梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(四)家督相続
2021.04.29

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(四)家督相続

 各国の首脳を招待してのパーティーは当然、外交合戦の場ともなる。あちらこちらで各国首脳達が言葉を交わし、活発な外交を進めていた。
 とはいえ、今日の一番の相手は十六歳となったばかりの梓であった。ひっきりなしに各国首脳が言葉をかけてくる。
 それもそのはずで、十六歳となった今日のこの日をもって梓は成人するのだ。
 パーティーも盛況のクライマックス。
 渚が設えた壇上にのぼって、出席者全員に向かってスピーチを始めた。
『みなさん。娘の梓の十六歳の誕生日にお集まり、まことにありがとうございます。
 ご存じの方も多いかとおもいますが、真条寺家は女系の家系で、代々女子が家督を継ぐことが家訓に取り決められております。すなわちわたくしは母である響子から十六歳の誕生日にこの家督を受け継ぎました。
 そして今日のこの日。我が娘の梓も十六歳の誕生日を無事に迎えることとなりました。アメリカのほとんどの州、及び日本では法律上でも結婚を許されおり、もう立派な大人の仲間入りをしたと言ってもよろしいでしょう。わたくしは、今日この良き日に、この梓に真条寺家の家督長の地位を譲ることにしました』

 おお!

 というどよめきが湧き上がった。
 世界に冠たる真条寺グループの総帥たる、その家督を引き継ぐ新しい風。
 ここに集まった多くの首脳たちの多くが、その発表を見届けるために、今日のこの日をスケジュールを明けて待っていたのである。
『グループ企業の新しい名前は、アズサフィナンシャルグループとします。梓は、グループを統括運営する財団法人「Azusa Foundation Corporation」、略称AFCの代表に就任します。当面の間、わたくしが、相談役として梓をサポートする予定です』
 招待された人々の反応は様々であった。
 新しい風を歓迎する者、十六歳という若さに先行きを心配する者、それぞれの考え方があるだろう。
『十六歳で家督長を譲られるとはねえ』
『俺は、正しい判断だと思うよ。天使のような優しさと、女神のような美しさを兼ね備えた我らがお嬢様だ。傘下企業三百二十万人にも及ぶ従業員のトップとしての資質は充分あると思うね』
『まあ、従業員達の評判や人気の度合からいっても、渚様より梓様のほうが上だからなあ。パーティーの招待者の出席率は、梓様が出席するというだけでぐんと跳ね上がる』
『ああ、そうだとも』

『梓、ちょっと来なさい』
 手招きする母親のそばには、米国大統領と体格の良い米国軍人将校らしき人物がたっていた。
『大統領は知っているわね』
『はい。はじめまして、梓です。大統領』
『いやいや。三歳の頃に一度お会いしてるんですよ』
『え? そうなんですか』
『ええ。私がまだ上院議員だった頃です。その頃も可愛かったですけど、十六歳になられて一段とお奇麗になられましたね』
『あ、ありがとうございます』
 引き続き隣の人物を紹介する渚。
『こちらは、米軍太平洋艦隊司令長官のトーマス・B・ファーゴ海軍大将』
 母親が紹介し、梓も応答した。
『はじめまして、梓です。お忙しいなかわざわざご足労いただき、ありがとうございます』
『そういえば、梓さんは、日本の高校に留学なされているんでしたね』
『はい。ジュニアスクール卒業までニューヨークにいましたが、今は日本に留学しております』
『長官には、日頃から大変おせわになっているのよ。梓、真条寺家所有の船舶の中に、原子力潜水調査船があるのは知っているわよね』
『はい。伺っております。ハワイ・パールハーバーを母港として、原子炉の整備点検や核燃料の交換など、米海軍の施設と技術要員をお借りしています』
『その通りです。長官には、その手続きを通して大統領の許可を頂くまで、随分と骨を折っていただきました』


 突然パーティー会場で騒乱が沸き起こった。
 見ると、慎二が招待されていた若者と口論していた。
『慎二!』
 驚いて駆け寄る梓。

「いやあ、こいつ日本人で日本語を話せるくせに、英語ばかりで話しかけやがってよ」
「当たり前じゃない。ここでの公用語は英語なのよ」
「ああ、知ってるさ。で、意味が判らないから絵利香ちゃんに翻訳してもらってたら、聞き捨てならないことを言いやがる」
「なんて?」
「どうやって梓ちゃんに言い寄ったんだ? とか、手ぐらい握ったんたのか? とかさ。果ては下賎の身でよくもやってきたものだ。とか、言いやがった」
「本当なの?」
 翻訳係の絵利香に確認する梓。
「慎二君の言ったとおりだわね」
「で、こいつが誰か知ってるか?」
 慎二が若者を指差して尋ねている。
「まあね……」
 あまり気分よさげではなさそうな表情の梓。
「誰?」
「かみじょうじ家ゆかりの西園寺俊介」
「かみじょうじ家じゃない! 神条寺家だ! しんじょうじと読めよ」
 英語会話していた相手が、興奮して日本語で反論する。
「どっちだっていいじゃない。区別するのに都合がいいんだから」
「早い話、どういう関係なの?」
「さあね……かみじょうじの方で、勝手にあたしの婿候補を送り込んできているという噂は聞いてはいるけどね。その一人なんじゃない?」
「婿候補?」
「そう。神条寺家ではさあ、本家であることを鼻にかけていてさあ。何かと因縁つけてくるのよね。分家の婚姻を仕切るのは本家の特権とかいってさあ。真条寺家では、とっくに縁を切っているはずなんだけど」
「つまり本家と分家の争いに巻き込まれたってことか」
「さっきから聞いていたら、さんざ悪口ばかり言いやがって。神条寺家では分家の存在など認めていない! 過去に本家から資産の半分を横取りしてアメリカに逃げてきたんじゃないか。資産を返還し神条寺家の傘下に入るのが尋常だろう」
「へえ。梓ちゃんのご先祖って、本家から資産を横取りしたの?」
「おまえはあほか! 以前話してやったことをもう忘れたのか?」
「うーん。覚えていないなあ……」
 頭を抱えて思い出そうとしているが、
「すっかり、忘れたな」
「まったく。真条寺家は、昔々に双子として生まれた一方の娘が、神条寺家から資産分けしてもらい、アメリカに渡って興した家系だよ。横取りしたんじゃないわい! その時に一緒について来てくれた大番頭が竜崎家と深川家で、麗華さんと恵美子さんはその子孫というわけ。どう、思い出した?」

「そういえば……そんな話を聞いたような……」
 梓の解説と、俊介のそれとを比較しながら感想を述べる絵利香。
「そうね。それぞれの家系が自分の都合の良いように解釈するのは良くあることだわ」
「ようするに負け惜しみのひがみ根性が染み付いているというわけか」
「君、無礼だぞ!」
 片方の手袋を脱いで、慎二の顔目がけて投げつける俊介。

「決闘だ!」

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梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(三)出発
2021.04.28

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(三)出発

 空港。
 尾翼に真条寺家の紋章、機首にはアメリカ国旗の描かれた専用機が停泊している。
 機内、仲良く並んで座っている梓と絵利香。その前に座っている篠崎良三と花岡一郎{篠崎重工専務}もにこやかに笑いながら二人と談笑している。彼らを接待しているのが麗香と梓専属のメイド達。
 窓から外を眺めていた梓が、声を上げて立ち上がった。
「あ、あの野郎!」
 慎二が送迎車に乗ってこちらに近づいてくるのが見える。
 絵利香が何事かと窓をのぞいて言った。
「なに? あ、慎二君だ」
「なんで、慎二がいるんだ。アメリカに行くの秘密にしていたのに」
「わたしは、しゃべっていないからね」
「沢渡さまは、渚さまがご招待されました」
「お母さんが?」
 やがて機内に慎二が入ってくる。
「よお、みんな揃っているな」
 慎二は良三の隣、絵利香の正面に腰を降ろす。
「慎二君。君が招待されていたなんて知らなかったな」
「あはは……。篠崎さんこそ、重役お二人が同時に会社を留守にしても大丈夫なんですか? 社長と専務ですよね」
「副社長の健四郎叔父さまが残っているから大丈夫よ。社長の地位をお父さんから引き継ぐためにアメリカ事業本部から帰ってきたばかりだけど」
「引き継ぐって……社長、引退しちゃうの?」
「引退はしないよ。母体企業である篠崎重工を含めた、グループ各社を統括する篠崎コンチェルンを立ち上げることになってね、その会長に就任するんだ」
「花岡さんも、新しく設立する篠崎重工アメリカの社長になることが決まっているのよ」
「まあ、そういうわけだけど。我々がアメリカに行くのは、コンチェルンのニューヨーク本社ビル建設用地の下見にいく用もあるのだよ」
「あ、その用地は、お母さんがブロンクスに所有している土地を提供したのよ。真条寺グループとの共同本社ビル建設ということにしたのよ」
「そうね。しかも篠崎デパートとホテルもある超高層複合ビルなのよね」
「あれ? ところで、お父さん達、どうして慎二君のこと知ってるんですか?」
「あ、いや。とある建設会社に建設機械などの重機を納入した際に、たまたまそこでアルバイトしていた慎二君に知り合ってね。彼、重機のオペレーターやってるから、使用説明とかがあるだろう」
「それに建設機械の運転免許を持っていない彼が、どうして重機を動かしているのか、気になって説明を聞いていたしね」
 篠崎氏と花岡氏が解説したが、何事か隠し事をしている雰囲気であった。
「そういうこと」
 慎二が同意する。
 実は、実父の建設会社でアルバイトしている事は、父にも内緒にしているということで、その身分も、絵利香達には秘密にしてもらいたいと、慎二が頼んでいたのであった。
「でも、社長であるお父さん達が直接出向いて行く会社って、よほど大きな会社ということ?」
「いや違うよ。そこの社長とは大学では机を並べて勉強した間柄でね。まあ、親友とまではいかないが、親しく付き合っているよ。そんな関係から、建設機械の導入も社長から相談を受けて、私が直接担当していたんだ」
「へえ、意外なところに繋がりがあるものね」
 確かに、人生どこで誰と繋がっているのかは神のみぞ知るである。


 ジャンボジェットはあっというまにアメリカへ到着する。
 着陸先は真条寺家の財力を注ぎ込んだ私設国際空港。
 私設ながらも、すぐ近くにあるジョン・F・ケネディー空港に勝るとも劣らない、国の入出国管理局や税関そして検疫施設などもある、正式に国際的に認められた空港である。
 その空港に、次々と各国政府専用機が発着を繰り返している。
 もちろん梓の十六歳の誕生日を祝う各国の親善使節が乗り合わせているのだ。
 自国で専用機をチャーターできない国家や個人には、真条寺家の自家用機で送り迎えの用意がしてある。
 空港からは、アメリカ本国に入国する一般のゲートの他、真条寺家の屋敷に通ずる直通ゲートがある。
 直通ゲートを通るには二種類の方法がある。
 入出国管理局で正式に手続きして入国する場合。
 仮上陸許可証を受けて臨時的に真条寺家や隣接の国際救命救急医療センターに来訪する場合。但しこの場合は、真条寺家の敷地内から外へ出ることはできないことになっている。慎二が以前に医療センターに運ばれた際や、今回の真条寺家訪問はこの制度を利用したのである。
「ここへ来るのは二度目だけど、相変わらず大きな屋敷だなあ。こんな大きな屋敷に住んでいる主は、梓ちゃんとお母さんの二人だけで、後の数百人に及ぶ人間は全員使用人だもんな。信じられないよ」

 梓の十六歳の誕生祝賀会が盛大にとりおこなわれることになった。

 次々と真条寺家に集まってくる人々。
 各国の政府代表・首脳はもちろんのこと、分家の傘下にあるグループ企業や主要取り引き企業のトップ達も招待されていた。もちろんその中には篠崎重工も含まれている。
 屋敷内に用意された客間で、カクテルドレスに着替えた絵利香が歩み寄ってくる。
『改めて、お誕生日おめでとう、梓ちゃん』
 その梓も、この日のヒロインにふさわしい豪華なカクテルドレスを身に纏って、来客達の挨拶を受けていた。
『ありがとう、絵利香ちゃん。今日は楽しんでいってね』
 ここでの公用語は英語となっている。自然に英語で会話をする二人。
『で、慎二君は?』
『相変わらず食ってるよ』
 と梓が視線を移す先には、立食パーティーのテーブルに並べられた豪華な食事にかぶりついていた。
『あはは……。何も言えないわねえ』
『他人の振りするに限るね。なんでお母さんが呼んだのかは知らないけどね』
『命の恩人だからでしょう?』
『たぶんね』

「ほへえ! ニュースでよく見る人物が一杯いるぜ! あいつはロシア大統領、であいつがフランス大統領、英国皇太子に……豪華な顔ぶれだ!!」
「ここは一種の大使館的存在で治外法権が適用されているんだよ。アメリカの警察も軍隊も、許可なく敷地内に入ることはできないんだ。だから仮にアルカイダのオサマ・ビンラディン氏が潜伏していても捕らえることはできないのさ」
 英語を話せない慎二のために、日本語で答える梓。
「まさか本当に潜伏してないだろうな……」
「いるわけないだろう。たとえで言っただけじゃないか」
 さて治外法権であるが、外交使節や国家元首、当該国家の許可を得て領土・領海内に入った軍隊や軍艦、国際司法裁判所の裁判官や国際連合の事務局長や事務局首脳とその家族に対しても治外法権が認められているのは周知の通りである。
 真条寺家がどのようにして治外法権の権利を得られたかは、実際のところ謎とされている。国際空港や国際救急救命医療センターをその敷地内に有しているからという説や、莫大な税金を納め国家を揺り動かすことのできる闇の大統領府としての存在を認めさせた経緯説などがある。
 前者の説が自然な流れであろうが、後者にしても真条寺渚が米国大統領や太平洋艦隊司令長官と懇意である事実がその信憑性を高めている。

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梓の非日常/第二部 第一章・新たなる境遇(二)ディナー
2021.04.27

続 梓の非日常/第一章・新たなる境遇


(二)ディナー

「そうねえ……」
 と考えてから……。
 絵利香はボーイを呼び寄せて何事か相談していた。
「少々、お待ちいただけますか? 支配人にお話を通してみます」
 丁重な態度で用件を確認してボーイがホテルに戻っていく。
「なに、相談してたの?」
「いえね。このホテルには結婚式場があるじゃない。来客用の貸衣装とか借りられないかと思ってね」
「へえ、貸衣装があるんだ……」
「ホテルなら大概あるんじゃない? レストランにだって、ウェイトレスが粗相して客の衣装を汚してしまった時のために、ちゃんと用意してあるよ」
「そうなんだ。便利だね」
 やがて支配人がやってきた。
 依頼人が、ホテルのオーナー令嬢である絵利香だから、支配人自ら直接出向いてきたのである。
「絵利香お嬢さま。ようこそおいで下さいました」
「こんにちは、お邪魔してます」
「お話をボーイから承りました。お召し物の件はこちらでご用意させていただきますので、ご安心くださいませ。お料理の方も、十分吟味致しましてご満足頂けるものをお出しいたします」
「ありがとう。お願いしますね」
「どう致しまして。それではお食事のご用意が整うまでホテルでおくつろぎくださいませ」
 深々とお辞儀をして戻っていく支配人。
「やっぱりいいね。お嬢さまか……心地よい響きだよね」
 この頃には、梓と絵利香が富豪令嬢であることは、クラスメートや知人にはとっくに知れ渡っていた。ロールスロイスで通学したり、親睦旅行でのことを考えればすぐに気がつく。

 その後プールからホテルのレストランに移動して、慎二の快気祝いの食事会となった。
 各人、ホテルの貸衣装室で思い思いのドレスを着込んでいる。
 熱傷で何ヶ月も意識不明の重体だったとは思えないほどの、見事な食べっぷりを披露する慎二。
「いつもながら豚並みの食欲だなあ」
「そうねえ。せっかくのタキシードが泣いてるじゃない」
「服で食べるんじゃないだろう」
 食べ物を頬張ったまま喋る慎二。
「だったらタキシードなんか着なきゃよかったのに」
「一度着てみたかったんだよ。これ」
「馬子にも衣装という言葉は、慎二君には合わないわね」
「ほっとけ!」
 そんな慎二とクラスメート達の会話を黙って見つめている梓。
「おとなしいのね」
 絵利香が囁くように語り掛けてくる。
「そうかな……」
「だいぶ気にしているわね。負い目とも言ってもいいのかしら」
「なんでそうなるのよ」
「そうじゃない」
「おーい。絵利香ちゃん、次の皿はまだなの?」
 マナーとかの持ち合わせもない慎二に、周囲の他のお客がくすくすと笑っている。
「相変わらずね。慎二君は、一人前じゃ足りないでしょ。いいわよ」
 というとウェイターを呼び寄せて、もう一人前プラスして都合二人前を慎二に出すように指示を出している。ホテルのオーナー令嬢だからこそできることだった。
「サンキューね」
 食べているときが一番幸せという表情で、もう一人前の皿に舌なめずりしながら、フォークとナイフをすり合わせてから、手をつけはじめる慎二。
 命の恩人とはいえ、こういう常識知らずな面を見るにつけ、このまま付き合っていてもいいのだろうかと煩悶する梓だった。
「まあ、こういうところが慎二君のまたいいところじゃない。天真爛漫で嘘偽りのない正直な性格をまんま出しているんだから」
 と絵利香は、慎二をアフターフォローするが、梓にはいまいち納得できないでいる。
「そうなのかな……」
「そうそう」
 なんにせよ、慎二とはこれからも付き合いを続けていくのだろう。


 ニューヨーク・ブロンクスにある真条寺家本宅。
 当主である渚の執務室の電話が鳴る。
 渚専属の執事の深川恵美子が相手先を確認する。
『お嬢さまからのTV電話が入りました』
『はい』
 渚が机の上のコンソールを操作すると、右手の壁際にするするとパネルスクリーンが降りてきて、梓が映しだされて話し掛けてくる。
『お母さん、ただいま』
 その画面に向かって応える渚。
『お帰り、梓』
 梓は制服姿のままである。屋敷に帰ってきてすぐに連絡をいれてきた証拠である。その姿勢が母親としてはうれしいものだ。
 本宅と別宅に別れた状態で、ただいまにお帰りというのは実際には変な気もするが、母娘の間には、遠く離れた地にあっても、心が通じ合っていれば矛盾は感じていない。
『それで慎二ったらね……』
 梓は、今日一日に起きた事柄を、逐一報告している。男性である慎二という存在も包み隠さず話してくれる、母親としては思春期にある娘の気持ちも察して、決していぶかることなく真摯に梓の話しに耳を傾けてあげている。

『最近のお嬢さまは、ほとんど毎日のように慎二君の事を話されていますね。それも本当に楽しそうにです』
『そうね。正直に話してくれるのは、母親としては嬉しい限りだけど。やはり年頃の娘を持つ親としては、少々心配だわ』
『このままの関係が続けば、お嬢さまは、彼を真条寺家の婿としてお選びになりそうな予感がします』
『これは一度、その慎二君とやらに直接会って話し合ってみる必要がありそうね。いくら命の恩人だからといっても、それがトラウマとなって相手の真の姿を見失っているのかも知れない。麗香さんにしても、あまりにも近くに寄り過ぎているから、正確な判断を下せないでいるだろうし、ここは第三者の目で冷静に観察すれば真実も判るでしょう』
 慎二が国際救急センターに移送されて集中治療を受けていた際、渚も面会に訪れてはいたが、相手の容体を考慮して短く挨拶しただけであった。
 そしてある程度快復すると共に、再び日本の生命科学研究所へと移っていった。
『お嬢さまのお誕生日に、お呼びしたらいかがでしょうか。お嬢さまもこちらにいらっしゃることですし』
『そうしましょう。早速、麗香さんに連絡して』
『かしこまりました』

 慎二のアパート。
 渚から直接指示を受けて慎二を招待するために尋ねたのである。
 麗香がアパート名を確認して、階段を登りはじめる。
「こういう所に来るのははじめてね」
 世話役として梓と共に暮らすようになって、財閥令嬢の優雅な世界にどっぷりと浸かっている麗香には、一般庶民の生活に触れるのはこれが最初の出来事となる。
 同じ人間でも生まれた環境によってまるで生活を隔たれてしまう。かたや財閥のお嬢さま、かたやアパート住まいの一般庶民。雲の上の存在と、地を這いずりまわるもの、本来なら接点すら有り得ないはずなのに、なぜか神はいたずらをする人間交差点。
 命を投げ出して梓を助けだしたあの長沼浩二という男、しかもその男は当時中学生だった沢渡慎二という少年に男の何たるかを教えた。彼が、梓と慎二を引き合わせたのは、間違いのない事実であろう。麗華の知らないところで神は悪戯をしているようだ。
 そして今、梓と慎二の関係に新たなる予兆が始まろうとしている。
「ここね」
 203号室。確かに沢渡というシールが貼られている。
 ドアをノックする麗香。
「開いてるよ」
 と中から慎二の声が返ってくる。
 入っていいということかしら。
「失礼します」
 ドアを開けて、部屋の中に入る麗香。

 そこは安アパートのどこでもありそうな、作り付けの一畳程度の台所と四畳半の居間の二部屋のみ。1Kとも呼べないおそまつな間取りであった。とは言っても1Kという言葉自体、麗華が理解できているかは疑問であるが。仮に5LDKだっとしても狭いと感じるだろう。
 折りたたみ式の食卓を部屋の中央に置いて、カップ状の容器から麺状のものを、割り箸で口へ運んでいる慎二。
「もしかして今食べてらっしゃるのは、カップラーメンとかいうものではないですか?」
「そうだよ。って、カップ麺も知らないの?」
「はい。食事は、料理人達が作ってくれるものを、毎日頂いていますから」
「つまり自分で料理したこともないのかな?」
「いいえ。ニューヨークで梓お嬢さまと寮暮らしをしていた頃は、ちゃんと自分達で料理はしておりましたが、カップラーメンの存在は知りませんでした」
「寮生活で料理していたと言ったって、どうせブルジョアの生活だろう。毎日の食卓には、それこそフォアグラだのキャビアだのが並んだりしたんだろな。ま、そこまではいかないにしても、生活費は全部母親からもらっていたんだ。毎月いくらいくらの予算内でやりくりしなきゃならん俺達庶民の生活は知らないんだ。だからカップ麺のことを知らないんだ。このカップ麺がいくらするか知ってるか?」
 素直に首を横に振る麗香。
「このカップ麺が一個、七十円台から高くても二百円台だよ。これ一個で毎度の食事が済むんだ」
「そ、そんなに安いのですか?」
「まあね。それでそのブルジョアの方が、庶民の部屋に何のようかな」
「え? あ、はい。実は……」
「あ、ちょっと待って。全部食ってから聞くことにする」
 いきなりカップ麺を胃の中へかき込む慎二。物珍しそうにその光景を眺めている麗香。そばにあった未開封のカップ麺の容器を手にとり、説明書きを読んでいる。
 ……熱湯を注いで三分で食べられるのね。こんなものがあったんだ……
 最後の汁を飲み込み終えて慎二が口を開いた。
「さてと、さっきの続きを聞こうかな」
「あさってが、お嬢さまのお誕生日なのですが、ご存じでしたか?」
「え、そうなの? 知らなかったよ。教えてくれなかったものな。ということは、十六歳になるんだ」
「はい。それでニューヨークのブロンクスの本宅で、お誕生パーティーを開きます。そのパーティーに沢渡様をご招待することになりました」
「ありがたいけど、俺パスポートとか持ってないから、アメリカに行けないよ。今から申請したって間に合わないんじゃないか?」
 ハワイから強制送還を受けたことを思い出していた。
「アメリカ大使館で特別入国許可証を発行してもらいます。すでにアメリカ政府{入国管理局}の事前承認を得ておりますので、大使館で簡単な質問に答えて頂けるだけで済みます」
「あんたら、何者なんだ。アメリカ政府にコネでもあるんか」
「渚さまを甘く見てはいけませんよ。アメリカ政府どころか、世界の経済の行く末を握ってらっしゃるのですから」
「そうなの?」
「ともかく、今日中に申請に必要な書類を手に入れて頂きます」

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