続・冗談ドラゴンクエスト 冒険の書・21
2020.11.18

続・冗談ドラゴンクエスト 冒険の書・21


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エピローグ


ナレ「ブラモス城からフェリス王国へと向かう異次元世界。突如として、ブラモスゾンビ
が襲い掛かった!」
勇者「なんだとお!ゾンビになって復讐戦かよ」
コンラト「来ますよ!」
ナタリー「油断しないで!」
ナレ「再戦が開始される。息つく暇のないほどの激しい戦いの末にブラモスゾンビは闇の
中に消え去った」
勇者「ふうっ……。今度は無言で逝きよったな。ドラクエⅡのシドーのように」
ナレ「やがて眩い光に包まれたかと思うと、元の大聖堂の魔法陣の中。大魔導師クアール
の御前に立っていた」
導師「おお!よくぞ、無事に帰ってきた。姫さまもご一緒だな」
コンラト「それもこれも、クアール様のご尽力のおかげです。感謝致します」
導師「勇者殿。さすが、大魔王ズーマを倒された女勇者のご子孫。期待通りのご活躍でし
たね」
勇者「よせやい。へそがくすぐったくなるぜ」
コンラト「姫さまを、ファンタリオンの国王陛下の元にお送りしたいと思います」
導師「そうじゃったな。早速馬車で送ってしんせよう」
ナレ「クアールの能力で、一瞬にファンタリオン王国へ瞬間移動できるのだが……。王女
には旅をさせたいと考えたのであろう。城に入ってしまえば、自由に外へ出入りできなく
なるからである」
導師「ご苦労だった。コンラッドよ、フェリス王には、儂から伝えておこう」
コンラト「ありがとうございます」
ナレ「やがて、ファンタリオン王国に馬車は到着し、王女は無事に国王の元に戻ったので
ある」
国王「勇者よ!よくぞ大魔王を倒した!心から礼を言うぞ!姫が戻ってきたのも全てそな
たの働きのお陰じゃ!勇者よ!そなたこそ真の勇者!そなたの曾祖母と同じく、この国に
伝わる真の勇者の証ロトの称号を与えよう!勇者、いや勇者ロトよ!そなたの事はロトの
伝説として語り継がれてゆくであろう」
ナレ「国王主催の大宴会が開かれ、国民たちは歌えや踊れや楽しんだ。そして夜が明けた」

コンラト「さて、姫様を救出して、国王の依頼を完遂しましたし、一旦パーティーを解散する
としますか」
リリア 「そうですね。ここいらでゆっくりと休息したいですね」
ナタリー「あたしは……こいつとペアを組むよ」
勇者「な、なんだよ。いきなり!」
ナタリー「あんたには、責任を取ってもらうからね。この書類に署名しなさい」
勇者「なに、これ?婚姻届け!?」
ナレ「だから、責任を取ってよ」
勇者「なんの責任だよ」
ナタリー「忘れたの?」
勇者「なんのこと?」
ナタリー「初めて会った時に……中出ししたでしょ。それにオリコレ村でもよ!」
勇者「同意の上での行為は犯罪じゃないはずだが」
ナタリー「そうじゃなくって!!」
リリア 「わかった!!ナタリーさん、できちゃったのね?」
ナタリー「(頬を赤らめて)そうなのよ(と勇者を見つめる)」
コンラト「そうなんですか!?勇者さん、これはもう逃げられないですよ」
リリア 「結婚式には呼んで下さいね」
勇者「け、結婚!!?」

ナレ「というわけで、とんとん拍子に話が進んで、勇者とナタリーの結婚式が執り行われ
ることとなった」
母親「あんたには苦労かけさせられたけど……いや、こんな日に言うべき話じゃないね。
いいかい、ナタリーさんを大切にな」
勇者「…………」
母親「ナタリーさん」
ナタリー「はい」
母親「こんな奴だけど……言うこと聞かなかったら、尻を蹴飛ばしてでも構わないから、
ビシバシやってね」
ナタリー「はい。まかせてください」
コンラト「あはは、こりゃ完全に尻に敷かれますね」
リリア 「勇者さんには、ナタリーさんのような、しっかり者が必要です」
勇者「…………」
リリア 「それはそうと、あの姫様は、ナダトーム城へとお輿入れが決まったそうね」
コンラト「例の光の玉も持参金代わりに持っていかれるそうです」

ナレ「こうして、また一つの冒険が終わった」


時が流れること、およそ100年後。
大地アレフガルダの一角にあるナダトーム城の国王に、可愛い女の子が授かった。
国王は、ルーラ姫と名付け可愛がっていたのだが……。
突如として、竜王が現れ嫁にくれと願い出たのだった。
当然国王は断るが、竜王は激しく怒り、姫を力づくでさらってしまった。
竜王「ルーラ姫と光の玉は貰ってゆく」
と言い残して。
光の玉を失ったせいなのか、それとも光の玉の力を竜王が解放したのか……。
大地に異変が起こり、ファンタリオン王国とフェリス王国、そしてアリアヘンは消滅して
しまった。
唯一残ったナダトーム王国も、前にも増して魔族が頻繁に出現する世界となったのだ。

その時、一人の勇者が国王に呼ばれて、はるばるナダトーム城を訪れた。


国王曰く
「おお、勇者!  勇者ロトの血を引く者よ!  そなたの来るのを待っておったぞ」
「その 昔 勇者ロトが  カミから 光の玉を授かり  魔物達を封じ込めたと言う」
「しかし いずこともなく現れた  悪魔の化身 竜王が  その玉を 闇に閉ざしたの
じゃ」
「この地に 再び平和をっ!」
「勇者よ!  竜王を倒し その手から  光の玉を取り戻してくれ!」
「わしからの贈り物じゃ!  そなたの横にある  宝の箱を 取るが良い!」
「そして この部屋にいる  兵士に聞けば 旅の知識を  教えてくれよう」
「ではまた会おう!勇者よ!」


こうして、新たなる勇者の新たなる冒険の旅がはじまった。

to be continued to
dragon quest I・Ⅱ

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11
続・冗談ドラゴンクエスト 冒険の書・20
2020.11.17

続・冗談ドラゴンクエスト 冒険の書・20


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大魔王ブラモス


勇者「ここはどこだ?」
ナレ「気が付くと、一同は荘厳な城の前に立っていた」
ナタリー「成功したわね」
勇者「これがブラモスのいる城か?」
リリア 「そのようですね」
勇者「どうせなら、ブラモスの真ん前に送ってくれればよかったじゃんか」
ナタリー「それで、いきなり戦闘になって身構える暇なく逝ってしまうのね」
コンラト「そうですね。ラスボスに当たる前に、雑魚や中ボスとの戦いを経て、戦意高揚させ
ながらラスボスと戦う心構えを整えるのです」
勇者「"(-""-)"……何か分からんが……ともかく、早いとこラスボスに会いに行こうぜ」
ナレ「といいながら、懐から一冊の本を取り出した」
ナタリー「何よ、その本は?」
勇者「これか?ひいばばの書いた自叙伝だよ」
リリア 「自叙伝?」
勇者「ああ、この城の攻略法が図解(MAP)付きで解説してあるぜ」
コンラト「早い話が攻略本ですね」
ナタリー「まあ、どうでもいいわ。さっさと行きましょう」
ナレ「攻略本のおかげで、とうとうブラモスの前にたどり着いたのであった」
*参照 冗談ドラゴンクエスト バラモス城

ブラモス「ついにここまで来たか。勇者よ。この大魔王ブラモス様に逆らおうなど身のほどを
わきまえぬ者たちじゃな。ここに来たことをくやむがよい。ふたたびび生き返らぬようそ
なたらのハラワタを喰らいつくしてくれるわっ!」
勇者「おい!そのセリフ、おまえの爺さんと同じだぞ(と攻略本を見ながら)」
ブラモス「おまえも、俺の爺ちゃんを倒した女勇者の曾孫だろ!?合せてみただけだ」
勇者「意味分らんが……とにかく、おまえを倒す!!」
ブラモス「しゃらくせえ!カカッテコイщ(゚Д゚щ)」
勇者「アスキー顔文字とは、余裕だな。機種依存文字があるから、文字化けして何書いて
あるか分からない人もいるぞ」
ブラモス「漢字変換してたら、面白いのがあったから使用したまでさ」
勇者「そうか。じゃあ、改めて戦闘開始だ!」
ナタリー「あんたら、何やってんのよ!真面目にやりなさい!!」
勇者「へいへい」
ブラモス「怖い人ですね」
勇者「ああ、おまえより怖いぞ」
ブラモス「そのようですね」
ナタリー「……"(-""-)"あのね……」
ナレ「戦闘再開!激しい戦いが繰り広げられた。そして勇者の止めの一撃が決まる」
ブラモス「ぐうっ……お…おのれ、勇者……わ…わしは……あきらめ…ぬぞ…ぐふっ!」
ナレ「大魔王ブラモスは、断末魔の悲鳴を上げながら闇の中へと沈んでいった」
勇者「断末魔も爺さんと同じだな」
ブラモス「(闇から顔を出して)台本に書いてあるんだよ!(そしてまた消えた)」
ナタリー「と、とにかく……倒したのよね」
リリア 「はい。これで世界に平和が訪れますね」
勇者「それはそうと、姫さまはどこに囚われているんだ?」
ナタリー「あんたの関心事は、姫が美人かどうかでしょ?」
勇者「当然だ!」
ナタリー「もし、〇スだったらどうするの?」
勇者「放っておいて帰る!!」
リリア 「でしょうね」
コンラト「姫を見つけました!!」
ナタリー「さすが、コンラッドさんね」
姫 「助かったのですか?ブラモスは?」
コンラト「ブラモスは倒しました。ご安心ください」
勇者「さすが、ナイトだな。姫の扱いには慣れているようだ。にしても……(姫を凝視
する)」
リリア 「そんな言い方、姫さまに対して失礼ですよ」
勇者「そうかあ……。ま、姫のことはコンラッドに任せる」
ナタリー「どうやら、お気に召さなかったようね」
リリア 「女性だったら、誰にでも手を出すのではなかったのですか?」
ナタリー「相手が王女様だからでしょ。下手に手を出したらどうなるかで、思い留まったって
ところね」
コンラト「ところで、お手に持たれているものは?」
姫 「これは、『ひかりのたま』と言います。大魔王ズーマを倒すさいに、その闇の衣を
剥がすためのものでした」
勇者「あれ?ひかりのたま、って俺のひいばばが持ってたんじゃなかったっけ?」
コンラト「ズーマを倒した後に、持っていても仕方がないと、国王に献上なされたと聞きまし
た」
勇者「そうなのか?」
姫 「以来ひかりのたまは、ファンタリオン王国の国宝となっております」
ナレ「壁や天井が崩れ始めていた」
勇者「なんだよ。ラスボス倒すと、いっつも城まで一緒に崩壊するのはなんでだよ」
ナタリー「この城も一度は崩れたのよね。たぶんブラモスの魔法で復元されたのだろうけど、
本人に倒れれば魔法も解けて崩れるのよ」
コンラト「なるほど……」
勇者「今竜王がいる城もいなくなれば崩れ去るってことだな」
リリア 「のんびり話し合っている暇ありませんよ!」
ナタリー「そうだったわね。コンラッドさん!」
コンラト「分かりました(導きの羅針盤を取り出す)皆さん、私を囲むようにして、手を繋い
で輪になって下さい」
勇者「それで、童謡かごめかごめを歌い踊るのか?」
ナタリー「ふざけないの!」
ナレ「コンラッドが羅針盤に意識を集中すると、一同の足元に魔法陣が輝きだした」
ナタリー「みんな、意識を集中して。元の世界に戻れるように!」
リリア 「元の世界へ」
姫 「戻れますように」
勇者「おお、帰るぞ!」
ナレ「一同が目を閉じて瞑想する。やがて……」

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11
続・冗談ドラゴンクエスト 冒険の書・19
2020.11.16

続・冗談ドラゴンクエスト 冒険の書・19


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最高導師


コンラト「フェリス王国に戻りました」
衛兵「これはこれは騎士団長どの、丁度国王陛下があなたを招聘なさったばかりです」
コンラト「国王陛下が?分かった、すぐに参ろう」
リリア 「私たちは宿屋にいます」
コンラト「分かりました。後で落合ましょう」
ナレ「仲間と別れ、城の謁見室へと直行するコンラッド」
国王「おお!コンラッドか、よくぞ参った」
コンラト「私をお呼びだとのことですが?」
国王「ああ、実は最高導師クアール様が予言なされたのじゃ」
コンラト「予言?どのようなものでしょうか?」
国王「この地に勇者が降臨して、魔王に連れ去られた姫を救出するだろうとな」
コンラト「勇者ですか……」
国王「ほれ、そなたと同行している勇者とか名乗る人物ではないのかな?」
コンラト「確かに、先の大魔王ズーマを倒した女勇者の子孫ではありますが」
国王「ともかくだ。その勇者を伴って最高導師クアール様の所へ参られよ。只今、この王
国の大聖堂にいらっしゃる」
コンラト「かしこまりました。大聖堂へ参りましょう」
国王「うむ。よろしく頼むぞ」
ナレ「というわけで、勇者一行を連れて大聖堂へとやってきた」
導師「よくぞ参られた」
コンラト「予言をなされたとか」
導師「ふむ……。そちらが勇者かな?」
コンラト「はい。大魔王ズーマを倒した女勇者の曽孫であります」
導師「そうじゃろうな。その瞳の輝きに勇者の血筋を受け継ぐ者特有の煌(きら)めきが
ある」
勇者「ほえ?(退屈そうに鼻くそほじくっている)」
ナタリー「こ、こら!猊下(げいか)の御前よ」
導師「はははっ。構わぬぞ。楽にしてよい。そういえば、儂のムースの聖堂以来だな」
リリア 「はい。あの時のことは、感謝しても感謝しきれません。ありがとうございました」
勇者「なあ、そろそろ本題に入ろうぜ」
ナタリー「こ、こら!」
導師「さすが噂に聞くあの女勇者の子孫だな。肝っ玉が座っとるわい」
コンラト「じつは……斯斯然然(かくかくしかじか)……というわけでして」
導師「なるほど。勇者殿、ちょっといいかな(と勇者の顔に手を置いた)」
ナレ「それは、マインド・メルド(Mind Meld)と呼ばれる作法で、スタートレックのスポ
ックが行ったアレである。精神感応で、勇者の潜在意識の奥深くへと侵入してゆく」
勇者「…………( ~-ω-~)zzz~」
ナタリー「こら!寝るな!!(耳元で強めに囁く)」
導師「ああ、構わんよ。深層意識は寝ていても大丈夫だよ」
ナタリー「は、はい。そうでしたか、済みませんでした」
ナレ「やがて、静かに離れる最高導師」
勇者「ふわああ~良く寝た」
ナタリー「何抜かしているのよ」
コンラト「それで、大魔王ブラモスのいるナクロゴンドの場所は分かりましたか?」
導師「この世界ではない、異世界にある!」
コンラト「異世界ですか?」
勇者「そうか!異世界ファンタジー物語が始まるのか?『異世界はフィーチャーフォンと
ともに』ってところか?タイトルも、とてつもなく長いのに変えなきゃな」
リリア 「違います!!」
コンラト「そこには行けるのでしょうか?」
導師「足元を見るがよい」
ナレ「一行が下を見ると、同心円に多種多様な文様の描かれた陣が現れた」
ナタリー「これは?」
導師「お主たちをブラモスの元へ届けることのできる魔法陣だ」
リリア 「この陣で大魔王の元へ行けるのですか?」
導師「いかにも」
コンラト「姫さまを救出して、戻るにはどうしたら?」
導師「そなたに預けた『道しるべの羅針盤』は持っておるか?」
コンラト「はい。ここに(と取り出して見せる)」
導師「ならば心配ない。姫を救出したならば、その羅針盤を手に取り、意識を集中して念
じよ。このフェリス王国を思い浮かべるのだ。さすれば、この魔法陣が感応してお主達を
運んでくれるだろう。儂を信じるのだ」
コンラト「信じましょう」
導師「気力も体力も十分だと思ったら、いつでも来るがよい。が、まずは装備を整えるこ
とだな。その貧弱な身なりでは、ブラモスとは戦えないぞ。紹介状を渡すから、武具屋で
買い揃えよ」
ナレ「ということで、大魔導士の紹介状を持って武具屋へとやって来た」
武具「これはこれは、騎士団長のコンラッド様。今日はどのようなご用事でしょうか」
コンラト「この人達に最強の武器と防具を見繕ってくれ」
武具「騎士団の新人ですか?」
勇者「ちがわい!これを見よ(と紹介状を渡す)」
武具「こ、これは!クアール様の紹介状じゃないですか。なになに……(と読む)」
勇者「安く売ってくれるのか?」
武具「安く?滅相もない!国璽の押印された国王の勅命書が同封されていました」
コンラト「国王の?」
武具「この書状を持ちたるものに、最強の武具を提供せよ。とあります。お代も、王室費
から出すとも」
勇者「ほんとか!?」
ナレ「店主は、奥の倉庫に入って武具一式を持ち出してきた」
勇者「す、すごい!ルビスの剣に、ミスリル銀の盾、グレートヘルムか……鎧はないの?」
武具「はあ、実は光の鎧レプリカならありますが……」
勇者「レプリカって、なんだよ」
武具「うちの出入りの鍛冶屋が、光の鎧に魅せられまして、レプリカを造ったのです。性
能は本物より一段落ちますが、それでも当店の鎧の中では最強です。非売品なのですがね」
勇者「ふうん……俺のひいばばの鎧の模造品か」
武具「もしかして、あなたは大魔王ズーマを倒されたという、あの女勇者様の?」
勇者「ああ、ひ孫だよ」
武具「やはり!クアール様や国王様が、手厚い加護をなされるのも分かりますよ」
ナタリー「中身は遊び人だけどね」
武具「こちらの書類に受け取りの署名をお願いします。王室への請求書になっていますの
で」
勇者「レプリカの項目がないぜ」
武具「それは、差し上げますよ。使い心地など、後で報告して頂ければ、なお幸いです」
勇者「そうか。じゃあ、ありがたく頂いておくぜ」
ナレ「武具屋を後にして、クアールの所へ戻る」
勇者「なんだよ、リリア。背中に担いだバッグは?」
リリア 「ええ。一度行ったら出直しできないから、たっぷりの薬草を持ってきました」
ナタリー「魔力回復のアイテムもある?」
リリア 「大丈夫ですよ」
ナタリー「なら、安心ね」
導師「準備はよいか?」
勇者「おう!いつでもいいぜ」
ナタリー「大丈夫です」
リリア 「運を天に任せます」
コンラト「お願いします」
導師「うむ……では」
ナレ「クアールが精神を統一し呪文を唱え始めると、四人の身体が輝き、やがて光の中に
消え去った」

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11
妖奇退魔夜行/蘇我入鹿の怨霊 後編
2020.11.16

陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊


其の拾玖 銃砲刀剣類所持許可証


「布都御魂……だっけ。そんな錆びた剣が役に立つのかね」
「神様が遣わしてくれた霊剣ですからね。きっと役に立ちますよ」
 ここで問題となるのは、布都御魂が日本刀などの銃砲刀剣類が適用されるかである。
 銃砲刀剣類に関しては、日本刀など文化財としての教育委員会のものと、警察官携帯
の拳銃など武器としての公安委員会のものと、二種類の登録制度がある。
 銃砲刀剣類所持等取締法第14条に該当するものは、美術品・骨董品として価値ある
ものとして、都道府県教育委員会に登録申請する。
 少なくともこの布都御魂は、錆びて朽ちており美術品としては該当しないだろう。
 今の時点では、御神体として奉納する価値はあるかもしれないが、石上神宮の対応次
第である。
 ともかくも刀剣であることには違いないので、都道府県公安委員会の銃砲刀剣類所持
許可手続きは必要であろう。
「しかし……お堅い公安委員会の許可証が取れるかが問題だな。未成年だしな。ともか
くその剣を持ち歩くに当たって、まずは石上神宮のものとして刀剣類発見届出書を提出
して、入手した上で、申請しなくてはならない。そして人目につかないように、剣道の
竹刀鞘袋にでも入れて持ち運ぶことだ」
 井上課長は、大阪府警捜査第一課長の身分を最大限に利用して、捜査協力のためとし
て事件解決までの期間限定の特別所持許可証を手に入れてくれた。また奈良県警捜査第
一課長の綿貫警視も一役買ってくれた。
 もっとも変死事件があれば、怨霊や陰陽師の仕業と噂される古都奈良特有の事情もあ
ったのだろうが。
 ちなみに古都とは、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に規定さ
れる京都市・奈良市・鎌倉市の他、同法の第二条第一項に定める政令で天理市・橿原
市・桜井市・斑鳩市・明日香村・逗子市・大津市などが挙げられる。
「これが許可証だ。剣と共に肌身離さず持っていてくれ」
「分かりました」

 さて、蘭子は陰陽師としての行動をする時、御守懐剣「虎撤」を携行しているが、
 銃刀法第22条「業務そのた正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めると
ころにより計った刃体の長さが6CMをこえる刃物を携帯してはならない。以下略」
 または軽犯罪法第1条1項2号「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害
し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた
者」
 とあるとおり、陰陽師としての業務遂行のために所持しているので、一応違反とは言
えない。

 もっとも昇進のための検挙率を稼ごうと、何が何でも違法だと決め付けて検挙しよう
とする、根性腐った悪徳警察官も多いので要注意である。
 陰陽師の仕事は、夜半がメインである。
 夜中に出歩いていれば、警察官の職務質問に遭遇することもあるだろう。
「バックの中身を見せてください」
 と、所持品検査もされる。
 職質も所持品検査も任意なので断ることができる。
 警職法2条3項、「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、
又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行されることはない」
 と、刑事訴訟法によらない強制の処分を禁止している。
 ところが、根性腐った悪徳警察官は、わざと腕を掴んだり、前に立ちはだかるなどの
行動をとり、うざいからと、手を振り払ったり、警察官の胸を押したりすると、
「公務執行妨害だ!」
 と大げさに、警察官に暴行を加えたとして、現行犯逮捕される。
 こんな場合は、
「違法行為はやめてください!」
「いやです!」
「手を離してください!」
 と大声を張り上げて、毅然とした態度で対応するのが正しい。
 サッカーなどの試合で、審判に抗議する監督などが、退場処分にならないように、決
して手を挙げないのと一緒である。

 井上課長が所持許可証にこだわったのは、そういう警察の事情があるからである。
 布都御魂を収める竹刀鞘袋を、奈良県警察署道場の講武会から借りてくれた。


其の弐拾 夜の辻斬り


 その夜のことである。
 旅館で一息ついていた時、布都御魂を収めた鞘袋が震えて微かに輝いている。
「布都御魂が感応しています」
「ほんとうか?奴が七星剣を持って動き回っているのか」
「そのようです」
「応援を呼ぶか?」
「いえ、多人数で行動すれば感ずかれます。私一人で対応します」
「女の子が一人で夜に出歩けば、警察官に職質されて身動きできなくなる。私が一緒に
いた方が良い。それに万が一の時にはコレがある」
 と、背広の内側に隠しているホルダーから拳銃を取り出して見せた。
 怨霊に対しては拳銃が役に立つはずがないが、少なくとも人間である石上直治に対し
ては有効であろう。
「わかりました。課長と二人だけで行動しましょう」
「良し」
 旅館を出て、夜の街へと出陣する二人であった。
 布都御魂に導かれるままに……。

 夜の帳が舞い降りた街中。
 辻を吹き抜ける風は、淀んで生暖かい。
 夜道を歩いている女性。
 時々後ろを振り向きながら、小走りで帰路を急いでいる。
 後ろにばかり気を取られていたせいか、前方不注意で何かに躓いて倒れてしまう。
「痛い!」
 足元の暗がりを探るように見たそこにあったものは人のようであった。
 泥酔で寝込んでしまったのか、交通事故のひき逃げで倒れているのか。
「もし、大丈夫ですか?」
 声をかけても返事はない。
 それもそのはず……。

 首がない!

 悲鳴を上げる女性。
 その悲鳴を聞いて駆け寄る人影。
「どうしましたか?」
 尋ねられても声が出せず、横たわる遺体を指差す。
「こ、これは!」
 遺体を確認して、携帯無線を取り出す。
 巡回中の警察官だった。
 女性の一人歩きを心配して、声を掛けようとしていたのである。
「こちら警ら132号、本部どうぞ」
『こちら本部、警ら132号どうぞ』
「こちら警ら132号、鳴門町132番地にて殺人と思われる事件発生。遺体は首が切
断され遺棄された模様。302号連続殺人犯の犯行と思われる。至急、応援急行を乞
う」
『こちら本部了解した。直ちに応援を向かわせる。現場の保存に尽力せよ』
「こちら警ら132号、了解」
*注・警察無線はデジタル化以降、どのように行われているか不明。
各警察機構によっても違いがあり、一応の目安ということで……。



其の廿壱 飛鳥板蓋宮跡へ


「遅かったか……」
 蘭子と井上課長が到着したのは、五分後のことであった。
「いえ、まだ反応はありますよ。追いかけましょう」
 現場警察官が留めようとするので、
「任務遂行中だ!}
 警察手帳を見せて先を急ぐ。
 警視という階級を確認して、直立不動になって敬礼する警察官。
 ヒラの巡査にとって、キャリア組の警視という階級は雲の上の存在。
 布都御魂の導きに従って、犯人を追跡する二人。
「どうやら飛鳥板蓋宮跡へ向かっているようです」
「入鹿が暗殺されたという現場か?」
「怨念が封じ込まれた剣と、怨念が自縛霊となっている場所。相乗効果がありそうです
ね」
「のんきな事を言っている場合か。昼間行った時には何事もなかったよな」
「時刻が問題なんです。鬼門の開く丑三つ時……」
「なるほどね。相手は時間と場所を選んだというわけか」
 その後しばらく無言で走り続ける二人。

 数分後、飛鳥板蓋宮跡の入り口へと到着する。
 井上課長は胸元の拳銃、SIG SAUER P230 を取り出しマニュアルセーフティーを解除
して、いつでも発砲できるようにして再びホルスターに戻した。
 発砲といっても、米国のように無条件で撃てるのではなく、正当防衛かつ緊急事態に
のみ発砲が許されている。例えば、犯人が蘭子に襲い掛かり正に刀を振り下ろそうとし
た瞬間とかである。

 慎重に跡地内へと入っていく二人。
 周囲に照明となるなるものがないために、ほとんど暗闇状態で星明りだけが頼りだっ
た。それでも暗順応とよばれる視力回復が働く。
 陰陽師として深夜半に行動することが多い蘭子は、霊を見透かす霊視に加えて、周囲
の状況を見ることのできる暗視能力にも長けていた。

 
 暗順応:
 角膜、水晶体、硝子体を通過した光は、網膜にある視細胞で化学反応を経て電気信号
に変換される。視細胞には、明暗のみに反応する約1億2000万個の桿体細胞と、概ね3種
とされる色彩(波長)に反応する約600万個の錐体細胞がある。光量が多い環境では主
として錐体細胞の作用が卓越し、逆に光量が少ない環境では、桿体の作用が卓越する。
夜間などに色の識別が困難になり明暗のみに見えるのは、反応する桿体の特性である。
桿体、錐体ともに一度化学反応をすると、再び反応可能な状態に復帰するまでにはある
程度の時間が必要である。視界中の光量が急減した場合に一時的に視覚が減退するのは、
明所視中において桿体細胞内のロドプシンのほとんどが分解消費してしまっており、桿
体細胞が速やかな反応のできない状態になっているからである。暗い環境の中で時間が
経過すると、ロドプシンが合成されて桿体細胞が再び反応できるようになり、視覚が働
くようになる。 明順応に対し、暗順応に時間がかかるのは、ロドプシン合成の方がロ
ドプシン分解に比べて長い時間を要するためである。wikipediaより



其の廿弐 石上直弘


 突如、落ち武者の姿をした亡霊が地の底から湧いて出るように出現した。
「課長、気をつけてください。犯人が外法で霊を呼び出しています」
「霊?といわれても、私には見えないぞ」
 といいつつ胸元のホルスターから銃を取り出す井上課長。
 辺りを見回すが猫一匹見ることはできなかった。
「銃は無駄です!相手は怨霊です」
「どうすりゃいいんだ」
「夜闇を払い、光を降ろす五芒の印!」
 暗視の術を唱えると、井上課長の目にも見えるようになった。
 おどろおどろしい怨霊の姿にたじろぐ井上課長。
 そりゃそうだろう。
 怨霊などというものに、普段から接したことなど皆無だから。
 お化け屋敷とは違うということである。
 と、上着の内側が微かに光っているのが見えた。
 内ポケットに入れたお守りが輝いていた。
 おもむろに取り出してみる。
 するといっそう輝きを増して、襲いかかろうとしていた怨霊を消し去った。
「なるほど……これは良いな」
 蘭子が護法を掛けていた効力のようである。
 怨霊程度ならお守りでも役に立っている。
 それを確認した蘭子は、安心して犯人と対峙できる。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
 怨霊を九字の呪法で消し去りながら、板蓋宮跡の中へと歩みを進める二人。
 やがて跡地の中ほどに人影が現れた。
「待っていたよ」
 暗がりで佇む人影は、近づくにつれてはっきりと表情を読み取れるようになる。
 石上直弘その人だった。
「石上だな!」
 井上課長が尋ねる。
「その通り」
 続いて蘭子が続く。
「なぜ、罪もない人々を殺(あや)める」
「なぜだと?」
「そうだ。金城聡子をなぜ殺した!」
「足手まといになったからだ」
「足手まといだと?」
「七星剣に封じ込まれた入鹿の怨念を呼び起こすためには、血を吸わせる必要があった
のだ。剣を手に入れる助手として、かつ最初の生贄として彼女が必要だった」
「なんてこと……そのために人の命を弄ぶとは」
「妖刀とは血を吸うものじゃないかな?」
 妖刀として名高いものに村正が上げられる。
 徳川家康の祖父清康と父広忠は、共に家臣の反乱によって殺害され、家康の嫡男信康
も織田信長に謀反を疑われ、死罪と成った際に使われた刀もそれぞれ村正である。
「話がそれたな。おまえら、一人は刑事のようだが、娘の方は……陰陽師か?」
「その通りよ」
「なるほどな。で、どうするつもりだ?」
「その刀、七星剣を返しなさい」
「せっかく手に入れたものを、返せと言われて返す馬鹿はいない」
 至極当然な反応である。


其の廿参 剣を交える


 しばらくありふれた問答が続いたが、
「この場所へおまえらを呼び寄せたのは何故だか分かるか?」
 と、先に切り出したのは石上だった。
 この場所、板蓋宮跡は蘇我入鹿が惨殺された所である。
 伝承では、斬首された首が数百メートル先へ飛んでいったとか、村人を襲ったとかと
かで首塚が作られているのであるが……。
 「さらし首」なという見せしめは、武家社会になってからであり、貴族社会であった
当時なら、野外に遺体ともども打ち捨てられたものと思われる。
 ならば……。
「蘇我入鹿か?」
 当然の反問である。
「見るがいい」
 というと、七星剣を上段に構えたかと思うと、えいやっとばかりに地面に突き刺した。
 地面から稲光が放射状に光ったかと思うと、無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)が湧
き出てきた。
 石上がさらに右手を水平にかざすと、手のひらから、霊光(オーラ)のようなものが
地面へと伸びていく。
 その地面が盛り上がりを見せたかと思うと、何かが土中より出現した。
 それはゆっくりと上昇して、石上の手の上に。
 骸骨だった。
「蘇我入鹿の首だよ」
 おどろおどろしいオーラを発しているその首を差し出しながら、
「入鹿の首と、怨念の籠った七星剣、入鹿が討ち取られた板蓋宮跡。そして時刻は鬼が
這い出る丑三つ時。道具はすべて揃った」
「何をするつもりだ?」
「知れたことよ」
 と言いながら地に突き刺した七星剣を抜いて、天に向けて捧げた。
 凄まじい気の流れが怒涛の様に周囲に広がり、闇の中から無数の怨霊が沸き出し、奈
良の街中へと拡散していった。
 毒気を含んだ黒い霧が流れ出し、道行く人々が次々と倒れてゆく。
 街中に溢れ出した怨霊は、至る所で災いを巻き起こし、人々を渦中に引きずり込んで
いく。
 台所のコンロが自然点火して火事となり、交差点信号が誤作動を起こして交通事故が
あちらこちらで発生する。
 板蓋宮跡にいる蘭子達からも、街や村が火に包まれていくのを目の当たりにすること
となった。

「問答無用ということですね」
 竹刀鞘袋から布都御魂を静かに引き抜く蘭子。
「そういうことらしいな」
 石上も入鹿の首を地面に置いて、七星剣を構える。
 蘭子が石上に向かって布都御魂を振りかざす。
 もちろん生殺しないように、当身を狙ってである。
 だが、いとも簡単に受け止められてしまう。
「おまえが剣道の猛者ということは知っている。だが、自分も四段の腕前でね」
 鉄と鉄が交差する度に火花が飛び、瞬間暗闇を照らす。
 井上課長は思う。

 貴重な文化財を使って、チャンバラとは!

 しかし、心配はご無用。
 どちらも怨霊の籠った霊剣である。
 そうは簡単に折れたりはしなかった。
「なるほど『霊験あらたか』ということか」
 納得する井上課長であった。


其の廿肆 魔人登場


 手に汗握る戦いであったが、若さと柔軟さに勝る蘭子が押していた。
 とはいえ、少しでも気を抜くと致命傷を受ける真剣勝負なのだ。
 相手を傷つけることをも躊躇してはいけない。
 切っ先を合わせること数十回、ついに決着が着いた。
 石上が大上段から振り下ろす剣を見切り、その剣を弾き飛ばした。
 空中を舞いながら井上課長の足元に突き刺さる七星剣。
 井上課長が拾おうとするが、
「だめ!触らないでください!」
 蘭子の警告に手を引っ込める。
 怨霊の籠った剣に触れば、憑りつかれる可能性があるからだ。
「ふ……。さすが剣道の達人だな」
 切っ先を交わした際に傷ついたのであろう、右手から血を流していた。
「観念しろ石上」
 井上課長が拳銃を構えて投降を呼びかける。
 石上は後ずさりしながら、入鹿の首の所まで戻った。
「まだ終わったわけではない。これからが本番よ」
 というと、懐から短刀を取り出して、傷ついた右腕をさらに切り刻んだ。
 ボタボタと滴り落ちる鮮血が、足元の入鹿の首に注がれる。
「入鹿よ我に力を与えたまえ!」

「課長!撃ってください!」
 蘭子が慌てたように叫んだ。
 何がなんだか分からない井上課長。
「何のための拳銃ですか!早く撃って!」
 拳銃は所持していても、必要最低限の条件と緊急性がなければ、発砲などできない警
察官の性がトリガーを引くのを躊躇わせた。
 どんなに悪人でも、日本警察は容易く撃たないよう訓示されている。
 そうこうするうちに、入鹿の首からオーラが発して、石上直弘の身体を取り囲んだ。
 見る間に、その身体がおどろおどろしい姿へと変身してゆく。
「魔人か!」
 蘇我入鹿の怨霊どころではない!
 紛れもなく魔人が本性を現したのである。

 ズギューン!

 井上課長が発砲する。
 しかし、もはや拳銃などでは歯が立たなくなっていた。
 人間の姿でいる間に撃てば、あるいはという状況ではあったが、時すでに遅し。
 魔人が相手では、拳銃だろうと布都御魂であろうと太刀打ちできない。
 どうやら魔人が蘇我入鹿をして石上直弘を操っていたのだろう。

「課長。布都御魂を預かってください」
 と霊剣を手渡す。
「どうするつもりだ?」
「霊には霊、魔には魔です」
 おもむろに懐から御守懐剣を取り出す。
 御守懐剣「長曾祢虎徹」には、魔人が封じ込まれている。
 魔人を呼び出して戦わせようというわけだ。
 魔人を召喚するには、本来長い呪文が必要なのであるが、それは最初の時の場合であ
って、契約を交わした魔人との間には、急を要する時のための短縮呪文が存在する。
 双方が納得して取り決められれば、どんな作法となっても問題ない。
 蘭子の御守懐剣「長曾祢虎徹」に封じられた魔人の場合は、剣を鞘から抜き、
「虎徹よ、我に従え!」
 と、唱えれば召喚が成立する。
 とはいっても、虎徹に宿った魔人には姿形はなくオーラそのもの。
 いわゆるエネルギー体のような存在である。
 アーサー王伝説に登場する「エクスカリバー」と言えば分かりやすいだろう。


其の廿伍 血の契約


 時を遡ること数か月前。
 板蓋宮跡を訪れる一人の青年がいた。
 石上直弘というその青年は、ごくありふれた平凡なサラリーマンに過ぎず、日々の生
活にも困窮する時もあった。
 ある日、インターネットで探し物をしていた時に、『刀剣乱舞-ONELINE』という京都
国立博物館で開催される刀剣展示の催しが目に留まった。
「刀剣乱舞か……」
 多種多様な刀剣類に意志が宿って、擬人化されたキャラクターが主人のために悪と戦
うという設定だが。
 アニメの刀剣乱舞はともかくも、歴史上最も有名なものは、日本書紀にも記述がある
須佐之男命が出雲の国を荒らしまわっていたヤマタノオロチを退治したと言われる『天
羽々斬剣(あめのははきり)』別名『天十拳剣(あめのとつかのつるぎ)』であろう。
 その霊剣は当初、備前国赤坂郡(岡山県赤磐市)の石上布都神社に祀られていたが、
崇神天皇の代に奈良の石上神宮に移された。石上神宮では、その天羽々斬剣を布都御魂
と名を変えて奉っている。
「石上神宮か……」
 石上(いそのかみ)という独特な読み名に興味を持った彼は、自分が物部氏に繋がっ
ているかも知れないと、自分の戸籍を調べ始めた。いわゆるルーツ探しである。
 探していくうちに、とある旧家にたどり着き、保管されていた石上家の家系図に巡り
合えたのである。
 そして自分が、正しく物部氏に繋がることを発見した。
石上家の系譜
 物部氏の後裔であることを知った彼は、歴史探訪の旅に出ることを思い立ったのだ。

 そして、こうして板蓋宮跡の地を訪れたのである。
 見渡す限りの水田ばかりの風景が広がる。
「何もないな、ここで蘇我入鹿が惨殺されたとは、想像すらできない温和な風景だ」
 かつての自分の祖先である物部守屋が蘇我氏の一団によって暗殺され、今度は蘇我入
鹿も中臣鎌足によって、天皇の御前で惨殺されるという血で血を洗う抗争のあった宿命
の地であったのだが。
「見るものもないな」
 数枚の写真を撮って帰ろうとした時だった。

『そのまま帰っていいのか?』

 背後から声がした。
 振り返ってみるが誰もおらず、殺伐とした田園風景が広がっているばかり。
 しかし、声は続いている。
『力が欲しいとは思わぬか?』
「力?」
『おぬしが望むなら、ありとあらゆる力を与えることができる』
 どうやら直接、自分の脳裏に語り掛けているようだった。
『その力を使えば、今の生活から抜け出すこともできる。金がないのだろう?金が欲し
ければいくらでも手に入るようになる』
「どうすればいい?」
 思わず姿なき声の主に問いかける石上。
『簡単なことだ』
 すると、足元の大地が盛り上がってきて、地中から何かが出現した。
 髑髏(どくろ)だった。

『血の契約をしなければならない』
「血の契約?」
『そうだ。おぬしの血を髑髏に注ぎ込むのだ』
「血を注ぐというのか?」
『それが魔人との契約の証だからだ』
「魔人?魔人だというのか!?」
『その通り。信じるも信じないも、おぬし次第だがな。さて、どうする?』
「一つ確認したい」
『なんだ?』
「ほんとうに、ありとあらゆる力を与えてくれるのだな?』
『いかにも』
「分かった。その契約とやらをしよう」
『その前に、もう一つ必要なものがある』
「もう一つ?」
『入鹿の首を落とした「七星剣」を手に入れることだ。それには入鹿の怨念が籠ってい
るのだ。術式には是が非でも手に入れねばならぬ』
「七星剣?」
『それは四天王寺にある』
「東京国立博物館に寄託されているはずだが?」
『もう一つあるのだ。物事には必ず表と裏があるように、裏の七星剣があるのだ』
「裏の七星剣……」
『裏の七星剣は、四天王寺の宝物庫の地下施設に呪法に守られて、厳重に保管されてい
る。手に入れるには仲間が必要だ。仲間を見つけろ』
「仲間といっても」
『七星剣を目覚めさせるには、血を吸わせることが必要だ。いずれその仲間も必要とし
なくなる。最初の犠牲者には最適だろう』
「仲間を斬るのか?」
「所詮足手まといになるのが関の山だ。斬って捨てるのだな』
 考え込む石上。
『それでは血の契約の儀式を始めようか』


其の廿陸 魔人対決


 蘭子と魔人のバトルに戻る。
 魔人に対して、長曾祢虎徹を構える蘭子。
『ほほう。使い魔を従えていたとはな』
 魔人が初めて口を開いた。
「この剣の本性が見えるの?」
『儂に勝てるかな?』
「やってみなければ分からない」
『ならば、かかって来るがよい!』
 誘われるように、八相の構えを取る蘭子。
 左上段の構えから、剣を下ろし、鍔(つば)が口元に位置し、左手は身体の中心、剣
は45度傾けて、刃を相手に向けた構えである。長期戦に備えて、無駄な体力を消耗し
ない態勢である。
「いざ、参らん」
 地面を蹴って、えいやっとばかりに切りかかる蘭子。
「やった!真っ二つだ」
 井上課長が小躍りする。
 見事に魔人を両断したかと思った瞬間、魔人は霧のように消え去った。
「なに!消えた?」
 きょろきょろと周りを見回す井上課長。
「後ろだ!」
 蘭子の背後に姿を現す魔人。
 反転して、再び剣を振る蘭子。
 しかし、今度も剣は宙を舞うだけだった。
 姿を現しては、また消えるを繰り返す魔人。
 斬りかかっても、斬りかかっても、剣は宙を舞うだけだ。
『どうした、先ほどの威勢は虚勢だったのか?』
(おかしい……手ごたえがない)
 冷静になって雑念を払い魔人の気配を探す。
(相手が目に見えるからいけないのよ)
 静かに目を閉じて意識を研ぎ澄ます。
 ゆっくりと周囲を精神感応で魔人の気配を探す。
 とある一点、凄まじい気の流れを感じて目を開けると、蘇我入鹿の首が怪しく輝いて
いる。
「分かったわ、本体はそこよ!」
 蘭子は、虎徹を入鹿の首に投げつけた。
 それは見事突き刺さる。
『ぐああっ!』
 悲鳴のようなうめき声を上げる魔人。
 とともに、目の前の姿が消え去った。
 どうやら幻影と戦わされていたようだ。
 髑髏から靄のようなものが沸き上がり、魔人本体が姿を現した。
 すかさず駆け寄って、虎徹を引き抜き、本体に斬りかかる。
『お、おのれえ!』
 今度はダメージを与えたようであった。
 さらなる追撃を掛ける蘭子。
 虎徹を握りしめ精神集中すると、剣先がまばゆいばかりのオーラを発しはじめる。
「いけえ!」
 全身全霊を込めて剣を振るうと、オーラが怒涛のように魔人に襲い掛かった。
 オーラが魔人の全身を覆いつくす。
『ぐ、ぐあああ』
 断末魔の声を上げながら、消えゆく魔人。
 後には、放心したような石上直弘がゆらりと佇んでいた。
 次の瞬間。
 その眉間に弾丸が突き刺さり血飛沫を上げる。
 先ほど井上課長が撃った拳銃の弾が、今更にして命中したというところだ。
 どうやら、石上の周りが時空変異を起こしていたようだ。
 どうっと地面に倒れる石上。
 蠢(うごめ)いていた魑魅魍魎も地に戻っていき、姿を消してゆく。

 やがて静寂の闇が辺り一面を覆う。

「終わったのか?」
 井上課長が尋ねる。
「ええ、終わりました。彼は?」
「死んでいるよ」
「そうですか、助けたかったですね」
 魔人と血の契約を交わした者は、魔人が倒れれば自身も倒れる。
 悲しい現実である。


其の廿漆 大団円


 戦いは終わった。

 石上直弘と魔人は倒したものの、街中に広がった怨霊達が残っていた。
 各所で燃え上がる火災、火の粉が風に乗ってここまで飛んできていた。
 見つめる蘭子の頬をほのかに赤く照らす。
「課長。布都御魂を返していただけますか」
「ああ、わかった。ほれ」
 預かっていた布都御魂を蘭子に返す井上課長。
「ありがとうございました。さてと……、これからが大変です」
「どうするつもりだ?」
「これを使います」
 と、布都御魂を示した。
「布都御魂?」
「ただチャンバラをするためだけに、託宣されたと思いますか?」
 頬笑みを浮かべながら、儀式の準備を始めた。

 まずは地面に突き刺さっている七星剣を、布都御魂と刃を重ね合わせるようにして引
き抜く。
 七星剣を単独で扱うと、祟られる可能性があるからである。布都御魂の神通力をもっ
て、それを押さえつけるのだ。
 二つの刀を捧げ持ち、板蓋宮跡の中心部にある「大井戸」と推定されている窪みに入
り屈み込んで、その縁に刀を安置した。
板蓋宮跡
 両手を合わせて祈るように、眼を閉じて静かに大祓詞の詠唱をはじめる。
大祓詞全文資料によっては、文言の異なる祝詞が多数存在します。
 井上課長も手を合わせ、目を閉じて祈っていた。
 災禍によって命を失った人々はもちろんのこと、石上直弘に対しても憐れみを持って。

 やがて布都御魂剣と七星剣が輝きだし、光は四方八方に広がってゆく。
 それとともに町中の怨霊達が、引き寄せられるように集まってくる。
 そして布都御魂に吸い込まれるように消えてゆく。
 声を掛けようとした井上課長であるが、一心不乱に祝詞を唱える蘭子に躊躇を余儀な
くされた。実際にも、精神集中している蘭子には、声は届かないだろうが。
 最後の祝詞が詠唱される。
「……今日の夕日の降の、大祓いに祓へ給ひ清め給ふ事を、諸々聞食せと宣る」
 パンッ!
 と手を叩いて手を合わせて、しばらく黙祷。
 静かに目を開き、深呼吸する蘭子。
 辺り一面の怨霊達は姿を消し、平穏無事な世界が広がっていた。
 ゆっくりと立ち上がって、井上課長のもとに歩み寄る蘭子。
「終わりました」
「そうか……お疲れ様」
 携帯を取り出して、奈良県警の綿貫警視に連絡をとる井上課長。
 押っ取り刀で駆け付けた奈良県警の現場検証が始まる。
 石上直弘の遺体の写真撮影、遺留品の回収など手っ取り早く進められてゆく。
 事情聴取には、井上課長が詳細な報告を伝えていた。
「時間も遅いですから、詳しいことは明日にしましょう」
 女子高生である蘭子に配慮して聴取は切り上げられた。

 旅館に戻った二人。
「証拠物件として、これが取り上げられなくて良かったです」
 と、竹刀鞘袋に納められた二振りの剣。
 七星剣と布都御魂。
「綿貫警視が骨折ってくれたからな」
 怨念が籠っているから、一般人が触ると呪われる。
 蘇我入鹿の怨霊事件が再び繰り返し起こしたいのか?
 そうやって脅しをかけて強引に、陰陽師である蘭子に、刀剣の所持を継続許可したの
である。


 布都御魂を元の地に返すために、石上神宮禁足地へと戻ってきた蘭子。
 布都姫が現れた。
「ありがとうございました」
 蘭子がお礼を述べると、軽く頷くような素振りを見せて、静かに消え去った。
 足元の地面を掘り起こし、元の様に「布都御魂」を埋め戻してゆく。
 手を合わせて静かに黙祷する。

 禁足地の外では、井上課長が、蘭子の帰りを待っていた。
 やがて戻ってきた蘭子に話しかける。
「本物の布都御魂かも知れないのに埋め戻すのかね」
「何百年間もの長い年月、人知れず眠っていたのです。元の場所でそっと静かに眠らせ
てあげましょう」
「そういうものかねえ……」
「御神体がいくつもあったら、有難さも薄れるじゃないですか」
「それはそうですけどね……」
 その後、拝殿に参拝して神に事件報告する蘭子。
 神様のお告げで布都御魂を授けられたのであり、お礼参りするのは当然。
「明美も刀剣に興味を持たなければ、事件に巻き込まれなかったのに」
 空を仰ぎながら、一粒の涙を流す蘭子だった。

 社務所で談話する奈良県警の綿貫警視と宮司。
「布都御魂を埋め戻して良かったのでしょうか?あちらが本物かも知れないのに」
「あちらの方は、蘭子さんが神のお告げで授かったものです。同様に埋め戻せというお
告げがあったのでしょう。今でも禁足地を掘ってみれば、刀剣類がいくらでも出てくる
でしょう」
「またぞろですか?」
「そうです。真偽のほどは神様にしか分かりません。悩んでみたところで仕方なし、伝
承にいう剣と思しきものが出土した。我々は、それを布都御魂と信じて奉るしかないの
です」
 傍らには、宮司らの手によって除霊されたばかりの「七星剣」が置かれている。

 翌日の四天王寺宝物殿。
 井上課長と土御門春代、そして四天王寺住職が秘密の地下施設扉前に揃っていた。
 開錠の呪文で封印を解いて、開いた扉から入館する一同。
 七星剣を元の刀掛台に戻して、改めて拝礼する住職。
「戻ってきて良かったです。それもこれも蘭子ちゃんのお陰です」
 向き直ってお礼を言うと、
「取り戻したとはいえ、多くの人々の尊い命が失われました」
 春代が悲しげに答えた。
「はい。重々心に刻んで、弔うことにしましょう」

 宝物殿を退出して、再び呪法で密封する住職。
 井上課長が告げる。
「今回の事件に際して、七星剣のことは闇に封じます。科学捜査が基本の現在の警察事
情では、怨霊や魔人による犯罪だった……なんて公表できませんからね。裏とはいえ、
これも立派な国宝の一つでもあるし。証拠物件として提出わけにもいかないし」
「ご配慮ありがとうございました」
 四天王寺境内を歩きながら、
「蘭子ちゃんに会いたかったですな」
「高校生ですから、授業中です」
「そうでしたな」

 阿倍野女子高等学校、1年3組の教室。
 静かな教室内に、教師の教鞭の声とノートに書き写すペンの音。
 窓際の机に座りながら、外を眺めている蘭子。
 吹き渡るそよ風が、その長いしなやかな髪をかき乱してゆく。

 一つの事件は解決したが、蘭子の【人にあらざる者】との戦いはこれからも続く。


蘇我入鹿の怨霊 了

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11
妖奇退魔夜行/蘇我入鹿の怨霊 中編
2020.11.16

陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊


其の拾 七星剣


「物事には必ず表と裏、光(陽)と影(陰)があるように、実は二振りの七星剣があっ
たのです。表の七星剣は東京、そして裏の七星剣は四天王寺の地下宝物庫に人知れず封
印されていたのです」
「封印されていた?」
「はい」
「実は、裏の七星剣には蘇我入鹿の怨念が封じ込まれていたのです」
「蘇我入鹿?ですか……蘇我入鹿首塚の怨霊伝説なら聞いたことがありますが」
「蘇我入鹿を斬首した剣が、この裏の七星剣だという説話が残っています」

 蘇我氏の怨霊ということなら、この四天王寺に伝承されていても不思議ではないだろ
う。
 崩御した推古天皇の後継者争いで、四天王寺を建立した聖徳太子の子、山背大兄王を
暗殺したのが蘇我入鹿である。


 欽明天皇の頃、崇仏派の蘇我氏一族と、排仏派の物部氏・中臣鎌足連合が争った。
 用明天皇崩御の後、継承争いとなり、穴穂部皇子を皇位につけようとした物部守屋に
対し、炊屋姫(後の推古天皇)の詔を得て、穴穂部皇子を誅殺し、さらに物部守屋の館
に討ち入ってその首を捕った。
 以降物部氏は没落することになる。

「蘇我入鹿首塚はご存知でしょう」
「はい。板蓋宮大極殿で中臣鎌足によって斬首された入鹿の首が620mほど南のかの地ま
で飛び、住民が手厚く葬ったという伝説によるものですね」
「その通り。葬られたものの入鹿の怨念は凄まじく、夜ごと奈良に現れ民を苦しめたと
いう。そこで陰陽師が招聘されて、入鹿の怨念を一つの剣に封じ込めたという。その剣
が、この裏の七星剣のもう一つの説話なのです。どちらにしても入鹿の怨念が籠ってい
たのは確かなようです」
「七星剣に入鹿の怨念が封じ込まれていたとしたら、その怨念を解き放って悪しき呪法
とすることができるでしょう」
「何か心当たりがあるのですか?」
「まだ何とも言えませんが、呪法が使われたと思われる事件がありました」
「それは困りましたね。何かお手伝いできることがあればおっしゃってください。出来
るものなら何でもご協力します」
「ありがとうございます」

 宝物庫から出てくる一行。
 住職は再び呪法を掛け直して扉を密封している。
 その作業を見ながら春代が尋ねる。
「これからどうする?」
「明日、明日香村に行ってみようと思います。何か手掛かりが見つかるかも知れません
から」
「そうか、そうすると良い」
「七星剣を盗んだ犯人は、妖魔か陰陽師の疑いが強いですね。例の石上直弘一人では、
この所業は不可能でしょう。
「つまり石上の背後で操っている物がいると?」
「はい」

 奈良行きを井上課長に伝えると、
「待て!私も着いて行こう。君一人を行かせる訳にはいかない」
 と、同行を求めた。


其の拾壱 飛鳥寺にて


 飛鳥の代表的なお寺の一つが飛鳥寺である。
 ここは596年蘇我馬子が発願して創建された日本最古のお寺で、寺名を法興寺、元興
寺、飛鳥寺と変遷し、現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。奈良市にある元興
寺は平城遷都と共にこのお寺が移されたもの。
 このお寺はひっそりと建っているが、近年の発掘調査では、東西200m、南北300m、
金堂と回廊がめぐらされた大寺院であったようです。現在の建物は江戸時代に再建した
講堂(元金堂)のみを残す。
 又ここは大化の改新を起こした中大兄皇子と中臣鎌足が、有名な蹴鞠会で最初出会っ
たと伝えられ、蘇我入鹿を天皇の前で暗殺して大化の改新となる。

 〒634-0103 高市郡明日香村飛鳥682
 近鉄橿原神宮駅下車→岡寺前行バス10分→飛鳥大仏下車
 又は、近鉄橿原神宮駅下車 徒歩40分
 拝観料大人300円
 駐車場料金 普通車500円
 飛鳥大仏は写真撮影可能


「着いたぞ、飛鳥寺だ」
 駐車料金500円を払って、飛鳥寺に入場する二人。
 併設の駐車場は有料であるが、7分歩いたところには県立万葉文化館無料駐車場(普
通車110台収容)もある。
「拝観料は300円ね」

 飛鳥寺(安居院)の西門から西へ100m程度行ったところ、飛鳥川との間にある五
輪塔が蘇我入鹿の首塚といわれている。
 高さ149cmの花崗岩製で、笠の形の火輪の部分が大きく、軒に厚みがあるのが特徴で
ある。
 田畑の真ん中にこじんまりと安置されていて、入鹿塚だと言われなければ気が付かな
い。
 主な観光ルートには入っておらず、蘇我入鹿に興味ある熱心な歴史探訪家くらいしか
訪れることはない。

 
蘇我入鹿首塚のストリートビュー


 一通り首塚を調べる蘭子。
「その下に蘇我入鹿の首が埋葬されているのか?」
「伝承ではそういうことになっています」
「仮に埋葬されたとしても、後世のものによって掘り返されているだろうな」
「ありえますね」


「そろそろ飛鳥寺に戻りましょうか」
「うむ……」
飛鳥寺正門
 正門の「飛鳥大佛」と刻印された石碑の前で、
「記念写真撮りましょうよ」
 と、同意を求める蘭子。
 記念写真となれば、立っている所がどこであるかが明確に特定できる場所が最適であ
ろう。
「観光に来たのではなくて、捜査のために来たのだが……」
「いいから、いいから」
 背を押して石碑の傍に立たせるようにして、自分も隣に寄り添う。
「すみませーん。シャッター押して頂けますかあ」
 通りかかった観光客にスマートフォンを手渡してお願いする。
「いいですよ」
 観光客も快く引き受けてくれる。
「あ、このボタンを押してください。シャッターが降りますから」
 今時の若者にはスマートフォンの扱いなど朝飯前である。
「いいですか?撮りますよ」
「お願いしまーす」
「はい、チーズ」
 と、ピースサインを出す蘭子。
「はい。撮れましたよ」
 スマートフォンを返してくれる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
 旅は道連れ世は情け、見知らぬ他人とて助け合うことができるというものだ。
 手を振って別れる観光客。

「次はどこへ行く?」
「蘇我入鹿が殺されたといわれる『飛鳥板蓋宮跡』に行ってみましょう」
「何かあるのかね?」
「いえ、何もありません」


其の拾弐 新事実発覚


 というわけで、飛鳥板蓋宮跡へやってきた二人。
「GPSナビがなきゃ、こんな辺鄙なところ来れないですね」
「まったくだな……。ド田舎の畑のど真ん中、こんな所に何の手掛かりがあるか……だ
な」
「まずは行動を起こすこと。捜査のいの一番ではなかったですか?」
「そりゃそうだが……」
「ここで蘇我入鹿が惨殺されたのです」
「何か感じるかね、怨霊とか」
「いえ、何も感じません」
「しかし、案内看板が一つあるだけで、本当に何もない所だな。建物一つない、休憩所
なり日陰となるものを作れば良いのに」
「観光地というよりも歴史的遺構という位置付けなのでしょうね」

飛鳥板蓋宮跡

 皇極天皇4年6月12日(645年7月10日)
 三韓(新羅、百済、高句麗)の使節の進貢に伴い、三国調の儀式が行われることにな
り、皇極天皇が飛鳥板蓋宮の大極殿に出御することとなった。
 従兄弟に当たる蘇我倉山田石川麻呂が上表文を読み上げていた際、肩を震わせていた
事に不審がっていた所を中大兄皇子と佐伯子麻呂に斬り付けられ、天皇に無罪を訴える
も、あえなく止めを刺され、雨が降る外に遺体を打ち捨てられたという。


 一応の調査を終えて、その夜の旅館へ。
 旅費の都合もあり、親子ということにして同部屋に泊まる二人。
「宿賃……本当にいいんですか?」
「もちろんだ。捜査費用として落とせるから」

 なにやら、旅館設置のTVとスマホを接続している蘭子。
「何をしている」
「スマホの画像データをこのテレビで拡大して観るの」
 次々と画像データをテレビに映している。
 来場客に頼んで撮ってもらったピース写真から次の写真に切り替えようとしたとき、
何気に見つめていた井上課長が声を上げた。
「ちょっと待て!」
「な、なに」
「その写真だ!」
「このピースしている写真?」
「違う!後ろの正門料金所の脇に立ってこちらを見つめている人物だ!」
「後ろ?」
「拡大できないか?」
「できますよ」
「やってくれ」
 何が何だか分からないが、言われたとおりにする蘭子。
「こ、こいつは!」
 拡大された画像に驚く二人。
 京都文化博物館で、金城聡子に言い寄っていた、あの石上直弘であった。
「後をつけてきたのか?」
「たまたま行動が一致したのかも。蘇我入鹿の怨霊が関わっているなら、明日香村へと
帰着するのが自然ですから」
「そうか……」
 としばらく考えていた井上課長であったが、
「この写真データを、府警本部の俺のパソコンに送りたいのだが、できるか?」
「メールアドレスが分かればできます」
 といいながら画像データを送信する操作を行ってから、
「どうぞ、メールアドレスを打ち込んで頂けますか」
 とスマホを渡すと、一心不乱にアドレスを打ち込んで、
「よし、送信!と」
 スマホを返してから、さらに自分の携帯を取り出して連絡を取っている。
「ああ、井上だ。今、俺のパソコンにメールで画像を送ったから至急見てくれ。大至急
だ」
 どうやら大阪府警に電話を掛けているようである。
「見たか?俺の後ろの方に映っている人物をよく見てくれ」
「そうだ。その通りだ。至急、奈良県警に合同捜査本部の設置を要請してくれ」
 電話を切りパタンと折りたたんで尻ポケットにしまう。
「なんとなく背景が見えてきたというところかな」
「動き回った甲斐がありましたね」
「うむ……明日から忙しくなるな」
「わたしは学校がありますから帰りますけど、課長はどうしますか?」
「ともかく奈良県警に協力してもらうために県警本部へ行くよ」


其の拾参 怨霊出現


 その夜。
 寝静まった室内に怪しげな光が浮かび上がった。
 気配を感じて、枕元の御守懐剣に手を伸ばす蘭子。
 怪しげな光は、その姿をさらにくっきりと現しはじめる。
「課長!起きてください」
 隣に寝ている井上課長に声を掛けるが応答はなく、ブルブルと痙攣している。
 明らかに呪詛を掛けられているようだった。
「虎徹、課長を守ってあげて」
 というと御守懐剣を課長の胸元に差し込んだ。
 やがて御守懐剣が輝きはじめて、そのオーラが井上課長を包み込み始めた。
 しだいに苦しみから解放されて安息の域に入っていく。
 御守懐剣である長曽弥虎徹は魔人が封じ込まれており、【魔の者】に対しては絶大な
る威力を発揮するが、【霊なる者】に対してはほとんど効力を持たない。
 それでも身を守る程度なら【霊なる者】相手でも効果があるようだ。
 井上課長の安全が確保されたのを見て、改めて侵入者と対峙する蘭子。
「さて、何者?」
 と問われて答える相手ではない。
 すでに相手は全体の姿を現していた。
 見た目、奈良時代の衣装を身に纏っている。
 蘇我入鹿の怨霊を使った外法、ないしは口寄せ術の類か。
 外法とは、髑髏(どくろ・しゃれこうべ)を使った妖術のことだが、入鹿の怨霊が封
じ込まれた七星剣があれば代用も可能であろう。
 虎徹が手元にない不利な条件下にあるが、怨霊相手の戦法はいくらでもある。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 独股印を結んで口で「臨」と唱え、順次に大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、
内縛印、智拳印、日輪印、宝瓶印と印を結ぶ。
 さらに、不動明王の真言を三回唱える。

「ノウマクサンマンダ バザラダンセンダ
 マカロシャダ ソワタヤ
ウン タラタ カン マン」

 四縦五横に右手刀を切りながら、
「臨める兵、闘う者、皆陣列の前に在り!行、満、ぼろん、勝、破!」
 と手刀を前に突き出すと、九字印が怨霊に向かって飛んで行く。
 怨霊がひるむその瞬間、懐から呪符を取り出して、
「さまよえる魂よ、浄土へと成仏させたまえ!」
 と唱え奉る。

 やがて怨霊は、静かに退散していった。

 呼吸を整えながら、
「オン アビラウンケン ソワカ」
「オン キリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ」
「オン バザラド シャコク」
 九字印の終了の儀式を行う。

 井上課長を見る。
 どうやら無事のようだ。
 胸元の御守懐剣を取り外し、起こそうかと思いつつも、まだ草木も眠る丑三つ時だ。
 朝まで寝かせておこう。
 外法を使ってきたということは、
「どうやら手出しはするなという警告のようね」


其の拾肆 新たなる事件


 翌朝。
 事の詳細を告げられた井上課長は、
「なぜ、起こしてくれないんだ」
 と、憤慨しつつも自分では役に立たなかったであろうことも良く分かっていた。
「何にせよ。向こうからも動いてきたということか」
「こちらが動けば、相手も動く。犯罪捜査のイロハですね」
 その時、井上課長の携帯が鳴った。
「ああ、私だ……なに、本当か!早速県警に……迎えに来る?分かった、ここで待てば
良いのだな」
 どうやら事件発生のようである。
「どうしましたか?」
「首切り事件が発生したよ」
「この奈良の地で?」
「ああ、奈良県警から迎えのパトカーが来るから、それで現場に急行する」
「昨夜の呪術者の仕業かも知れませんね」
「かもな。というわけで、君には帰らないで、もうしばらく同行してくれないか?」
「わかりました」
「学校の方には連絡させるよ。警察の協力ということで、出席扱いにしてもらう」
「ありがとうございます」

 井上課長がチェックアウトと宿代の支払いをしている間に、土産物屋で買い物をする
蘭子。
「これでいいかな」
 と、手にしたのはごくありふれた、お守り。
「五百八十円になります」

 そうこうするうちに、奈良県警のパトカーがやってくる。
 そのパトカーに乗って現場に向かう二人。
 課長の車は、別の警察官が運転して付いてくることになった。
 パトカーの中で、買ったお守りに呪法を掛けている蘭子。
「何をしているの?」
「お守りに護法を掛けています」
「護法?」
「昨夜のこともありますから、課長の身を守るためのお守りです。はい、どうぞ」
 というと、護法を掛けたばかりのお守りを手渡した。
「お守りねえ……」
 受け取り、しばらく見つめていた。
 釈然としない表情ではあったが、胸内ポケットにしまう課長であった。
 変死とか怨霊の仕業としか思えない事件を扱い、怨霊とも直に目にしてきただけに、
「非科学的な!」
 とは言い切れない心情になりつつあった。


其の拾伍 奈良県警綿貫警視


 事件現場に到着する。
 
 物々しい雰囲気の中、現場検証が執り行われている。
 その中にあって、忙しく指図する人物がおり、現場責任者だと思われる。
 野次馬を掛け分けて、その人物に近づく井上課長。
「よお、おまえが担当か」
「なんだ、井上か」
 馴れ馴れしい挨拶を交わしているところをみると、どうやら顔なじみらしい。
 大阪府警と奈良県警では交流の機会はないだろうが。
「研修以来だな」
 国家公務員採用Ⅰ種試験合格者(キャリア)で警察庁に採用された者が、警部補に任
命された際に初任幹部科研修が行われる警察大学校の同期生というところか。

 蘭子に気が付いて、
「その娘は?」
「ああ、私の臨時助手だよ」
「見たところ高校生くらいのようだが……」
「学校側には許可を取っている」
「やはり高校生か、大丈夫なんだろうな」
「それは保証する。その辺の刑事より役に立つよ」
 というところで、お互いに紹介しあう。
「奈良県警刑事部捜査第一課の綿貫警視です」
「摂津土御門流派の陰陽師、逢坂蘭子です」
「陰陽師?君がか!?」
 さすがに驚くのも無理がない。

 奈良県警本部。
 連続殺人事件特別捜査本部が設置され、捜査本部長には県警本部長が任命され、副本
部長・事件主任官・広報担当官・捜査班運営主任官・捜査班長・捜査班員という編成で
運営されることとなった。
 なお一段下の「捜査本部」の捜査本部長は、県警本部長が任命する。

 綿貫警視は捜査班運営主任官として、事実上の捜査責任者となった。
 井上課長も応援要員として誘われたが、自身の大阪府警の捜査責任者でもあるので、
配下の警部補なりを向かわせることで落ち着いた。
「他県の者から指示命令されるのがウザいか?」
 とは綿貫の弁である。
 井上課長としては、蘭子との協力捜査に力を入れており、科学捜査が基本の奈良県警
とは一線を画す必要があるからである。

 まずは捜査線上に上っている石上直弘は、写真と共に公開指名手配となった。


其の拾陸 石上神宮(いそのかみじんぐう)


 騒々しい特捜本部を後にして、独自捜査をはじめる蘭子と井上課長。
 石上直弘については、捜査本部でも未だに詳細が掴めていないようだ。
 蘭子と井上課長は、独自に捜査を続けることにした。
「さてと我々は、次にどうするべきかな?」
「そうですねえ、石上神宮へ行きましょう」
「石上神宮?」
「おそらく石上直弘は、物部氏の後裔にあたる石上神社宮司に繋がる血統だと思われま
す」
「そうか。では行ってみることにしよう」

石上神宮

 というわけで、石上神宮に到着する。
 日本書紀に、伊勢神宮と共に記載のある由緒ある古き神社である。
 当時の豪族だった物部氏の総氏神であり、拝殿をはじめとして国宝も多い。
 境内に入ると”神の使い”ともいわれる人懐っこい鶏がたくさんいる。
「おみくじがありますよ。占ってみましょう」
 御神鶏(ごしんけい)みくじ、400円である。
 目ざとく見つけた蘭子が早速、おみくじを引いている。
 捜査中だというのに、こういうことにちゃっかりとした行動を取るのは、やはりまだ
まだ高校生盛りというところである。

 石上神宮おみくじ 第十八番 大吉
 ・運勢 思う事思うがままに為し遂げて思う事なき家の内かな
   目上の人の思いがけぬ引き立てありて心のままに謳い、
   家内睦まじく暮らせる大吉の運なり。色を慎み身を正して
   目上の人を敬い目下の人を慈しめばますます運開く。
 ・神道訓話 敬神の前途に光明あり。神様の御蔭は拝めば知れる、
  甘い酸いは食べて知る。
   橙の酸っぱさ、柿の甘さも食べて初めて真の味がよくわかる。
   神様の有難さも拝んだ者でなければわからぬ。
   温かい神様の御蔭を受けたければ心正してまず拝め。
 そして、願望・待人・仕事・学業などなどの運勢が記されている。

「やったあ!大吉よ」
「これじゃあ、捜査に来たのか、観光に来たのか……」
「意外とこれ、当たるんですよ」

 さらに拝殿の前で拝礼する蘭子。
 土御門神社の巫女でもある彼女には、一応の礼儀を尽くすのが自然だろう。
 二拝、二拍手、一拝が一般的な礼儀作法である。
 拝とは、お尻を後ろに引くような感じで腰を90度に折り、この際手は膝の上のあた
りに置く。
 続いて、二回拍手で、手の高さは胸の高さ。
 拍手を打つ意味は、自分が素手であること、何の下心もないことを神様に証明するた
め。身元、祈願内容などを心の中で神さまに述べ、拝礼の間は心を込めて神さまに感謝
しながら祈念する
 終わったら手をおろし最後の一拝。深くお辞儀をして終了。


 さて、神社では当然、神にお願い事をすることがあるだろう。
 神社で祈るとき、合掌しながら心の中で何を言えばいいか。正しい祈り方をご紹介し
ます。

 まずは住所・氏名を伝えます。

 はじめにあなたが誰なのかを伝えます。この「個人」の特定は神さまにとって重要で
す。せっかく家族の健康を祈っても誰の家族かわかりませんよね?
 あなたが誰なのか住所と氏名を神さまに伝えてください。名乗るのは礼儀でもありま
す。

 参拝できたことへの感謝を伝え、願いを一つお伝えします。
「参拝させていただき、ありがとうございます」など感謝を伝えましょう。

 その後に願い事を使えますが、あれこれ伝えるのではなく、お願いごとはひとつだけ
にしてください。

 祝詞とよばれる神道の祈の言葉を唱えます。

「はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」
意味は「罪、穢(けがれ)をとりのぞいてください。神さま、どうぞお守りお導きくだ
さい」です。「はらいたまえ きよめたまえ」だけでも大丈夫です。



 今の蘭子の祈ることは一つ。

「大阪市阿倍野区阿倍野元町1-◯番地」の逢坂蘭子です。参拝させていただき、感謝申
し上げます。最近世間を騒がす、怨霊使いを発見、無事に退治できますように。はらい
たまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」

 とにもかくにも、昨夜に呪詛を仕掛けてきた外法者退治しかない。


其の拾漆 禁足地


 蘭子が拝礼している間に、井上課長が石上神宮の宮司に事情聴取すべく掛け合ってい
た。
「宮司から話が聞けることになったぞ」
 というわけで、社務所で宮司の話を聞くことになった。
 石上神宮の宮司は、世襲として忌火(いんび)職を務め、物部氏の本宗にあたる森家
が代々勤めている。
 現在の宮司は、森正光である。
 事件の概要を簡単に説明した後、
「石上直弘という人物をご存知ですか?」
 単刀直入に尋ねる井上課長。
「石上直弘……ですか?」
「心当たりありませんか?」
「と言われても……ご存知かと思いますが、物部氏や石上家に連なる家系は、それこそ
数限りなくありますからねえ」
「陰陽師をやっている方とかはご存知ないでしょうか?」
 軽く首を振る宮司。
 いろいろと突いてみるが、石上直弘のことや関係者のことは知らないようだ。
 せっかく来たのだからと、石上神宮の歴史を語り始めた。

物部氏系譜

「誰かが、私を呼んでいます」
 つと立ち上がる蘭子。
「どうした?」
 突然の行動に不審がる井上課長。
「行かなければ」
 憑き物に取りつかれたような表情を見せる蘭子。
 尋常ではない蘭子の態度に心配する二人。
「ついていきましょう。何かが起こりそうです」
 神官でもある宮司にもその気配を察知したのであろう。
 蘭子の後を追う二人。

 蘭子は社務所を出て拝殿後方へと回り込んだ。
 行く先は「禁足地」と呼ばれるところのようだった。

 拝殿後方の、「布留社」と刻字した剣先状の石製瑞垣(みずがき)が取り囲む、東西
44.5m、南北29.5m、面積約1300平方mの地を「禁足地」といい、当神宮の神域の中でも
最も神聖な霊域として畏敬(いけい)されています。
 明治以前は南側の半分強(南北約18m、面積約800平方m)だけで、当神宮御鎮座当初
からのものかどうかはあきらかではありませんが、古来当神宮の御神体が鎮まる霊域と
して「石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)」或いは「御本地(ごほんち)」、
「神籬(ひもろぎ)」などと称えられてきました。


 石上神宮禁足地入口

 両側の石柱に渡してある注連縄(しめなわ)を右手で持ち上げてくぐろうとする蘭子。
 注連縄は神域と現世を隔てる結界の役割を持ち、禁足地の印にもなる。
 気づいた職員の一人が注意を促した。
「これ、そちらは禁足地です」
 しかし蘭子には、注意も聞こえていないようだった。
 何かに誘われるように、禁足地に足を踏み入れる蘭子。
「ちょっと!待ちなさい」
 後を追ってきた宮司が止めた。
「何者かに憑かれているようだ。様子を見てみよう」
 職員を制止する宮司。
「我々は中に入れないのですか」
「だめです。禁足地ですから、ここは蘭子さんに任せましょう」

 蘭子が禁足地に入ると同時に、無意識にか千鳥足のような足取りになった。
 禹歩(うふ)という鎮魂のための歩行術
「天蓬」「天内」「天衝」「天輔」「天禽」「天心」「天柱」「天任」「天英」
 という言葉を唱えながら一歩ずつ踏みしめて歩く。
一、スタート時点で両足をそろえて立つ
二、左足を一歩前に出す。右足を左足より一歩前に出す。左足を引きつけて右足とそろ
える。
三、右足を一歩前に出す。左足を右足より一歩前に出す。右足を引きつけて左足とそろ
える。
四、左足を一歩前に出す。右足を左足より一歩前に出す。左足を引きつけて右足とそろ
える。
以下繰り返し。


其の拾捌 布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)


 禁足地の中ほどに来た時、右側の森が薄明るく輝いているのに気が付いた。
 まさかかぐや姫か?
 という冗談はさておき、近づくにつれて、それは人影のように浮かび上がった。
 奈良時代のものと思しき衣装を身にまとっている女性の姿。
 どうみても生身の人間ではなかった。
 地縛霊か?それとも浮遊霊か?
 危害を加えるような存在ではないようだ。
「あなたは?」
 蘭子は尋ねてみる。
 すると蘭子の意識に直接語り掛けてきた。
「布都……」
 か細い声で答える女性。
「物部守屋の妹の布都姫ですか?」
「そうじゃ」
 布都姫は、物部守屋の妹であり、蘇我入鹿の妻である鎌足姫の母親という説がある。
「わたしをお呼びになられたのは、あなたですね?」
「布都御魂に召されて参った」
「召された?」
「そなたに授けるようにと……」
 と、地面を指さした。
 女性が指さした地面がほのかに輝いている。
「ここに何かあるのね」
 小枝を拾って地面を掘ってみると、古びた鉄の塊が出てきた。
 土くれを取り払ってみると、錆びた刀剣だった。
「これを、わたしに?」
 女性は答えず、軽く頷くと静かに姿が薄らいでいき、そして消えた。

 禁足地から蘭子が出てくる。
 一振りの刀剣を携えて。
 蘭子の姿を見とめて出迎える井上課長。
「おお、帰ってきたか心配したぞ」
 目ざとく蘭子の持つ刀剣に注視する宮司。
「刀剣のようですが、見せていただけませんか?」
 断るわけもなく刀剣を手渡しながら、事の詳細を話す蘭子。
「そうでしたか……」
 じっと検分していた宮司であるが、
「こ、これは!布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)です」
 驚きの声をあげる。
「え?それって御神体として、本殿に奉納されているのでは?」
 と、井上課長。
「確かにそうですが……1894年に禁足地を発掘した際に大量の神宝が出土しました。そ
の中に伝承の中にある霊剣に相似したものがありました。それをご神体として祀り立て
たのですが……。七星剣に表裏があったように、布都御魂も同様ではないかと」
「つまり確証はないけど、たぶん伝承にある布都御魂の二つ目じゃないかということで
すか?」
「どちらが本物の布都御魂かどうかは、誰にも分からないでしょう」
「現在ある布都御魂の真偽はともかく、禁足地には布都御魂が埋められたのは確かなこ
とですから」

 この地では、須佐之男命(素戔嗚尊)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した時に
用いたという神剣、天羽々斬剣(あめのはばきり、あめのははきり)が出土している。
 また、建御雷神(たけみかずちのかみ)が葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定
した際に用いたといわれる霊剣、布都御魂(ふつのみたま)も、この地に一時埋められ
るが再度掘り起こされて、石上神宮の祭神として祀られている。


 納得いかないような表情の井上課長であるが、
「で、その刀剣は蘇我入鹿の怨霊に対して効果があるのかね?」
「神から遣わされたものです。信じるしかないでしょう」
「それはそうだが……」
「森宮司にお願いがあります」
「何かね」
「ご説明したとおりに、蘇我入鹿の怨霊退治には、この布都御魂が必要と思われます。
しばらくお貸し願えないでしょうか」
「ああ、もちろんだとも。ご神体のご意向となれば拒否するすべがない」
「ありがとうございます」

 石上神宮は物部氏ゆかりの地である。
 物部氏は蘇我氏に滅ぼされたという怨念がある。
 蘭子が蘇我入鹿を退治したいという願いを訴えたとき、
『ならば儂が適えてやろうじゃないか』
 と、祭神の布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)が降臨し、布都姫を使わせて、
布都御魂を授けてくれたのではないだろうか。

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