梓の非日常/第二部 序章 命をつむぐ
2021.04.25

続 梓の非日常/序章


命をつむぐ

 真条寺家執務室。
 天井から懸架されたパネルスクリーンに渚の姿が映し出されていた。
『お嬢さまは、今日も沢渡さまのお見舞いに、病院を訪れていらっしゃいます』
『そう……。仕方ありませんね』
 本宅との定時連絡の時間だった。
 日本とブロンクスとに分かれて暮らす、梓と渚との母娘の交流をはかるために設けられた時間であった。

 しかし今は、麗香が梓の近況を報告する機会に変わっていた。
『それで慎二君の容体はどうなの?』
『一進一退でございます。危篤状態から未だ脱却できておりません。実際生きているのが不思議なくらいで、日頃の鍛錬の賜物というか、その強靭な精神力が辛くも命を支えているものと思えます』
『それがいつまで持つかが問題ね』
『はい、その通りでございます。熱傷治療では有名な札幌医大の医療チームにもお越しいただいております』
『ああ、昔サハリンの五歳の男の子を治療したという……』
『こちらでできる限りのことは致しておりますが、何せ熱傷部位が七割にも達しており、かつ三度の重症もかなりに及んでおりまして、皮膚移植だけでは間に合いません』
『動かすことさえできれば、設備もスタッフも揃ったこっちの救命救急医療センターに、搬送するんだけど。危篤状態を脱して移送が可能になったら、すぐにでもこちらに運びましょう』
 国際救急救命医療センター。
 それはニューヨークにある広大な真条寺家ブロンクス本宅の敷地内、私設国際空港に隣接されて設立された病院である。悲惨な結果をもたらす航空機事故などに対応できるような、最新の設備とスタッフが揃っており、私設空港隣接という立地条件を活かして、ビザなし渡航による国際救急救命治療を可能にしていた。
 そして「空飛ぶ病院」と異名される専用の救急医療用ジャンボジェット機を待機させている。大地震などの世界中で起こった災害に即対応できる体制が整えられているのであった。
『ともかくも梓の命を救った恩人です。真条寺家の全力を挙げて治療に専念しましょう。世界中から医療スタッフを集めましょう』
『よろしくお願いします』
『日本事業本部の業務はすべてこちらで手配します。あなたには、梓のそばにいて、精神面のフォローをお願いします』
『はい。かしこまりました』

 連絡通話が終わった。
 麗香は、ため息をついてから端末を操作した。
 パネルスクリーンはするすると上がって、天井内に収まった。
「さてと、お嬢さまのところへ戻りましょうか」
 しかし……。
 麗香はいぶかしげだった。
 梓が、自分に内緒で研究所に通っていたということである。
「わたしに話せない秘め事があるということか……」
 誰しも隠し事の一つや二つはあるものだ。麗香だって梓に内緒にしていることはある。だからあえては問いただすようなことはしたくないが、ただ場所が生命研究所の地下施設ということが気がかりだった。
 生命科学研究所は梓が日本に来て事故にあい、最初に入院したところだ。
 仮死状態から蘇生させるために、一時期地下施設に運ばれたことがあったが、研究者以外立ち入り禁止で、母親の渚ですらその蘇生には立ち会いを許されなかった。極秘裏の何かが行われて蘇生が成功して戻ってきた。
 もしかしたら……そのことと関係があるのだろうか。
 確かにお嬢さまは、仮死状態から復活した。
 その後のお嬢さまは、少し男の子っぽい性格になっていたが、仮死状態で脳障害を多少なりとも受けているはずだから、それも仕方のないことだと医者から説明を受けた。
 研究項目にクローン開発部門もあるはずだが、実は戻ってきた梓お嬢さまがクローンだったなんてことはあり得ない。記憶は間違いなく梓お嬢さまのものだし、困った時につい髪を掻き揚げる独特の癖や、お嬢さま育ちの自然な仕草まで、完璧にクローンすることは不可能なはずだ。ましてやほんの数日でクローンを作成できるはずもない。
 間違いなく本物の梓お嬢さまであって、クローンではないと確証できる。
「だとしたら何の用があったのかしら……」
 詮索するつもりはないとはいえ、やはり気になるものだ。


 その頃、梓は付属病院のICUに収容された慎二を見舞っていた。
 感染対策と酸素供給のための特殊な無菌酸素テント内に隔離されたベットの上で昏睡状態の慎二がいた。
 熱傷患者には、熱傷による直接のショック状態の他、皮膚呼吸ができないために酸素供給不足となることが懸念される。
 本来なら一般人は入室などできないのだが、梓ということで特別に許可されていた。もちろん無菌テント内用の完全滅菌された治療スタッフ用のユニフォームを着込んでである。
「お嬢さま、少しはお休みになられないとお身体にさわりますよ」
 看護士が心配して気を遣っている。
 あの日以来ずっと見舞いに来ていた。
 学校が終えてすぐに来院し、夜に麗香が迎えにくるまで、ずっと慎二のそばで見守っていた。
「いいの……。この命は慎二に助けてもらったもの、もし慎二が死んだら……」
「滅相なことおっしゃらないでください! この方がせっかく命がけで炎の中から助け出してくれたお嬢さま。命を粗末に考えてはいけませんわ」
「……そうね。そうかも」
「この病院には熱傷治療のスペシャリストが揃っているんです。心配はいりませんよ」
「うん……」
 確かに最新治療という点では、最新機器とスタッフが揃っているのは知っている、とはいえ慎二のあの悲惨な状態を目の当たりにすれば、果たして看護士の言うとおりに助かるとは限らない。確立はかなり低いことが想像できる。
「お嬢さま、麗香さまがお迎えに参りました」
 振り返るとICUのガラス窓の外に麗香の姿があった。治療スタッフ以外は入室禁止のために外で待機しているのだ。
「わかった……」
 いつまでも慎二のそばに寄り添っていたいが、自分がいてもどうなるまでもなく、致し方なく退室する梓。
「いかがですか?」
「相変わらずよ」
「そうですか……」
「何とかしてあげたいけど……」
 それっきり黙りこんでしまう梓。
 麗香もそれ以上は尋ねなかった。
 息苦しい雰囲気。
 しかしどうしようもなかった。
 これだけは神のみぞ知ることであって、二人にはなすすべがない。
 病院を出てからファンタムVIに乗り込む。
「お母さんは何か言ってた?」
「はい。沢渡さまのこと、真条寺家の全力をあげて治療を施すと仰られていました。重篤状態を脱して移送が可能になったら、ブロンクスの救命救急センターにて、皮膚移植から形成手術に至るまで、全世界から寄せ集めた名医によって最新治療をなさる手筈を整えていらっしゃいます」
「そうなの……。わかった、ありがとう」
「いえ……」
 しばらく押し黙っていたが、ぽつりと話し出す梓。
「なんでかな……あたし、慎二のこと、こんなに心配してる。今までこんな思いしたことがないよ」
「それは沢渡さまのこと、好きだからではありませんか?」
「会えば喧嘩ばかりしているのに?」
「喧嘩するほど仲が良いというじゃありませんか。それになにより沢渡さまにとっては、命を掛けて助け出してくれるほど、お嬢さまのこと大切に思ってらっしゃるのですから」
「そうよね。命がけで救ってくれたのよね」
「はい」
「炎の中でね、『死ぬときは一緒だよ』って言ってくれたんだ」
「そうでしたか、そんな沢渡さまがお嬢さまを残して逝ったりしませんよ。必ず助かります」
 麗香とて確証などなかったが、そう言って慰めるしかなかった。
「そうだね。そう信じるしかないよね。慎二のことだもの、必ず助かるよね」
「はい。その通りでございます」

 一ヶ月が経った。
 慎二は、一進一退を繰り返しながらも、強靭的な体力をみせて、意識不明ながらも徐々に回復の兆候をみせていた。
 そしてついに移送可能なまでに回復し、医療スタッフと設備のより整ったブロンクスの救急救命センターへと移送が実施された。
 もちろん梓も同行して渡航した。

 ブロンクスへ運ばれた慎二は、全世界から選りすぐれた名医と、世界最高水準の治療が施された。 日本国内ではできない高度な治療だ。
 真条寺家の全力を挙げた治療と、梓の献身的な介護によって、慎二は奇跡的な回復を見せていた。
 生死を分ける皮膚呼吸を取り戻し、細菌感染を防ぐ緊急皮膚移植。創傷と顔の筋肉の引き攣れを修復する形成外科手術。そして以前の表情を取り戻す整形外科手術と、回復の状況に即した治療が段階的に施されていった。
 そして、ついに慎二は退院を迎えることになったのである。

序章 了

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11
梓の非日常/第九章・生命科学研究所(九)脱出!
2021.04.24

梓の非日常/終章・生命科学研究所


(九)脱出!

 その頃。
 外では、丁度消防隊が到着して、消火作業を開始していた。
「地下です」
「火元は地下からです」
 研究員や事務職員たちが口々に消防隊員に報告している。
 地下火災という現状を確認して、装備を取り出している黄色い耐熱服を着込た隊員達。いわゆる消防レスキュー隊と呼ばれる人々だった。取り残された人々を救出するために、耐熱服を着込み酸素ボンベなどの装備を抱えていた。突入に際して、煙の充満する中で協力しあって活動できるように、命綱でその身体を繋いでいた。
「責任者はいらっしゃいますか?」
 隊長らしい人物が叫んでいる。
 それに答えて課長が歩み出た。
「私です。総務課長の渋沢と言います」
「それで、中に取り残されている人は何名ですか?」
「確認できているのは一名。それ以外は不明です」
「その一名は?」
「この研究所のオーナー令嬢で十五歳の女の子です」
「女の子? なぜそんな女の子が取り残されたんですか。誰も連れ出さなかったのですか?」
「火災報知器がなって地下からの出火と判って、消火に行こうとしたのですが、すでに煙がもうもうと地下階段から上がってきていました。何の装備もなく助けに飛び込んでも、二次遭難になるだけだと思って止めました」
「それは正しい判断です。たかが煙とあなどっちゃいけません。火事の犠牲者の大半が直接の炎ではなく、煙で意識を失ったり一酸化炭素中毒で亡くなっているんです」
「そうだと思いました」

「隊長! 準備完了しました」
 隊員の一人が報告した。
「よし! 十五歳の女の子が地下に取り残されているそうだ。それ以外は不明だ」
「十五歳の女の子ですか?」
「そうだ。是が非でもその女の子を連れ出してこい!」
「はっ! 突入します」
 敬礼をして、小隊に戻ると、
「小隊、突入する!」
 と指令を発すると研究所の中へと突入していった。

 足元をじっくりと確認しながら階段を降りていくレスキュー隊。
「今、階段を降りて通路です」
 ヘルメット内に装着された連絡用の無線機で外に逐次報告する隊員。
『炎はどうか、燃えているか』
 地上の隊長の声が返ってくる。
「炎はここからでは確認できません。煙が充満しているだけです」
『一酸化炭素レベルは?』
「0.3%です」
『その濃度がどんなもんか知っているな』
「はい、三十分間その中にいると死亡する濃度です」
『よろしい。そのことを十分に踏まえて、速やかに取り残された人達の捜査を開始したまえ』
「了解!」
 じっくりと倒れている人物がいないかを確認しながら進んでいくレスキュー隊員。
 充満する煙の中に人影を発見する。
「人です。人が倒れています」
『生きているのか?』
「ここからでは、わかりません。近づいて確認をします」
『よし』
 倒れている人間のそばに歩み寄る隊員。
 移送ベットのそばに倒れている人影。
 それは慎二だった。
 手袋を脱いで脈を計っている隊員。
「少年です。どうやらまだ生きているようです。ひどい熱傷を負っています。それとたぶん一酸化炭素中毒の症状がでています」
『直ぐに運び出せ』
「ちょっと、待ってください」
『どうした?』
「そばの移送ベッドの上にガラス状の容器が……。女の子です。女の子がいました」
『女の子? 十五歳位か?』
「たぶんそれくらいです」
『よし、一旦その少年と女の子を回収して戻れ』
「了解。両名を回収して戻ります」
「隊長、カプセルが開きません。熱で癒着しています」
 カプセルを開けようとしていた別の隊員が報告する。
『かまわん。カプセルごと運び出せ』
「了解!」


 再び研究所の外。
 消防車や警察パトロールカーがごった返す敷地内。
 そこへファンタムVIが入場してくる。
 警察官がそれを制止する。
 窓が開いて麗香が顔を出す。
「立ち入り禁止です」
「研究所のオーナー代理です」
「オーナー代理?」
 そこへ研究所課長がやってくる。
「その人は身内です。入れて差し上げてください」
「いいでしょう。しかし消火活動の邪魔にならない所に車を置いてください」
「判りました」
 駐車場の一番奥に移動するファンタムVI。
 それを追いかけて、出迎える課長。
 麗香が降りてくるなり質問する。
「お嬢さまが火災現場に取り残されているって、どういうことですか?」
 額に汗流して説明している課長。
 火災報知器が鳴り出した時には、すでに煙が充満して下へ降りられないことを。
「わかりました。万が一に備えて、隣接の付属病院に緊急特別体制を敷いてください。緊急を要する手術以外はすべて日程を延期。火災現場で推定される治療項目のすべてのスタッフを集めて待機させておいてください」
 麗香とて、二次遭難を犯してまで所員を救出に向かわせることはできない。
「承知です。すでに手配は済んでいます」
「そう……」
 玄関口の方が騒がしくなった。
「罹災者が上がったぞ!」
 一斉に視線が声のした方へと集まる。
「行きましょう」
 課長が声を掛け、一緒にその場所へ向かった。

 担架で運び出される慎二。
 そしてカプセルごとの梓。
 すかさず医者と、カプセルを開けるレスキューが駆け寄っていく。
「どいて下さい」
「道を開けてくれ」
 人々を掻き分けて前に出て行く麗香と課長。
 カプセルに入った梓を見つけて駆け寄る麗香。
「お嬢さま!」
 しかし、カプセルを開けようとしていたレスキュー隊員に制止された。
「下がってください」
 カプセルの蓋を閉じている熱で変形した兆番を、グラインダーで削り始める隊員。
 火花を散らし耳が痛くなるような音を発しながら兆番が削り取られていく。
 やがてパキンという音と共に兆番が外れた。
「開けますよ」
 空気圧の差で密着したカプセルの蓋のとじ目にバール状のものを挿し入れてこじ開ける。
 プシュー!
 という空気が抜けるような音と共に蓋が開いた。
 早速医者が診察に入る。
 呼吸・脈拍などを調べている。
「いかがですか?」
 麗香が心配そうに覗き込んでいる。
 やがて振り返って医者が答える。
「大丈夫です。どうやら無傷のようです。ガス中毒もなさそうです」
 ほっと胸をなで下ろす麗香。
「至急病院に運んでください。一応精密検査しましょう」
「わかりました」
 それから向き直って、慎二の元に歩み寄った。
 別の医者が診断している。
 患部を見るために、衣類は鋏で裁断されて半裸状態になっていた。
「こちらはどうですか?」
「重体ですね。見ての通りの広範囲の熱傷です。生命限界の三割を超えています。さらに、一酸化炭素中毒症状もあります」
 これが以前の沢渡慎二かと思われるくらいに、悲惨な熱傷に覆われた姿があった。
「至急、ICUに運んでください。全力をあげての治療を!」
「判りました」
 消防隊員の説明を聞くまでもなく、梓を救出するために自らが犠牲になって、炎の中を突っ切って脱出してきたことは、明白な事実だと理解した。
 梓の命の恩人を死なせるわけにはいかなった。

 そのとき、背後で悲鳴のような声がした。
 振り返れば、梓が気を取り戻していた。
 そして担架の上で変わり果てた慎二の姿を発見したのである。
「慎二!」
 移送ベッドから飛び降りて慎二のそばに駆け寄った。
「慎二は……! 慎二は助かるの?」
「そ、それは……。努力はしますが……」
「どうして……どうしてなのよ!」
 梓は、目を閉じまま身動きしない変わり果てた慎二にすがりついて泣いた。
「助けてよ。助けてあげてよ!」
 そして麗香や医者に向かって懇願した。
「お嬢さま……」
「慎二!」
 声を枯らして慎二の名を呼ぶ梓の声が研究所内にこだましていた。

第二部に続きます。

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11
梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件(十四)駆逐艦VS潜水艦
2021.04.23

梓の非日常 第二部 第八章・小笠原諸島事件


(十四)駆逐艦VS潜水艦

 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に乗船した梓と慎二。
 船べりから島を見つめている。
 突然、警報音が鳴り響く。
「総員戦闘配備せよ!」
「対潜魚雷及びデコイ発射準備!」
「シースプライト発進準備!」
 甲板にいた水兵達が一斉に武器装備へと駆け回る。
 そして船が大きく面舵に艦体を転回させ始めた。

 何事かとキョロキョロとする梓。

 その側に控えている麗香に、艦の伝令が近寄って何か囁いていた。
 そして麗香が事情を説明する。
「近くに潜水艦が潜んでいたようです。魚雷攻撃を受けました。急いで安全な場所へ避難します」
 水兵の案内で、防水気密区画の場所へと退避した。


 駆逐艦に向かって海上を突き進む魚雷。
「デコイ発射!」
 艦上から囮(おとり)魚雷が発射される。
「舵を中央に戻せ! 前進半速!」
 操舵室では息詰まる戦いが始まっていた。
 迫りくる魚雷の速度とコースを見極めながら、慎重に舵とエンジンコントロールを下令する艦長。
 敵艦に船腹を見せていては被害甚大、艦首を敵に向けて回頭する。
 シュルシュルと艦のすぐ側を通過する魚雷。
 甲板上の水兵達が、緊張の面持ちで見つめている。
「魚雷回避成功!」
「よおし! 今度はこちらから攻撃するぞ! 全速前身、取り舵十度! アクティブソナー用意!」
「324mm3連装魚雷発射管に弾頭装填せよ!」

 甲板から、H-2 シースプライト汎用対潜ヘリコプターが発進する。
 甲板後部からSQR-19ソナー・アレイえい航式パッシブソーナーが投下される。

「別の潜水艦がいます。高速で遠ざかっています! 島から発進したと思われます」
「どうやらそちらの方が本命だったようだな。例の研究員とやらも乗っているのだろう」
「戦闘機と今攻撃を仕掛けている潜水艦は、おとりだったようです。そちらに気を逸らせている間に、反対方向へと出航したのでしょう」
「そちらを追いたいのはやまやまだが、攻撃を仕掛けてくる奴を始末するのが先決だ。爆雷深度調整を百メートルにセット!」
 駆逐艦対潜水艦の戦闘が始まる。
 爆雷を投下しながら、潜水艦を追い続ける駆逐艦。
 追いつ追われつの攻防戦の果てに、駆逐艦の追撃を交わして潜水艦は消え去った。
「敵艦の感、消失しました」
「取り逃がしたもようです」
「戦闘態勢を解除、警戒態勢に変更。まだどこかに潜んでいるかも知れんからな」

 退避室で事の次第の報告を、艦長のエリアス・スターリング少佐から受ける梓と麗香。
「そう……。研究員は潜水艦で逃げたのね」
「確証はありませんが、可能性は大であります。この艦は主に領海警備のパトロールが主体でして、はっきり言いますと対潜戦闘は初めてでした」
 この時代は、昔と違って投下式の旧式爆雷はほとんど使われない。
 旧式の爆雷は、領海侵犯した船舶に対する警告・威嚇目的として使用されることが普通である。

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梓の非日常/第九章・生命科学研究所(八)炎の中で
2021.04.22

梓の非日常/終章・生命科学研究所


(八)炎の中で

 炎は依然として勢いを止めなかった。
 酸素マスクがなかったらとっくにガス中毒で死んでいるはずである。
 炎を見つめる二人。
「なあ、もし助かったら約束してくれるか?」
「約束?」
「ああ、もし助かったら、浩二のことは忘れて、女の子らしくしてくれないか」
「あたしは、女だよ」
「そうじゃなくって! 性格的にだよ。空手なんかに熱中してないで、もっとしとやかにして欲しいんだ」
「それが、おまえの好みか? つまりちゃらちゃらした綺麗なドレスなんかで着飾って社交界デビューするような」
「いや、今の梓ちゃんも十分好きだよ。しかしそれじゃあ……」
「婿になり手がいないか?」
「婿?」
「あたしが嫁にいくような生活してるか?」
「そうだな……。婿がいなくなる。まあ金目当ての奴ならいくらでもいるだろうがな」
「それでもいいんじゃない? 適当に男と遊んでできた子供を後継者にすればいい。真条寺家は女系家族だ。子種さえもらえば、あえて夫というものを作る必要もない」
「あ、あのなあ……」
「冗談だよ」
「こんな状況で、よくも冗談が言えるな」
「気を紛らしているんだよ」
「まったく、たいした女の子だよ」
「へえ。女の子と思ってくれるんだ」
「あたりまえだ。梓ちゃんは可愛いよ。だが男っぽい性格はいただけないな」
「そうか、一応ありがとうと言わせてもらおうか。で、話を元に戻すと、ここから助かったら、女の子らしくしろと言うことだよな」
「そうだ!」
「助かる方法があるのか?」
「いいから約束してくれ。そうでなきゃ、決意が萎む」
「なんか知らんか……いいよ。約束する」
「よし、指きりげんまんしようぜ」
 といいつつ小指を突き出す慎二。
「おまえは、子供か!」
 呆れた顔の梓。
「いいじゃないか。約束をする時にはこれが一番だ」
「わかったよ。ほれ」
 そういって同じように小指を差し出す梓。
「♪指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます♪ きっーた!」
 小指と小指を絡ませて口ずさむ慎二。
 思わず苦笑しながらも成り行き任せの梓。
「よし、約束だかんな。助かったら女の子らしくすること」
「わかった! で、本当に助かる方法があるのか?」
 自信満々の表情で慎二が答える。
「一つだけ方法があるさ」
「方法?」
「ああ……もちろんだ。梓ちゃんのきれいな肌に火傷すらつけないで無事に外へ連れ出す方法がね。一つだけある」
「そんなことできるわけないじゃない」
「いや、あるさ。ただし……梓ちゃんには諦めてもらうしかないがな」
「諦めるって、何を?」
「こいつさ」
 と慎二が指差した先には、長岡浩二が眠っている冷凍睡眠カプセルがあった。
 勘の良い梓は、慎二の意図がすぐに理解できた。
「うまいぐあいに、このカプセルは冷凍されていて、中に入ればその余熱でしばらくは中の人間を炎の熱から守ってくれるだろう。多少の凍傷にかかるかも知れないけどな」
「そんなこと……あたしに中に入れと言うの? だれがこれを運ぶのよ。それにカプセルから出した浩二君はどうなるの」
「だから言っているじゃないか。諦めてもらうしかないって。どっちにしろ俺たちが死ぬと同時にこの人も死ぬんだ」
「でもこの人は、命の恩人なのよ。見捨てられないわ」
「どうして、そんなにこの人にこだわるんだよ。とっくに死んでいるも同然のこの人に」
「それは……」
 言葉に詰まる梓。
 どう説明したらいいものかと悩んでいる。
「いいわ。ほんとのことを話してあげる」
「ほんとのこと?」
「ええ。驚かないでよ」
「わかった」
 それからゆっくりと長岡浩二と自分自身との関係を話し出す梓。


 長い話が終わった。
 いや実際にはそんなに時間は長くはなかったのだろうが、突拍子もない梓の説明を理解しながら聞くのに手間どり長く感じたのである。
「だから見捨てるわけにはいかないのよ」
「そうか……そうだったのか。それで、この人にこだわっていたのか……。何度もこの人に会いにきていたのはそのためだったのか」
「そうよ。わたしは、この浩二君の意識を移植されて生き返ったのよ。だから、わたしの意識の中には浩二君である部分も少し存在しているのよ」
「そうか……梓ちゃんに、どことなく男っぽいところがあったのは、そのせいなのか」「そうなのよ。だから、この浩二君は分身なのよ。見捨てることはできない。あたしだけが助かるなんてできないのよ」
「そうは言ってもな。実際問題として、一人でも生きる可能性があるなら、それに掛けるのはいいじゃないか。そのために犠牲になるのなら、この人も本望じゃないのかな。梓ちゃんを危機から救ってくれたのも、この人の性分だと思う。言ってたよ、
『女の子には優しく、時には守ってやるくらいの気概がなくてはいかんぞ。それが本当の男。男の中の男というもんだ』
ってね」
「でも……」
 いつまでも踏ん切りつかない梓。
 だがその背景には、梓が入ったカプセルを誰が運び出すかという問題があった。
 口には出さないが、判りきったことである。

「すまん!」
 と言うと梓に当身を入れる慎二。
「ううっ、し・ん・じ・く・ん……」
 そのまま気絶する梓。
「悪いな、梓ちゃん。これ以上、議論している時間がないんだ」
 言いながら、そろりと床に梓を横たえてから、冷凍睡眠カプセルに向かう慎二。
 操作パネルをじっと眺めて開閉ボタンを探し出す。
「これかな……」
 ボタンをぷちっと押すと、
 ぷしゅー!
 空気が抜ける音と共に、カプセルの蓋が開いた。
「長岡さん……。あなたにも、わかってもらえますよね」
 というと、その凍った身体を引きずり出した。
「さすがに冷たいな」
 床に横たえて、手を合わせる慎二。
「すみません長岡さん。これしか方法がないんです」
 立ち上がると、次の手順に入った。
「外れると思うんだが……」
 冷凍睡眠カプセルに繋がったケーブル類や、土台に固定している器具を取り外し始めた。
 そして力を込めてカプセルを引き剥がしにかかった。
 外壁についた露が凍っていて、カプセルはなかなか土台から離れなかったが、渾身の力を入れるとついにそれは動いた。
「よし。次はっと……」
 慎二は患者を運ぶ移送ベッドを持ってくると、そのカプセルをベッドの上に乗せた。かなり重くて苦労したが、何とか引きずるようにして移し変えた。
 そして床に気絶して横たわっている梓を、やさしく抱きかかえるとカプセルにそっと横たえた。
 童話の眠り姫のように美しいその姿。
 それが醜く焼け爛れていく様を見たくはなかった。
「俺はどうなってもいいが、梓ちゃんには無事な姿で生きていて欲しいんだ」
 そういうと、酸素を供給する酸素ボンベのバルブを少し開けて梓の脇に置き、静かにカプセルの蓋を閉める。
 さらに透明なガラス面から熱赤外線が入り込まないように上に手近な覆い布を被せて水をたっぷりと含ませる。
「さて、準備は整った……。問題は通路にも火が回っているかだな……」
 階段にたどり着くまでが勝負だった。
 床は平面で、移送ベッドを転がしていけるが、この重いカプセルを抱えて階段を昇ることは不可能だ。そうなると、カプセルから梓を出して抱えていかなければならない。もし火が階段から先まで延焼していたら万事休すだ。
「しかしやるしかないな」
 一分一秒、時間の経過と共に火は広がっていく。待ってはいられない。
 再び室内にあった水道の蛇口を捻って、体中に水を浴びて濡らし、さらにカプセルの多い布も水を含ませた。
「さて行くか……」
 大きく息を吸い込んで、
「なむさん!」
 叫ぶと、移送ベッドを力一杯押して炎の中へと飛び込んでいった。

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梓の非日常/第九章・生命科学研究所(七)慎二登場!
2021.04.21

梓の非日常/終章・生命科学研究所


(七)慎二登場!

 その頃、梓は火に囲まれて身動き取れない状態だった。
 幸いにも、研究室の片隅に置かれていた酸素ボンベとマスクを見つけて、それを口に当てて呼吸を確保していた。とはいえ出口は火の海、他に逃げ場はないかと探したものの、どこにも逃げ道はなかった。
「ふふ。さすがに生命研究所だけあって便利なものがあったけど……。八方塞がり旧態依然ね」
 生命の危機に陥っているというのに、落ち着いている自分を意外に思っていた。
「そういえば、飛行機事故の時もそうだったっけ……」
 燃料切れで墜落するかもしれないと伝えられた時のことを思い出していた。
 一度死んだことのある梓にとっては、すでに死の境地を乗り越えて、精神的に解脱していたのかも知れない。
 そしてさらに思い出したことがあった。
 潜水艦を襲ってきた駆逐艦隊と、背後にある組織の影である。
「まさか……。この火事も、あたしを亡きものにしようと組織が放火した……と考えた方がいいわね」
 火の回りが速すぎるのが、その推理の根拠だった。
「油かなんか撒いてから、火を点けたんだろうね……」
 その行為もさることながら、その気配を察知できなかった、自分が不甲斐なかった。
「精神修養が足りないわね」
 武道に生きる者としての、正直な気持ちだった。
「しかし……これまでかな……」
 度胸を決めて火の海を突っ切れば、命が助かる確率はあるかも知れないが、無事で済むはずがなかった。肌は火に焼けただれてケロイドとなり、見るも無残な姿となるのは必至であった。
 そんな姿を人前に晒すくらいなら、いっそこのまま誰とも判断できないくらいに、きれいに燃え尽きてしまった方がいいのかも知れない。
 美少女を自覚している梓にしてみれば、そう考えてしまうのは当然のことだろう。
「今頃、絵利香ちゃんはどうしているかな……」
 三歳の誕生日にはじめて出会った幼なじみの絵利香とのこれまでの思い出が次々と思い出されていく。まるで死にいく人間がそうであると言われるように。そしてもう一人……。
「慎二……」
 梓が自覚している唯一の異性の親友ともいうべき人物である。
 いつもまとわりついてうざったいと思うことがあるが、決して嫌味な感じではないので、それなりに好意は抱いていた。
「な、なに考えてんだか……」
 それにしても今まさに死の境地にあるというのに、自分のことではなく絵利香や慎二のことを思い出されるのだろうか……。
「そういえば……。窮地に陥った時には、いつもそばにいたり、助けにきたりしていたな」
 城東初雁高校に入学当初に出会って以来、不良グループの二つの事件、飛行機事故、洞穴遭難など……。


 その時だった。
 目の前の炎の中に、黒い影が動いた。
 かと思うと、次の瞬間にその炎の中から飛び出してきた人物がいた。
 頭部を庇っていた上着を取ったその人物は?
「し、慎二!」
「じゃーん! お助けマン登場!」
 まさしく、あのスチャラカ慎二だった。
 炎の中をかいくぐってきたせいで、髪はちりぢりになり、衣服は焼け焦げて今なおくすぶっていた。
「なんで、おまえが」
「その言い方はないだろう。命がけで飛び込んできたのによ」
「セキュリティードアはどうしたんだ?」
「うん? あのドアか? 開いていたぞ。たぶん逃げ出した奴が開けたままにしたんだろう」
「馬鹿な……」
「梓ちゃんこそ、どうして逃げ出さないんだ」
「おまえなあ……。この状況で逃げ出せると思うか? 命知らずのおまえとは違うんだ」
「そうかあ、女の子だもんな……」
 と言いながら梓の意図を理解した。そして梓が持っているマスクに気がついて、
「いいもん持ってるじゃないか。もう一つないのか?」
「ああ、これならそこの棚に入っているよ」
 梓が指差す棚から、それを持ってきて尋ねる。
「これ、どうやるんだ?」
「調整弁が付いているから、それを回せばいいんだよ。あまりたくさん開くなよ、ただでさえ火の勢いが増すからな」
「あはは、これくらいでどうなるもんじゃないだろ」
「気持ちの問題だよ」
「このボンベ一本で、どれくらい持つんだ?」
「せいぜい三十分が限度だろう」
「そうか……。後五本あるから、二人で一時間ちょっとだな」
「そんな問題じゃないだろが。この状況が判らんのか?」
 どう考えても一時間持たないだろう。
 炎が広がっているのはもちろんのこと、それ以上に室温が上がって耐え切れなくなるだろう。スプリンクラーは作動していないが、空調が回っているらしくて煙と発生した熱のいくらかはそちらへ吸い込まれている。しかし限度というものがある。背後の壁に掛かっている温度計は五十度を回っていた。
「ここにはスプリンクラーはないのかよ」
「たぶん大量の化学物質があるから、水と反応して有毒なガスが発したり、よけいに燃え上がったりするかも知れないから、あえて止めているのかもな」
「じゃあ、部屋の中に炎を避けられるようなものはないのか?」
「冷蔵庫ならあるが」
 梓が指差したそれは、薬品を冷蔵するするもので、人が入れるような容量はなかった。
「頭を突っ込めば少しは涼しくなるだろう」
「こんな時に、よくもそんな事を言ってられるな」
「気休めだよ」
「例えば地下通路への隠し扉とかないのかよ」
「んなもん、あたしが知るわけないだろう。仮にあったとしてもな」
「そ、そうだ。電話とかないのか?」
「電話かけてどうするんだ。外と連絡が取れたってどうすることもできないだろが。人助けは出前じゃないんだぞ。一応電話はあるにはあるがな」
「連絡してみたのか?」
「繋がらないよ。回線が火事で溶けて切れたのかも知れないし、或いは……」
「或いは……?」
「いや、なんでもない」
 それからしばらく炎を見つめている二人だった。
「なあ……」
 梓がつと口を開いた。
「なんだよ」
「こうなることは想像できただろうに、どうして飛び込んできたんだ。それともそれすらも判らない馬鹿なのか?」
「なあに、死ぬときは一緒と思ってな」
「よく言うよ」
 それからまたしばらく沈黙が続いた。
 炎に照らされて二人の顔が赤く染まり、暗く沈んでいる表情を明るく見せていた。
「なあ、慎二」
「なんだ?」
「おまえ、あたしのこと……好きか?」
 梓が突拍子もないことを口にした。
 しかし平然とそれに答える慎二。
「ああ……好きだよ。そうでなきゃ、こんなところに飛び込んでこねえよ」
「だろうな……」
「それがどうした? 梓ちゃんは、俺のこと嫌いか?」
「いや……好きだよ」
「そうか……それを聞いて安心したよ」
 続いて再び。
「なあ、キスしよか」
 唐突に梓が言った。
「キス?」
「してもいいよ。ほっぺでも唇でもお望みのところにね」
「遠慮しとくよ」
「そっか……。せっかく」
 再び沈黙する二人。
 今度は慎二の方が先に口を開いた。
「なあ、もう諦めたのか?」
「え?」
「だから、生き残ることだよ」
「そうだね……。正直言って諦めてるよ」
「俺は、まだ諦めちゃいないぜ」
「そうは言ってもこの状態じゃ……」

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