梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(六)牧場にて
2021.02.18

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(六)牧場にて

 神原牧場が見えてきた。
 なだらかかに連なる丘の一面に広がる明るい緑の牧草が広がっており、そのいたるところで牛たちが放牧されている。遠くには新緑鮮やかな山々の峰。
 赤レンガ造りの牛舎、干し草を貯えるサイロ、乳製品を作っている工場。
 やがてバスは、ロッジ風の造りの建物の前に停車した。たぶん牧場の施設の中で、観光客を迎えるために作られたのだろう。
「最初の目的地に着きましたよ。ここでは食事休憩と、自由参加で牛舎での乳絞り体験をしていただきます」
「さあ、みんな降りるぞ。貴重品は手に持ってな」
 下条が降車を促す。
 ぞろぞろとバスから降りてロッジ風の建物に入る一行。
 中へ入ると、牧場らしくチーズやバターなどの乳製品の直販所や、どこにでもある根付けや絵葉書などの観光物産品売り場などの各店舗が並んでおり、隅にはこじんまりとしたゲームコーナーもある。
「城東初雁高校のみなさま、お食事の場所は二階となっております。お食事の準備は整っておりますので、お買い物などは後回しにされて、どうぞお二階へ上がってください」
「めしだ、めしだ」
 慎二が急ぎ足で二階へ上がって行く。
「慎二は食べる事しか頭にないようだな。らしいといえばらしいけど」
 一同が二階へ上がり食卓の上を見ると、数々のフランス料理が並んでいた。
「わーお、すごい!」
 牛フィレ肉ステーキのマデラ酒ソース。ホワイトとグリーンアスパラガスの焦がしバターソース、パルメザンチーズ添え。まながつおの蒸し焼き赤ワインソース。モッツァレチーズのトレビス巻きトマトソース。そして若者達の腹を満たすためのパンかライスを希望者に。
「なんだ牧場での昼食だから大盛りのビーフステーキが出るかと思ったのに」
 慎二が不満を漏らす。
「牧場といってもここは、乳牛しか飼っていない観光牧場だよ。んなもん、出るかよ」
「でもちゃんと牛肉も出てるじゃない」
「こんなに出して、予算オーバーじゃないの?」
 梓が絵利香の耳元で囁く。都内のレストランならゆうに一万円からしそうだ。
「ああ、それなら大丈夫。見た目は豪勢だけど、一度に大量にがしゃがしゃと適当につくってるから。食材も、国際観光旅行社が運営するレストラン事業部が、一括大量仕入したものを使ってるし。一流のシェフが一品ずつ丹精込めて作ってるわけじゃないから。だから梓ちゃんのお口に合うか、味の保証はできないわよ」
「なんだ……心配して損した」
「団体客向けの特別メニューでね。観光案内書には、その辺の事情はちゃんと説明してるから、詐欺にはならないでしょう」
 一流シェフによる本格フランス料理を毎日食している梓のような人物は別格だ。一般庶民が口にするには、目の前のフランス料理でも十分堪能するだけの、ボリュームと食感があるはずである。
「しかしフランス料理ってのは、なんでこうも量が少ないんだ。一口・二口でぺろりだぞ。ライスがなかったら腹の足しにもならんな」
「がつがつ食う奴だな。料理は味わって食えよ」
「んなもん、胃袋に入ってしまえばみんな同じだよ。ウェイートレスさん、ごはん大盛下さい!」
 慎二の食べ方は、料理を味わうというよりも、ご飯におかずという図式であった。牛フィレステーキも、アスパラガス・バターソースもご飯をかっ食らうための単なるおかずなのだ。
「おまえには、シェフの心遣いなどとうてい理解できないな。何食っても同じということか。覚えておくよ」

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梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(五)旅行当日
2021.02.17

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(五)旅行当日

 ピクニック旅行当日となった。
 校門前に大型観光バスが停車している。
 すでに生徒達は全員席に着いて出発を待っている。男子は制服を着ているものが数人いるが、女子は全員私服である。
 最前列左側の窓際に座る梓。グリーン系の涼しそうな半袖花柄ワンピースに、クリーム色の薄手のカーディガンを羽織っている。頭の上の荷物置きには、一泊二日の旅行に必要な替えの下着や衣類が入っている少し大きめの鞄が乗っている。
 その隣に沢渡慎二が座っている。
「梓ちゃんの隣だなんてついてるなあ」
「あのね。あんたがいるとみんな恐がるから、わざわざあたしの隣にしてもらったの」
「あんだとお、そうなのかあ!」
 振り返り凄味を利かせてバス内を睨む慎二。その頭をぽかりと叩いて、
「あほ! それだからいかんのだ。少しはクラスメートと仲良くすることを考えろ。今日はクラスの親睦をはかるための小旅行なんだぞ」
「ご、ごめんよお」
「ふん」
 喧嘩するものほど実は仲が良いものだ。
 日頃から喧嘩する日常の中で、梓と慎二は結構良い中になっていた。
 退屈な学校生活の中で、息抜きというように梓にちょっかいを出している慎二。
 梓も軽くあしらうように相手にしていた。

 そんな二人を横目で見ながら、運転手に耳打ちしている絵利香。淡いピンクのブラウスにベスト、そしてミニのタータンチェックのスカートといういでたちである。
「わたしと梓ちゃんのことは内緒にしておいてね」
「かしこまりました。お嬢さま」
 運転手のそばを離れて、梓とは通路を隔てた反対側の運転席後ろに座る絵利香。
「にしても、下条先生遅いね」
「学校側や現地警察との連絡事項の確認に時間がかかってるのだと思いますよ。引率教師としての責任がありますからね」
 鶴田が、お菓子だのジュースだのを配りながら、解説した。
「おい、慎二。おまえの目の前にあるのは何だ?」
「え? 冷蔵庫だと思うけど」
「だったらおまえもジュース配り手伝え、公平君に任せきりにするな」
「なんで俺がジュース配りなんか」
「少しはクラスの役に立つ事をやってみろよな」
「梓ちゃんは?」
「あたしは、やることはやったからいいの」
「なんだよそれ。まだ出発もしていないのに」
「やるの、やらないの? ジュース配り」
「しかし……」
「あたし、帰ろかな」
「や、やらせていただきます」
 梓に奥の手を出されては慎二もかたなしとなる。そもそも慎二が旅行に参加することを決めたのは、梓も一緒に行くからである。梓とのピクニックは楽しみにしていたのである。その梓に帰られてしまうと自分の居場所もなくなる。
 しぶしぶジュース配りをはじめる慎二。

 やがて学校内から小走りに下条教諭がやってくる。
「悪い悪い。ちょっと遅れたな。校長のところの電話が話中でなかなか繋がらなくてね」
「みんな、揃っていますよ。先生」
「そうか。じゃあ、運転手さん、出発させてください」
「かしこまりました」
 ゆっくりとバスが動きだす。
 鶴田がマイクを片手に取り、
「えー。後ろの方、聞こえますか?」
 確認を取っている
「聞こえてるよ」
「それでは簡単に今日の予定を説明します。国道254号線を北上しまして、最初の予定地の神原牧場に立ち寄り牛達と戯れた後、宿泊地の蓼科高原研修保養センターに向かいます」
「しかしよお、蓼科って清里とかに比べると観光名所やキャンプ場とか少ないんだよね」

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梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(四)旅行会社
2021.02.16

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(四)旅行会社

 教室。
 梓と絵利香が戻って来る。
「今、確認中だから、ちょっと待ってくれるかな」
「わたしの方は、大丈夫だって。運転手の日当と燃料代分貰えればいいって」
「宿の方が取れるかどうかは別として、とりあえず場所は蓼科高原でいいと思うんですけど、いかがでしょう。ピクニックなんかいいですよね」
「いいね。どこかの河原でバーベキューというのもいいかも」
「こういうことは旅行会社に相談してみるのがいいわ。近くにあるから行ってみましょう」
「そうね。そこ絵利香ちゃんの親戚の旅行会社でしょ」
「こほん……」
 よけいなことは言わないで、といった表情を梓に投げかける絵利香。

 校門前。
 梓達が連れ立って歩いている。
 鞄にストラップで繋がれた梓の携帯電話が鳴る。
「はい、梓です。麗香さん、それで? うん、わかった。ありがとう。それで、お願いします」
 携帯を切り、二つ折りにして、鞄に戻す梓。
「研修保養センターの予約が取れたわ」
「本当ですか?」
「うん。三十一人全員泊まれるよ」
「あの、それで。宿泊代なんだけど……」
「あ、それなら、ただでいいんですって」
「ええ! ただ?」
「ええと……」
 言い訳を考えている梓だが、妙案を思い付く。
「そ、そうなの。実は、ホテルの従業員の研修があるんですって。その研修の一貫の実務体験ということで、あたし達の接待をするそうなの。だから、お代は頂けないって」
「研修か……そういえば、研修・保養センターだっけ。それもありかな」
「そうそう。あはは」
 苦笑する梓。絵利香も、くすっと笑っている。

 旅行会社の玄関前。
 国内旅行はもとより海外旅行も手掛ける大手である。
「ちょっと、会ってもらえるか聞いてくるから待っててね」
 一人で中に入って行く絵利香。
 受付嬢が絵利香の姿を見て、明るく声をかけてくる。
「お嬢さま、いらっしゃいませ。梓さまは、今日はご一緒じゃないのですか?」
「こんにちは、河内さん。梓ちゃんは、お友達と外で待ってもらっているわ」
「そうでしたか。それで、今日はどのようなご用で? 確か連休には蓼科に行かれると伺っておりますが」
 今日決まったばかりなのに、すでに全社的に連絡が届いているらしく、旅行のことを切り出す受付嬢。
「実はそのことで相談にのってもらいたいの」
 絵利香は実情を受付嬢に話した。
「わかりました。今は吉野が明いていますので、彼に担当してもらいましょう」
「お願いします」

 玄関前。
「なあ、絵利香さんて、もしかしてこの旅行会社の人? ほらここに書いてあるよ」
 鶴田が指し示したのは、旅行会社の看板であった。国際観光旅行社という会社名の下に、篠崎グループと書かれている。
 ……あ、見つかっちゃったか……
「さ、さあ。あたしは、知らないわ。親戚と言っていたから、名前が同じでも不思議じゃないでしょ」
「そりゃまあ、そうだろうけど。篠崎グループといえば造船・海運業では業界一を誇る篠崎重工が親会社だよなあ。タンカーやジャンボジェット機の保有数は世界一だそうだ」
「そ、そうみたいだね。あはは……」
 冷や汗かき、しどろもどろの梓。

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梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(三)執務室にて
2021.02.15

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(三)執務室にて

 真条寺家、執務室。
 壁際の机に座り報告書に目を通している麗香。窓際にはさらに一回り大きな机があり、その上には大きなパンダのぬいぐるみが、無造作にでんと置かれてある。執務室には似つかわしくない情景ではあるが、そのことを笑う者がいれば、たとえ企業の社長だろうとグループの大幹部であろうと、そばにいる麗香から容赦なく更迭を言い渡されるであろう。
 なぜならその机は、真条寺グループの現ナンバー2である梓のものだからである。
 それは五歳の誕生日に絵利香から贈られたパンダであり、梓が非常に大切にしているものである。麗香以外の者が梓に断りなしに触ったりすると、いきなり不機嫌になるから要注意である。
 その机は、梓の執務机であると同時に勉強机でもある。机の上のブックスタンドには、広辞苑・国語辞典だの、外国人向け英語解説版英和・和英辞典だの、漢字の読み書きなど日本語のあまり得意でない梓の必携勉強グッズが置かれてある。麗香に判らないことを教えてもらうため、この執務室を勉強部屋にしているのだ。勉強に疲れ気分がいらいらしてきた時、逆に非常に嬉しいことがあって気分が高揚している時、パンダを抱いていれば自然に心が落ち着いてくるという。要するに梓がパンダを抱いている時は、情緒が不安定な状態にあるので、込み入った用件を切り出す際には、その表情をよく見極めてからにしなければならない。これは五歳の時からずっと続いている習慣なので、そんな女の子のデリカシーを理解できない者は、真条寺グループの大幹部にはなれないだろう。その点十年以上もの間世話役をしてきた麗香には、梓の微妙な表情の変化も見逃さず、その心変わりを完全に理解できる眼力が備わっている。
 机の上の電話が鳴りだす。
「お嬢さまからね……」
 その電話には、ブロンクス本宅執務室とのホットラインと、梓の持つ携帯電話からのコールを除けば、外線からは直接掛けられないようになっている。
 一般の人が屋敷に電話を掛ける場合、一旦屋敷内にある電話交換センターに繋がることになっている。屋敷内には五十台以上の電話があるためだ。
 液晶画面にも間違いなく梓の名前が表示されている。その電話を取る麗香。
「麗香です」
「麗香さん、お願いがあるんだけど、いいかな」
「どうかなさいましたか、お嬢さま」
 電話口の向こうから、依頼内容を告げる梓の可愛い声が届く。
「蓼科の研修保養センターですね。お嬢さま方を含めて三十一名の予約。利用代金の支払いはいかが致しましょう」
「全部、あたしにつけといてくれるかな」
「かしこまりました。確認を取りますので、しばらくお待ち願えますか? 折り返し連絡致します」
「うん。待ってる。じゃあね」
 梓が電話を切るのを待ってから、電話を切る麗香。引き続いて研修保養センターに連絡を取る。
「支配人をお願いします。わたしは、真条寺梓さまの世話役の竜崎麗香です」
「真条寺……お嬢さまの?」
「そうです。至急です」
「少々お待ち下さいませ」
 しばらく間があって、女性の声が却ってきた。
「お待たせ致しました。副支配人の神岡幸子です。梓お嬢さまに関しましては、私が担当させて頂きます。ご用件をどうぞ、麗香さま」
「VIPルームは連休中は明いていますか」
「はい、明いております。お嬢さまがお使いになられるのですね」
「そうです。お嬢さまと絵利香さまがお泊まりになります。準備しておいてください」
「かしこまりました。絵利香さまというと篠崎重工のご令嬢さまですね。他にはありますか?」
「続きの部屋を二十九人分確保してください。お嬢さまのクラスメートで、親睦旅行をされるとのことです。お嬢さまがそれぞれのお部屋を行き来なされると思いますので、他のお客さまに会わないように、できればワンフロア貸し切りにしてください。できますか?」
「確認して、十五分以内に折り返し連絡いたします。お屋敷の執務室でよろしいですね」
「はい。よろしくお願いします」

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梓の非日常/第三章・ピクニックへの誘い(二)ピクニック
2021.02.14

梓の非日常/第三章 ピクニックへの誘い


(二)ピクニック

 城東初雁高校。
 1-A組教室内、ホームルームの時間。鶴田委員長が壇上の教卓で弁を奮っている。
 黒板には、蓼科高原ピクニック・一泊二日という文字が書かれており、下条教諭は教室の隅で成り行きを見守っている。
「というわけで、クラスの親睦をはかるために、連休を利用して一泊二日のピクニックを計画したのだが、どうだろうみんな」
「賛成!」
「いいぞ、委員長」
「それで、会費はいくらなの? それ次第だと思うけど」
「聞いて驚け、一人当たり七千円と格安になっておるぞ」
「まさか、旅行会社のパック旅行に便乗するんじゃないでしょね。そんなのはいやよ」
「安心しろ、ちゃんと貸し切りのバスで行く。俺達だけだ」
「ならいいわ」
「泊まるところは?」
「さる会社の、研修保養センターが連休中明いているので利用させてもらう」
「研修……まさか、合宿所に全員押し込むってのはだめだぞ」
「ちゃんとしたホテル並みらしいぞ。二人一部屋ずつだ」
「らしい……ってどういうこと? 鶴田君が決めたんじゃないの?」
「いやあ、そうじゃないんだ。実はみんなに打診する前に、どれだけ参加者が集まるかアポイントとって確認してたんだけど、その中の人に観光バス会社やホテル業界に親戚がいるということで、格安で使わせてくれることになったんだ」
「誰なの、その人?」
「すまん。内緒にしてくれと言われてるから」

 数日前の事である。
 梓と絵利香を前に、相談を持ち掛けている鶴田。
「え? ピクニックですか」
 絵利香が聞き直した。
「クラスの親睦を計りたいと思いまして、梓さんと絵利香さんにはぜひとも参加していただきたいと、一番に相談にきました。お二人に参加していただければ、他のクラスメートも参加するだろうと思いまして」
「いいよ。参加しても」
「ほんとに?」
「ああ。でも慎二も当然誘うんだよね」
 ぽそりと梓が確認する。
「え? 沢渡君は除外しようかなって、みんな恐がるから……」
「なら、行かないよ」
「しかし……」
「親睦を計りたいんだろ? 一人だけのけ者にしたら意味ないよ」
「わかりました。沢渡君も誘います」
「ん。じゃあ、行く」
「あ、そうだ! わたしの親戚に旅行会社やってる人がいるから、格安でバスを借りれるようにしてあげようか」
 絵利香が梓に目配せしている。
「本当ですか、絵利香さん」
「うん。運転手の日当と燃料代くらいで借りられると思うよ」
「それが本当なら、助かります」
「絵利香ちゃんがバスなら、あたしは宿を提供してあげようかな?」
「え?」
「蓼科高原に研修保養センターというのがあるんだけど、今の時期なら借りられるかも知れない」
「大丈夫ですか? 引率の下条先生も含めて総勢三十一名になるんですよ」
「三十一名か……ちょっと待ってね。携帯で確認とるから」
 そう言って廊下に出る梓。
「あ、わたしも確認取るわ。公平くん、ここで待っててね」

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