陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊
其の拾参 怨霊出現  その夜。  寝静まった室内に怪しげな光が浮かび上がった。  気配を感じて、枕元の御守懐剣に手を伸ばす蘭子。  怪しげな光は、その姿をさらにくっきりと現しはじめる。 「課長!起きてください」  隣に寝ている井上課長に声を掛けるが応答はなく、ブルブルと痙攣している。  明らかに呪詛を掛けられているようだった。 「虎徹、課長を守ってあげて」  というと御守懐剣を課長の胸元に差し込んだ。  やがて御守懐剣が輝きはじめて、そのオーラが井上課長を包み込み始めた。  しだいに苦しみから解放されて安息の域に入っていく。  御守懐剣である長曽弥虎徹は魔人が封じ込まれており、【魔の者】に対しては絶大な る威力を発揮するが、【霊なる者】に対してはほとんど効力を持たない。  それでも身を守る程度なら【霊なる者】相手でも効果があるようだ。  井上課長の安全が確保されたのを見て、改めて侵入者と対峙する蘭子。 「さて、何者?」  と問われて答える相手ではない。  すでに相手は全体の姿を現していた。  見た目、奈良時代の衣装を身に纏っている。  蘇我入鹿の怨霊を使った外法、ないしは口寄せ術の類か。  外法とは、髑髏(どくろ・しゃれこうべ)を使った妖術のことだが、入鹿の怨霊が封 じ込まれた七星剣があれば代用も可能であろう。  虎徹が手元にない不利な条件下にあるが、怨霊相手の戦法はいくらでもある。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」  独股印を結んで口で「臨」と唱え、順次に大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、 内縛印、智拳印、日輪印、宝瓶印と印を結ぶ。  さらに、不動明王の真言を三回唱える。 「ノウマクサンマンダ バザラダンセンダ  マカロシャダ ソワタヤ ウン タラタ カン マン」  四縦五横に右手刀を切りながら、 「臨める兵、闘う者、皆陣列の前に在り!行、満、ぼろん、勝、破!」  と手刀を前に突き出すと、九字印が怨霊に向かって飛んで行く。  怨霊がひるむその瞬間、懐から呪符を取り出して、 「さまよえる魂よ、浄土へと成仏させたまえ!」  と唱え奉る。  やがて怨霊は、静かに退散していった。  呼吸を整えながら、 「オン アビラウンケン ソワカ」 「オン キリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ」 「オン バザラド シャコク」  九字印の終了の儀式を行う。  井上課長を見る。  どうやら無事のようだ。  胸元の御守懐剣を取り外し、起こそうかと思いつつも、まだ草木も眠る丑三つ時だ。  朝まで寝かせておこう。  外法を使ってきたということは、 「どうやら手出しはするなという警告のようね」
     
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