陰陽退魔士・逢坂蘭子/血の契約

其の壱  少女は美しくなりたいと願った。  それは叶えられ少女は美しくなっていった。  しかし、そのために多くの犠牲者を生み出すと知ったとき、少女は自分の運命を呪った。  阿倍野女子高校校舎内廊下。  一人の女子生徒がおどおどしながら歩いている。  と、突然。いかにも柄の悪い連中が現れて女子生徒を取り囲んだ。 「おい。ちょっと顔貸せや」  無理矢理校舎裏に連れて行かれる女子生徒。  くちゃくちゃとガムを噛んでいる者、煙草をくわえている者、反教師的な態度を示す連 中に囲まれて、小さくなって震えている女子生徒。 「出せや」  と、リーダー格らしき生徒が手を差し出す。  多勢に無勢、逆らうことのできない生徒は黙って財布を差し出す。  それをひったくるようにして受け取り中身を確認すると、 「何だよ、これっぽっちしかないのかよ!」  と、怒りの声を上げる。 「それで、おこづかいの全部です」 「お、こいつ。口答えしよったで」  腹を蹴られ、地面に平伏してしまう女子生徒。 「どうします? 安次郎に渡しますか?」 「援交かよ……。よせよ。こんなシミ・ソバカスだらけのブス女なんか紹介したら物笑い ものだぜ」 「そりゃそうですけど」 「女なら誰でも、という男もおるで」 「信用問題なんだよ」 「そんなもんですかね」 「それにしても、こんなひどいブスはいないですよね」 「最悪のブスだな」  ブスという言葉を語調を強めてからかうリーダー。 「本当ですね」  一斉に笑い声を上げて同調するグループ。  やがて女子生徒をその場に残して立ち去ってゆくグループ。  地面に平伏したまま泣いている女子生徒。  生徒の名前は佐々木順子という。  顔にできたシミ・ソバカスが原因で陰湿な虐めにあっていた。 「どうしていじめられなきゃならないの……」  順子は運命のいたずらを恨んだ。  何度自殺しようかとも思っていた。  鞄の中には手首を切るためのナイフが忍ばせてある。  しかし勇気を出せずに、未だに自殺には至ってはいない。  やはり命を絶つには、恐ろしさの方が先に立ってしまうからだ。  魂って本当にあるのだろうか?  死んだら身体から魂が抜け出して、天国や地獄へ行くことになるのだろうか?  考えても仕方のないことであるが、どうしても思い悩んでしまう。 「死にたい……」  結局、たどり着く思いは一つであった。  と、突然のことであった。 『そんなに、死にたいのか』  どこからともなく声が聞こえた。  あたりを見回すが人影はなかった。 『死んでどうなる?』  また聞こえた。  声のした方へと意識を集中する順子。 『こっちだ』  声はうっそうと茂る草むらの中から聞こえてくるようだった。  這うようにして草を掻き分けていく順子。  草むらの中、朽ちた木の根元に隠れるように小さな祠があった。 「こんな所に、祠があるなんて……」  学校の敷地内にひっそりと安置されている祠。  何かいわくのありそうな雰囲気であった。 『どうした? ここに祠があるのがそんなに不思議か?』  こんどははっきりと聞こえた。  まるで祠の中から聞こえてくるみたいだった。  祠の扉の合わせ目には、何やら文字のようなものが書かれた札が貼られていた。 『済まぬが、その貼られた札を剥がしてくれないか』 「お札を?」 『そうだ』  恐る恐る札を剥がしていく。  札を剥がした途端だった。  扉が勝手に開いて、中から一陣の風が吹き抜けた。  何かが飛び出してきたように感じた。  祠の中には木像の狐が安置されていた。 「稲荷神?」  稲荷神は屋敷などの片隅や、最近ではビルの屋上などに祀られることの多い、ごく一般 的に日本で見られた風習の一つである。  学校の敷地内にあっても、何ら不思議はないというわけである。  ただ、この祠は長い間忘れ去られ、風雪に朽ちるままになっていたというところであろ う。
     
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