退院
2019.12.23
○月○日 退院


 病名が確定しないながらも、入院は続いた。
 食っては寝るだけ、合間に検査の生活で飽きもする。
 しかしながら、自分には仕事があるし、各種ローンの支払いもある。
 いつまでも入院しているわけにはいかない。
 対症療法しかできなくて根本治療ができないというなら……。

「一旦、退院させてください」

 と願い出た。
 主治医は渋ったが、強く主張することで何とか退院の許可を取ったのである。

 退院証明書には
【ブドウ状球菌敗血症】
 と書かれていた。

 敗血症といえば死に至る場合もある感染症である。
 あわただしく退院したので、詳しく聞く余裕も無かった。

 そんなことよりも、入院費用やら滞納しているローン代金の方が大問題だったのだから。
 仕事休んで無給状態だったもんな。


 今回の入院では、敗血症の疑いありと診断されたが、その症状の多くは全身性エリテマ
トーデスのものと合致しており、やはり前兆現象と言える。
敗血症?
2019.12.22
○月○日 敗血症?


 なおも検査は続いていた。
 明確な診断がまだつかないではいたが、いろいろなことが判明しつつあった。
 肝臓機能の低下、血小板などの減少とか……。
 やがて、疑わしき病名が浮かんできたらしかった。

 敗血症、(SIRS・全身性炎症反応症候群)。
 (症候==悪寒、全身の炎症を反映して著しい発熱、倦怠感、認識力の低下、血圧低下
が出現する。進行すれば錯乱などの意識障害をきたす。DICを合併すると血栓が生じるた
めに多臓器が障害(多臓器不全)され、また血小板が消費されて出血傾向となる。起炎菌が
大腸菌などのグラム陰性菌であると、菌の産生した内毒素(エンドトキシン)によってエ
ンドトキシンショックが引き起こされる。また代謝性アシドーシスと呼吸性アルカローシ
スの混合性酸塩基平衡異常をきたす。ショック症状を起こすと患者の25%は死亡する。)

 細菌によって多臓器不全を引き起こしているのではないか、腸閉塞もその症状の一つで
はないかということだった。
 なおも病名は確定せず、疑わしき状態ということだったが、ともかく細菌感染は確から
しいということで、抗生物質を投与しましょうということになった。
 治療方針を敗血症として、治療が開始された。
 抗生物質投与には患者の承諾書が必要で書類も作成した。
 栄養点滴に加えて、抗生物質の輸液が追加された。

 確認のために、太腿の付け根にある総腸骨動脈から血液を採取してみるということだっ
た。
 総腸骨動脈?
 太い動脈血管からの採血は、看護師の資格ではできないので、主治医が直接採血するこ
とになる。
 血液採取は通常、腕の肘裏の静脈からだが、動脈からはほとんどやらない。
 手順はこうだ。
 脚の付け根を丁寧に消毒し、骨盤の淵あたりから出ている総腸骨動脈に注射針をプス
リ!
 採取して針を抜いたら、針跡をガーゼで押さえて止血する。
 しかし太い動脈はそう簡単には止血できない。
 強く強く、ひたすら強く押さえ続ける。
 ちょっと緩めてガーゼを外してみるが、
「まだ、だめね」
 ということで、再び押さえ続ける。
 何とか血が止まって、動脈採血は終了。
 感覚的に十分くらい経っただろうか。
 やっと血が止まって採血作業が終了した。
 主治医さん、ご苦労様でした。

 生きていれば生理現象がある。
 消化器系の病気なので、出したものはすべてチェックする。
 お小水は、糖尿や蛋白尿かどうかを調べるのに必要だ。
 採尿はトイレに常設された、名前の記入された容器に毎回入れておく。
 さすがに大の方は取り置きしないが、何回したかとかのチェックシートに記入。

 ああ!悲しや絶飲食。

 数日おきの超音波診断を経て、再度の食事摂取が認められた。
 当然最初は、重湯とよばれる十倍粥から。
 久しぶりに口から入れる食べ物。
 消化の良いおかずもついた。ほぐした魚と豆腐の味噌汁。
 再び三分粥、五分粥、八分粥、そして一般食まで進んだ。
 抗生物質の効果はてき面だったということだ。

 ここまでの治療は、根本的治療ではなくて対症療法でしかなかった。
 正確な病名が確定しなかったからだ。
 敗血症というのも、あくまで推測の域でしかなかった。
 病名が確定しなければ、本格的な治療はできない。
はじめての食事なるも……
2019.12.21
○月○日 はじめての食事なるも……

 相も変わらずの検査の日々。

 イレウス(腸閉塞)を引き起こしている原因をつきとめてからでないと、本格的な治療
には進めないから。

 例えばイレウスを引き起こす要因として、

 ■機械的イレウス
  結石などの異物による閉塞。
  子宮外妊娠などによる腸管圧迫。
  寄生虫(回虫・サナダムシなど)。
  ポリープや腫瘍・癌による狭窄。
  クローン病、潰瘍性大腸炎などの炎症・癒着・屈曲。

 ■機能性イレウス
  急性腹膜炎。
  鉛中毒。
  運動性麻痺。

 などが挙げられる。

 これらの要因となっているものをしらみつぶしに当たっていって、一つずつ消し込みを
行って最後に残ったものが一番疑わしいということになる。(工藤新一風に)
 イレウスの治療の基本として、絶飲食によって腸を休ませて快方へと導くこと。
 点滴による栄養補給が一番の治療方法。

 水も食事も摂れない絶飲食。
 同室の患者さん達が、食事をしているのを横目で眺めているだけというのは、実に寂し
いものだ。
 それを十日間ほど続けたある日。
「食事を摂ってみましょうか」
 ということになった。
 イレウスの原因が判ったからではなくて、ためしに食事を入れてみて様子をみてみよう。
 試行錯誤的治療方法である。
 せっかくの食事を吐いてしまうかもしれないが、その時はそれなりに対処しましょうと
いうことである。

 その夜、はじめての食事が出された。
 といっても重湯である。
 米の研ぎ汁をそのまま煮ただけとも思えるような透明の液体。
 ほんの少し塩味がついているだけで、味もそっけもない食事。
 それでも何とか食事を終えた。
 吐き気は起きなかった。
 少しは快方に向かっているということか。

 三日後には、三部粥になった。
 しかし、その夜に熱が出た。
 翌日も三部粥だったが、やはり熱が出た。
 どうやら固形物が入ると熱が出るようである。

 というわけで、再び絶飲食に戻った。

 ああ!悲しや絶飲食。
腸閉塞入院
2019.12.20
○月○日 腸閉塞入院。

 翌日、入院備品一式を持って再び病院へ。

 入院初日。
 腸が詰まって、食物が胃より先に流れないので、絶飲絶食に。
 (水を飲むことも、食べることも禁止!)
 栄養は静脈点滴で補うが、これは腸を休めて回復を促すことになる。

 辛いのは、同室の患者達がおいしそうな病院食を食べているのを、じっと我慢して見て
いなければならないことだ。
 自分の食事は点滴のみで、喉が渇いても水も飲めない。

 入院中の検査は多岐に渡る。
 血液採取と尿採取は検査の第一歩。

 まずは胃内視鏡から始まる。
 最初に精神安定剤のようなものを飲む。
 続いて口腔を痺れさせるための液体を口に含んでしばらく待つ。間違っても、飲んでは
いけない。
 やがて舌が痺れてくる。
 診察台に横になって、看護師から、
「よだれは飲み込まないで、だらりと垂れ流しにするようにして下さい。そうしないと吐
き気がします」
 と、言われても、胃内視鏡を挿入される段になると、
 おえっ、おえっ
 とむせってしまって、喉を通過するまでは、ほんとに苦しい。
 食道を通過して、胃の中に入ってしまえば楽になる。
 顔の前に、内視鏡の映像を映すディスプレイを置いて、患者にも見られるようにしてい
る。
「軽い胃炎の兆候が見られますね」
 医者が言った。
 そりゃあまあ、胃に入ったものが腸へ流れないのだから、胃酸とかも胃に滞留して胃壁
を冒していたんでしょうね。
「それでは、十二指腸に入りますよ」
 胃内視鏡とはいうが、十二指腸までは届く長さがある。
 ただし、十二指腸の壁は薄いので無理には先へと通さない。
 十二指腸の入り口付近を見て、
「これで終わりです。それでは抜きますよ」
 静かに胃内視鏡が抜かれていく。
 で、胃のところで一旦抜くのを止めて、
「ちょっと、胃の組織を採取しますね」
 とのことだったが、何も感じないまま、
 最近の内視鏡は診るだけではなく、組織を採取したり、レーザーを照射して癌などの治
療もできるようになっている。
 胃カメラと呼ばれた時代からすると、雲泥の技術革新がなっている。
 ちなみに、内視鏡のパイオニアメーカーとして、オリンパスが有名である。
「はい、終わりました。抜きます」
 挿入するときと違って、それほど苦しいものでもない。
「はい、抜き終わりました」
 という声で、検査が終了した。
 聞くところによると、催眠剤を使って眠っている間に内視鏡検査をするところもあるら
しい。

 部屋に戻ってもまだ舌が麻痺しているようだが……。
 口の中の唾液がたらりと流れる。

 日を跨いで、次は大腸内視鏡検査となる。
 これを受ける前には、腸を綺麗にするために、腸内洗浄を行う。
 午前中、2リットルの下剤を、200ccずつ数時間かけて飲み続ける。
 これが結構つらい。
 多少の甘みはついてはいるが、行け行け!どんどん飲めるもんじゃない。
 酒飲みなら、ビールを矢継ぎ早に飲めるだろうが。
 結局半分の1リットル飲んだところでギブアップ。
 下剤だから当然……。
 トイレへ行きたくなる。
 最初はいわゆるウンチ色したものが、やがて透明な液体へと変わってゆく。
 無色透明の水溶便になれば完了なのだが……。
 半分しか飲んでいないので、黄色く色づいた透明便のまま。
「まあ、いいでしょう」
 というわけで、午後からとりあえず大腸内視鏡の開始。
 お尻から内視鏡を挿入されるのには、いささか恥ずかしくなるが我慢である。
 そうこうするうちに無事に終了して病室に戻る。
腸閉塞を患う
2019.12.19
○月○日 腸閉塞

 ある夜、優雅にココアを飲んでいたら……。
 突然吐き気をもよおし、あわてて流しに走って吐いた。
 直前に飲んでいたココアは無論、それまで胃に入っていたものすべて。

 胃が空っぽになって吐くものがなくなり、続いて襲ってきたのが胃の痛み。
 キリキリと、胃が捻じられるような激しい痛み。
 胃酸が食道に逆流したような感じもする。
 喉が渇くので、水を飲むと胃の痛みが和らぐ。
 助かったと思った矢先、また吐き気。

 胃が空になると激しい痛み。
 胃に何か入れると吐き気。

 土曜日の夜。
 救急な症状かも知れないが、一晩とりあえず様子を見よう。
 翌日の日曜日となっても相変わらず。
 どうしようかな……。
 と悩んでいるうちに翌日の月曜日となった。

 もはや悩んでいる時ではないと、個人経営総合病院へと車を走らせた。
 あくまで救急車は呼ばない。

 とりあえず、診療科目は消化器外科だ。
 問診表を書いて診察を待つ。

 検査が始まる。
 X線(レントゲン)から始まってCTスキャンなどの各種検査。
 超音波検査に至って、腹水がたまっていることが判る。
 そして、小腸と大腸の接合部付近、大腸と直腸の間にあるS字結腸、それぞれに狭窄が
起きていることが判明。それが原因で、腸閉塞の症状がでているらしい。

「入院治療が必要です」
 それともう一つ。
「肺の陰影が薄いようですね」
 と何気なく言ったが、専門が消化器外科では、それが何を意味しているかを診断するこ
とは無理からぬことだろう。
 それが後日に判明する、大病の前兆だったとは……。

 ということで、一旦家に帰って、入院に必要な一式を揃えることにした。

つづく

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