陰陽退魔士・逢坂蘭子/第五章 夢想う木刀
其の参  摂津国土御門家一門の陰陽師の会の寄り合いが、四天王寺近くの公民館で開かれていた。  蘭子は総代である晴代の代理として出席していた。  最近腰が弱くなってきて、外出を控えているからである。  寄り合いの内容は、若狭にある安部有宣系統の土御門家に比べて、摂津土御門家の知名 度があまりに低いことをどうするかであった。  摂津土御門家は本家ではないものの、分家の流れを引き継ぐ正統なる土御門一族の末裔 であることには違いない。  いつものことであるが、寄り合いは何の解決策も見出せないままお開きとなった。  寄り合いの帰り道。  四天王寺境内を近道して家路についていた蘭子。  何かが激しくぶつかり合う音を耳にして、その現場に向かうと、女子剣道部と思しきグ ループが竹刀を振り回して、木刀を持つ覆面をした人物と乱闘していた。  すでに何人かが倒れており、木刀の人物の技量の方がはるかに上だった。 「あ! あれは!!」  覆面者の持つ木刀から怪しげなオーラが発せられていた。  それは不定形だったり、人の形になったりしながら、覆面者にまとわりついていた。  典型的な憑依霊。  何者かの霊が木刀に憑依して、覆面者の精神を乗っ取り操っているのだ。  魂に操られた身体は、時として人の能力を超越した力を発揮する。  あっという間に剣道部員は全員倒されてしまった。  満足げに踵を返して去っていく覆面者。  後を追おうとしたが、倒れている剣道部員達の介抱が大切である。  かがみ込んで手当てをしようとした時、懐中電灯に照らされ、数人の警察官に囲まれた。 野次馬の誰かが通報したらしい。  そして不審人物として、最寄の天王寺警察署へと連行されることになったのである。  取調室。  膨れっ面をした蘭子がいる。  もうかれこれ二時間以上も繰り返し、同じ尋問を受け続けていた。  警察の執拗な尋問には際限がない。  精神をくたくたにさせて、早く帰りたければ自白調書に署名しろと迫る。  現場検証なり目撃証人探しなどの捜査を開始して、被疑者を特定するのが本筋なのであ るが、いつ終わるとも知れない捜査に多くの人員を動員するのは面倒である。  この際、現場にいた怪しげな人物に、詰め腹を切ってもらって被疑者になってもらおう という魂胆である。 「何の取調べかね」  ドアの外で声がした。  蘭子はどこかで聞いたような声だと思った。  やがて取調室の扉が開いて意外な人物が入ってきた。  相手は蘭子を見るなり、親しげに声を掛けてくる。 「これは蘭子さん。またもや奇遇ですなあ。こんな所でお会いするなんて」  大阪府警本部捜査一課の井上課長だった。  尋問していた刑事達が立ち上がって敬礼する。  天王寺警察署署長と同階級の警視にして、府警本部のキャリア組の刑事課長である。  ノンキャリア組の彼らにとっては、緊張のあまりに固まってしまうぐらいの相手であっ た。 「おい、君。どうして女性警察官を立ち合わせないのかね。相手が女性の場合はそうする 決まりだろう」 「し、失礼しました」 「この方は、私がお相手する。君達は現場の聞き込みに回りたまえ」 「判りました」  あわてて取調室から駆け出してゆく刑事達。  蘭子と井上課長が残されていた。  相変わらず膨れっ面の蘭子。 「済まなかったね。二度もこんな目に合わせてしまって」 「もう十二分に味あわせていただきました」 「応接室に行こうか。罪滅ぼしに上等なお茶菓子を出してあげるよ」  と案内するように取調室を出てゆく井上課長。  立ち上がり井上課長に従う蘭子。  応接室でお茶菓子を頬張っている蘭子。 「ところでと……。目撃したことを詳しく話してくれないか」  蘭子が落ち着いたところで、事件の詳細を尋ねる井上課長。  井上課長は、蘭子を被疑者として考えていないようであった。  見たままありのままを答える蘭子。  怨霊が関わっていることも、井上課長になら正直に話せる。 「怨霊がその人物に摂り憑いているのかね」 「いえ、摂り憑いているのは木刀なのですが、それがその人物を操っているようです」 「なるほど、依代が木刀だと……。相手が怨霊だと警察は手も足も出せないな」  それは蘭子に捜査協力して欲しいとも受け取れる発言だった。  心臓抜き取り変死事件、夢鏡魔人往来変死事件と、蘭子の能力が発揮されて、事件は解 決した。  言われるまでもなく陰陽師として【人にあらざる者】を退治するのは、自分に課せられ た宿命でもある。 「この事件はインターハイと深く関わりがありそうです。試合中に事故で亡くなられた選 手とかはいませんでしたか?」 「それは調べれば判るが……」 「至急調べていただけませんか?」 「判った。調べてみよう。判り次第連絡するよ」 「お願いします」  それから井上課長に覆面パトカーで自宅まで送ってもらった蘭子であった。
     
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