特務捜査官レディー(十六)生活安全局局長
2021.07.20

特務刑事レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十六)生活安全局局長

 生活安全局とは。
 拳銃などによる犯罪を取り締まる「銃器対策課」
 覚醒剤などの薬物の乱用・密売などを取り締まる「薬物対策課」
 その他、住民の生活に関わる全般的な犯罪などに対処する部署である。

 通路の一番奥まった所にその局長室はあった。
 この際遠慮などいりはしない。
 面会の予約など糞食らえだ。
 構わずドアを開けて中に入る。
「何だ、君は?」
 敬の顔を忘れているようだった。
 所詮、一警察官の事など眼中にはないというところか。
 多少なりとも覚えておいて欲しかったものだ。 
「もうお忘れですか?」
「ん……?」
「二年前に、麻薬銃器の捜査研修目的でニューヨークに出張を命じられた沢渡敬ですよ」
 さすがにそこまで言われると思い出さざるを得なかったようだ。
「さ、沢渡だと!」
「殉職したと思いましたか?」
「そういう報告をニューヨーク市警から貰っている。遺体は組織の手で処分されたと……」
「そうですねえ。殉職したあげくに、闇の臓器密売組織に渡った……でしょう?」
「そ、そうだ……」
「しかし、私は生きてここにいます。特殊傭兵部隊に紛れ込んで命を永らえたんです」
「傭兵部隊だと?」
「人質事件救出の突撃隊や要人警備の狙撃班として駆り出される部隊ですよ。おかげで狙撃の腕はプロフェッショナルになりましたよ。そうだ! 一応報告しておきましょうか。沢渡敬は、ニューヨーク市警における麻薬銃器捜査研修の出張から戻って参りました」
 と、敬礼をほどこしながらとりあえずの報告を終わる。
「ああ……。ご、ごくろうだった」
「戸籍回復、及び職務復帰手続きとかを課長がやってくれるそうです」
「そうか、私からも言っておくよ」
「そりゃどうもです」
「佐伯君はどうなんだ?」
「亡くなりましたよ。私の目の前でね」
「残念だったな」
「そうですね。やっかいな二人のうちの一人を処分できたんです。黒幕は少しは安堵したことでしょう」
 黒幕という言葉を使って、やんわりと核心に触れる敬。
「黒幕とはどういうことだ?」
「言葉通りですよ。俺達の命を狙った犯行の首謀者のことですよ」
 敬の思惑を測りかねて口をつむぐ局長。
 軽率な発言をすれば揚げ足をとられるとでも思ってのことだろうと思う。
「それからニューヨーク市警の署長は、何者かに狙撃されて死んだそうですね。ぶっそうですよね。ニューヨークってところは。毎日どこかで殺人が起きているんですから」
 その口調には、それをやったのは自分だという意思表示が現れていた。
「ああ、お忙しい身でしたよね。今日のところは、これでおいとましましょう。これから家に帰って、両親に無事な姿を見せてやりたいですから」
「わかった。気をつけて帰ってくれ」
「それでは、突然押しかけて申し訳ありませんでした。一刻も早く報告しようと思ったものですからね。では、失礼します」
 敬礼して、くるりと踵を返し、部屋を退室する敬だった。
「気をつけて帰ってくれか、よく言うぜ」
 吐き捨てるように言いながら、
「さて、局長が刺客を手配する前にとっとこ帰るとするか」
 と足早に局長室を後にした。


 待ち合わせの場所で合流する。
「へえ、局長の慌てふためく様を見たかったな」
「俺が狙撃のプロ集団である特殊傭兵部隊にいたことや、ニューヨーク市警狙撃事件のことを話したからな、自分もいつ狙撃されるかと冷や冷やしているかもな」
「罪な人ね。その気はないんでしょ?」
「ニューヨークの事は、おまえが死んだという報告書をみての復讐だったからだ。あの頃は心が荒んでいたからな。正義感もどこへやらだった。しかし生きているなら罪を重ねる必要はないさ」
「うん。わたしはあなたが人を殺すところを見たくないわ」
「しかし、俺の手は血に汚れてしまったからな。あの時以来……」
「わたしが、元の敬に戻してあげるわ。大丈夫よ、愛があればね」
「そうか……」
「あら、わたしの言うこと信じてないわね」
「信じてはいるけど……」
「もう弱気ねえ。じゃあ、こうすればどう?」
 というなり、いきなり敬に抱きつく真樹。
「お、おい。人前だぞ」
 通行人が二人を怪訝そうに見ながら通り過ぎていく。
「気にしないわ。恋人同士なら恥ずかしがることない」
 そして唇を合わせてくる。

「どう? これで信じてくれる?」
 長い抱擁の後に、潤んだ瞳で囁きかけてくる真樹。
「わたしは、どんな時でも敬を信じているわ。ニューヨークの街角で逃げ惑いながら、凶弾に倒れても、
『いいか、おまえも最期の最期まで、生きる希望を捨てるなよ。簡単に死ぬんじゃないぞ、俺が迎えにくるのを信じて、命の炎を絶やすんじゃない』
 と言ったあなたの言葉を信じて、必死で生き延びようとした。だから奇跡の生還を果たすことができたの。先生もほんとにおどろいてらっしゃったけど」
「黒沢先生か?」
「そうよ。この愛であなたの心を癒してあげる」
「わかったよ。真樹の言うことを信じるよ」
「うん……」
 生死の境を乗り越えて生き延びてきた二人に、障害というものは存在しなかった。

 数日後のことである。
 駅近くで落ち合う二人。
「ご両親はどうだった?」
「あはは、生きて俺が帰ってきて、目を丸くしてた。でも涙を流して喜んでくれたよ」
「でしょうね。心配掛けさせたんだから、これからはちゃんと親孝行しなくちゃ」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「う、うん……」
「どうした? 気乗りがなさそうだな」
「ほんとにいいの?」
「当たり前じゃないか。交際するなら、ご両親にちゃんと挨拶するのが筋だろう。大切なお嬢さまなんだからな」
「お嬢さまか……」
 今日は、真樹の両親に敬が会いに行く日であった。
 交際していることを正式に了承してもらおうというわけである。
「だいたいからして、俺は警察官なんだぜ。影でこそこそやるのは嫌いだ」
「そうだよね」
 最近の警察官の不祥事は頻発しているが、この敬という男は根っからの正義馬鹿と呼ばれるほどの性格をしている。だから交際するにもちゃんと両親の承諾を受けてからと考えているわけである。
「昇進もしたしね」
「うん……。良かったね」
 ニューヨーク研修を無事終了したという事で、敬は巡査部長に昇進していた。
「局長は何か動いてる?」
「いや、まだ表立った行動は取っていないようだ。ニューヨークから無事に帰還したことと、傭兵部隊で腕を磨いたということで、用心しているんじゃないかな。でも水面下では用意周到に手はずを整えているかも知れない。闇の中で蠢く溝鼠のようにね」
「たぶんね」

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響子そして(十五)一同に会す
2021.07.19

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十五)一同に会す

「お姉さん、社長がお呼びよ」
 その日の仕事を終えて、私服に着替えていると、わたしの事をお姉さんと慕う里美が、知らせに来た。
「社長が?」
 社長と言えば、わたしを覚醒剤から解き放し性転換手術によって真の女性にしてくれた産婦人科医にして、製薬会社社長黒沢英一郎氏のことだ。
「英二さんのとこにいた由香里も呼ばれたらしいわ」
「姿が見えないと思ったら、英二さんと一緒だったのか。お熱いわね」
「わたしも呼ばれてるから、三人娘揃いぶみね。何かあるのかなあ」
「以前英二さんに三人揃って食事に呼ばれた時は、由香里へのプロポーズだったわよね」
「もしかしたら、わたしかお姉さんのどちらかにお見合いの話しだったりしてね」
「お馬鹿言わないでよ。そんなことないわよ」
「うーん……。だとしたら、順番からしてお姉さんが先ね」
 聞いてない……。

 社長室に入ると、先に由香里と英二さんがいた。そして見知らぬ青年が一人。
「全員揃ったようだね……」
「親父……じゃなかった。社長、一体何のようだよ。俺達を呼び出して」
「響子さんに、お見合いの話しを持ってきたんだ」
「ええ? わたしがお見合い?」
 わたしは驚いた。
「ね、やっぱりでしょ」
 と、里美がわたしの小脇をつつく。
「申し訳ありません。以前にもお話ししました通り、わたしは結婚する意思がありません。お断り致します」
「どうしてだ。いい話しじゃないか」
 わたしは、社長さんの行為が納得できなかった。わたしの過去をすべて知っていて、その気持ちは理解してくれていると思っていた。明人以外の男性とはもう二度と交際するつもりはない。
「社長さんと、その男性の方とは、どういう関係なんですか?」
「実はこのひと、わたしの長男といったところだ」
「長男って……。まさか実は元は女で、性転換したってわけじゃないだろうな」
「まさか。わたしは、女にする手術はやるけど、男にする手術はやらないぞ」
「だったら何だよ」
「このひとは、脳移植されて生き返ったのだ」
「脳移植?」
「そうだ。身体は無傷だけど脳死状態に陥った患者Aと、身体は死んでしまったけどまだ脳は生きていた患者B。患者Aの身体に患者Bの脳を移植して蘇生させたのだ。戸籍的に患者Aが生き返って、患者Bは死んだことになってる。身体は患者Aだけど、心は患者Bなのだ」
「真菜美ちゃんと同じ事をなさったのですね」
 そういえば真菜美ちゃんは、呼んでいないようだ。結婚とかいう話しにはまだ早すぎる。もうじき十七歳のまだ子供だ。
「そうなだ、そのまま放っておけば二人とも死んでいたけど、脳移植で片方だけを生き返らせた。念のために二人とも男性だ」
「それで、生き返ったその人とわたしを一緒にさせようというのですね」
「その通りだ。一応我が社の営業部で働いてもらっている。年齢的に響子さんにぴったりだから、お見合い相手にどうかと呼んだ。いきなりの直接面談でびっくりしたかもしれないが。響子さんにはとってもいい話しだと思うぞ」
 とんでもないわ。
 いきなり見ず知らずの相手となんか……。
「何度も申しますが、わたし結婚する意思がありませんから」

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特務捜査官レディー(十五)敬の復職
2021.07.19

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)


(十五)敬の復職

 某県警玄関前。
 さっそうとした身なりで敬が、そのスロープを歩いて玄関に入ろうとしている。
「帰ってきてやったぜ」
 ふと立ち止まって県警のビルを見上げながら呟く敬。
 万感の思いがよぎる。
 実に二年ぶりの登庁であった。

 生活安全局薬物銃器対策課のプレートが下がっていた。
「以前は薬物と銃器対策課は別だったんだけどな……」
 まあその方が捜査には便利である。
 報道関係から不祥事叩きを受けている警察も、ニュースにならないように、少しは改善しようという風潮がはじまっているというところであろう。
 おもむろにドアを開けて中に入っていく。
 中にいた警察官達の視線が集中する。
「う、うそっ!」
「まさか、冗談じゃないだろ!」
 敬の顔を知っている同僚が驚きの声を上げた。
 そりゃそうだろうね。
 殉職したことになっている人間が現れたのだから。
「か、課長! 沢渡です! 沢渡が戻ってきました!」
 書類に目を通していた課長にご注進する同僚。
「さ、沢渡……」
 課長も驚きは同じだった。
 唖然とした表情で、口に咥えていた煙草をぽろりと落としても気づかない。
「課長。沢渡敬、ただ今ニューヨーク研修から戻って参りました」
 一応儀礼的に挨拶をする敬だった。
「あ、ああ……ご、ご苦労だった」
 つい釣られるように答える課長。

 一斉に同僚が集まってきた。
「沢渡、生きていたのか!」
「そうよ。ニューヨークで殉職したって聞いて、びっくりしちゃんだから」
「生きていたなら、どうして今までずっと連絡しなかったんだ」
「おまえ二階級特進してんだぞ」
 次々に言葉を掛けてくる。
「悪い悪い、いろいろと事情があってな。麻薬捜査で組織に狙われて、姿をくらましていたんだ」
「それが殉職と関係があるんだな」
「そうなんだな」
 懐かしい同僚達との語らいだった。
「おい。沢渡君」
 課長が割って入った。
「はい、課長」
「これまで行方不明だった事情はともかく、君は一応殉職扱いで戸籍を抹消されている。戸籍の回復手続きをしなければならないし、君が望むなら警察官としての復職も元通りにな。それに必要な書類とか揃えるのをこちらで用意してあげようと思うのだが」
 局長はともかく、この課長は人情味溢れる模範的警察官であった。
 性同一性障害者の薫に対しても理解があり、女性警察官として自分の配下に置いて、いろいろと骨折りしてくれていた。薫に女性用の制服を支給し、麻薬没滅キャンペーンのチラシに他の女性警察官と一緒に載せたりもした。
 課長のおかげで、薫は署内でも一人前の女性警察官として扱われ、その職務を順調にこなすことができたのであった。
 敬が一番に課長の元を訪れたのは、そういった事情からまず最初に挨拶するべきだと判断されたのである。
「お願いします。死亡報告書を提出した警察側が動いてくれないと、戸籍復帰は適いませんからね」
「そうだな。で、ご両親の方には?」
「まだ会っていません。」
「いかんなあ。まず一番に知らせるのがご両親じゃないのか?」
「親はなくても子は育つですよ」
「なんじゃそれは?」
「あはは、順番はどうでもいいじゃないですか。ここの後でちゃんと帰りますから」
「うん。そうしてくれ」
 このように親のことにも気をつかう課長であった。
 ここを一番にしても罰当たりにはならないだろう。
「ところで……佐伯君の方なんだが……」
 言いにくそうに、もう一つの件を切り出す課長。
「残念ながら、薫は僕の腕の中で逝きました」
「そうか……好きな人の腕の中で逝ったのなら、少しは救われたかな」
「そうかも知れませんね……」
「後で、薫君のご両親にも挨拶しに行くことだな。君だけでも生きていたと知ると喜ぶだろう」
「そうします」
 世話話的な会話が続いている。
「ところで局長はどうされていますか?」
 今日の主眼ともいうべきことを切り出す敬。
「局長か?」
「はい」
 人事異動がされていないことを確認していた。
「相変わらず、と言っておこう」
「そうですか……」
「会いに行くのか?」
「行きます」
「そうか……まあ、気を静めてな。外出の予定はないから、たぶん局長室にいるはずだ」
 敬達をニューヨークに飛ばした事情を知っている課長だった。
 課長とて所詮組織の中の一人でしかない。局長の決定した敬達の処遇には、反対するべき立場にはなかった。
「ありがとうございます」
 麻薬銃器対策課を出て、生活安全局の局長室へと向かう。

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