妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の参
2019.05.24


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪


其の参

 人通りの少なくなった深夜の雨降る街角。
 一人の女性が帰宅を急ぐ姿があった。
 追われているのか、時折後ろを振り向きながら急ぎ足で歩いている。
 突然目の前に現れた人影にぶつかってよろけてしまう。
「すみません」
 と謝って顔を上げたその顔が歪む。
 その腹に突き刺さった短剣から血が滴り落ちる。

 阿倍野警察署。
「連続通り魔殺人事件捜査本部」
 という立て看板が立てられている。
 会議室。
「切り裂きジャックだ!」
 会議進行役を務める大阪府警本部捜査第一課長、井上警視が怒鳴るように声を張り上
げる。
 夜な夜な繰り広げられる連続通り魔殺人事件。
 その惨劇さは、殺した女性の腹を切り開いて内蔵を取り出し、子宮などの内性器を持
ち去ってしまうという事件。
 1888年のロンドンを震撼させた切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)と手口
が全く同じという変質者の仕業であった。結局犯人は捕まらずに未解決事件となった。
 ロンドンでは売春婦が襲われたが、こちらではごく普通の一般女性であるということ。
 広報や回覧板及びパトカーの街宣などによって、夜間の一人歩きの自粛などが流布さ
れて、一部の自治会では自警団が組織されていた。
「心臓抜き取り変死事件と同じだな……やはり彼女の力を借りるしかないようだ」
夢幻の心臓

 土御門神社の社務所。
 応接間にて、春代と蘭子そして井上課長が対面している。
「……というわけです」
 事件の詳細を説明する井上課長だった。
「なるほど、切り裂きジャックですか……」
 蘭子もニュースなどで連続通り魔殺人事件のことは耳にしていたが、直接課長の口か
ら聞かされた内容は衝撃的であった。
「で、わざわざ伺われたのはいかに?」
 春代が実直に質問する。
 来訪目的は、うすうす感ずいているが、聞かずにはおけないだろう。

妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の弐
2019.05.17


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪(金曜劇場)


其の弐 地鎮祭

 数日後。
 地鎮祭が執り行われることになった。
 神主には、最も近くの神社に依頼されることが多い。
 取りも直さず、直近となれば阿倍野土御門神社ということになる。
 宮司である土御門春代が高齢のため、名代として蘭子が地鎮祭を司ることとなった。
 日曜日なので学校は休み、きりりと巫女衣装を着こんでいる。
 敷地の中ほどに四隅を囲うようにして青竹を立て、その間を注連縄(しめなわ)で囲
って神域と現世を隔てる結界として祭場とする。
 その中央に神籬(ひもろぎ、大榊に御幣・木綿を付けた物で、これに神を呼ぶ)を立
て、酒・水・米・塩・野菜・魚等、山の幸・海の幸などの供え物を供える。
「蘭子ちゃんの巫女姿も堂に入ってるね」
 施工主で現場監督とは、蘭子が幼い頃からの顔馴染みであった。
「ありがとうございます」
 つつがなく地鎮祭は進められてゆく。

地鎮祭の流れ

 係員が静かに監督に近寄って耳打ちしている。
「監督、あの胞衣壺が見当たりません」
「見当たらない?」
「はい。ここに確かに埋めたんですけど……」
 と、埋め戻した場所に案内する係員。
「誰かが掘り起こして、持ち去ったというのか?」
「胎盤とかへその緒ですよね。そんなもん何するつもりでしょう」
「中身が何かは知らないのだろうが、梅干し漬けるのに丁度良い大きさだからなあ」
「梅干しですか……でも、埋まっているのがどうして分かったのかと」
「通行人が立ちションしたくなって、角地だから陰になって都合がよいから」
「それで、掘れてしまって壺が顔を出し、持ち去ったと?」
「まあ、あり得ない話ではないが」

 二人して首を傾げているのを見た蘭子、
「何かあったのですか?」
「実はですね……」
 実情を打ち明ける二人。
「胞衣壺ですか?」
 と言われても、実物を見ていないので、何とも言えない蘭子。
「解体される前の家屋を見てましたけど、旧家だし胞衣壺を埋めていたとしても納得で
きますが」
 陰陽師の蘭子のこと、胞衣壺については良くご存知のようだ。
「長い年月、その家を守り続けてきたというわけですが、何か悪いことが起きなければ
良いのですが」
 空を仰ぐと、先行きを現すかのように、真っ黒な厚い雲が覆いはじめ雨が降りそうな
雲行きとなりつつあった。

妖奇退魔夜行/胞衣壺(えなつぼ)の怪 其の壱
2019.05.10


陰陽退魔士・逢坂蘭子/胞衣壺(えなつぼ)の怪(金曜劇場)


其の壱 廃屋

 阿倍野界隈にあって、廃屋となっていた旧民家の解体が行われることとなった。

 油圧ショベルが容赦なく廃屋を潰してゆく。
 悲鳴のような軋めき音をあげながら、崩れ行く廃屋。
 長年積もり積もった家屋内の埃が舞い上がり、苔むした臭気が辺り一面に広がる。

 ショベルでは掘れない細かい場所は、作業員がスコップ手作業で掘り起こしている。
 水道管やガス管が通っている場所は、土木機械では掘れないからだ。
 その手先にコツンと手ごたえがあった。
「何かあるぞ」
 慎重に掘り起こしてみると、陶器製の壺のようであった。
「壺だな」
「まさか小判とか入ってないか?」
「だといいがな、せいぜい古銭だろう」
「いわゆる埋蔵金ってやつか?」
「入っていればな」
「やっぱ警察に届けなきゃならんか」(遺失物法4条)
「持ち逃げすりゃ、占有離脱物横領罪になるぞ」(刑法254条)
 廃屋の解体作業工事屋だから、埋蔵物に遭遇することは、日常茶飯事。
 それらに関する諸般法律はご存知のようであった。
「ともかく蓋を開けてみよう」
 昔話のように、大判小判がザックザクということはまずありえない。
「開けるぞ!」
 蓋に手を掛ける作業員。
「あれ?開かないぞ……」
「くっついちゃったか?」
 内容物が溢れて、身と蓋の間で接着剤のように固まってしまったか。
 金属ならば酸化反応で、生物ならば腐敗によって、内部の空気を消費して圧力が下が
り、外から押さえられている場合もある。
「だめだ、開かないね」
 壺を振ってみるが、音はなく内部にこびり付いているようだった。
 その時、現場監督がやってきた。
「何をしているか、ちゃんと働かんと日給はやらんぞ」
 怒鳴り散らす。
 雨続きで解体期限が迫っていて、不機嫌だったのだ。
「いやね、こんな壺を地中で見つけたんですよ」
 と、壺を掲げ上げて見せる。
「どこにあった?」
「土間の台所入り口にありました。地中に水道管が通っているので手掘りして見つけま
した」
 ちょっと首を傾げて考える風であったが、
「たぶん……胞衣壺(えなつぼ)だな」
「えなつぼ?」
「出産の時の後産の胎盤とかへその緒を収めた壺だよ。昔の風習で、生まれた子供の健
やかな成長や、立身出世を祈って土間や間口に埋めたんだ」
「た、胎盤ですかあ!?」
 驚いて壺を地面に置く作業員。
「祟られるとやっかいだ。とりあえず隅にでも埋めておけ。整地した後の地鎮祭やる時
に、一緒に弔ってやろう」
「分かりました」
 言われたとおりに、敷地の隅にもう一度埋め戻し、手を合わせる。
「祟りませんように……」

妖奇退魔夜行/蘇我入鹿の怨霊 前編
2019.03.28

陰陽退魔士・逢坂蘭子/蘇我入鹿の怨霊


其の壱 刀剣乱舞

 大阪府立阿倍野女子高等学校。
 1年3組の教室。
 数人の女子生徒が集まって、とある話題に盛り上がっていた。

 京都博物館で開催されている『刀剣乱舞DAY』についてである。
 最近、若い女性達の間で流行っている、古代刀剣を擬人化したゲーム及びアニメであ
る。
 DMMゲームズとニトロプラスが共同開発したオンラインゲーム。
 いわゆるイケメンな男子が登場する。
 短刀・脇差・打刀・太刀・大太刀・槍・薙刀
 七つの刀種にそれぞれイケメン男子が当てられている。
 ちなみに打刀の一人?として、長曽弥虎徹があり、新撰組局長・近藤勇の所持剣とし
て『今宵の虎徹は血に餓えている』という決め台詞で有名。そして蘭子の御守懐剣でも
ある。
 話題を持ち込んできたのは、『刀剣女子』を自称する金城聡子である。
 刀剣女子とは、日本刀に愛着を持ち、全国各地の刀剣展覧会などを駆け巡る刀剣ファ
ン(オタクともいう)のことである。
 聡子が持ち込んだ雑誌のランキング表に一喜一憂するクラスメート。
「やっぱり私の『鶴丸国永』様が一番よ!」
「あーん『山姥切国広』様が準優勝なんて嘘よ!!」
 先日非公式のランキング投票が行われた発表で持ちきりであった。
「ねえ、蘭子の一押しの刀剣は?」
 聡子が話しかけてきた。
「あたし?」
「剣道部でしょ。好きな刀剣くらいはあるよね?」
「剣道部じゃないわよ。弓道部だからね」
「だって、剣道のインターハイに出てたじゃない」
「あれは、助っ人で出てただけよ」
 聡子の言っていることは、以前に木刀に憑依した怨念が、次々と剣道部員を闇討ちし
た事件において、陰陽師として解決するために、剣道の試合に出た時のことを指してい
るらしい。
「で、何が好き?」
 聞いちゃいない……。
「長曽弥虎徹よ」
 執拗に尋ねるのに呆れてつい答えてしまう。
「長曽弥虎徹ね……あった、37位だわ」
 その順位は後ろから数えた方が早い。
「あら、そう……」
 興味なさそうに答える蘭子。
 やがてチャイムが鳴って始業時間となり、各々の席へと解散するクラスメートだった。


其の弐 京都文化会館にて


 JRと近鉄の「京都駅」から地下鉄で「烏丸御池駅」下車【5】番出口から三条通り
を東へ3分。
 京都文化博物館の建物の壁には「刀剣乱舞DAY」開催中!という垂れ幕が下がり、玄
関入り口には立看板が立っている。
 京都文化博物館は、2・3階総合展示場で一般500円、大学生400円、高校生以
下は無料となっている。

 ちなみに、2017年2月25日~4月16日「刀剣乱舞DAY」の目玉である【短刀 銘 吉光
(号 五虎退)】の描き下ろしイラスト公開は年3月1日~5日まで、先着500名にクリア
ファイルの配布があった。
 現在、2017年10月3日~12月3日まで、4・3階展示室にてウッドワン美術館コレクシ
ョンが開催されている入場料は、一般1300円、大高生900円、中小学生400円。

 会場入り口付近には刀剣ファンである女子達が、開館時間前から数多く並んでいる。
 やがて時間となり、お目当ての刀剣目指して足早に急ぐ。
 そんな大勢の観客に混じって、金城聡子の姿もあった。
 国宝や重要文化財に指定された貴重な刀剣を、ショーケース越しに眺めながら、熱心
にメモを取っている。
 博物館内では、文化財保護のために、展示品やケースに触れないことの他、
 ・写真撮影
 ・鉛筆以外の筆記用具の使用
 ・飲食・喫煙
 ・携帯電話の使用
 ・ペットを連れての入館
 など、禁止されている項目がある。
 これらの禁則は、重要文化財を展示している全国各地の博物館などで行われているの
で注意が必要である。

「きみ……。刀剣に興味があるのかい?」
 と、声を掛けてきた者がいた。
 声をした方を振り向くと、優しそうに微笑む若者がいた。
「実は、僕も刀剣それも古代に伝わる伝説級とか妖剣とかいう類のものが興味があるん
です」
 刀剣の事に関しては、わざわざ大阪から京都にまで鑑賞するために来館した聡子であ
る。
 館内を廻りながら、それぞれの刀剣についての薀蓄(うんちく)を語る若者。
 聡子は、この博学な若者とはすぐに打ち解けてしまった。

「それにしても、いにしえの刀剣って皆京都や奈良に集中していて残念です」
「何をおっしゃいますか。京都だけでなく、あなたのお住まいの大阪にも国宝の刀剣が
あるじゃないですか」
「大阪に?」
「四天王寺に【七星剣】と【丙子椒林剣】という国宝剣がありますよ」
「知っています。でも、東京国立博物館に寄託されていて、模造品が飾られていますけ
どね」
「ご存知でしたか」
「宝物展とかで重要文化財の仏像とか書物とかは頻繁に名宝展とか開催するけど、七星
剣とかは模造品だからか展示しないのよね」
 やがて京都博物館を出た二人は、揃って京都観光を楽しむこととなった。

 名所旧跡を巡りながら、会話も弾む二人が急速に懇意になるのは必然だった。


其の参 四天王寺


 男のアパート自室。
 ベッドの中で裸で寄り添い眠る聡子と男。
 男がどうやって聡子を篭絡したかは分からないが、すでに深い関係に陥っていた。
 女はすべてを捧げたいと思い、男は自分の物にしたという達成感に酔いしれる。

「実は聡子に頼みたいことがあるんだ」
「なあに」
「七星剣のことを話したよな」
「四天王寺の?」
「そうだよ。その七星剣を手に入れたいんだ」
「でも東京国立博物館に寄託されているんでしょう?」
「ああ、表の七星剣はね」
「表?」
「実は裏の七星剣があって四天王寺の地下に秘密裏に保管されているんだ」
「どういうこと?」


 とある深夜、いわゆる丑三つ時。
 四天王寺の人気の途絶えた境内を歩く聡子。
 表情は虚ろで、何者かに操られているような風であった。
 微かに怪しげな光を身に纏ってもいる。
 向かった先は中心伽藍から東側へ離れた場所にある宝物館。
 周囲をぐるぐると回りながら探っている様子。
 やがて探り当てたかのように壁に手を当てる。
 その時だった。
 境内の照明がすべて消えた。
 どうやら四天王寺全体の電源設備が、何者かによって操作され電源を遮断されたよう
である。
 なにやら呪文を唱えると、壁の一部に巧妙に封印され隠されていた扉が現れた。
「我に従い暗闇を開け!」
 静かに開く扉。
 庫内は真っ暗だが、見えているかのように確かな足取りを見せる聡子。
 そして刀掛台に据えられた一振りの刀剣の前で立ち止まる。
 刀剣から刀掛台に掛けて呪符が張られている。
 おもむろに呪符を引き剥がすようにして刀剣を手に取る。
 封印を解かれたさまざまな怨念が解放され、聡子に襲い掛かる。
 しかし手にした刀剣を一振りすると怨念は消し去った。
 そして何事もなかったように歩き出し宝物庫を後にして立ち去ってゆく。

 四天王寺境内の外に停車している車がある。
 刀剣を携えた聡子が近づく。
 扉が開いて出迎えたのは、かの男だった。
「ご苦労様」
 聡子は黙ったまま刀剣を手渡す。
 受け取り確認する男。
「よし、本物だ」
 刀剣が微かに震えていた。
「どうした、七星剣よ……そうか、血が欲しいか」
 無言で立ち尽くす聡子に目をやる男。
「そうだな。儀式を始めようか」


其の肆 辻斬り


 夜の帳(とばり)が舞い降り、闇に包まれる街角。
 道行く人の往来もほとんどない物静かな丑三つ時。
 丑の刻とは、方位での鬼門である艮(ごん・うしとら)に入る時刻を指し、鬼門が開き
鬼や死者が現れる時間とされる。
 そんな闇に隠れるようにして、怪しい影が蠢く。
 右手に携えたキラリと光る切れ物から滴り落ちる鮮血。
 その足元には、バッサリと切られたばかりの女性の死体。

 夜が明ける。
 赤色灯を点滅させたパトカーが、街の一角を占拠している。
 一帯の交通規制が敷かれ、黄色いテープで周囲を立ち入り禁止にして証拠や痕跡を保護
する現場保存をする。
 鑑識員が現場の写真撮影や状況の記録や計測、痕跡の保存を行っている。
 そこへ覆面パトカーが到着し、一人の刑事が降り立つ。
 大阪府警捜査第一課長、井上警視である。
 被害者に覆いかぶされたシートを捲って、
「辻斬りか……」
 遺体を検分する。
 肩から胸元にかけてバッサリと明らかに刀で切られと思われる痛々しい傷。
 何度見ても見慣れることのない永遠のトラウマである。
 年の頃17・8歳というところか。
「これで何人目だ?」
「四人目です」
「凶器は?」
「まだ見つかっておりません」
「探せ!」
「はっ!」
「被害者の身元は分かっているのか」
「はい。阿倍野女子高等学校の生徒手帳を所持していました。美樹本明美。死亡推定時刻
は午前二時半頃だそうです」
「高校生が真夜中を出歩いていたということか?」
「クラブ活動で遅くなったのではないでしょうか」
「そんな時間までか?ご両親に連絡はしたか」
「連絡してあります」
「そうか……」
「遺体を運び出してよろしいでしょうか」
「ああ、たのむ」
「司法解剖に回しますか?」
「いや、とりあえずご両親の了解待ちだ」
 明らかなる殺人事件と確認できる場合、原則として遺体は司法解剖に回されるのが普通
である。
 また、死因が特定できない変死事件などは、遺族の承諾の必要がない行政解剖という手
順を踏む。
 先の、心臓抜き取り変死事件、夢鏡魔人の往来殺人事件などが行政解剖に回されている。
 しかし現状として、予算や医師不足などの理由から、警察の死体取扱い件数のほとんど
が司法解剖されていない。
 また、同様の事情により変死と思われるような状況でも、自殺や事故、心不全で片付け
られることもあるともいわれている。
 比較的司法解剖率の高い沖縄県警の17.3%を最高に、警視庁に至っては1.8%程度だとい
う。
 圧倒的に死亡報告が多い東京都がまともに司法解剖などやっていては、それだけで警視
庁予算の大半を飲み込んでしまう。

 図表1 図表2

 もっともこれらの数字は、あくまで警察庁に報告のあったものという注釈付きである。
 警察お得意の隠蔽工作のことを考慮すると、もっとお寒い状況になるのは必定であろう。
 既に死亡が確認されている被害者は、遺体搬送専用車に積み込まれ現場を後にすること
になる。
 ちなみに遺体搬送専用車は、一応緊急自動車指定となっている。
 往路は緊急走行が許されても、死亡が確認された帰路は急ぐ必要もないので通常走行と
なる。
 搬送車を見送る井上課長。
 四件の連続通り魔殺人事件。
 どう考えても人間の仕業ではなさそうである。
【人にあらざる者】
「やはり陰陽師の手助けを借りるしかないか……」
 土御門春代と逢坂蘭子が思い浮かぶ。
 ともかく今は全力で凶器を見つけ出さねばならない。
 その凶器に【人にあらざる者】が取り憑いていたとしたら、今後も殺人は繰り広げられ
る。
「ふ……。俺としたことが」
 いつしか妖魔などという摩訶不思議なるものを信じるようになっていた井上課長であっ
た。
 科学捜査が基本の現代犯罪捜査に【人にあらざる者】を考慮しなければならない事態と
は……。


其の伍 葬式


 阿倍野女子高では、自校の生徒が被害にあったことを受けて、父兄を加えた全校集会が
講堂で行われた。
 警察からの捜査状況を受けて、父兄や生徒達への注意伝達事項が、壇上の校長から発表
された。
 殺人犯が明らかになるまでの間、放課後の即時帰宅とクラブ活動の自粛など。
「うそー!」
「なんでやねん!」
 などという女子高生達のブーイングが広がる。
「犯人が見つかっていないんだからしょうがないじゃん」
 極力保護者が送り迎えするようにとの要望も加えられた。
「いっそ、休校にしてほしいわね」
「賛成!」
 その中にあって、一年三組の生徒達の面持ちは暗かった。
 さもありなん、被害者の中にクラスメートの金城聡子が含まれていたからである。しか
も犠牲者第一号であった。


 数日後。
 金城聡子の自宅にて厳かに通夜と告別式が執り行われた。
「ご愁傷さまでした」
 お決まりの挨拶が交わされ、淡々と式は進行してゆく。
 蘭子達も、高校の制服姿で参列している。
 冠婚葬祭いずれにも着用できる、万能な高校制服は便利なものだ。
 蘭子にも焼香の順番が回ってくる。
 陰陽師という職業柄、何度も死体と出くわし、経験を積み重ねているので、感慨無量と
いう観念からは解脱している。
 たとえそれが同級生であってもである。

 遺体の胸元辺りには、守り刀と呼ばれる模造刀が、足元に刃先を向けるようにして置か
れている。
 模造刀なのは銃刀法からである。
 一般的に仏教では人は死後、四十九日かけてあの世へと到達し、成仏(仏に成る)する
とされている。
 そして死後から仏に成るまでの存在を「霊」と位置付け、中途半端で迷いの存在と位置
付けられている。
 元々仏教には遺体をケガレた(汚れ・気枯れ)存在とする風潮はなかったが、遺体をケ
ガレたものとして忌み嫌う神道の影響を受け、中途半端で迷いの存在である霊の期間を、
ケガレた存在と見るようになった。
 その為死者のケガレが生者に害を及ぼさないように、或いは死者のケガレが更なる外的
なケガレ(悪鬼・邪気)を呼ばないようする為の手段として、「守刀」が置かれるように
なった。
 その他にも
 ・邪気を払う
(特に猫は遺体をまたぐと化け猫になると信じられていた為、光り物を置いて、動物が近
づくのを防いだ。)
 というのもある。
 ・鉄により死者の肉体に魂を沈める
(死者のケガレた魂が生者に乗り移ったり、祟を防ぐ為)

 蘭子は思う。
 自分自身が死亡し、葬儀の対象となった時は、あの御守懐剣「長曽弥虎徹」を守り刀と
されることを祈ろう。

 なお浄土真宗においては、人は死後に阿弥陀様のお力により、即座に成仏すると言われ
ている(即身成仏)。
 その為、あの世までの道中のお守りとしての守刀や、上記のような土着信仰から来るケ
ガレがケガレを呼ぶ風習の一切を否定しており、守刀は不要である。
 同じ理由で死装束(旅支度)や野膳(道中のご飯)、また会葬者が塩を使って身を清め
るなどの行為も不要。


其の陸 糸口


 通夜の終わった金沢家。
 これまで葬儀のため遠慮していた井上課長が蘭子を連れて、聞き込みのために来訪し
ていた。
「午前二時半頃という真夜中に、聡子さんが出歩いていた理由をご存知ですか?」
 単刀直入に切り出す井上。
「いえ、何も。自分のことをあまり話したがらないものですから」
「そうですか……」
 親子断絶の機運ありありというところか。
「聡子さんのお部屋を見させて貰ってもいいですか?」
 蘭子が切り出す。
「え、ええ。どうぞ」
 許可を得て、二階の聡子の部屋に入る蘭子。
 聡子は被疑者ではないので、井上課長は遠慮して居間で母親からの事情聴取を続けて
いる。
 あたりをぐるりと見まわして、
「別に変わったところはないみたいね……」
 数々のヌイグルミが置かれたベッドサイド、アニメアイドルポスターの貼られた壁。
 ふと、机の上に置かれたチラシに目が留まる。

 京都文化博物館「刀剣乱舞DAY」開催!

 同館の戦国時代展は、刀剣女子を集客しようと4月16日まで開催されたもので、来場
者500名限定で、アニメイラスト「五虎退」のクリアファイルが配布されている。
 刀剣女子とは、2015年にオンラインゲームとして発表された「刀剣乱舞」というゲー
ムソフト及びアニメの流行によって、登場するキャラクターや刀剣について、多くの女
性ファンが集まり活発なSNSでの情報交換が行われているものである。
 上野・東京国立博物館では大盛況の「鳥獣戯画展」と同様に、本館1階の日本刀の展
示スペースが来場者の静かな興奮と熱気に満ちていた。
 栃木県足利市では、“刀剣女子”の間で評判になっている、連日にぎわいを見せた同
市立美術館(同市通)の特別展「今、超克のとき。山姥切国広、いざ、足利」(4月2
日終了)。連日1千人以上が訪れ、入館者記録を更新したという。
 ちなみに刀剣乱舞の打刀の部類に蘭子の持つ「長曾祢虎徹」も登場する。
「今、はやりの刀剣女子というとこかな……そして辻斬り事件」

 事件の解決に繋がる糸口が、微かながらも見えてきたというべきか。

 聡子の部屋から階下に降りてくる蘭子。
「何か見つかったかね?」
 井上課長が尋ねる。
「ええ、こんなものがありました」
 と、例のチラシを差し出す。
「刀剣乱舞か……」
 それを母親に見せながら、
「聡子さんは刀剣に興味を持たれていたようですが、何か心当たりありませんか?」
「いえ、これといって……」
「そうですか……このチラシは頂いてもよろしいですか?」
「どうぞ」
 チラシを折りたたんで胸ポケットにしまいながら、
「では、何か思い当たることが分かりましたら警察にご連絡下さい。今日はこれで失礼
します」
 これ以上訊ねることもないだろうと切り上げる井上課長。


其の漆 スマートフォン


 金沢家を退出する二人。
 表に駐車させておいた覆面パトカーに乗り込みながら、
「ほんの少し光明が見えてきたというところですね」
「殺害は刀のようなもので行われ、被害者は刀剣に興味を持っていた」
「こうは考えられませんか。聡子は日頃から刀剣に関わる展覧会巡りをしていて、犯人
に出会い交際をはじめたのではないでしょうか。そして何かがあって犯人は聡子を殺害
した」
「十分考えられるな。美術館なり博物館を捜査対象に入れよう。近くだと四天王寺宝物
館があるな」
「七星剣と丙子椒林剣ですね」
「しかし、どちらも東京国立博物館に寄託されているからなあ」
 四天王寺宝物館では、名宝展を春夏秋冬年に四回程度行っており、まれにではあるが
複製の国宝剣二点を展示することがある。
 刀剣などの展示会を行う所として、大阪市歴史博物館、大阪城天守閣、高槻市しろあ
と歴史館。
「ところで聡子はスマートフォンを持っていたはずです。部屋には見当たらなかったの
ですが、遺留品の中にありませんでしたか?」
「うむ、なかったはずだ」
「電話会社に問い合わせて、位置情報から場所を特定できませんか?」
「できるはずだ。ただ、スマホの電池が切れてなくて、電源も入っていればだが」
「重要な情報が入っているかも知れません」
「よし分かった。問い合わせてみよう」

 それから数日後、井上課長から連絡が入った。
「スマホの場所が分かったぞ。これから現場に向かうところだ。君も来てくれないか」
「分かりました。行きます」
「よし、覆面を向かわせるから、現場で落ち合おう」
「はい」
 数分後に覆面パトカーがやってきた。
 運転手は、例の課長の腰巾着ともいうべき若い刑事だった。
「早速、現場に向かいます」
 ものの十五分で、とあるアパートの前に到着した。
 井上課長は、覆面パトカーに乗車したまま、蘭子の到着を待っていたようだ。
 蘭子の到着を見て、井上課長が降車すると、ぞろぞろと他の車からも私服刑事らしき人
物も降りる。

「おい、例のものは持ってきたか」
「はい、捜索差押許可状ですね」
 と、鞄から一枚の書状を取り出して渡した。
「これだ。これなしでは家宅捜索はできないからね」
「早かったですね」
「ああ、被害者がスマホを持っていたとなれば、裁判所の令状取って、電話番号から
通信記録を調べて、容疑者Aが浮かんだ」
「容疑者Aですか……」
「うむ。殺人犯とまだ特定されていないからな」
 警察関係者ではない、一般人の蘭子には実名を打ち明けられないということだ。
「通信記録とスマホの位置情報が特定されて裁判所の許可が下りた」
 殺人被害者のスマートフォンが、見知らぬ人物の手にある。
 それだけで十分許可状申請の裁判手続きは可能である。
「よし、踏み込むぞ。手筈通りに動け」
 部下に命じてから、突入班の数名を連れて、アパートの階段を上る井上課長。
 呼び出された管理人と蘭子は階段の下で待機させられた。


其の捌 突入


 容疑者Aの部屋の前で一旦止まる突入班。
「相手は殺人犯かもしれないから、銃を用意しておけ。場合によっては発砲も許可す
る」
「はい」
 胸元のホルスターから銃を取り出して構える刑事達。
「行くぞ」
 一応礼儀として玄関チャイムを鳴らす。
 が、しかし反応はない。
 三度鳴らしたが相も変わらず。
 ドアに耳を当てて中の様子を探るが物音一つしない。
「管理人を呼んで来い」
 下に待機させておいた管理人が呼ばれる。
 合鍵を使って開けようというわけだ。
 鍵が解錠される。
「あなたは下がっていて下さい」
 鍵が開けば取りあえずは、管理人には退避してもらう。
「行くぞ!」
 慎重に扉を開けて、中に突入する一行。
 警戒しながら各部屋を捜索開始。
「誰もいません」
「そうだな……」
 誰もいないことを確認して、警戒体制から通常捜査体制に移行させた。
「鑑識を呼んで来い。ああ、それから蘭子さんもだ」
 ここからは刑事ドラマで見慣れた場面となる。
 入室してきた蘭子は、その様子を見てふむふむと納得している。
「どこにも触らないで下さい」
 鑑識が注意する。
「わかりました」
 やおら携帯を取り出して、とある番号に掛ける井上課長。
 ややあって反応が返ってくる。
 ベッドの下でコール音が鳴り出したのである。
「やはり、あったか」
 鑑識がベッドの下に潜ってスマートフォンを取り出した。
「このスマホ、聡子さんのものに間違いありませんか?」
 と言われても、スマホなんてみな似たり寄ったりだし……
 コール音で反応したのだから、電話番号は間違いなく聡子のもの。
 だが、携帯ストラップには見覚えがあった。
 ハローキティ こうのとりキティ 根付けストラップ。
 コウノトリがキティーちゃんを運んでいるもので、くちばしが折れると妊娠すると噂
されている。
「聡子のものだと思います」
 所持者の鑑定など警察ならお手の物、一応の確認だろう。
「ところで……妖気とか感じないか?」
 井上課長が蘭子を同行させた理由がソコにあったわけだ。
 この事件は「人にあらざる者」が関わっている可能性が大だからである。
 実は入室した時からずっと精神感応で妖気を探っていたのだが、
「感じません……」
 と一言だけ。
「そうか」
 と井上課長も短く答えた。
「ま、そうそう事がうまく運ぶものでもないからな」
「そうですね」
「さて、今日はここまで、自宅に送るよ」

 数日後、井上課長から警察本部に呼び出された蘭子。
 捜査用のパソコンの前に座る二人。
「京都府警に応援を頼んで、京都文化博物館と周辺の防犯カメラの映像を調べて貰った
のだよ」
「聡子の足取りを?」
「そうだ。で、興味深い記録が残っていた」
 マウスカーソルで画面をクリックしながら、記録映像を閲覧する。
 国宝や重要文化財などが展示されている館内防犯カメラだけに、映像は鮮明で来館者
の表情までくっきりと映っている。
「まずはこれだ」
 ガラスケースの前で、チラシ片手に刀剣を眺めている人物の動画が再生される。
「聡子!」
 というところでポーズが掛けられ、クローズアップされる。
 間違いなく聡子であった。
「続けるよ」
 ボーズが解除されて再生は続く。
 やがて聡子に近づく人影。
 肩をポンと叩かれて振り返る聡子。
 その相手は?
 再度ポーズからクローズアップされる。
「容疑者Aだよ」
 その顔は蘭子の見知らぬ人物であった。
「協力して貰っている以上、実名を知らせても良いだろう」
「実名ですか?」
「石上直弘、氏は石の上と書いて(いそのかみ)と読む」
「石上(いそのかみ)!それって物部氏の後裔じゃないですか」


其の玖 四天王寺


 土御門神社を訪れる意外な人物があった。
 摂津陰陽師の総帥である土御門春代を頼ってのことだった。
 蘭子とも顔なじみの四天王寺の住職であった。
 四天王寺は、蘭子の幼少期の遊び場であり、悪戯したりして住職からちょくちょく叱
られていたものだった。
「蘭子ちゃん、大きくなったねえ」
 と、頭をなでなでされそうになるが、丁重にお断りした。
「で、四天王寺の住職が何用かな」
 春代が要件を切り出す。
「実は、四天王寺の七星剣が盗まれたのです」
「七星剣?」
「そうです」
「それって、東京国立博物館に寄託されているのでは?」
「表の七星剣は……です」
「表……?では、裏があったということですか?それが盗まれたと」
「その通りです。家や車の鍵は必ず二個作成されますよね。それと同じで、祭祀を執り
行うに不可欠な神器も、万が一の紛失や破損に備えて予備を作ったとしても不思議では
ないでしょう」
「なるほど……」

 ここでちょっと四天王寺についておさらいをしておこう。

 仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)という世界観
があり、地獄界から人間界を欲望渦巻く欲界という。
 その上位である天上界にも(竹自在天・化楽天・兜率天・夜魔天・とう利天・四大王
衆天)という六欲天がある。織田信長が自称したといわれる「六欲天の魔王」、その六
欲天である。
 とう利天、須弥山頂上に住む帝釈天に使え、八部鬼衆(天龍八部衆とは違う)を所属
支配し、その中腹で伴に仏法を守護するのが四天王(持国天・増長天・広目天・多聞
天)である。
  *とう利天のとう(Unicode U+5FC9)は、りっしんべん+刀と書く。
 『日本書紀』によれば仏教をめぐっておこされた蘇我馬子と物部守屋との戦いに参戦
した聖徳太子は、四天王に祈願して勝利を得たことに感謝して摂津国玉造(大阪市天王
寺区)に四天王寺(四天王大護国寺)を建立したとされる。(後、荒陵の現在地に移
転。)
 四天王寺は度々の戦乱・災害で焼失しその度に再建されている。織田信長の石山本願
寺合戦、大阪冬の陣、直近では大阪大空襲。落雷や台風などの被害も多かった。



 四天王寺の東側にある宝物館。
 ここには一般公開されていない、住職だけが知っている秘密の地下宝物庫があった。
 住職に案内されて、その扉の前に立つ土御門春代と蘭子。
 その扉が呪法の結界によって封印されていることが、二人には一目で分かる。
 一般人には、そこに扉があることなど分からないように、巧妙に隠されている。
「秘密の宝物庫です」
「なるほど」
 住職が封印解除を行い、その重い扉を開く。
「この扉の封印が何者かによって解かれていることに気づきました」
「陰陽師か、それとも妖魔の仕業?」
「それは分かりませんが……その日境内の防犯設備の電源が切られてしまったのです」
「防犯設備がですか?」
「はい。電源を操作した者と、宝物庫に侵入した者は別人かと思われます」
「複数の人間による盗難事件というわけですか?」
「そうでなければ、こうも簡単に宝物が奪われるわけがありません」

 永年もの間閉ざされていた宝物庫の空気は、重苦しく淀んでいた。
 薄暗い照明の中を進んで行くとガラスで隔たれた飾り台があり、紫色のビロードが敷
かれた上に太刀掛け台が置かれていた。
「ここに七星剣が飾られていました」
 太刀掛け台には剥がされたと思しき呪符の切れ端が残っていた。

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