陰陽退魔士・逢坂蘭子/第五章 夢想う木刀
其の伍  その頃、蘭子の携帯電話に井上課長からの一報が入ってきていた。 「亡くなったのは、阿倍野女子高校剣道部の柿崎恵美子。当時二年生だったが、決勝戦の 試合中に相手の突きをまともに食らって転倒、後頭部を強打して意識不明になり、そのま ま亡くなったそうだ」 「当時の試合のトーナメント表はありますか?」 「もちろんあるさ。抜かりはないよ」 「これから伺いたいと思いますが」 「いや、私が君の家に出向くよ。協力を頼んでいるのは、こちら側だからな」 「では、土御門家の方においで頂けますか? 今、そちらの方にいますので」 「判った。十分後に着くと思う」 「お待ち申しております」  それから程なくして、井上課長が土御門家にやってきた。  晴代も同席の上で、事故の詳細を報告する井上課長。 「良く判りました。不業の死を遂げた柿崎恵美子さんの怨念が成仏できずに、この世を彷 徨っているものと思われます。そして愛用していた木刀を依代としたのです」 「木刀を依代として、誰に摂り憑いているのかね」 「もちろん、妹である柿崎美代子さんでしょう。同じ剣道部に所属していますしね」 「なるほど……」 「トーナメント表を見せて頂けませんか?」 「ああ、これだ」  井上課長は懐から当時の試合のトーナメント表を取り出して見せた。  それをしばらく見つめていた蘭子であったが、 「やはりそうです」  と、トーナメント表を指差しながら説明をはじめた。 「ご覧ください。連夜の事件の足跡をたどってみますと、このトーナメント表に沿って起 きていることが判ります。一回戦の住吉高校、二回戦の天王寺高校、三回戦の清水谷高校 と、トーナメントで阿倍野女子高校が勝ちあがってきた相手校が、順番に辻斬りにあって います」 「下から順番に敗戦校を襲っているのか、なるほどぴったりと符合するな。とすると最終 的には、決勝戦を戦った福島女子高校が狙われると?」 「そういうことになりますね」 「それで思いが遂げられれば、晴れて成仏してくれるのだろうか」 「いいえ。そうはならないでしょう。彼女の魂は、決勝戦の試合に臨んだまま時が凍って しまっているのです。ですから、決勝戦を再現してあげることが肝心でしょう」 「再現?」 「阿倍野女子高校と福島女子高校が決勝戦に進出して試合をすればいいのです。しかも対 戦相手は柿崎恵美子さんと……」 「桜宮民子さんだ」 「そうです」 「しかしこればっかりは、実力次第、運次第だからなあ……」 「祈るしかありませんね」  阿倍野女子高校の体育館。  剣道部が練習している。  そこへ剣道の防具袋を携えた蘭子が入場してくる。  一同が振り向いて注目する。  柿崎が駆け寄ってゆく。 「蘭子!」 「柿崎先輩……」 「やっと入部してくれる気になったのね」 「条件があります」 「条件?」 「インターハイに限っての入部ということでしたら」 「いいよ、いいよ。それで十分よ」 「それともう一つ。入部前に先輩と一本勝負をさせてください」 「一本勝負? 判った、相手してやるよ」  練習が一時中断して、一本勝負の準備に入った。  一年二年生は、体育館の周辺に座り込んで観戦である。  試合場となる区切りとして、白いラインテープが引かれており、両端に別れて対面して 正座。防具を着用する柿崎と蘭子。  準備が整ったところで試合場に進み出る。  二歩進んで礼をし、さらに三歩進んで蹲踞する。  三年生が審判役に入って、 「はじめ!」  の合図を掛ける。  立ち上がって一本勝負のはじまりである。  一年生ながらも、蘭子の腕前は二年三年生なら誰でも良く知っていること。  阿倍野中学時代には剣聖とまで呼ばれ、柿崎主将でさえ幾度となく敗れていた。  相手の様子を伺って、双方ともなかなか手を出さなかった。  先に動いたのは蘭子だった。  鋭く踏み込んで柿崎の面を捉えた。  パーンと高らかな音が鳴り響く。  がしかし、直前に体勢を崩しながらも竹刀で防御していた。  有効打突と認められずに、再び離れて試合再開。  それから激しい鍔迫り合いが繰り広げられていた。  おおむね蘭子が優勢であったが、柿崎も執拗に食い下がって粘る。 「一本!」  審判員の手が高々と挙げられ勝敗は決した。  蘭子のすり上げ引き面打ちが見事に決まったのである。  体育館に拍手が湧き起こった。  両者礼をして試合場を出て面を脱ぐと、対戦の激しさを物語るように汗びっしょりとな っていた。 「ようし、一年二年生は練習を再開して、三年生はちょっと集まって頂戴」  柿崎が指示すると、それぞれに体育館に散らばって素振りの練習を再開した。  三年生に改めて蘭子を紹介する柿崎。 「みんなも知っていると思うけど、中学時代に活躍した逢坂蘭子さんよ。その実力を評価 してインターハイの出場選手として登録するけど、意義ある方いるかしら」  誰も異論を述べる者はいなかった。 「決まりね。これで蘭子は、剣道部員の仲間入りよ」  インターハイに限っての入部という条件があるのだが、それはいつでも撤回させてみせ るという意気込みをもっているようだった。  ともかくも蘭子の剣道部入りが決定した。
     
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