銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十一章 タルシエン要塞攻防戦 Ⅲ
2021.04.27

第二十一章 タルシエン要塞攻防戦




 一方のサラマンダーの方でも驚いていた。
「歪曲場シールド?」
 その技術は、戦艦百二十隻分のテクノロジーだった。
 あのPー300VX特殊哨戒艇にも搭載されている究極のシステムだ。
 アレックスが性能追加させたものだろうが、パトリシアは聞かされていなかった。
 その時、スクリーンに映像音声が流れた。
『やあ! 驚いたかな?』
 フリード・ケースンだった。
「記録映像です! 次元誘導ミサイルが発射されると、自動的に再生されるようになっていたようです」
 スクリーンのフリードが語る。
『虎の子の貴重な次元誘導ミサイルだからね。撃ち落されないように、歪曲場シールドを追加搭載してある。提督の指示だ』
 やっぱりね……。
 パトリシアが頷く。
 フリードは歪曲場シールドの開発設計者である。ミサイルに追加搭載することなど造作もないことであろう。
『ただし、シールド領域を粒子ビームのエネルギー帯域のみに合わせてあるために、レーザーキャノン砲やプラズマ砲には効果がないし、魚雷などの物理的破壊兵器には対応していない。まあ、その分安上がりで、戦艦五十隻分で済んでいる』
 フリードの解説が続いている。
 おそらく性能諸元を秘密にしていたために、それを知らしめるために記録映像を残していたのであろう。
『ゆえに、そこのところを良く理解して、二発目も間違いなく発射成功させてくれ』
『そうですよ。あ・れ・に乗っていく僕の身になってちゃんとやってくださいね。二発目が大事なんですからね』
 突然、横からレイティーが顔を出した。
『こら、邪魔だぞ』
『先輩、いいじゃないですか。僕にも言わせてくださいよ』
『俺がちゃんと説明するよ』
『自分はあそこに行かないからって、こっちの身にもなってください』
『あ、こら!』
 突然、映像が消えて音声だけになった。
 何やらどたばた騒ぎが聞こえてくる。
 どうやらマイクの奪い合いをしているようだった。
 苦笑するパトリシア。その成り行きを聞いているオペレーター達も笑っている。
『パトリシアさん。お願いですよ。ちゃんと成功させてくださいね』
 というところで、音声も消えてしまった。
「記録映像終了しました」
 唖然とした雰囲気が艦橋内に漂っていた。
「とにかく……。予定通りに、タルシエン要塞に降伏勧告を打診しましょう」

 要塞内。
 大型ミサイルによって破壊、炎上するレクレーション施設の消火が行われていた。
「早く、火を消すんだ!」
 突然飛び込んできた大型ミサイルによる内部爆発と言う前代未聞の出来事に、要塞内は混乱をきたしていた。
 中央コントロールは騒然となっていた。
「第一宇宙国際通信波帯に受電!」
 第一宇宙国際通信波帯は、降伏勧告や受諾をする時の、国際的に取り決められた通信波帯である。
「敵隊より投降を呼び掛けてきております。さもなくば次元誘導ミサイルを持って要塞内部から破壊するとのことです」
「次元誘導ミサイルだと? なんだそれは」
「只今、同盟軍兵器データを検索中です」
「敵は、次ぎなる目標として動力炉、メインコンピューター、通信統制室などを予告しています」
「馬鹿な!」
「兵器データ出ました」
「スクリーンに出せ」
「スクリーンに出します」
 スクリーンに次元誘導ミサイルの概要説明図が映しだされた。
 同盟軍の兵器データを閲覧できること自体が不思議ではあるが、おそらくアレックスが敢えて敵軍に漏洩させたと考えるのが妥当であろう。
「ワープ射程は、最少一・二宇宙キロから最大三十六光秒の間」
「やはり先ほどのミサイルが、次元誘導ミサイルのようです。情報部よりの報告によれば、次元誘導ミサイルの開発には膨大な予算がかかるため、試作機が数基製作されただけで、棚上げになったままということになっています」
「うーん、どうかな……。相手はやり手のランドールのこと。誰もが欲しがる攻撃空母を手放して、駆逐艦や巡洋艦主体の高速遊撃部隊を編成したり、戦艦百二十隻分の予算がかかる高性能哨戒艇を多数配備したりしているからな。この日のために、戦艦を削ってでも製作させていたとも考えられる」
「開発責任者の技術将校フリード・ケイスン少佐がランドールの第十七艦隊に技術主任として配属されていることを考えますと有り得ない話しではありませんね」
「次元誘導ミサイルの性能からすれば、十基もあれば十分要塞の機能を破壊できます」
「ワープして内部から破壊されては守備艦隊も堅固な要塞もまったく無意味というわけか」
「反物質転換炉や貯蔵システムに一発食らったらひとたまりもありませんね。解き放たれた反物質による対消滅エネルギーで木っ端微塵です。もっとも敵の目的が要塞の奪取である以上、攻撃目標から外すのは当然でしょうが」
 要塞には防衛の要として、陽子・反陽子対消滅エネルギー砲{通称・ダイバリオン粒子砲}という究極の主力兵器が搭載されており、反物質転換炉と貯蔵システムはその一部構成施設である。反物質が反応しないようにレーザーによる光子圧力によって宙に浮かした状態で密封保存されている。また緊急時には、レーザー出力を切ることによって、解放された反物質による要塞の自爆も可能である。
「敵が再度、投降を呼び掛けています」
「馬鹿が。投降などできるわけがないじゃないか。『タルシエンの橋』の出口を守るこの要塞を奪われれば、同盟への足掛かりを失うばかりか、同盟に逆侵攻の機会を与えることになる」
「投降するよりも要塞を破壊してしまったほうがいいということですね」
「そうだ」
「どうなされますか?」
「無論、投降などできるわけがない。守備艦隊を前進させろ! 敵艦隊と要塞の間に壁を作って次元誘導ミサイルとやらを発射できないようにしつつ、撃滅するのだ」


 サラマンダー艦橋。
「敵守備艦隊が迫ってきます」
 オペレーターの報告を受けてすぐさま指令を出すパトリシア。
「艦隊を後退させてください。これ以上の接近を許してはなりません」
「後退だ。後退しつつ砲火を正面の戦艦に集中させろ。ミサイル巡洋艦を一端後方へ下げるのだ」
 カインズもすぐに応えて、的確な命令を下していた。
「次元誘導ミサイルを撃たせないつもりですね」
 パティーが感想を述べている。
「当然だろ。いくら次元誘導ミサイルとて、加速距離が必要だ。間合いを詰めて発射できないようにするさ」

「敵艦隊、後退します」
「ぬうう……。間合いをとって是が非でもワープミサイルを撃つつもりだな」
 フレージャー提督の元にも次元誘導ミサイルの情報が伝えられていた。
「いかがいたしますか。ワープミサイルを発射しないでも、原子レーザービーム砲という長射程・高出力兵器のある分、敵の方が幾分有利です。指揮官の搭乗している艦を狙い撃ちされたら指揮系統が混乱します」
「サラマンダー型戦艦か……ん? 一隻足りない。確かサラマンダー型は五隻のはずだったな」
「はい、五隻です。サラマンダー型はすべて旗艦ないし準旗艦ですので、別働隊として動いている可能性があります」
「どうしますか。このまま前進を続ければ、要塞は丸裸同然になってしまいますが」
「かまわん。別働隊がいたとしても数が知れている。要塞自体の防御力で十分防げる」
「もし別働隊にもワープミサイルが配備されていたら?」
「いや。敵のこれまでの動きからしてそれはないだろう」
「だといいんですが。それにしてもこのまま、一進一退を続けていてはこちらに不利です」
「わかっている。間合いを詰めるぞ、全艦全速前進」

 その状況はすぐさまサラマンダー艦橋に伝わる。
「敵艦隊、さらに前進。近づいてきます」
「間合いを詰めさせるな。加速後進!」
 その間にも時刻を測りながら、次ぎの行動を見極めているパトリシア。
「敵要塞からの降伏勧告受諾はありませんか?」
「ありません。完全に無視されています」
「致し方ありませんね。次元誘導ミサイル二号機の準備を」
「了解した」
 その時だった。
 要塞と守備艦隊との中間点に、第十一攻撃空母部隊が出現したのだ。
「フランドル少佐より入電しました」
「繋いでください」
 正面のスクリーンにジェシカが現れた。
『待たせたわね。手はずのほうは?』
「作戦は予定通りに進行中です。次元誘導ミサイル一号機発射完了。敵要塞内で爆発したもようです」
『降伏勧告は?』
「応答なしです」
『でしょうね。おっと、時間だわ。また後でね』
 通信が途絶えた。
 空母艦隊から艦載機が一斉に発進を開始していた。

 あの中にアレックスがいるのね……。

 カラカス基地の時もそうだった。
 司令官自らが進んで戦いの渦中に飛び込んで行く。
 決して他人任せにせず、部下と生死を共にして戦う。
 部下の命を最優先に考える思いが、部下をして命懸けの戦いにも逃げ出さずに、司令官に付き従うという信頼関係を築き上げてきたのである。
 八個艦隊の襲来にもあわてず騒がず沈着冷静に行動し、部下の動揺を鎮めることを忘れなかった。
 逃げるときは徹底的に逃げ、戦うときは徹底的に戦ってこれを壊滅に追い込む。
 他の司令官には真似のできないことだろう。ゴードンやカインズとて同じだ。
「ハリソン編隊、攻撃を開始しました」
 ついに別働隊による総攻撃が開始された。
「赤い翼の舞い降りらん事を祈ります」
 パトリシアは、心の中で祈った。

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2021.04.27 12:41 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十一章 タルシエン要塞攻防戦 Ⅱ
2021.04.26

第二十一章 タルシエン要塞攻防戦




 その一時間前のサラマンダーでは、ウィンザー少佐が作戦始動を発した。
「大佐、時間になりました。艦隊を前進させてください」
「わかった。パティー、全艦微速前進だ」
「はい。全艦微速前進!」
 ゆっくりと前進を開始する第十七艦隊。
「本隊の目的はわざと敵に位置を知らしめすことで、別働隊の動きを隠蔽することです」
 時折、時刻を確認しているパトリシア。
 寸秒刻みでの綿密なる計画が動き出したのだ。一秒たりとも時間を間違えてはならなかった。
「ミサイル巡洋艦を前に出しましょう。ミサイルによる遠距離攻撃を行います。位置に着いたら全艦発射準備」
「了解」
 オペレーターが指令を伝達すると、ゆっくりとミサイル巡航艦が前面に移動を始めた。
 艦隊の再配置が完了した頃、敵艦隊が動き出したとの報が入った。
 正面スクリーンに投影された要塞を背景にして、敵第十七機動部隊が向かってくる。
「誘いの隙に乗ってきました」
 フランソワが嬉しそうに言った。
「輸送艦ノースカロライナとサザンクロスに伝達。ハッチを解放し、係留を解いて積み荷を降ろしてください」
 サラマンダーの両翼に並走していた二隻の輸送艦からゆっくりと積み荷が降ろされていく。それは駆逐艦なみの大きさをもつ次元誘導ミサイルだった。チェスター大佐が大事に護衛してきた代物。
 アレックスが少佐となり、独立遊撃部隊の司令官に任命された時、フリードに開発生産を依頼していた、本作戦の成功の鍵を握る秘密兵器。

 極超短距離ワープミサイルだった。

 戦艦三十隻分ものテクノロジーの詰まった、一飛び一光年を飛ぶことのできる戦艦で、ほんの数メートル先にワープするという芸当のできる究極のミサイルだ。
「別働隊から連絡はありませんか?」
「ありません」
「そう……では、作戦は予定通り進行しているということ」
 作戦指揮を任されているパトリシア少佐が進言した。
「大佐。次元誘導ミサイル一号機、発射準備です。反物質転換炉や核融合炉などの重要施設は攻撃目標からはずします」
「わかった。ノースカロライナに伝達。次元誘導ミサイル一号機、発射準備」
「次元誘導ミサイル一号機、目標は要塞上部、レクレーション施設」
 艦橋正面のパネルスクリーンに、ノースカロライナの下部ハッチから懸架された、次元誘導ミサイルが大写しされ、表示された各種のデータが目まぐるしく変化している。戦艦三十隻分のテクノロジーが満載された超大型次元誘導ミサイルだ。要塞攻略の成否の鍵を握る貴重な一発である、発射ミスは許されない。
 そして攻撃目標を正確に表示する要塞詳細図面は、連邦の軍事機密をハッカーして得られたものである。要塞のシステムコンピューターは、完全独立してアクセス不能ではあるが、要塞を造成した連邦軍事工場のコンピューターに残っていたというわけである。
 もちろんそれを手に入れたのは、ジュビロ・カービンに他ならない。
「次元誘導ミサイルの最終ロックを解きます」
「慣性誘導装置作動確認。燃料系統異常なし。極超短距離ワープドライブ航法装置へデータ入力」
「攻撃目標、ベクトル座標(α456・β32・γ167)、距離百十三万二千三百五キロメートル」
「発射カウントダウンを六十秒にセット。三十秒前までは五秒ごとにカウント。その後は一秒カウント」
「了解。カウントを六十秒にセットしました。三十秒前まで五秒カウント、その後は一秒カウント」
「ミサイル巡航艦に伝達。次元誘導ミサイル発射十秒前に、全艦ミサイル一斉発射」
「ミサイル巡航艦、全艦発射体制に入りました」
「よし、カウントダウン開始」
「カウントダウン開始します。六十秒前」
「五十五秒前、五十秒前……」
「次元ミサイル、ロケットブースター燃料バルブ解放」
「三十秒前、二十九……二十」
「次元誘導ミサイル、燃料加圧ポンプ正常に作動中」
「十九、十八……十」
「巡航艦、全艦ミサイル発射」
 先行するミサイル巡航艦隊から一斉発射されるミサイル群。
「次元誘導ミサイル、最終セーフティロック解除。発射準備完了」
「九・八・七・六・五・四・三・二・一」
「次元誘導ミサイル、発射!」
 すさまじい勢いで後方に噴射ガスを吐き出しながら、ゆっくりと加速を始める次元誘導ミサイル。
「ロケットブースター正常に燃焼・加速中」
 加速を続けながら要塞に向って突き進んでいる。
「敵艦隊、さらに接近!」
「後退します。敵艦隊との間合いを保ってください」
「全艦、後退しろ!」
 カインズの下令に応じて、ゆっくりと後退をはじめる艦隊。
「それにしても、弾頭は通常弾ですよね。核融合弾を搭載すれば一発で要塞を破壊できるのに。せっかくの次元誘導ミサイルなのに……何かもったいない気がします」
「要塞を破壊するのが目的ではありませんから。破壊は許されていません」
「判ってはいますけどね」


 敵艦隊旗艦艦橋。
「敵艦隊、ミサイルを発射しました」
 フレージャー提督が即座に呼応する。
「迎撃ミサイル発射!」
 一斉に放たれる迎撃ミサイル群。
「ミサイルの後方に高熱源体! 大型ミサイルです。それも駆逐艦並みの超大型!」
 急速接近するミサイルの後方から大型ミサイルが向ってくる。
「迎撃しろ! 粒子ビーム砲!」
 ミサイルでは迎撃できないと判断したフレージャーは、破壊力のある粒子ビーム砲照射を命じた。超大型ならば当然の処置である。
 艦隊から一斉に大型ミサイルに向って照射される粒子ビーム砲。
 しかしビームはミサイルの前方で捻じ曲げられてかすりもしなかった。
「歪曲場シールドか!」
「まさか! 歪曲場シールドはまだ実験段階です」
「それを完成させているんだよ。敵は!」
 次ぎの瞬間、ミサイルが消えた。
「ミサイルが消えました!」
「なんだと! どういうことだ?」

 タルシエン要塞の中央コントロール室側でも驚きの声を上げていた。
「ミサイルが消えました!」
「なんだと!」
 その途端、爆発音が轟き激しく揺れた。
 立っていた者は、その衝撃で吹き飛ばされるように壁や計器類に衝突し、床に倒れた。
「どうした。何が起きた?」
 倒れていた床からゆっくりと立ち上がりながら尋ねる司令。
 しかし、それに明確に答えられるものはいなかった。
「ただ今、調査中です!」
「要塞内で爆発!」
「レクレーション施設です!」
「火災発生! 消火班を急行させます」
「どういうことなのだ」
「おそらく先程消失したと思われたミサイルがワープして来たものと思われます」
「なに! こんな至近距離をワープできるのか」
「間違いありません。ミサイルは守備艦隊の目前でワープして、要塞内に再出現しました」
 二点間を瞬時に移動できるワープエンジンだが、一光年飛べる性能はあるものの、視認できるほどの至近距離へのワープは不可能とされていた。
 物体には慣性というものが働くことは誰でも知っている。動いているものは動き続けようとするし、止まっているものは止まり続けようとする。前者は機関が静止しようとする時の制動距離となって現れるし、後者は静止摩擦という力となっている。
 早い話が、ジャンボジェット機で滑走路の端から全速力で飛び立ち、すぐさま滑走路のもう片端に着陸静止することは不可能ということである。おそらくオーバーランしてしまうだろう

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2021.04.26 08:51 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十一章 タルシエン要塞攻防戦 Ⅰ
2021.04.25

第二十一章 タルシエン要塞攻防戦




 一方のランドール率いる別働隊の第六突撃強襲艦部隊と第十一攻撃空母部隊。準旗艦セイレーンでは、着々と作戦準備が進行していた。
 その艦載機発進デッキ。
 ひときわ大型の重爆撃機が羽を広げて、発進準備に入っていた。
 そのすぐ真下には、重爆撃機に搭載される大型ミサイル。
 ミサイルの胴体が二つに割れており、炸薬と推進剤の替わりに詰められた緩衝材の一部に人間が丁度入れるくらいの空洞が多数空いていた。
 すぐそばには、船外用の宇宙服を着込み、左手小脇にヘルメットを抱え、右手でチューブに入ったペースト状の宇宙食を食べているアレックスが、ミサイルの装着作業を見つめていた。
「どうせなら君の開発した次元誘導ミサイルが利用できれば、もっと楽に事を運べるのだがな」
 そばで最後のチェックを入れている技術将校のフリード・ケイスン少佐に尋ねた。
「それは不可能です。あれには生命を運ぶ能力はありません。肉体的・精神的に完全に破壊されてしまいます」
「だろうな」
 パイロット控え室では、天才ハッカーのジュビロやレイティが、手助けを受けながら宇宙服を着込んでいる。一緒に出撃するその他の乗員はすでに準備を終えて、ベンチに腰掛けて待機している。
 この作戦に初顔として参加するジュビロに、疑心暗鬼する乗員達であるが、アレックスの肝いりということで、信じるよりなかった。
「提督。敵守備艦隊が前進をはじめました。味方艦隊との間合いを縮めようとしているようです」
 艦橋のジェシカから連絡が入った。
「作戦通りだな。乗員を集合させろ」
 すぐさまに乗員が召集される。
 そして、一人一人にシャンパンが渡される。
「諸君。この作戦任務に志願してくれたことに感謝する。失敗すれば生きて帰ってこれぬかも知れぬが、これを成功させなければ明日の共和国同盟はないだろう。できうる限りの算段はしてあるから、与えられた任務を忠実に遂行して欲しい。我らに赤い翼の舞い降りらんことを!」
 グラスを捧げ乾杯するアレックス。
「赤い翼の舞い降りらんことを!」
 全員が一斉に乾杯を挙げ、飲んだグラスを床に叩き付けた。
 この作法は、グラス(杯)を割る→二度と乾杯のやり直しはできない→後戻りしない、決死の覚悟で出陣するぞという意思表示である。
「よし、全員乗り込め」
 宇宙服に身を包んだ隊員達がミサイルの空洞部分に乗り込もうとしている。
「しかし、本当に大丈夫なんでしょうねえ。心配ですよ」
 レイティーが心配そうな顔をしている。
「ダミー実験を繰り返して、乗員の安全度は保証されている。問題があるとすれば目標に無事到達できるかだ」
 フリード少佐が答えた。
「というと、このミサイルを発射する射手の力量にかかっているというわけですね」
「そうだ」
「で、その射手は誰ですか?」
 人だかりをかき分けて進み出た人物がいた。
「わたしだよ」
 第十一攻撃空母艦隊の中でも、三本の指に入る射撃の名手、ジュリー・アンダーソン中尉である。
「アンダーソン中尉!」
「中尉は重爆撃機乗りでは一番の腕前だ。このミサイル発射には寸部の狂いも許されない。よって自動誘導発射にたよることはできない。ミサイル発射のタイミングは、中尉の神業ともいうべき絶妙の反射神経が必要とされるのだ。そして、ミサイルを搭載する重爆撃機の操艦を担当するのが、やはり撃墜王のジミー・カーグ少佐である」
「ハリソンと並び称される撃墜王のお二人が?」
「これで少しは諸君らも安心できるだろう」
「まあ、多少はねえ……」
「と納得したところで、出発するとするか。密封しろ」
「はい」
「提督、お気を付けて」
「うむ。」
 するすると二つの胴体が合わされていく。
 鈍い音とともに完全なミサイルとなる。
「よし、装着しろ。慎重にな」
 整備員が寄り集まってきて、ミサイルを重爆撃機の下部に装着する。
「作戦開始五分前。総員戦闘配備につけ」
 艦内放送が響きわたった。
 戦闘機に搭乗するパイロット。それを支援する整備員達の慌ただしい動き。
「いいか、ワープアウトと同時に出撃する。全機エンジン始動!」
「エドワードの隊は、重爆撃機の護衛が主任務だ。絶対に落とさせるな、提督が乗っておられるんだからな」
「了解」



 艦橋。
 モニターに、アレックス達の乗るミサイルが重爆撃機に取り付けられていく様子が映し出されている。
「まるで人間魚雷ですね」
 副指揮官のリーナ・ロングフェル大尉が感想を述べた。
「まあね、元々は次元誘導ミサイルの筐体だから。総括的な作戦立案は、ウィンザー少佐でしょうけど、この人間魚雷だけは提督のアイデアということ」
「そうですね。だからこそ提督自ら乗り組んでいるのでしょう。そうでなきゃ誰も志願などしないでしょう」
「成功すれば二階級特進が約束されているとはいえ……」
「噂では、提督はこの日のために士官学校時代から、ウィンザー少佐と作戦を練られていたとか」
「まあね……」
 士官学校よりの信頼関係にあるジェシカとて、およその概要の説明を受けていたとはいえ、いつどこで作戦が発動されるかといった詳細はアレックス以外にはパトリシアとレイチェルしか知らない。
 ハード面においては、フリード・ケースンを開発中心として、次元誘導ミサイルの開発生産、特殊中空ミサイルの製作と綿密周到な射撃訓練。ソフト面では、レイチェル・ウィングを連絡係りとして、ジュビロ・カービンとレイティ・コズミックらによってコンピューターシステムの乗っ取りが計画された。
「すべては、今日のために仕組まれていたとはいえ……」
 それぞれは単独では何ら意味をなさないが、こうして組み合わされてはじめて、その意味の真相が明らかとなる。アレックスがパトリシア以外に詳細を明かさなかったのも、作戦立案から発動までに至る間、外部に情報が漏れるのを危惧したせいである。
「ま、夫婦士官で秘密もないだろうからな」

「少佐、時間です」
「ふむ」
 艦内放送のマイクを取るジェシカ。
「諸君良く聞け。作戦は、ハリソン少佐率いるセラフィムからの第一次攻撃隊、続いてカーグ少佐率いるセイレーンからの第二次攻撃を敢行する。第一攻撃隊は、要塞手前 0.8宇宙キロの地点にワープアウトすると同時に、艦載機は全機発進。総攻撃を敢行する。目標は要塞砲台、ミサイル弾薬を間断なく発射し、一撃離脱でそのまま駆け抜けて戦線を離脱する。一分一秒足りとも要塞宙域に留まることのないように。
 続いて第二次攻撃隊は、提督の乗り込む重爆撃機の護衛しつつ、合図を待て!
 敵守備隊は、我等が本隊を迎撃すべく要塞から離れつつある。その間隙をついて攻撃するのだ」
 作戦の概要が確認される。
「全艦発進!」

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2021.04.25 12:25 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十章 タルシエン要塞へ Ⅳ
2021.04.23

第二十章 タルシエン要塞へ




 今回の場合もそうだが、ここ一番という作戦にはランドールが原案を考え、ウィンザーが作戦としてまとめ、ゴードンが実行する、というパターンが繰り返されてきたのである。黄金トリオはそうして昇進街道を突っ走ってきた。そのおこぼれに預かって他の者は昇進してきたといって過言ではないだろう。
 とはいっても彼とて軍人であり、武勲を上げて出世することは生きがいであり名誉としていることには変わりがない。士官学校同期の軍人が、せいぜい少佐になりたてだというのに、自分は一足先に大佐となり准将に手が届く距離にいることは、すべてランドールの配下にあってこその幸運であったのだ。オニールを追い越すことは出来なくても、名誉ある第十七艦隊の第二準旗艦・高速戦艦ドリアードに坐乗しているだけでもよしとしなければ。そもそも今回の昇進に際しても、例の軍法会議の一件のこともあり、認められることなどない高望みであったはずだ。それがこうして実現した背景には提督の強い働きかけがあったに違いない。
「シャイニング基地には連邦から搾取した艦船がまだ三万隻ほど残っております。第十七艦隊を分離分割して新しい新艦隊を増設するという噂はどうでしょうか。そうすればカインズ大佐にもチャンスがあります。チェスター大佐は退役まじかですし、コール大佐は艦隊再編成時によそから移籍してきたいわゆるよそものですからね」
「確かに第十七艦隊は大きくなり過ぎていると思う。未配属を含めて十三万隻の艦艇を所有し、四人もの大佐がいる唯一の艦隊だからな」
「ですから希望は捨てないでいきましょう。私だって昇進はしたいのです。大佐の配下のすべての将兵にしても」
「そうだな……」

 さらにパティーは話題を変えてくる。
「それにしてももう一つ解せないのは、第八占領機甲部隊{メビウス}を首都星トランター他の主要惑星に残してきたことです。第十七艦隊の主要なる占領部隊なしでどうやって要塞を落とすのでしょう」
「メビウスは最新鋭の機動戦艦を旗艦に据えて、補充員の訓練をこなしているということだが……司令官には、レイチェル・ウィング少佐がなったばかり」
「表向きは訓練ですが、密かにタルシエンに向かうのではないかとの憶測も飛び交っています。占領部隊なしでは要塞は落とせませんからね。第六の白兵戦だけでは不可能じゃないかと思うのですが。だいたいメビウスはカインズ大佐の配下だったではありませんか。それをウィング少佐が……」
「それを言うな。提督にも考えがあるのだろうさ。これまでもそうやって難局を切り開いてきたのだからな。俺達は命令に従うだけさ」
「納得のいく命令ならいくらでも従いますけどね。一切が極秘なんじゃ……」
「もう一度言っておく。ランドール提督は公正な方だ。すべての将兵に等しく昇進の機会を与えてくれる。ただその順序があるというだけだ。全員を一度に昇進させることができないからな。オニール大佐は、士官学校時代の模擬戦闘、ミッドウェイ宙域会戦と提督の躍進の原動力となった活躍をした背景がある。一番に優遇するのは当然だろう」
 その時、パトリシアがフランソワやその他のオペレーター達を従えて艦橋に姿を現した。丁度交代の時間であった。
「総参謀長殿のお出ましです」
 パティーが刺々しい言い方で言った。
 憤懣やるかたなしといった表情である。これまでの会話で、次第に感情を高ぶらせていたのである。
「艦の状態はいかがですか?」
「全艦異常なしです。敵艦隊の動静にも変化は見られません」
「判りました。カインズ大佐は休憩に入ってください」
「判った」
 立ち上がって指揮官を譲るカインズ。
「これより休憩に入ります」
 敬礼をし、ゆっくりと歩いて艦橋を退室する。その他のオペレータ達も交代要員と代わっていく。
 カインズに代わって指揮官席に付くパトリシア。
 その側に立つ副官のフランソワ。
「目的地到達時間まで十一時間です」
 オペレーターが報告する。
「ありがとう」


 タルシエン要塞中央制御室。
 要塞内に鳴り響く警笛。
「敵艦隊発見!」
「方位二○四、上下角三四。距離十七・八光秒」
「艦数、約七万隻」
 次々と報告される戦況。
「どこの艦隊だ」
「第十七艦隊だと思われます」
「そうか、やっと到着というわけか……フレージャー提督を差し向けるか」
「しかし、フレージャー提督はランドールと相性が悪いですからね。毎回撤退の憂き目に合わされています。今回はどうでしょうか?」
「ううむ……雨男というわけだな。そのとばっちりを受けて、こっちまで雨に降られるのは御免だが……逆に発想すれば、ランドールの猛攻を交わして生き延びてきた運の良い提督という言い方もできる。これまでどれだけの提督が全滅や捕虜になったか……」
「なるほど、そんな考え方もできるんですね」
「よし。フレージャーに迎撃させろ」

 共和国同盟軍第十七艦隊への迎撃命令を受けたフレージャー提督。
「なんでこうも、私にばかりお鉢が回ってくるんだ」
 頭を掻きながら、指揮官席に腰を降ろす。
 これで何度目の対戦だったかなと、指を折って数えている。
「フレージャー提督。今度こそ、これまでの仇を討つチャンスだと思います」
「だと良いんだがな。そもそものけちの付き始めが、あのミッドウェイ宙域会戦。ヤマモト長官より預かった第一機動空母艦隊の主力旗艦空母を多数撃沈され、提督も四名戦死し、ナグモ長官も自決した。その責任をとってミニッツ提督は、艦隊司令を降りられたのだが……」
「アカギ・カガ・ヒリュウ・ソウリュウが撃沈。壊滅的というべき悲惨な状態でしたね。引責退任されたミニッツ提督にはもう少し現役で活躍されることを希望していたのですが。それにしても当時少尉だったランドールも今や准将、一個艦隊を率いるまでに昇進しています。たった二年でここまでくるなんて尋常ではありませんね」
「ミッドウェイ宙域会戦での功績による、前代未聞の三階級特進があるからな。その後もカラカス基地奪取をはじめとして奇抜な作戦で同盟軍を勝利に導いてきた実績を持っているからな。クリーグ基地攻略においても、シャイニング基地を放棄して第八艦隊の援護に駆けつけた奴等に背後を突かれて、撤退を余儀なくされた」
「閣下も重傷を負われたのですよね」
「ああ、運がよかったのだ。ヨークタウンは辛くも撃沈を免れたものの帰還途中に機関部に誘爆を生じて航行不能に陥った」
「そのヨークタウンも閣下が退艦したあとに、漂流中を敵ミサイル艦に撃沈されましたね」
「何にしても、これが最後の戦いになるだろう。勝つにしても負けるにしてもだ」
「どういうことですか?」
「ランドール提督が、この要塞に対する攻略戦を仕掛けてくるということは、それ相応の自信と覚悟を持ってのことだろう。これまでのランドールの攻略戦を分析すれば、作戦途中での撤退などあり得なかった。カラカス基地攻略戦がその良い例だ。背水の陣を強いての強行突入による軌道衛星砲の奪取から始まる劇的な幕切れ。今回もおそらくは……」
 と、その作戦を思い浮かべようとするフレージャー提督。
「だめだな。私のちんけな脳細胞では、ランドールの考えることが思い浮かばない」
「この堅固な要塞を落とすには、奇襲を掛けて潜入し内部から破壊するしかないでしょう。しかし、こうして迎撃艦隊が張り付いている現状では、侵入など絶対不可能です」
「絶対不可能という言葉を使うものではないさ。所詮人間の作ったものだ。どこかに落とし穴があるかも知れない。ランドールは必ずそこを突いてくる」
「あるんですかね……落とし穴」
「俺達の貧弱な脳細胞では考えも付かない穴がな」

第二十章 了

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2021.04.23 08:17 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)
銀河戦記/鳴動編 第一部 第二十章 タルシエン要塞へ Ⅲ
2021.04.22

第二十章 タルシエン要塞へ




 アル・サフリエニ宙域タルシエンに浮かぶ要塞。
 バーナード星系連邦の共和国同盟への侵略最前線基地にして、その後方に架かる銀河の橋を守る橋頭堡でもある。
 銀河系の中の、太陽系をも含有するオリオン腕とペルセウス腕と呼ばれる渦の間に存在する航行不能な間隙の中で、唯一の航行可能な領域。それがタルシエンの橋と呼ばれ、その出口にバーナード星系連邦が建設した巨大な軍事施設がタルシエン要塞である。
 直径512km、質量7.348x10^21kg(地球質量の1/81,000,000)

 *ちなみに太陽系内では、準惑星のケレスが直径1000kmで他に500km級は2個しかない。また、スターウォーズのデススターが直径120kmである。*

 要塞は重力を発生させるためにゆっくりと自転しており、人々は要塞の内壁にへばり付いている。 重力のほとんどない要塞最中心部には、心臓部とも言うべき動力エネルギーを供給する反物質転換炉。
 それを囲むようにして収容艦艇最大十二万隻を擁する内郭軍港及び軍需生産施設があって、要塞の北極と南極にあるドッグベイに通路が繋がっている。
 中殻部には軍人や技術者及びその家族軍属を含めて一億二千万人の人々が暮らす居住区画やそれらを賄う食物・飲料水生産プラント。要塞を統括制御している中枢コンピューター区画、病院やレクレーションなどの福利厚生施設も揃っている。
 そして最外郭には、要塞を守るための砲台が並ぶ戦闘区画となっている。
 その主力兵器は、陽子・反陽子対消滅エネルギー砲。中心部の反物質転換炉から放射状に伸びる粒子加速器によって加速された反陽子一単位と、もう一対の粒子加速からの陽子二単位とを反応させた際に生ずる対消滅エネルギーを利用し、残渣陽子をさらに加速射出させる。通常の陽子加速器では得られない超高エネルギー陽子プラズマ砲である。副産物として多量のダイバリオン粒子が生成されることから、ダイバリオン粒子砲とも呼ばれる。
 質量のすべてをエネルギー化させる対消滅エネルギー砲に勝るものはない。例えば核融合反応における極微量の質量欠損だけでも、E=mC^2で導かれる膨大なエネルギーが発生するのである。
 ちなみに広島に落とされた原爆における質量欠損は、0.7グラムだと言われている。1グラム(1円玉の重さ)にも満たない質量がすべてエネルギーに変わるだけで、あれだけの破壊力を見せつけてくれたわけである。
 サラマンダー艦に搭載された原子レーザー砲と比較検討がされたりするが(つまりどちらが威力があるかだが)、前述の通りであるし、そもそも巨大要塞砲と、蟻のように小さな戦艦搭載砲とを比べるのには無理がある。

 居住区画の一角にある中央コントロール室。
 壁面のスクリーンに投影された要塞周辺の映像や、要塞内の状況がリアルタイムに表示され、それらを操作するオペレーター達が整然と並んでいる。
 要塞を統括運営する機能のすべてがここに終結している。
「第十七艦隊の動きに何か変わったことはないか?」
「別にありません。二十八時間前にシャイニング基地から出撃したとの情報からは何も……」
「だろうな。無線封鎖をして動向をキャッチされないようにしているだろうからな。それで予定通りこちらに向かったとして到着は何時ごろだ」
「およそ十八時間後だと思われます」
「警戒を怠るなよ」
「判っております」

「それにしても着任そうそう、あのランドール提督とはな。ついてないな」
「はい。あのサラマンダー艦隊かと思うと、身震いが止まりませんよ」
「君は、ランドールを評価するのか?」
「前任の司令官自らが率いた八個艦隊もの軍勢をあっさりと退けた張本人ですからね。安全な本国でのほほんとしている頭の固い将軍達はともかく、こっち側にいる指揮官達は、みんな奴とだけはやり合いたくないと願っているのですよ」
「そうか……。君達の気持ちも判らないでもないが、だからと言って逃げているわけにもいくまい」
「ランドール提督なら、平気で逃げちゃいますけどね」
「奴は例外だ。しかし奴とて闇雲に逃げ回っているわけではないだろう」
「そうです。転んでもただ起きるような奴ではありません。いつも必ず罠を仕掛けてあります。それに引っかかって幾人の提督が泣かされたか。前任の司令官なんか、捕虜にされるし一個艦隊を搾取されしで面目丸潰れ、もはや本国に帰りたくても帰れないでしょう。捲土重来はあり得ず、全艦玉砕すべきだったというのが本国の一致した意見らしいです」
「らしいな。罠を仕掛けたりする卑怯な奴として思われているが、罠に引っかかる方が不注意なのであって、それも立派な戦術なのだがな」
「今回はどんな罠を仕掛けてくるのでしょうか? たかが一個艦隊だけで、この要塞を攻略など不可能ですからね」
「十分以上の用心をするに越したことはないだろう」
「考えられるだけのすべての防御策を施した方がいいでしょう」


 宇宙空間に出現する第十七艦隊。
 旗艦サラマンダーの艦橋。
 ワープを終えて一息つくオペレーター達。
「第一目標地点に到達しました。全艦、ワープ完了。脱落艦はありません」
「よし。全艦、艦の状態を確認して報告せよ」
「全艦、艦の状態を報告せよ」
 エンジンに負担を掛けるワープを行えば少なからず艦にも異常が生じる。それを確認するのは、戦闘を控えた艦としては当然の処置であった。特に旗艦サラマンダー以下のハイドライド型高速戦艦改造II式は、今だに改造の続いている未完成艦であり、データは逐一フリード・ケースン少佐の元に送られる事になっていた。それらのデータを元にして実験艦「ノーム」を使用しての、改造と微調整が続けられていた。
「一体、何時になったら改造が終わるんだ?」
 アレックスが質問した事があるが、フリードは肩をすくめるように答えていた。
「他人が建造した艦ですから、いろいろと面倒なんですよ。例えばある回路があったとして、それがどんな働きをしているか理解に苦しむことがあるんですよ。最初から自分が設計した艦なら、すべてを理解していますから簡単なんですけどね」
 その口調には、自分にすべてを任せて戦艦を造らせてくれたら、サラマンダーより高性能な艦を建造してみせるという自信に満ちているように思えた。しかしいくら天才科学者といえども、そうそう自由に戦艦を造らせてもらえるものでもなかった。まずは予算取りからはじまる面倒な手続きを経なければならないし、開発設計が始まっても軍部が口を挟んで、自分の思い通りには設計させてはくれないものだ。そして実際に戦艦を造るのは造船技術士達であり、設計図通りに出来上がると言う保証もなければ、手抜き工事が横行するのは世の常であるからである。
「報告します。全艦、異常ありません。航行に支障なし」
「よし。コースと速度を維持」
 時計を確認するカインズ大佐。
「うん。時間通りに着いたようだな」
「時間厳守なのは、第十七艦隊の誇りです。一分一秒の差が勝敗を決定することもありますからね」
 副官のパティー・クレイダー大尉が誇らしげに答える。
「そうだな……」
「ところで、カインズ大佐……」
「なんだ」
「提督は何を考えておられるのでしょうか。大佐をさしおいて、ウィンザー少佐に第十七艦隊の全権を委ねるなんて。自身はウィンディーネのオニール大佐と共に別行動にでたまま。通信統制で連絡すらままならないし」
「まあ、そう憤慨するな。この作戦の立案者の一人であるウィンザー少佐に指揮権を任せるのが一番妥当ではないか」
「そうはいいますが、何もウィンザー少佐でなくても……だいたい作戦内容が一切秘密だなんて解せないですよ。一体提督は第六突撃強襲艦部隊や第十一攻撃空母部隊を率いて何をしようとしているのですか? 第六部隊は、白兵戦用の部隊なんですよ」
「ランドール提督がわざわざ第六部隊を率いる以上、ゲリラ戦を主体とした作戦だとは思うが、それがどんなものかは少佐の胸の内というわけだ」
「ゲリラ戦ですか……しかし相手は巨大な要塞ですよ。一体どんな作戦があるというのでしょうか」
「さあな。俺達には何も知らされていないからな」
「やっぱり、恋人だからですかね」
「ま、どんなことがあっても、絶対裏切ることのない信頼できる部下であることには間違いないだろうな。後方作戦の指揮をまかせるのは当然だろ」
 カインズとて、下位の士官に命令を受けるのは好ましいことではなかった。しかし、今の自分の地位があるのも、ランドール提督とウィンザー副官の絶妙な作戦バランスの上に成り立っているのも事実であった。大佐への昇進をゴードンに先んじられ、悔しい思いを胸に抱きながらもやっと大佐へとこぎつけたばかりだ。配下には三万隻の艦隊を預けられている。
「大佐。今回の作戦が成功すれば、提督は第八師団総司令と少将に昇進することが内定していると聞きましたが」
「それは確からしい」
「だとすると、今四人いる大佐のうちの誰かが第十七艦隊司令と准将の地位に就くということになりますね」
「ああ……そういうことだな」
「どうせ、腹心のオニール大佐でしょうねえ。順番からいっても」
 それは間違いないだろう。
 カインズは思ったが、口には出さなかった。やっとゴードンに並んだばかりだというのに、という思いがよぎる。ランドールの下で動く限り、その腹心であるゴードンに完全に追い付くことは不可能であろう。

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2021.04.22 07:48 | 固定リンク | 第一部 | コメント (0)

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