響子そして(二十七)安息日
2021.07.31

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十七)安息日

「もう、銃声が聞こえてびっくりしたわよ。部屋を出ようとしたら、扉の前にメイドさんに扮した女性警察官が二人立ちふさがっていて、出してくれなかったのよ」
 部屋に戻ると、里美が憤慨していた。
「しようがないわよ。わたしだって、これだもの」
 と包帯を巻かれた腕を見せた。
「痛くない?」
 里美は人差し指で、包帯を軽くちょんちょんと触っている。
「少し痛むけど、大丈夫よ」
「申し訳ありませんでした。里美さんには、命に関わる危険なところに行かせるわけにはいかなかったのです。もし眠れないとか不安とかありましたら申してください。精神安定剤とか睡眠薬を用意してあります」
 今夜の付き添いとなった女性警察官が言った。
「だったら。生理痛に効く薬ありませんか? ショックで始まったみたいで……」
「あら大変……ありますよ」
 と言いながらコップに水と一緒に薬をくれた。
「しかし、明日は調書がありますけど、大丈夫ですか?」
「ええ。たぶん大丈夫よ」
「明日の調書は、先程の巡査部長が伺うと思いますので、訳を話して手短かにしてもらえるようにしましょう」
「でも、今夜徹夜で容疑者の尋問するんじゃありません? 寝ずにですか?」
「巡査部長は事件となれば六十四時間くらい平気で起きていますよ。その後、二十四時間寝ちゃうんですけどね。寝だめができるそうです」
「変わってますね」
「そうなんですよ。彼女、あれでも恋人がちゃんといてね。他人が羨むくらい仲がいいの」
「へえ、恋人がいるんだ?」
「弁護士に扮してた警察官がいたでしょう?」
「いたいた」
「この捜査の現場責任者の巡査部長なんですけど、その人と密かに婚約しているみたい。彼、何でも銃器と麻薬捜査の研修として、ニューヨーク市警に出向してたらしいけど、逆に組織からマークされて命を狙われたみたい。それで生きるために狙撃される立場から狙撃する立場、特殊傭兵部隊に入隊したらしいの。それで傭兵の契約期間を終えて日本に帰ってきたらしい」
「すごい経歴なんですね」
「そうなのよ。だから彼の狙撃の腕はプロフェッショナルだそうよ。一キロ先からでも朝飯前という噂があるわ」
「そんな彼と、真樹さんがどうして恋人同士になれたの?」
「何でも彼女が二十歳の記念に、アメリカ一周旅行している時に知り合ったとかいう話しよ。それ以上のことは話してくれないの。ま、誰にも秘密はあるだろうから聞かないけど」
「じゃあ、真樹さんの銃の腕前も彼に教わったからかな」
「たぶんそうだと思いますよ」

「そんなスナイパーの彼と、純真可憐な真樹さんが恋人同士と、署内で変な噂されてませんか? 署内で変な目で見られたり、風紀が乱れるとか問題になったりしない?」
「とんでもないわ。彼女の正式な身分は、国家公務員の司法警察員の麻薬Gメンじゃない。地方公務員の警察官がとやかく言えるような雰囲気じゃないのよね。それでいてまだ二十三歳の若さでしょう? 憧れの的にはなっても、誹謗中傷されるような存在じゃないのよね。わたし達女性警察官全員で彼女を見守ってあげてる。それに彼の方も、みんな避けているし、なんせ一撃必中の腕前なんだから、怒らせたら大変。一キロ先からでも眉間にズドンだからね。証拠を残さずに抹殺されちゃうよ」
「ふーん……」
「あ、ごめんなさい。つい長話しちゃった……。そろそろ、お休みになって下さい。わたしは隣の部屋にいますから、何かありましたらいつでも申し付けてください」
 この部屋には常駐するルームメイド用の控え室があってベッドもある。女性警官はそこに泊まることになっている。

 翌朝。
 小鳥のさえずりと共に目が覚めた。
 部屋の外のバルコニーに来訪する野鳥達だ。子供の頃と変わらぬいつもの朝の風景。
「おはようございます。お嬢さま」
「ん……。おはよう」
 あれ? 女性警察官じゃない……。
 昨日とは違うメイドが三名。わたしが目を覚ましたのを期に、仕事をはじめた。
 どうやら、今朝から本来のメイド達に戻ったようだ。各個室にはルームメイド二名と個人専属のメイド合わせて三名が必ずいることになっている。カーテンを開け放つ者、花瓶の花の手入れをはじめる者、そしてわたし付きのメイドはベッドサイドに立って指示を待っている。やはり見知った顔はいない。八年も経てば入れ代わって当然だろう。
「今、何時かしら」
「七時半でございます」
「そう……朝食は?」
「八時半からでございます。旦那さまがご一緒に食堂でとご希望でございます」
「一緒でいいわ。シャワー使えるかしら」
「はい。しばらくお待ち下さい。今、ご用意します」
 メイドはバスルームへ入って行った。何するでもない、蛇口を開いてお湯が出るのを待つだけだ。ボイラー室から、ここまではかなりの距離の配管を通ってくるから、蛇口を捻っても最初に出るのは水、すぐにはお湯が出ないのだ。冬場なら暖房用に常時配管をお湯が流れているから、すぐに出るのだが。なお、メイド用の控え室やバスルームがあるのは、ここと祖父の居室、及びそれぞれに隣接する貴賓室の四部屋だけである。後は共用のバスを利用することになっている。
 里美はまだ眠っている。
 ベッドと枕が変わっているから、なかなか寝付けなかったようだ。もう少し寝かせておいてあげよう。
「お嬢さま、シャワーが使えます。どうぞ」
 ネグリジェを脱いで、メイドに渡してバスルームに入る。
 熱いシャワーを浴びる。うーん……朝の目覚めにはこれに限るね。
 頭もすっきりして外へ出ると、すかさずメイド達が身体を拭ってくれた。バスローブに着替えてベッドを見ると、里美が惚けた表情で起き上がっていた。里美は目覚めが悪いので、起きてもしばらくはボーッとしていることが多いのだ。メイドが動きまわり窓を開けて風が入ってきたりして、目が覚めてしまったようだ。
「ほれ、ほれ、里美。あなたたもシャワーを浴びなさい。すっきりするわよ」
「ふえい……」
 はーい、と答えたつもりの間の抜けた声を出す、里美の背中を押すようにして、バスルームに放り込む。
「あー。すっきりした。お姉さん、おはよう。食事はまだ?」
 出てくるなり、早速食事の催促だ。実に変わり身が早い。
 あのね……。
「おはよう、里美。食堂で八時半からよ」
「今何時だっけ?」
「八時と少々です」
「よっしゃー。行こう、今いこ、すぐいこ」
「バスローブのままで行く気? ここはわたし達のマンションじゃないのよ」
「あ、いけなーい。着るものは?」
「お母さんが着てたのがあるから、それ着なさい。わたしが着れるんだから、里美も着れるでしょ。ベッド横のクローゼットに入っているから、どれでも好きなの着ていいわ」
「はーい」
 そう言うとクローゼットを開けて、早速衣装選びをはじめた。
 わたしと里美は、サイズが同じなので、良く服を交換しあっていた。というよりも最初の頃、里美は衣装を全然持っていなかったので、わたしの服を借りて着ていたというのが正しい。その後里美自身の衣装が増えていっても、わたしが買った衣装をしょっちゅう借りていた。
「ほんとにどれ着てもいいの? 高そうな服ばかりじゃない」
「気にしないで、服はしまっておくものじゃなくて、着るものなんだから」
「んじゃ、遠慮なく」

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特務捜査官レディー(二十七)投身自殺
2021.07.31

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(二十七)投身自殺

 それから数日後。
 わたしは黒沢先生の元を訪れていた。
 囮捜査のこととかをすべて話してみた。
「何か便利な薬とかありませんか? 妊娠阻害剤とかもありましたよね」
 先生が、某製薬会社の社長ということで、そういった性に関わる薬剤を手に入れられるのではないかと思ったからだ。
「おいおい。言ってることの意味を、良く理解して依頼してるんだろうな?」
「もちろんです。売春組織と関わるのですからね。万が一に備えたいのです」
「妊娠阻害剤はあるが、それを必要とするときは組織に囚われた結果としての性行為もあるだろう。その状態で犯された後から薬を飲むことは不可能だと思うぞ。ピルを毎日飲んでいれば妊娠はしないが、これも囚われた状態では飲用は無理だ。ピルの飲用をやめれば即座に妊娠可能となる」
「事前妊娠阻害剤はないのですか? 飲んだら一週間くらいは妊娠しないというの」
「捕らえられて一週間以内で脱出できるか、救出されるかということか?」
「やはり一週間でしょう。証拠を掴むも掴まないにしてもね」
「ふむ……」
 じっとわたしの顔を見つめる先生だった。
 どれくらい意思が固いとかを推し量っているように思えた。
「まあ、いいだろう。捜査に協力しようじゃないか。産婦人科医として、女性の苦しみを放っておくわけにはいかないからな。売春が原因で望まぬ妊娠をした女性の中絶手術をすることだけは願い下げだからな。覚醒剤にも効果がある催眠阻害剤と即効性麻酔針仕込み髪飾りを進呈しよう」
「ありがとうございます。髪飾りは何となく判りますが、催眠阻害剤とは?」
「麻酔剤がどうして効くか知っているか? 薬剤師の君なら当然知っているはずだが」

 もちろん知らないでどうする。
 生物には体内エンドルフィンという麻酔作用を及ぼす物質を分泌する能力を持っている。指などを切るとしばらくは痛みを感じるが、やがて傷が治っていないにも関わらず痛みが無くなるかやわらぐはずだ。これは痛みの刺激に対してそれをやわらげようとして、身体の防衛システムがこのエンドルフィンを分泌するからである。痛みを感じる組織にはこのエンドルフィンに感応する受容体(レセプター)があって、受容体がエンドルフィンを受け入れると痛みを感じなくなるというわけである。また中国古来の針麻酔という術法も、針の刺激によって体内エンドルフィンを分泌させて麻酔作用を引き起こしているわけである。
 受容体とは、細胞膜上あるいは細胞内に存在し、ホルモンや抗原・光など外から細胞に作用する因子と反応して、細胞機能に変化を生じさせる物質。ホルモン受容体・抗原受容体・光受容体などをいう。アレルギー反応も同様のシステムで起きるものである。
 これはもちろん女性ホルモンを呑んだ男性の乳房が発達することを考えればよく判ることだ。男性にも女性ホルモン受容体があるからこそ、女性ホルモンで乳房が発達するのである。
 さて本題の人工的な麻酔剤だ。
 麻酔作用を期待するには、何も体内エンドルフィンと同じ成分そのものでなくても良い。要は、この痛みを感じる組織中にある受容体が感応し、期待する作用を及ぼす成分であればいいのだ。科学的に論ずるならば、化学成分式に表されるところの、ある特定の塩基配列を持つということになるのだが……。
 細胞に作用する因子と、これに感応する受容体という関係から、本来体内に存在しない体外から入ってきた物質に対しても、一様に効果を発することを利用するもの。
 それが麻酔などの薬剤なのである。
 麻薬や覚醒剤が人体に及ぼす作用も、同様にして説明できる。
 では、阻害剤とは?
 麻酔や覚醒剤が効果を発するのは、それに感応する受容体があるからである。ならばその受容体を別の無害で長時間作用するもので先に埋めてしまえば、麻酔も覚醒剤も効果を発揮することなく、そのうちに体外に排泄されてしまう。アル中の人に麻酔が聞かないのも一種これのせいである。

 簡単に説明すると、受容体を別の無害な物質で、先に埋めてしまえ!である。

「……ということです」
 ぱちぱちぱち。
 と拍手しながら答える先生。
「正解だよ。さすがは薬剤師」
「からかわないでください。つまり、事前に阻害剤を投与していれば、覚醒剤を射たれても効果を発揮しないということですよね」
「そうだ。しかし、覚醒剤が効いているという演技が必要になってくるかも知れないがね。しかも任務を考えれば、身体を汚されることも容認しなければならないのは、君が妊娠阻害剤を求めるとおりに避けて通れないことだ。それでも君は、渦中に飛び込もうというのだね」
「はい。敬も理解してくれました」
「そうか……。彼も納得の上でというなら、これ以上何もいうこともないだろう」
「ご無理を言って申し訳ありません」
「任務決行の日がきたら事前にここに寄りたまえ、最善の薬を用意しておこう」
「ありがとうございます」


 朗報が持ち込まれた。
「響子の居場所が判ったぞ」
「ほんとう?」
「ああ。新庄町の富士マンションに閉じ込められている」
「早速、助けにいきましょう」
「当然だ、すぐに行くぞ。暴力団対策課と麻薬課の連中を張り込ませている」
「まだ、踏み込んでいないの?」
「捜査令状がまだ届いていないんだ。届き次第踏み込む」
「ああ、そんなことしているうちに……」
「しかし、法は法だ。警察官が法を破ったりはできん」
 とにもかくにも、麻薬取締部の同僚と共にそのマンションへ急行することにする。
「課長! いいですよね?」
「無論だ!」

 すでに日付が変わっていた。
 富士マンションの響子さんが囚われていると思われる部屋が見える隠れた場所で、車の中に潜むようにして張り込んでいるわたし達だった。
 その部屋のカーテンは締め切られていて、明かりは点いてはいない。
 今回の強制捜査に携わるのは、警察から麻薬銃器課の三人と暴力団対策課の四人、麻薬取締部からわたしを含めて四人、そして一般の制服警官が三十二人(主に交通課)である。
 そして取り仕切るのは麻薬銃器課巡査部長の敬である。
 三つの課を取りまとめ、合同捜査チームを結成させた彼である。
 生活安全局の副局長を説き伏せてしまう、その素早い行動力と説得力はさすがだ。
 さすがにわたしが惚れるだけのことはある。
 だが、肝心の捜査令状がまだ届いていなかった。
 令状がなければ、たとえ囚われていると判っていても踏み込むことはできない。
 しかも響子さんが人質状態では踏み込みのも簡単ではない。
 相手は暴力団だ。拳銃くらい所持しているはずである。
 決行は慎重かつ迅速に行われなければならない。
 やがて一人の捜査員が令状を持って現れた。
「令状が届きました!」
「よし! 踏み込むぞ。ただし監禁されている女性がいる。行動は迅速に、発言は慎重にだ」
「了解!」
 敬がてきぱきと強制捜査の手筈を組み立てていた。
 家宅捜査令状を持って部屋に入る班(麻薬取締官が担当)、逃走路を封鎖する班、交通規制を行う班、銃撃戦になった時の住民の避難誘導班などである。
「真樹は、響子さんを保護する担当だ」
 響子さんは一応女性である。(少なくとも外見上は……)
 女性であるわたしに保護担当が回ってくるのは当然である。
「巡査部長、あれを!」
 捜査員の一人がマンションの部屋を指差して叫んだ。
 あ!
 誰かが窓から身を乗り出している!
 しかも裸の女性だ。
「響子さんの部屋だ!」
 まさか!
 次の瞬間だった。
 ふわりと身を投げ出したその身体が宙に舞った。
 まっさかさまに落下してゆく。

 きゃあー!

 わたしは思わず悲鳴を上げてしまった。
 捜査員が駆け出してゆく。

 ドシン!

 鈍い大きな音があたり一面に響き渡った。
 バンの天井にめり込むように身体が沈み込んでいた。
 そうなのだ。
 丁度真下の路上にバンが違法駐車していたのだ。
「救急車を呼べ!」
 誰かが叫ぶ。
 責任者である敬が動く。
「ここはまかせて、麻薬取締官は部屋の方に急行してください。身投げを知って逃げ出されます」
「判った!」
 麻薬取締官達はマンションへと突入していく。
 捜査員はたくさんいるのだ。
 全員がその女性に関わってはいられない。
「交通課はただちに交通規制だ。一帯を通行止めにしろ!」
「了解!」
 交通課の警察官が無線連絡によって、道路封鎖のために配置に付いていた要員に指示を出す。
 付近一帯を通行止めにして現場に車両を進入させないためである。


 捜査員がバンの天井によじ登っている。
「生きているぞ! まだ息がある」
 すぐさま報告が帰ってくる。
「担架を持って来い! 脊髄を損傷しているかも知れない。担架に乗せて、ゆっくり慎重に車から降ろすんだ」
 担架が運び出されてバンの天井に上げられ、その場で脊髄に負担を掛けないように慎重に担架に移された。
「ようし、担架を水平に保ったまま、ゆっくり降ろせ!」
 わたしは呆然と見つめていた。
 身投げという事態に足がすくんでいたのである。
「真樹! こっちへ来い」
 敬が、わたしを呼ぶが動けない。
「真樹。聞こえないのか! おまえが見なくてどうする?」
 車から降ろされた裸の女性。
 ここには女性はわたししかいない。銃撃戦が想定される捜査に女性警察官は使えない。
 当然、彼女の介抱などはわたしの役回りとなる。
 敬の声に我を取り戻して、その女性のところに駆け寄る。
「ごめんなさい!」
 すぐさま身体に毛布を掛けて体温の維持を図る。もちろん裸を他人に見られないためでもある。
「響子さん?」
 その姿を見たことのないわたしは、敬に確認する。
「間違いない、響子だ……」
 この娘が響子さん……。
 血の気の引いた青ざめた顔。
 哀しい運命の性に振り回され続けている……。
「敬、これを見て」
 白い腕に残された痛々しいほどの注射跡。
「覚醒剤を射たれているな……」
「ええ……」
 最悪の状態に陥っていた。
 覚醒剤の魔性に操られ、それから解き放そうと自ら命を絶とうとしたのだろう。
「可哀想な娘……」
 涙が頬を伝わって流れてくる。
 どうしようもなく哀しくて仕方がなかった。

 銃撃戦に備えて付近で待機していた救急車がやってきた。
「真樹は、彼女についていけ! 後のことは俺に任せろ」
「判ったわ!」
 担架に乗せられた彼女と共に救急車に乗り込む。
 サイレンを鳴らして、救急車が発進する。
「センターどうぞ。飛び降り自殺の女性を収容。……脊椎損傷の可能性有り。行き先を指示願います」
 運転席の方から、東京消防庁災害救急情報センター(119番)に連絡を取っている声が聞こえてくる。
「待ってください。わたしの知り合いの病院があります。そちらへ搬送してください」
「救急指定病院ですか?」
「いいえ。違いますが、腕は確かです」
 彼女は、性転換している女性だ。
 一般の救急病院に搬送するのは後々問題が起きるに決まっている。
 生死の渕を彷徨っていたわたしを、奇跡的に助けてくれたあの先生のところしかない。
「黒沢産婦人科病院です」
「産婦人科? 場違いではありませんか?」
「彼女は特別な女性なんです。そこしか治療はできないんです。責任はわたしが取ります」
「判りました。では、場所を教えてください」
 住所を教える。
「センターどうぞ……。患者の収容先は、同乗した人物の指定先に決定しました。はい、ですから……」
 センターに行き先決定の連絡を入れている声。
 救急車は、一路黒沢産婦人科病院へと進路変更した。
 わたしは早速黒沢先生に連絡する。
 救急車内での携帯電話は禁物であるが、そうも言っていられない。
「斉藤真樹です。急患お願いします。飛び降り自殺で、脊椎損傷の可能性があります。さらに覚醒剤中毒の症状も見受けられます……」
 彼女の容態を詳しく説明していく。
『判った。至急に用意する。連れて来たまえ。裏の場所だ、判っているな?』
 連絡は取れた。
 後は一刻も早く病院へ到着するのを祈るだけである。

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響子そして(二十六)大団円
2021.07.30

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(二十六)大団円

 真樹さんは健児が落とした拳銃を、ハンカチで包んで拾い上げて、鑑識に手渡していた。そしてわたし達に警察手帳を見せた。
「警察です。みなさんから調書を取らせて頂きますので、このまましばらくお待ちください。現在この屋敷にいるメイドは全員、女性警察官にすり替えてありますので、そのつもりでいてください」
 そうか全員女性警察官だったのか、だから知らない人ばかりだったのね。
「こんなものが、鞄に入ってましたよ」
「注射器と……これは、覚醒剤だわ。これで奴の裏が取れたわね」
「三つの重犯罪で、無期懲役は確定ですね」
「そうね……」
 などと鑑識係りと話し合っている。
「でもこんな拳銃を持っているような容疑者がいる場所に、女性警察官を配備するなんて、もし真樹さんに何かあったらただじゃ済まないのに。報道機関が放っておかないわ」
「あはは、彼女はただの女性警察官じゃないよ」
「え?」
「彼女は、厚生労働省の麻薬取締官いわゆる麻薬Gメンさ。麻薬や拳銃密売そして売春組織を取り締まる、厚生労働省麻薬取締部と警察庁生活安全局及び財務省税関とが合同一体化して警察庁内に設立された特務捜査課の捜査官なんだ。女性しか入り込めないような危険な場所にも潜入する特殊チームの一員なんだ。さっきの弁護士に扮していたやつとペアになって、これまで数々の麻薬・拳銃密売組織や売春組織を壊滅してきたエージェントさ。だから地方公務員の警察官とは違うから、場合によっては危険な場所にも出入りするのさ。国家公務員II種行政と薬剤師の資格も持ってるぞ。響子の警護役も担っていた」
「信じられない!」
「さっきの詳細な調書も彼らが調べ上げたものだよ」
「そうだったんだ」
 救急箱を持った別のメイド姿の女性警官が近づいて来た。
「ちょっと傷を見せてください」
「まさか、あなたも麻薬Gメン……?」
「ふふふ。わたしはごく普通の女性警察官ですよ」
「あ、そう」
「一応傷口の証拠写真を撮らせて頂きますね。傷害と殺人未遂の証拠としますので」
 と、言ういうと鑑識の写真係りが、傷口の写真を撮っていった。
「お世話かけました。じゃあ、傷の手当をいたします」
 わたしの傷の手当をしながら言った。
「彼女、すごいでしょ? 例えば売春組織に潜入するにはやはりどうしても女性でなきゃね。何にしても女性なら相手も油断するしね。でも普通の女性警察官を捜査に加えるわけにはいかないから、彼女が送り込まれるの。射撃の腕も署内では、二番目の腕前なのよ。女性警官達の憧れの的なの」
 と、制服警官や鑑識官などに指示を出している真樹さんに視線を送りながら言った。
「一番目は?」
「さっきの弁護士に扮してた人が一番よ」
「そうなんだ……」
 真樹さんが近づいて来た。
「あたしのこと、あまりばらさないでよ」
 私達の会話が聞こえていたようだ。
「もうしわけありません、巡査部長」
 と言いつつも、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
 へえ……巡査部長なんだ……。しかも慕われているようだ。
 わたしの前にひざまずいた。
「怪我の状態は?」
「はい。かすり傷です。病院で治療するほどではありません」

「すみませんでした。こんな危険な目には合わせたくなかったのですが、奴の尻尾を掴むためには仕方がなかったのです。この現場のことだけでなく、自殺した時に関わった組織のことも合わせて伺わせていただきます。たぶん長くなると思いますので、今日は一端もうお休み下さい。明日改めてお伺いいたします」
 すくっと立ち上がって、
「済まないけど、響子さんを部屋に連れていって休ませてあげて、そして今夜一晩そばに付き添って泊まっていって頂戴、念のためよ」
「かしこまりました。巡査部長は?」
「今夜中に奴を吐かせてやるわ」
「色仕掛けで?」
「ばか……」
 こいつう、という風に女性警察官の額を軽く人差し指で小突く真樹さん。
 こんな事件の後は、思い出して脅えたり、恐怖心にかられる女性が多いそうである。そのために、被害者のすぐそばで介護する女性警察官が居残るのだそうだ。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました」
 敬礼をする女性警官。

「真樹さん。悪いが遺言状の確定を済ませたい。響子を休ませるのも、調書を取るのもその後にしてくれないか」
「仕方ありませんね……」
「響子、座りなさい。すぐに終わるから」
「はい」
 全員が席に戻った。連行されていった健児の席が虚しく空いている。
 祖父が厳粛に言い渡す。
「ちょっとしたアクシデントにはなったが、今の件で健児は相続人欠格者となったわけだ……。ともかく、響子が弘子を殺害に至った経緯には、少なからず健児の野望の罠にかかってしまったのは、明らかだ。もし健児が何もしなければ、弘子は今も生きており順当に儂の遺産を相続し、息子のひろしと幸せにくらしていただろう。この響子は、おまえ達の想像を絶する苦悩を味わい、生きていくために男を捨てて女にならなければならなかったのだ。それを判ってやって欲しい。一応おまえ達には遺留分に相当するだけの遺産を分け与えることにしたから、それで納得して欲しい」
「わたしとして全然貰えないよりましだわ。まあ、十億円あれば……あ、そうだ。弁護士さん、十億円だと相続税はいくらくらいになるの?」
「三億円を越えると一律に五割で、一億円以上三億円以下で四割ですね。もちろん基礎控除などを差し引いた額に対して課税されます」
「そ、そんなに取られるの? まあ、半分になっても五億円ならいいわ。正子は?」
 と最初に同意したのは、長姉の依子。それに答える次妹の正子が答える。
「そうねえ。わたしはどうせ長くないし、それだけあれば息子達も食べていくのには困らないでしょうし。美智子達はどうかな?」
 と、すでに亡くなっている長兄の一郎氏と次兄の太郎氏の子供達に尋ねた。
「遺産金は別にそれでもいいけどさあ。わたし、この屋敷で友達呼んでパーティーとか開いていたんだけど、これまで通りやらせてくれなきゃいやだわ。それさえOKなら承認してもいいわ」
 パーティーねえ……用は金持ちである事を、友人にひけらかしたいわけね。
「どうだ、響子? ああ、言っているが」
「構いません。どうせ一家族で住むには広すぎますから」
 一家族と言ったのは、もちろん秀治と結婚して生まれた子供と一緒に暮らす事を意味している。
「だそうだ、美智子」
「じゃあ、いいわ。承認してあげる」
「正雄はどうだ?」
「親父の子孫に十億円ということは、妹達と四人で分け合うんだろ。一人頭二億五千万円じゃないか。相続税払えば半分くらいになるかな……ちょっと足りない気がするんだが。美智子の方は一人きりで十億円だなんて、おかしいよ」
「何言ってんのよ。法律で決められているのよ。遺産を相続するのは叔父さんの兄弟であって、わたし達は死んだ親に代わって代襲相続するんだから、その子の数によって金額が変わるのは当然なのよ」
「ちぇっ。いいよ、どうせ俺には子供はいないし、それだけありゃ当面死ぬまで働かなくても食っていけるから。でもよお、美智子と同じく、屋敷と別荘は使わせてもらうからな。これまでそうだったんだ。いわゆる既得権ってやつを主張する」
「どうぞ、ご自由にお使いください」
「というわけで、お前達もいいな」
 と弟達に向かって確認する。
「べ、べつにいいよ。俺は」
「そうね……。おじいちゃんが響子さんに遺産を全額相続させるという遺言を書いた以上、貰えるだけましだわね」
「同じく」
 全員が納得して公開遺言状の発表が終わった。
「真樹さん。もういいよ。調書をはじめてくれ」
「わかりました」
「響子は部屋に戻って休みなさい」
「はい」

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