陰陽退魔士・逢坂蘭子/第五章 夢想う木刀
其の壱
夕暮れ進む街並み。
クラブ活動を終えて帰宅途中と思われる女子の一団が歩いている。
竹刀を収めた鞘袋や面・胴具を収めた防具袋を携えているところをみると、剣道部らし
い。
クラブ活動中は真剣に剣術の修錬を行っていたのだろうが、今は緊張から解放されて、
勝手気ままなおしゃべりに夢中である。
話題が全国高校総体大阪府予選のことになる。いわゆるインターハイである。
「今年のインハイ個人戦は、金子先輩できまりですね」
「そうでもないでしょ。今年は強敵も出てくるだろうからね」
「強敵って誰ですか?」
「一級下の逢坂蘭子だよ。中学の時に何度か対戦したが、ことごとくやられて結局一本も
取れずじまいだった」
「知っていますよ。阿倍野中学の女子剣聖とまで言われてましたね」
「ああ、その通りだ。今年から登場するだろうから気を引き締めていかなきゃな」
「でも、彼女。高校では剣道をやめて、弓道部に入ってやってるらしいです」
「なに! 弓道だと?」
「武道を広く浅くってところじゃないですか?」
「神社の道場で、合気道なんかもやってるみたいですよ」
「わからないなあ……。せっかく剣聖とまで言われるほどに精進したのに、それを捨て
る?」
「まあ、人それぞれ、考えはいろいろありますよ」
それから明るい話題に切り替えて再び盛り上がる。
若い女性は気分転換が素早い。
前方から誰かが来るのが見えた。
まるで闇の中から突然出現したかのようだった。
やがて街灯に照らされて、はっきりとした様相を現す。
「なんだ、ありゃ?」
部員達が訝しげに思うのも無理はない。
剣道の面を覆い、右手には木刀を持っているのだから。
夜とはいえ、とても街中に繰り出す格好ではない。
「なんだよ、おまえは?」
それには答えずに、黙って木刀を正面に構えた。
「やろうってのかい?」
部員達も鞘袋から竹刀を取り出して臨戦体制に入る。
がしかし、不審者は素早く動いて、あっという間に取り巻き連中を倒した。見事なまで
の華麗なる動きだった。部員達の動きを完全に見切っていた。
金子先輩と呼ばれた部員一人だけが残されていた。
足元に気絶する後輩達を見て問い掛ける金子。
「どうやら、私と一対一の勝負がしたいらしいな」
そのために邪魔になる雑魚連中を先に片付けたのだろう。
「問答無用」
とばかりに再び木刀を構えなおす不審者。
「まあ、いいや。相手になってやるよ」
鞘袋を解いて竹刀を取り出して相対する金子。
共に正眼、気迫あふれる場面である。
間合いを取りながら、少しずつ接近していく二人。
先に仕掛けたのは不審者だった。
軽く竹刀で受け止める金子。
すぐに離れては、また打突と繰り返される攻防戦。
激しい鍔迫り合いが続く。
双方力量はほぼ互角。
金子が勢いあまって転倒するが、不審者はご丁寧にも剣道ルールの『止め』を守って、
起き上がるのを待っている。
意外にも律儀な一面を見せるが、発端はいわゆる辻斬りである。
起き上がり構え直すが、周囲に野次馬が集まってきているが目に入った。
油断が生じた。
ここぞとばかりに、踏み込んでくる不審者。
強烈な打突が金子の左肩を捕らえて食い込んだ。
苦痛に歪む金子だったが、カウンターで不審者の面に竹刀が当たり跳ね飛ばした。
面は宙を舞って、金子の足元に転がってくる。
不審者の顔は?
しかし不審者は、顔を手で覆い隠して、駆け足で立ち去ってゆくところだった。
「素早い奴だ。ちぇ、暗くて顔が見えねえ」
その言葉を最後に、気を失う金子だった。
野次馬が寄ってくる。
誰かが呼んだのだろう、パトカーのサイレンの音が近づいてくる。