響子そして(二十六)大団円
2021.07.30
響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十六)大団円
真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡していた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちください。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、そのつもりでいてください」
そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するなんて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかないわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込めないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮していたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅してきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でなきゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」
「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わった組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
敬礼をする女性警官。
「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るのもその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわけだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生きており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女にならなければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーとか開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKなら承認してもいいわ」
パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がするんだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によって金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働かなくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもらうからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」
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11
特務捜査官レディー(二十六)響子とひろし
2021.07.30
特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)
(二十六)響子とひろし
ある日のこと。
敬が血相を変えて、わたしのところに飛び込んできた。もちろん麻薬取締部にである。
警察署内では、生活安全局の局長が覚醒剤密売と押収物横領の容疑で逮捕されて以来混乱していた。そこで何かと言うと麻薬取締部の方にちょくちょく顔を出すようになっていたのである。本来地方公務員の警察官が、厚生労働省麻薬取締部にそうそう出入りできるものではなかったのだが、先の両組織連携による生活安全局長逮捕の功労者として、特別に許されていたのであった。
「大変だ! 響子が組織に捕まったぞ」
わたしは思わず、持っていた花瓶を落としそうになった。
「なんですって! 響子さんが?」
響子といえば、性転換した磯部ひろし君の女性名である。
とある暴力団の情婦として暮らしていると聞いていたが、組織に捕まったということは対抗組織と言うことか。おそらく警察の暴力団対策課からの情報を入手したのであろう。
「ああ……。暴力団組長が狙撃されて、情婦として傍にいたから連れて行かれてしまったそうだ」
なんてことよ。
情婦とはいえ、それなりに幸せに暮らしていると聞いていたのに……。
また不幸のどん底に突き落とされた……。
「それで相手の組織は?」
「最近、麻薬や覚醒剤密売で勢力を広げつつあった組織でね。響子のとこの組織と日頃から抗争事件が絶えないそうだ。実は、あの磯部健児も関わっているらしい」
「なんですって?」
その名前を聞けば驚きもしようというものである。ずっと追い続けている張本人だからである。
「沢渡君、私にも聞かせてくれないか?」
課長の耳にも届いたらしく聞き返してきた。
麻薬となれば当然この麻薬取締部の管轄の範囲に入るからである。
麻薬取締部としても、その二つの組織に関しては独自に捜査を進めていたからである。
もっとも女性のわたしは、捜査から外されていた。
「済まないね。真樹ちゃんみたいな若い美人が、捜査陣の中にいると目立っちゃうんだよ。令状取った後の強制捜査とかには参加させるから、我慢してくれたまえ」
尾行しててもすぐに気づかれるし、張り込んでいても通りがかりの若者から「お茶しようよ」とちょくちょく声を掛けられてしまう。
捜査にならないというわけである。
「ああ、課長。実はですね……」
磯部ひろしこと、情婦の響子について事情を話す敬だった。
この件に関しては、斉藤真樹としては一切関わっていないわたしからは、詳しい内容を言えるはずがなかった。一応、覚醒剤密売の捜査協力として小耳に入れたということにしてある。
「……なるほど、そういうことか。その事件のことなら私も知っている。磯部健児は我々も追っているが、証拠が集まらないで困っているよ。暴力団を隠れ蓑にしているのでね」
「その磯部健児が絡んでいる暴力団の一派が、響子の旦那である暴力団組長を狙撃したということです。その際に、響子が連れ去られてしまいました」
「となるとその響子さんが危ないな。その組織は、誘拐した女性に覚醒剤を打って中毒患者にし、否応なく売春させているという噂も聞いている」
「そうなんですよ。響子は、俺達が手をこまねいている間に、覚醒剤の虜になってしまった母親を殺してしまったんです。彼女がこのような境遇に陥ったそもそもには、俺達の責任でもあるんです。これ以上、不幸にさせたくはありません」
「私たちも協力しよう。覚醒剤が関わっている以上、黙っているわけにはいかないからな。前回と同様によろしく頼む。そちらの麻薬課や暴力団対策課の情報が欲しい」
「判りました。一致協力して、磯部健児を逮捕し暴力団を壊滅させましょう」
「わたしも協力します」
「真樹ちゃんも?」
「だって、覚醒剤を使って売春させているとしたら、女性がいなくちゃねえ」
「おいおい、ちょっと待って。何を言っているのか判るのか? まかり間違えば」
「判ってます。しかし囮捜査でもしなければ、売春組織を完全に壊滅することは不可能ではありませんか?内部深くに潜入して確たる証拠を掴み、黒幕共々一網打尽にしなくてはだめなんです」
「だが、ミイラ取りがミイラ取りになりやしないかね。私はそれを心配しているのだよ。そんなことになっては君のご両親に合わせる顔がなくなる。売春行為に関しては、この際目をつぶってだな……」
「売春は、麻薬捜査と直接は関係ないからとおっしゃるのですか? それじゃあ、官僚腐敗制度の汚点ではありませんか。課長がそんなことおっしゃられるとは」
「い、いやそうじゃなくて……。君の事を心配してだな……」
「課長!」
「わ、わかった。ただ私の一存では決定できないから、上司に相談してみるよ」
「お願いしますよ」
勤務時間を終えて、敬の車で帰宅するわたし。
助手席に座り運転席の敬を見ると、何か考えている風に黙々と車を走らせていた。
課長に対してはあんなことを言ってはみたものの、敬と二人きりになって冷静になってみると、やはり済まないという気持ちになるわたしだった。
いくら職務に責任感ある行為とはいえ、将来を誓い合った恋人としては、やるせない気持ちになっていることだろう。敬も正義感の強い性格をしているから、同じ警察官としてそれを拒むことが出来ないでいるのだ。
「ごめんなさい……」
「何を謝っているのだ」
「だって……」
「身体を張って囮捜査に出ようと言う君の考え方は賛成できないな。もちろん恋人としてそんなことはさせたくないというのは正直な気持ちだ。万が一失敗して組織に捕らえられれば、麻薬覚醒剤を打たれ売春婦に仕立て上げられるのは間違いない。最悪には我々に対する見せしめとして、陵辱された挙句にどこかの路上で裸状態の死体となって発見されることもありうる。そうなって欲しくない」
わたしには反論する言葉がない。
敬が強く反対したら、それに従うつもりだった。
「しかしこのまま放っておけば、泣いて苦しむ女性達が今後も増え続けるのも事実だ。同じ警察官として、君の正義感溢れる行動態度は理解できる。磯部健児を挙げるには、その組織を壊滅しなければならないし、多方面からアプローチした方が、より確実に包囲網を狭めることができるということも判っている。……君が後悔しないと確信できるなら、思ったとおりにやればいいよ。俺は、君の意思を尊重したいし、たとえどんなことになろうとも、将来を誓い合った同士として見守ってあげたい」
考え抜いた末のことであろうと思う。
警察官としての正義と、恋人としての優しさ思いやり。
両天秤に掛けてもなお、自分達の事でなく、より多くの被害者を出さないために最善を尽くすことの重大さを踏まえての意見だろう。
「あ、ありがとう……」
敬の言葉で、わたしの意志が固まった。
「とにかくじっくりと考えてから実行すべきことだよ」
「そうね」
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11
響子そして(二十五)終焉
2021.07.29
響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します
(二十五)終焉
真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡していた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちください。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、そのつもりでいてください」
そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するなんて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかないわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込めないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮していたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅してきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でなきゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」
「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わった組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。
そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
敬礼をする女性警官。
「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るのもその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわけだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生きており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女にならなければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーとか開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKなら承認してもいいわ」
パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がするんだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によって金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働かなくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもらうからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」
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