銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ XVII
2019.09.08


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                XVII

 水中深く沈んでいくSWS。
 やがて大きな横穴が姿を現わした。
 それは地下水脈であった。
 オアシスは地下水脈を通して、大海へと繋がっていたのである。
「内陸部の湖には、地下水脈で大海に通じているものがあることを知っているのは
俺達だけだ。そして実際に航行できるのもこの艦のおかげだ」
「開発設計者は、士官学校在学中だったフリード・ケースンという人物らしいです
けど……。一体どんな顔してるんでしょうね。機密情報扱いで顔写真が公開されて
いませんので」
「そりゃそうさ。顔写真が公開されたら、拉致・誘拐される危険性が高くなるじゃ
ないか。これだけ優秀な技術者を失えば大きな損失になる」
 地下水脈を流れに任せて航行するSWS。
「まもなく海中に出ます」
「海に出たら、浮力調整を塩水モードに変更」
「海中に出ました。現在、カラコルム海を航行中」
「潜望鏡深度まで浮上」
「潜望鏡深度、深度十八メートルまで浮上」
「メインバラストタンク排水」
 ゆっくりと浮上をはじめるSWS。
 深度計の針が回って、十八メートルを指して止まった。
「十八メートルです」
 潜望鏡を上げて、海上を探査をはじめる艦長。
 海上はおだやかで波一つ見えず、艦影も水平線の彼方まで見られなかった。
「浮上!」
「見張り第一班配置につけ」
 海上に姿を現わすSWS。
 指揮塔のハッチを開けて出てくる艦長と副長、そして見張り要員。甲板からもハ
ッチを開けて乗員が出てくる。全員が大きく深呼吸して新鮮な空気を身体一杯に取
り込もうとしていた。
 換気装置が働いている音が微かにしている。原子力で動いており、空気清浄器を
使って、基本的には一ヶ月は換気の必要はないのだが、やはり外界の空気は新鮮こ
の上ないのである。
「やはり海は良いな。これぞ船乗りという気分がする」
「砂の海とは大違いですね」
「そうだな……。さてと任務を遂行するか」
「はい」
「トライアス発射準備。一番だ」
「トライアス一号、発射準備」
「目標。バイモアール基地。ただし併設のカサンドラ訓練所は外す」
「了解。目標、バイモアール基地、カサンドラ訓練所は外します」
「目標セットオン。一号発射管、上扉開放」
「一号発射準備完了」
「一号発射!」
 ガス・蒸気射出システムによって打ち出されたミサイルは、ある程度の高度に達
したところで、自身のエンジンに点火されて目標へと向かっていく。
「発射確認。目標に向かっています。到達時間二分十五秒」
 のんびりと船乗り気分に酔いしれている艦長。
「いい風だな。戦争をしていることを、つい忘れてしまいそうだ」
「ミサイル、目標に着弾しました」
「基地を完全に破壊」
 その時、見張り要員が声を上げた。
「艦影発見! 十七時の方向です」
 すかさず副長が、双眼鏡を覗いて答える。
「ミサイル発射を探知されたのでしょう。こちらに高速で向かってきます」
「警報!」
 艦の内外に警報が鳴り響く。
 外に出ていた乗員が、一斉に艦内へと戻ってゆく。
「潜航!」
「メインバラストタンクに注水」
「潜蛇下げ舵、十五度」
 艦首を下に向けて、潜航を続けるSWS。
「水平!」
 ゆっくりと水平に体勢を直す。
「全隔壁閉鎖! 無音潜航」
 各ブロックが閉鎖され、息を潜めて身動きしない乗員達。
 その表情からは、
「艦長はやる気だ」
 という雰囲気がうかがえる。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ XVI
2019.09.01


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                XVI

 潜砂艦の指揮塔から、砂の上に降り立つ、艦長以下の参謀達。
 砂塵を巻き上げながら降下するミネルバを見上げている。
 ミネルバの砲塔が旋回して潜砂艦に照準が合わせられたようだ。抵抗する気配を見せ
たら、容赦なく攻撃を開始するという牽制である。
 やがて降下したミネルバの昇降口が開いて、フランソワやベンソン副長が降り立ち、
歩み寄ってくる。
「どうやら向こうの艦長は女みたいですね」
「それだけじゃない。胸の徽章を見てみろ。戦術用兵士官だ」
「なるほど、旗艦という理由が納得できたみたいです」
 フランソワが目の前に立った。
 一斉に敬礼する潜砂艦の乗員達。
 それに応えてフランソワも敬礼を返しながら、
「これはどういうことですか? ハルブライト・オーウェン中尉」
 名前を言い当てられて、少し驚きの表情を見せる艦長のオーウェン中尉。
 艦艇データから、艦長名などを調べ上げたようだ。
「申し訳ありませんね。こちらに記録されております艦艇データが古くて、そちらの
データが載っていなかったのですよ。そちらさんは、どうやら新造戦艦のようですから
ね。確認が取れない以上、連邦軍の未確認艦として、攻撃を行ったというわけです」
 嘘も方便である。確かに艦艇データに記録はないのだから、言い逃れはできそうであ
る。
 副長は笑いを押し殺している。
「そういうわけで、そちらの艦長さんのお名前も知らないわけでして……」
 言われて頷くフランソワ。まだ自分の身分を名乗っていなかった。味方に攻撃されて
興奮していたせいであろう。
「ミネルバ艦長、フランソワ・クレール上級大尉です」
「ミネルバというと、メビウス隊の旗艦となる艦でしたよね。なるほど、それで我々の
攻撃をいとも簡単に凌いでしまわれたわけだ。感心しましたよ」
 その時、通信が急ぎ足でオーウェンのもとに駆け寄ってきた。フランソワに一礼して
から通信文を艦長に手渡す。
 その通信文を読み終えて、
「新しい任務が届けられました。取り急ぎの用なので、これで失礼します。今回の件に
つきましては、そちらの方で本部に伝えておいてください」
 と言い残して、踵を返して潜砂艦に戻っていった。

 潜砂艦艦橋。
「潜航開始!」
 ゆっくりと砂の中に潜っていく潜砂艦。
「作戦の前にオアシスによって水を補給する。微速前進」
「取り急ぎの用ではなかったのですか?」
「自分の娘ほどの若い上級士官から小言を聞かされるのは耐えられんからな。任務にか
こつけてオサラバしたのさ」
「あの上級大尉さん。呆然としていましたよ」
「まあ、俺の方が世渡り上手なだけだ」
「そんなものですかね」
 それから小一時間後。
 オアシスの湖に浮かんでいる潜砂艦。
「水の補給完了しました」
「それでは、行くとしますか。潜航!」
 湖に沈んでいく潜砂艦。というよりも潜水艦と言った方が良いだろう。
 この艦は流砂の中はもちろんのこと水中へも潜れる、SWS(サンド・ウォーター・
サブマリン)と呼ばれる兼用潜航艦である。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ XV
2019.08.25


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                 XV

 上空にミネルバが到着した。
「新型モビルスーツ発見! 人影も見えます」
「大至急降下して、訓練生を救出して下さい」
 航海長が警告する。
「一帯は流砂地帯が広がっています。砂の上を歩くときは、十分注意して下さい」
「流砂ですか……。砂上モービルを出して下さい。ミネルバは念のためにホバリング状
態で着陸する」
 砂の上に着陸したミネルバから、救助隊を乗せた砂上モービルが繰り出して、三人の
共助に向かった。
 現場に到着した救助隊は、早速三人の容態を確認して、ミネルバに無線で報告する。
「三人とも、まだ生きています」
『ただちに収容して下さい」
 その場で、脱水症状を回復するための点滴が施されて、担架に乗せられて砂上モービ
ルで、ミネルバへと搬送された。そして集中治療室に運ばれて、本格的な治療がはじめ
られた。
 様子を見にきたフランソワに、医師は現状を説明した。
「三人とも命に別状はありませんが、女の子の方は心臓がかなり弱っており、回復まで
には相当の期間がかかりそうです」
「命に別状がないことは幸いです。十分な治療をしてやって下さい」
 訓練生の容態を確認して一安心したフランソワは、艦橋に戻って新型モビルスーツの
回収を命じた。
 ミネルバを新型の上空に移動させて、大型クレーンを使って引き上げる作業が行われ
る。
 燃料切れでなければ、パイロットを搭乗させれば、簡単に済むことなのであるが。
 回収作業の責任者として、ナイジェル中尉とオーガス曹長が当たっていた。
 二人は、この新型の搭乗予定者になっていたからだ。
 ちなみにすでに回収されていたもう一機の方は、サブリナ中尉とハイネ上級曹長が搭
乗することになっている。
「新型の回収、終わりました」
「よろしい。本部に暗号打電! 『新型モビルスーツとカサンドラ訓練生の収容を完了。
次なる指令を乞う』以上だ」
 作戦任務終了の後は、戦闘で消耗した燃料・弾薬の補給が予定されていたが、直前ま
で補給地点は知らされていなかった。
「本部より返信。『通信文を了解。次なる補給地点として、明晩19:00にムサラハン鉱
山跡地に向かえ』以上です」
「航海長! ムサラハン鉱山跡地へ向かってください。補給予定時間は19:00です。そ
の頃に丁度到着するように、多少の寄り道も構いません」
 ここは敵勢力圏である。真っ直ぐ目的地に向かえば、敵に悟られて、待ち伏せされて
補給艦が襲われる可能性がある。多少遠回りしても、寄り道しながら、最終的に予定時
間に補給地へ向かうわけだ。

 砂漠の上空を進むミネルバ。
 その後を追うように、砂の中に潜むように動くものがあった。
 それは砂の中を突き進むことのできる潜砂艦であった。
 艦橋から潜望鏡が砂上に頭を出している。
「こんな砂漠を飛んでいるなんて珍しいな」
「艦艇データにありません」
「おそらく新造戦艦なのだろう。そっちの方面で検索してみろ」
「あ、ありました。旧共和国同盟所属の新造戦艦ミネルバのようです」
 正面スクリーンにミネルバの艦艇データがテロップで流れ出した。
「ミネルバということは、我々のご同輩というわけか」
「はい。メビウス部隊の旗艦という位置づけになっているようです」
「旗艦か……。なんぼのものか、少し遊んでやるとするか」
「またですか? 前回も遊びすぎて、撃沈させてしまったではありませんか」
「なあに証拠さえ残さなければ大丈夫だ」
「また、そんな事言って……」
「ようし。戦闘配備だ」
「しようがないですねえ。戦闘配備! トラスター発射管、一番から八番まで発射準
備」
「一番発射用意。目標、上空を飛行する戦艦」
「目標セットオン。照準合いました」
「一番、発射!」
 発射管から飛び出していくミサイル。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ XIV
2019.08.18


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                XIV

 砂漠の上空を飛行しているミネルバ。
 艦橋では、フランソワがカサンドラから収容した訓練生の名簿に目を通していた。
「男子二十八名、女子十四名、合わせて四十二名か……。数だけで言えば補充要員は確
保できたけど」
「心配いりませんよ。ミネルバ出航の時だって、士官学校の三回生・四回生が特別徴用
されて任務についていますけど、ちゃんとしっかりやっていますよ」
 副官のイルミナ・カミニオン少尉が進言する。
「それは元々専門職だったからですよ。それぞれ機関科、砲術科、航海科という具合
ね」
「今回の補充は、全員パイロット候補生というわけですか。結構プライドの高いのが多
いですから、衛生班に回されて便所掃除なんかやらされたら、それこそ不満爆発です
ね」
「トイレ掃除だって立派な仕事ですよ。ランドール提督は懲罰として、よくトイレ掃除
をやらせますけど、皆が嫌がるからではなく、本当は大切な仕事だからやらせているん
だとおっしゃってました」
「へえ。そんな事もあるんですか。そういえば発令所ブロックの男子トイレは、部下に
やらせないで、提督自らが掃除していると聞きました」
 感心しきりのイルミナであった。最も発令所には男性はアレックスだけだからという
事情もあるが。
 名簿に署名をしてイルミナに渡すフランソワ。
「新型モビルスーツの位置が特定しました」
 通信が報告し、正面スクリーンにポップアップで、位置情報が表示された。
「ただちに急行してください」
 砂漠上空の外気温は四十度を超えていた。
 新型モビルスーツはともかく、乗り込んでいたという三人の訓練生が気がかりだった。
砂漠という過酷な環境で、水なしで放置されたら干からびてしまうだろう。

 砂漠の真ん中。
 モビルスーツによって日陰となっている地面に、力なく横たわっている三人の姿があ
った。口は渇ききり唇はひび割れている。日陰の場所でも、砂漠を吹き渡る熱風が、三
人の体力を容赦なく奪っている。水分を求めてどこからともなく飛んでくる蝿が、目の
周りに集まっているが、追い払う気力もないようだ。
「俺達、死ぬのかな」
「喋らないほうがいいぞ。それよりサリー、生きているか?」
 アイクが心配して尋ねる。
 しかし、サリーは喋る気力もないのか、微かに右手が動いただけだった。
 三人の命は、風前の灯だった。
 薄れる意識の中で、ある言葉が浮かんだ。
『いざという時に、一番発揮するのは、体力だということが判っただろう』
 特殊工作部隊の隊長の言葉だった。
「まったくだぜ……」
 小さく呟くように声を出したのを最期に、意識を失うアイクだった。


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銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第四章 新型モビルスーツを奪還せよ XIII
2019.08.11


 機動戦艦ミネルバ/第四章 新型モビルスーツを奪回せよ


                XIII

 座席を動かして下を探す二人。
「あったぞ!」
「こっちもだ」
 取り出したサバイバルツールには、次のようなものが収められていた。
 非常用携帯食糧、浄水器、拳銃と弾丸1ケース、コンパス、発炎筒、サバイバルナイ
フ、断熱シートなどなど。
「食糧は当然として、こんな砂漠で浄水器が役に立つかよ。ミネラルウォーターくらい
入れとけよ」
「拳銃と弾丸は、獣を撃って食料にしろということだろうけど……。砂漠に獣がいるわ
きゃないだろが」
「いるのは毒蛇か昆虫くらいだぜ」
「まあ、自殺するのには役立つけどな」
「やめてよ、まだ死にたくないわよ」
「ほれ、断熱シートにくるまってろ。寒さよけになる」
 熱を遮断する不織布製のシートで、くるまっていれば体温の放射を少なくして、温か
く感じるというものである。
「うん」
 素直に答えて、断熱シートにくるまるサリー。
「我慢できなくなったら、ジャンと替わってもらうさ。どうせ今夜一晩だけの我慢だ。
明日には救援がくるさ」
「この新型を奪取するために、機動戦艦ミネルバがやってきたり、特殊工作部隊を潜入
させたりして、並々ならぬ戦力を投入している。新型を重要な戦略の一環として考えて
いる証拠だよ。だから必ず回収にくるさ」
「だといいんだけど……」

 ミネルバ会議室。
 カサンドラから収容された訓練生達が集合している。
 前方の教壇に立って、訓示する教官役の二人。
「君達は、このミネルバに自ら進んで乗り込んできたわけだが、このミネルバにおいて
も引き続き、実戦に即した訓練を行う予定だ。成績優秀な者は順次実戦徴用する。しか
し知っての通りに訓練機は一機もないし、君達パイロット候補生に搭乗してもらう実戦
機は限られている。全員に対して十分な訓練を施すことができない。そこで適正試験を
行って優秀な十名のみを選抜して、パイロット候補生とする。残りの者は、他の部門へ
の配置換えを行う」
 ここで、訓練生達にプリント用紙が配られた。
 タイトルには、配属希望表と書かれ、パイロット以下被服班、給食班、衛生班、工作
班、恒久処理(ダメコン)班、などの配属先名と、仕事の内容が書かれている。
 担当が入れ替わって説明を続ける。
「適正試験に合格する自信のない者は、パイロット以外の希望職種を記入して、明日午
後三時までに総務部室へ提出するように。第一志望から第三志望まであるから、良く考
えて記入するように。私からは以上だ」
 ここで女性士官に替わった。
「私は、皆さんの日常生活をお世話する担当です。何か相談事や心配事があったら、い
つでも気軽に相談して下さい。配属された部署がどうしても合わないなどで、配置換え
を希望する時も遠慮なく申してください。それでは、皆さんの宿坊を決めましょう。不
公平のないように、くじ引きで決めます。男女別々ですからね。前に出てくじを引いて
ください。男子は青い箱、女子は赤い箱です」
 ぞろぞろと前に出て男女別々のくじ箱に手を差し入れて、くじを引いている訓練生。
ワイワイガヤガヤとおしゃべりしながらなのは、まだまだ大人になりきれない子供だか
らだろう。実戦を知らず世間も知らない訓練生だった。
「くじに書かれた部屋番号は、後の壁に貼ってある艦内見取り図を見て、部屋の位置を
確認して下さい」
 ここで一旦解散となり、各自の宿坊へと向かうように指示が出た。もちろん宿坊以外
の場所への立ち入りは厳禁である。追って連絡があるまで宿坊から出ないようにとも。


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