドール戦法、すなわち究極の艦隊ドッグファイトを見せつけられて、目を丸くしている戦闘機パイロット達がいた。
 何せ機動力では、はるかに戦闘機の動きを凌駕していたのである。
 舷側などにある噴射ジェットを駆使して、まるで曲芸飛行を見せつけてられているようだった。その場旋回やドリフト旋回など、戦闘機には不可能な動きで、簡単に背後に回ってロックオン・攻撃。もちろんCIWSなどの対空砲火も半端なものではなかった。次々と撃墜されてゆく戦闘機編隊。戦闘開始十分後には一万機が撃ち落されていた。
 パイロット達は、すっかり戦闘意欲を喪失しまっていたのである。

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2021.06.16 08:27 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 V
2021.06.15

第二章 ミスト艦隊




 別働隊指揮艦の艦橋。
 迫り来る敵艦隊との会戦の時が迫り、オペレーター達の緊張が最高潮を迎えようとしていた。
 正面スクリーンが明滅して、敵艦隊の来襲を知らせる映像が投影された。
「敵艦隊捕捉! 右舷三十度、距離三十二光秒!」
 目の前を敵艦隊が悠然と進撃している。
 ミスト艦隊が取るに足りない弱小艦隊とみて、索敵もそこそこにしてミスト本星へ急行しているというところだ。
 手っ取り早くミストを攻略し、先遣隊が帝国皇女の拉致に成功した後に、この星に連行してくるつもりなのかも知れない。
「時間通りです」
「ようし! 全艦攻撃開始だ」
 アレックスの作戦プランに従い、別働隊の敵艦隊に対する側面攻撃が開始された。

 敵艦隊の旗艦艦橋。
「攻撃です! 側面から」
 不意の奇襲に、声を上ずらせてオペレーターが叫ぶ。
「側面だと? こざかしい!」
「艦数およそ二百隻です」
「所詮は陽動に過ぎん。放っておけ。加速して振り切ってしまえ!」
「こちらは外洋宇宙航行艦、向こうは惑星間航行艦。速力がまるで違いますからね」
「競走馬と荷役馬の違いを見せてやるさ」
 別働隊の攻撃を無視して、速度を上げて差を広げていく連邦艦隊。

 別働隊指揮艦。
 正面スクリーンに投影された敵艦隊の艦影が遠ざかっているのが判る。
「距離が離れていきます。追いつけません」
「それでいい。作戦通りだ」
 落ち着いた口調で答える司令官。
 敵艦隊が別働隊の奇襲を無視して加速して引き離すことは予測していたことであった。
 アレックスの思惑通りに、事は運んでいた。
「さて、後方からゆっくりと追いかけるとするか……」
 艦橋にいる人々に聞こえるように呟く司令。
 頷くオペレーター達。
「よし、全艦全速前進!」
 ゆっくりと追いかけると言ったのは、敵艦隊のスピードに対しての皮肉であった。
 追いつけないまでも、敵艦隊に減速の機会を与えないように、後方から睨みを利かせるためである。

 その頃、連邦軍の艦影を捉えたミスト旗艦のアレックスは全艦放送を行っていた。
「……いかに敵艦が数に勝るとも、無用に恐れおののくことはない。わたしの指示通りに動き、持てる力を十二分に引き出してくれれば、勝機は必ずおとずれる。どんなに強力な艦隊でも所詮は人が動かすもの、相手を見くびったり、奢り高ぶれば油断が生じるものだ。その油断に乗じて的確な攻撃を敢行すれば、例え少数の艦隊でもこれを打ち砕くことができるだろう……」
 感動したオペレーターが、思わず拍手をすると、その波はウェーブとなった。
 放送を終えて照れてしまうアレックスであった。
 しかし、アレックスにはもう一つの放送をしなければならなかった。

 敵艦隊の指揮艦。
 機器を操作していた通信士が報告する。
「敵の旗艦から国際通信で入電しています」
 戦闘に際しては、通信士の任務は重大である。
 味方同士の指令伝達は無論のこと、敵艦同士の通信を傍受して作戦を図り知ることも大切な任務である。
「正面スクリーンに映せ」
「映します」
 オペレーターが機器を操作し、正面スクリーンにアレックスの姿が映し出された。
 スクリーンのアレックスが語りかける。
「わたしはアル・サフリエニ方面軍最高司令官、アレックス・ランドールである」
 途端に艦橋内にざわめきが湧き上がった。
 ランドールと聞けば知らぬ者はいない。
 そのランドールが、なぜミスト艦隊に?
 オペレーター達が驚き、隣の者達と囁きあっているのだ。
 スクリーンのアレックスは言葉を続ける。
「わけあって、このミスト艦隊の指揮を委ねられた……」
 疑心暗鬼の表情になっている司令官であった。
 ランドールと名乗られても、『はいそうですか』と即時に信じられるものではない。
 副官は機器を操作して、スクリーンに映る人物の確認を取っていたが、
「間違いありません。正真正銘のランドール提督です。それに、ミストから離れつつある艦隊を捕らえました。サラマンダー艦隊です」
「どういうことだ。タルシエン要塞にいるはずのやつらが、なぜここにいる?」
 何も知らないのは道理といえた。
 ランドール率いる反乱軍は、堅牢なるタルシエン要塞を頼りにして、篭城戦に出ているのではなかったのか……。
「おそらくランドールの目的は銀河帝国との交渉に赴いたのではないでしょうか?」
「交渉だと?」
「はい。反政府軍が長期戦を戦い抜くには強力な援護者が必要です。帝国との交渉に自らやってきて、補給に立ち寄ったこのミストにおいて、我々との戦いを避けられないミスト艦隊が、提督に指揮を依頼した。そんなところではないでしょうか」
「なるほどな……。とにかく大きな獲物が舞い込んできたというわけだ」
 すでにアレックスの挨拶が終わっていて、スクリーンはミスト艦隊の映像に切り替わっていた。
「敵艦隊、速度を上げて近づいてきます」
「全艦に放送を」
 通信士が全艦放送の手配を済ませて、マイクを司令に向けた。
「敵艦隊の旗艦には、宿敵とも言うべき反乱軍の総大将のランドール提督が乗艦しているのが判明した。その旗艦を拿捕してランドールを捕虜にするのだ。それを成したものは、聖十字栄誉勲章は確実だぞ。いいか、ランドールは生かして捕らえるのだ、決してあの旗艦を攻撃してはならん」
「なせです。捕虜にするのも、撃沈して葬るのも同じではないですか」
「ばか者。ここはミスト領内で、あやつの乗艦しているのはミスト艦隊だぞ。撃沈してしまったら、どうやってランドールだと証明できるか? 宿敵艦隊旗艦のサラマンダーならともかくだ」
「そうでした……」
「指令を徹底させろ」
「判りました。指令を徹底させます」

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2021.06.15 07:40 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅳ
2021.06.14

第三章 第三皇女




「さて……」
 と、前置きしておいてから、アレックスに向かって語りだすエリザベス皇女。
「妹であるジュリエッタを救い出して頂いたこと、個人としても大いに感謝しています。あなたの組織する解放軍が援助を願っていることも伺いました。しかしながら、我が銀河帝国には内憂外患とも言うべき頭の痛い問題を抱えているのです。もちろん一方は、バーナード星系連邦の侵略です。そしてこれが一番の難しい問題なのですが……。はっきり申し上げましょう」
 エリザベス皇女が語り出した問題は、内乱の勃発というものだった。
 しかもそれを引き起こしているのが身内であり、マーガレット第二皇女がその首謀者ということである。
 かつて銀河帝国を震撼する大事件があった。
 次期皇太子・皇帝となるべき皇位継承権第一のアレクサンダー第一王子が誘拐され行方不明となったのである。
 そして皇帝が崩御されて、次期皇帝問題が起こったが、皇帝には第一王子以外に男子はなく、行方不明である以上捜索を続けるべしとの結論が出されて、皇帝不在のままエリザベス第一皇女が摂政となることで取りあえずの一件落着が諮られた。
 しかし二十余年もの時が過ぎ去り、第一王子が行方不明のまま、いつまでも皇帝不在なのは問題である。そこで新たなる皇太子候補を皇族の中から選びなおそうではないか。
 そして人選に上がってきたのが、エリザベス第一皇女と夫君のウェセックス公国領主のロベスピエール公爵との間に生まれた、ロベール王子である。
 皇位継承の順位では、ロベスピエール公がアレクサンダー王子に次ぐ第二位になるのであるが、公爵はその権利を第五位の息子に譲って、皇太子候補として強く擁立した。
 ロベスピエール公ロベール王子が次期皇太子。
 皇族の間では妥当であるとされ、皇室議会でも承認された。
 これに毅然として反対したのが、マーガレット第三皇女である。ロベール王子は皇家の証であるエメラルド・アイではなく、アレクサンダー王子の消息が確認されるまでは待つべきだと主張した。
 そして何より最大の根拠は、【皇位継承の証】の存在であった。
 【皇位継承の証】は、代々の皇太子に受け継がれてきた皇家の至宝である。その実体はエメラルドの首飾りで、深く澄み通った鮮やかに輝く深緑色の大粒のエメラルドを中心にして、その周囲をダイヤモンドが配されているというものだった。
 そしてそれは、アレクサンダー王子の首に掛けられたまま、共に行方不明となっている。
 アレクサンダー王子が生きていれば当然所持しているだろうし、仮に王子が亡くなられていたとしても、価値ある宝石であるために、いずれ宝石商やオークション、骨董品市場などに流通するはずであろう。
 エメラルド・アイと皇位継承の証の二点を根拠に、反論を続けるマーガレット皇女であったが、結局ロベール王子擁立は覆されなかった。
 そしてついに、マーガレット皇女は、ロベール王子擁立を掲げるロベスピエール公爵率いる摂政派に対して、皇太子派としての反旗を掲げたのである。そしてそれを支援したのが、自治領アルビエール候国領主のハロルド侯爵である。
 こうして銀河帝国を二分する姉妹同士が骨肉相食む内戦へと発展していった。


「内乱ですか……。宇宙港の物々しい警戒はそのためだったわけですか」
「双方にはそれぞれ穏健派と急進派がありまして、急進派の人々が至る所で騒動やテロを引き起こしているのです。要人の暗殺も起きております」
「大変な事態ですね。これは早急に手を打たないと、漁夫の利を得てバーナード星系連邦の思う壺にはまりますよ」
 それは誰しもが考えていることであった。速やかに内乱を鎮圧して外来の敵に備えなければいけない。そのためには首謀者であるマーガレット皇女を捕らえることである。
 しかしマーガレット皇女率いる第二皇女艦隊は強者揃いである。そしてマーガレット皇女が身を寄せているアルビエール候国にも、自治領艦隊百万隻に及ぶ大艦隊を有していた。それはアルビエール候国が、バーナード星系連邦との国境に位置しており、領土防衛の観点からより多くの艦艇の保有を許されてきたからである。しかも連邦の侵略を食い止めるために、常日頃から戦闘訓練が施されて精鋭の艦隊へと成長していた。
 第二皇女艦隊と自治領艦隊とを合わせて百六十万隻。
 対する摂政派率いる統合軍は、第一・第三・第六皇女艦隊、そしてウェセックス公国軍とを合わせて二百四十万隻になるが、ジュリエッタ皇女の艦隊以外は、戦闘経験がまったくない素人の集団であった。まともな戦闘ができる状況ではなかった。
 銀河帝国の汚点とも言うべき内容を、外来者であるアレックスに対し、淡々と説明するエリザベス皇女。その心の内には、皇家の血統の証であるエメラルド・アイを持ち、共和国同盟の英雄と称えられるランドール提督なら、解決の糸口を見出してくれるのではないかという意識が働いたのではないかと思われる。
「もし許して頂けるのなら、私がマーガレット皇女様を保護し、この宮殿にお連れして差し上げましょう」
 突然の意見具申を申し出るアレックスだった。まさしくエリザベス皇女の期待に応える形となったのである。
「そんな馬鹿なことができるわけがない」
「冗談にもほどがあるぞ」
 大臣達が口々に反論するが、一方の将軍達は黙ってアレックスを見つめていた。
「できるというのなら、やらせてみようじゃないか」
 そういう表情をしていた。同じ軍人であり、以心伝心するものがあるのかも知れない。共和国同盟の英雄、奇跡を起こす提督ならやるかも知れない。
「判りました。いずれにしてもこのままでは、のっぴきならぬ状況に陥るのは目に見えています。前代未聞のことですが、ここは一つランドール提督にお任せしてみましょう」
 摂政が決断を下せば、それに従って行動を起こすだけである。
 アレックスは声には出さず、深々と頭を下げた。
「ランドール提督には、希望なり必要なものはありますか? できる限りの便宜をはかりましょう」
「二つほどの要望があります」
「構いません。どうぞ、おっしゃってください」

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2021.06.14 08:11 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第二部 第三章 第三皇女 Ⅲ
2021.06.13

第三章 第三皇女




「共和国同盟の婚姻制度は非常に複雑なのですが……。他国の制度でみれば結婚状態にあると言えます」
「婚姻制度のことは、私も存じております。そうですか、ご夫婦ということですね」
「そう考えていただいて結構です」
 アレックスが二人の間柄を結論づけた。
「ということであれば、お休みなられるお部屋もご一緒でよろしいですね」
 艦隊内では別室である二人だが、夫婦であることを認めた以上、断る理由もなかった。
 インヴィンシブルが首都星へ着くまでの間、三人はそれぞれの国家における風習や、出来事などについて語り合った。
 そして出生についての話題が持ち上がった。
「つかぬことをお聞きいたしますが、提督の瞳ですが……。エメラルド・アイは銀河帝国皇家にのみに、遺伝的に継承されてきたことをご存知ですか?」
「存じております。それを有するものは、帝国皇族に繋がる血統の証でもあると」
「その通りです。エメラルド・アイは限定遺伝する特殊な例の一つで、瞳をエメラルドに誘導する発色遺伝子をX性染色体に持ち、かつまたその遺伝子を活性化させる遺伝子をY染色体に持っています。そしてこの両遺伝子が揃ってはじめて、エメラルド・アイが出現するのです。ゆえに必ず男性のみに遺伝していきます。その出現率は非常にまれで、血縁同士の婚姻が常識のようになっている皇族においてこそのものなのです。つまり私と提督とは親戚関係にあると言えます」
 その言葉は将来にも関わる重大な事実を意味するものであった。
 実際にもジュリエッタは、アレックスの人となりを考えると、銀河帝国の祖であるソートガイヤー大公にも似た面影を見出していたのである。その戦闘指揮能力はもちろんのこと、人を活用させる術にも長けていることなども……。

 首都星アルデランが近づいてきた。
 さすがに首都星を守る艦艇の数も増えてくる。
「総勢百万隻からなる首都星の防衛を担う統合軍第一艦隊です。銀河帝国摂政にして第一皇女のエリザベス様の指揮下にあります」
 やがてインヴィンシブルは、ゆっくりと首都星アルデランへと降下をはじめた。そして皇族専用の宇宙港へと着陸態勢に入った。
 宇宙港には、物々しい警備体制が敷かれており、空を対空砲が睨み、蟻一匹入れないように戦車隊や歩兵がぐるりと周囲を取り囲んでいた。
 戦争のない平和なはずの首都星における厳重な警備に、タラップを降りてきたアレックスも、驚きの声を上げるしかなかった。
「この状況はどういうことですか?」
 思わず尋ねるアレックスだが、
「その件に関しましては、摂政の方からお話があると思います」
 ジュリエッタ皇女は、即答を避けた。
 何やら複雑な事情があるようだ。
 一行はインヴィンシブルに横付けされている皇室専用大型ジェットヘリに移乗し、宮殿へと向かうことになった。
 数分後、眼下に広大な敷地を有した豪華な宮殿が見えてきた。
「アルタミラ宮殿です」
 立憲君主国制を敷く帝国における政治と軍事の中枢であり、皇族たちの住まいでもある。


 宮殿内の廊下をジュリエッタに案内されて歩いているアレックスとパトリシアの二人。
 やがて重厚な扉で隔たれた謁見の間に到着する。近衛兵の二人が扉を開けて一行を中へ招きいれて、高らかに宣言する。
「第三皇女ジュリエッタ様のお成り!」
 謁見の間に参列していた者のすべてが振り返り、ジュリエッタに注視する。
 背筋を伸ばし、毅然とした表情で、歩みを進めるジュリエッタ。
 その左側には政治の中枢を担う大臣などが居並び、右側には将軍クラスの軍人が直立不動で並んでいる。その誰しもが目の前をジュリエッタが通り掛かった時には、深々と頭を下げていた。そして最前列には、着飾った皇族たちが占めていた。
「ジュリエッタ。よくぞ無事に戻ってこれましたね。心配していたのですよ」
 正面壇上に設けられた玉座に腰掛けて、妹の帰還を喜ぶ、銀河帝国摂政を務めるエリザベス第一皇女だった。
「海賊に襲われたそうではありませんか」
「はい。ですが、この方々に助けていただきました」
 そう言って後に控えていたアレックス達を改めて紹介した。
「その方は?」
「旧共和国同盟軍アル・サフリエニ方面軍最高司令官であられたアレックス・ランドール提督です。現在では解放戦線を組織して、バーナード星系連邦と今なお戦い続けていらっしいます」
「ほうっ」
 という驚嘆にも似たため息が将軍達の間から漏れた。さもありなん、要職にある軍人なら共和国同盟の若き英雄のことを知らぬはずはない。数倍に勝る連邦艦隊をことごとく打ちのめし、数々の功績を上げて驚異的な破格の昇進を成し遂げ、二十代で少将となったアレックス・ランドール提督。その名は遠くこの銀河帝国にも届いていた。
「ということは、中立地帯を越えて我が帝国領内に、戦艦が侵入したということですな」
 大臣の方から意見が出された。すると呼応するかのように、
「国際条約違反ですぞ」
「神聖不可侵な我が領土を侵犯するなど不届き千犯」
 各大臣から次々と抗議の声が上がった。
 それに異論を唱えるのは将軍達だった。
「確かに侵犯かも知れないが、だからこそジュリエッタ様をお救いできたのではないですか」
「それに救難信号を受信しての、国際救助活動だと聞いている」
 軍人である彼らのもとには、救難信号を受け取っていたはずである。救助に向かう準備をしている間に、ランドール提督が救い出してしまった。もしジュリエッタ皇女が拉致されていたら、彼らは責任を取らされる結果となっていたはずである。ゆえに、ランドール提督擁護の側に回るのも当然と言えるだろう。
 大臣と将軍との間で口論になろうとしている時に、一人の皇族が前に進み出て意見具申をはじめた。銀河帝国自治領の一つである、エセックス候国領主のエルバート侯爵である。
「申し上げます。事の発端は、我がエセックス候国領内で起きたことであります。ゆえに今回の件に関しましては、私に預からせて頂きたいと思います」
「そうであったな。エルバート候、この一件ならびにランドール提督の処遇については、そなたに一任することにする」
「ありがとうございます」
 エルバート候の申し出によって、この場は一応治まった。

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2021.06.13 07:48 | 固定リンク | 第二部 | コメント (0)

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