思いはるかな甲子園~決勝戦~
2021.06.29
思いはるかな甲子園
■ 決勝戦 ■
夏の全国高等学校野球選手権大会の県予選がはじまった。
栄進高校は、一年生ピッチャーの白鳥順平を、守備でカバーしあって、記録係り兼コーチとしてダッグアウトに入っている、司令塔の梓の作戦に従って勝ち進んでいた。
そしてとうとう決勝戦に駒を進めたのである。その対戦相手校は城東学園となった。
二年連続の決勝進出ということで、学校やOB会、地元商店街後援会が大々的な応援団を組織して、決勝大会野球場へ乗り込んできていた。
県の決勝大会にはTV中継が入っており、各所にTVカメラがグランドや両校のベンチの様子を捉えている。アナウンス室にはアナウンサーと解説者が陣取って、実況中継をしていた。
『さて、全国高等学校野球選手権県大会も大詰め、とうとう決勝戦に駒を進めました。対するはくしくも去年と同じカードとなりました、城東学園高校と栄進高校です』
『プロのスカウトも注目の、超高校級スラッガー沢渡健児君のいる城東学園に、一年生ピッチャーを盛りたてて勝ちあがってきた栄進高校が、どんな戦いを挑んでくるかが見物ですね』
『両校の応援席には溢れんばかりの人々が陣取り、甲子園に期待を膨らませています』
栄進高校のダッグアウト。山中主将が、うろうろして落ち着かない様子。
「遅い!」
イライラしている山中主将。
「順平の奴、どうしたんだ。もうじき試合が始まっちまうぞ」
学校から球場へバスで来ていた部員達。
そのバスの発車時刻になっても木下順平が来なかったのである。
電話連絡しても繋がらず、自宅では出た後だという。
仕方なく順平には、タクシーで来るようにと連絡要員に言付けて、見切り発車した。
いつまで経っても来ないまま、ついに試合開始直前となったのである。
その時、部員の一人が息せき切って入ってくる。
「大変です。順平のやつが!」
『ちょっと、お待ち下さい。あ、大変です。栄進高校のピッチャー白鳥君、球場に来る途中で負傷したとの知らせが入ってまいりました。自転車で学校へ向かっていた所、子供が路地から飛び出し、それを避けようとした際に転倒して、腕にひびが入ったそうです』
『これは先の夏の長居浩二君の時の再来になってしまいましたね。実に不運としか言い用がありませんねえ。白鳥君、軽傷で済めばいいのですが』
『さてエース白鳥君不在の栄進高校、誰をマウンドに送るのでしょうか』
『えーと。部員数が不足していて、ベンチ入り十二名でこの試合に臨んでいる栄進高校です。控えの投手はいないようですが……』
病院で治療を終えた順平がダッグアウトに入ってきた。
肩から下げた三角布に、ぐるりと包帯を巻いた右腕が痛々しい。
「すみません、キャプテン。みなさん」
うなだれて言葉も弱々しい。
「事故はどうしようもないさ。まあ、ベンチで応援していてくれ」
事故の報告を受けていた山中主将が、順平の肩を叩きながら諭すように言う。
「それにしても……」
ダッグアウトから応援席に視線を移す山中主将。
栄進高校の甲子園出場を夢見て集まった大勢の人々。
このまま試合放棄となれば、黙っていないだろう。去年の試合後にだって、散々陰口を叩かれたのだ。
なにより順平のことが心配だ。二度と立ち直れないほどの精神的ショックを被ることになる。来年、再来年のエースピッチャーとなる素質を失うわけにはいかなかった。
「梓ちゃん。君が投げてくれ」
「え? ボクが」
「一応、梓ちゃんを選手として登録してあるんだ。部員が少ないからね。髪をまとめて帽子を深く被れば女の子とばれないかも知れない」
「しかし、ルール違反ですよ」
「そんなことは、わかっているよ」
「じゃあ……」
「栄進高校がここまでやってこられたのは梓ちゃんのおかげだ。これには誰も異議をとなえるものはいないだろう。
「そうですよ。他の部員が投げてもコールド負けが目にみえていますよ。相手は城東ですからね」
山中主将に答えるように武藤が賛同する。
「梓ちゃん。投げなよ、どんなになってもみんな恨みはしないよ」
「そうそう。女の子とばれちゃったりして没収試合になってもね」
みんなが異口同音に誘う。
「梓さん。僕からもお願いします。このままでは、去年死んだ長居先輩も浮かばれないと思うんです」
最後に口を開いた順平。
「長居……」
その言葉が梓の心を動かした。
「わかった。みんながそこまでいうなら、ボク投げるよ」
「よっしゃー! 武藤、先発メンバーの変更を届けてこい」
「あいよ」
髪を掻き上げてまとめヘアピンで固定する。そして帽子を深く被って、はみ出した髪の毛をその中に押し込む。
「うん。まあまあ、いけるんじゃないか」
準備が整った梓の姿を山中主将が誉める。
「しかし、城東の連中がどう出ますかね。梓ちゃんとは一度対戦してますから、すぐにわかっちゃいますよ」
「そこは、彼らの野球道精神にかけるさ。梓ちゃんには破れているから、雪辱戦を挑んでくることを期待しよう」
「野球道精神ねえ……」
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思いはるかな甲子園~父親来店~
2021.06.28
思いはるかな甲子園
■ 父親来店 ■
レストランの前を通りかかるベンツ。
「社長。こちらのレストランのようです」
後部座席の窓から顔をだしてレストラン前景を見る父親。
「そうか……石井。駐車場に入ってくれ」
「はい。かしこまりました」
ベンツはウィンカーを出して駐車場に入っていく。
停車したベンツから降りて来た一行は、それぞれレストランを眺めている。
「昼時を過ぎていますから、この時間帯は空いているでしょう」
というのは社長秘書の竜崎麗香である。
「そうだな。今なら梓の邪魔にならないだろう」
「いらっしゃいませ」
一行が入ると一斉に声がかかる。
「うん。あそこの席にしよう」
開いている窓際の席に座る一行。
仕事先などで商談以外でレストランで食事をする時は、運転手の石井も同席するのが常であった。父親は使用人だからというこだわりを持っていない。それに相席することで、他のお客の迷惑をかけない配慮でもある。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスがトレーに乗せて水を持ってきた。
それぞれの前にコップを置いてから、メニューを差し出す。
「メニューです。お決まりになりましたらお呼び下さい。では、ごゆっくりと」
と一礼して下がっていく。
「お父さん!」
父親の姿を見つけて驚く梓。
「おお! 梓か」
「どうしたの?」
「近くを通ったものだから。食事がてら梓の仕事ぶりを拝見しようと思ってね」
「もう……」
「社長……」
麗香が自分の服の襟を軽くつまみながら梓の方に視線を送った。
(ああ、そうか……)
麗香の合図が判った父親は、娘のユニフォーム姿を眺めてから、
「その制服、似合っているじゃないか。可愛いよ」
とその姿を誉めた。
麗香は自分より、父親に誉めて貰ったほうが、より効果があると判断したのである。
「あ、ありがとう」
顔を少し赤らめる梓。
「梓、悪いがお店の責任者のところに案内してくれないか」
「ええ? どうするの」
「決まっているじゃないか。挨拶だよ。娘が働いているんだ、父親としてちゃんと挨拶するのが、礼儀ってものだよ」
「い、いいわよ。そんな事しなくても」
「梓。一つ注意しておくよ。今日の私は父親としてよりも、客として来ているんだ。
その客が会わせてくれと言ってるんだ。案内するのが当然だろ。公私混同はいけないよ」
社長という経営者側に立つ父親だけに、例え娘でもその勤務態度を黙っておられずに注意する。
「ごめ……も、申し訳ありませんでした……ご案内致します」
「うん。ああ、君達はメニューを決めておいてくれ。私は店長お勧め品で頼む」
「かしこまりました」
「じゃあ、梓、頼む」
立ち上がる父親。
「はい。こちらです」
オフィス前でドアをノックする梓。
「どうぞ」
中から返事があって、父親を連れて入る。
「あら、梓さん。そちらの方は?」
「はい。わたしの父です。ご挨拶に伺いました」
「お父様でいらっしゃいましたか。マネージャーの深川と申します。どうぞ、こちらへ」
隣の部屋の応接室に案内するマネージャー。
「梓さん、来客用のお茶をお出ししてください」
「はい。かしこまりました」
「いや、それは遠慮しますよ。連れの者達と食事に来ていますので」
「そうでしたか。では、梓さんは、お仕事に戻ってください。お父様と二人だけでお話ししますから」
「悪いな、梓。そうしてくれ」
「はい」
これから話される内容が気になるが、二人に出ていけと言われればそうするしかない。
「失礼します」
そっと退室する梓。
「ねえ、ねえ。今の梓ちゃんのお父さんだよね」
絵利香が寄って来て話し掛ける。今は余裕があるので、フロアの状況を見つめながら、おしゃべりする。
「そうよ」
「マネージャーに挨拶に来たのね」
「うん」
「娘の様子を見に来るなんて、愛されている証拠ね」
「そうかな……」
「そうよ。わたしのお父さんも、いつか来るかな……」
「来ると思うよ。絵利香ちゃんの大好きなお父さんでしょ。うちのお父さんみたいに心配しているよ。だからね」
「そうだね」
やがて父親がフロアに戻って来る。
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思いはるかな甲子園~プールへ~
2021.06.27
思いはるかな甲子園
■ プールへ ■
とある遊園地のプールサイド。
その場内に開いているレストランのテーブル席でジュースを飲んでいる梓と絵利香。
この間、二人でショッピングした水着をそれぞれ着ている。
それを早く着てみたい為に、絵利香がプールに誘ったのである。
「梓ちゃん、それ似合ってるよ」
「ありがとう。絵利香ちゃんもね」
「うふふ……」
「ねえ、君達。二人きり?」
可愛い女の子がいれば、声をかけてくる軟派野郎はどこにでもいる。
「可愛いね、君達」
二人が困っていると、
「やあ、待たせたね」
そこには筋骨隆々とした武藤が立っていたのである。
「武藤先輩……」
「ちぇっ。男がいたのか」
といって退散する軟派野郎。
がっちりした体格の武藤に、食ってかかろうという男はいない。
「よかったね。たまたま俺達が居合わせてさ」
郷田が微笑んでいる。
「まったく。女の子のいるところ軟派ありですね。どうしようもない連中だ」
木田が、立ち去っていく軟派野郎の後ろ姿に軽蔑の表情で言った。そしてその視線は郷田に移る。
「そういやあ、ここにも一人いたっけ」
「え? いや、僕は軟派ですけど、一応礼儀はわきまえているつもりです」
「そうかあ……」
他の部員の疑心暗鬼な表情。
「信じて下さいよお……梓ちゃんは、信じてくれますよね」
にっこり微笑んだだけで、答えない梓。
そして話題を変えるように、
「しかし、偶然ですね。同じプールに先輩方がいらっしゃるなんて」
「あれ? 俺達、絵利香ちゃんに誘われたんだよ。今日、プールに行くから、良かったら来てくださいってね」
驚いて絵利香を見る。
「絵利香ちゃん。なんで黙ってたの」
「ごめんなさい。つい、言いそびれちゃった。だって、さっきみたいなことだってあるじゃない。殿方がいたほうが、安心だから」
「ところで、座っていいかい?」
立ったままで話している武藤が、紳士的に許しを請う。
「ああ、すみません。気がつきませんでした。どうぞ、構いませんよ」
「それじゃ、お邪魔して」
と腰掛ける武藤。他の部員達も椅子を持ちよって同じテーブルを囲んだ。
「ところで、キャプテンは来てないのですか?」
「はは、相も変らず出前持ちだよ」
寿司用の出前機を後ろにくっつけたバイクで、街中を走りまわっているその姿を想像する梓。
「可哀想ですね」
「親孝行で有名なキャプテンだからね。ま、仕方がないよ」
「でも品行方正で、成績も学年で十番を下らないから、某有名私立大学への推薦入学は間違いないそうですよ」
「へえ……キャプテンって、成績優秀なんだ」
「信じられないだろ。あの無骨で融通の利かない男がねって」
「うふふ」
まったくその通りと思ったが、口に出して言ったら失礼だろうと思い、含み笑いでごまかす梓。
「ところで、二人とも可愛い水着ですね。とっても似合っていますよ」
軟派な郷田だけに、女の子の着ているものを誉める事は忘れない。こういうことにかけてはベテランの郷田、他の連中が口籠って言い出せない時でも、さらりと言ってのける。
「ありがとう」
「ところで、泳がないんですか?」
聞かれて冷や汗の梓。
ぷるぷると首を横に振っている。
「まさか、泳げないとか?」
今度は縦に首を振る。
「あはは、梓ちゃんらしいや」
可愛い女の子が泳げないというのはよくある話しである。
じゃあなぜプールなんかに、とは聞くなかれ。微妙な女の子心理というものがあるのである。もっともこれは、絵利香が誘い出したことなのであるが。
「俺達が教えてあげるよ。せっかくプールに来たんだから」
「絵利香ちゃんも泳げないの?」
「はい。それが、先輩方をお誘いしたもう一つの理由なんです」
「あはは、いいですよ。お安いご用です」
というわけで、彼らに泳ぎ方の手ほどきを受ける二人だった。
郷田は梓達の手荷物預かり係りを押し付けられていた。軟派野郎に、可愛い二人を任せられないという、部員全員の賛同であった。日頃の行いのつけを払わされているというところだ。
浮き輪の手助けを借りて、武藤におててつないでもらって一所懸命バタ足の練習からであった。
「そうそう、その調子ですよ」
と声を掛けながら付き合ってくれている。恐れさせないように決してプールの中央へは行かずに、ヘリにそってゆっくりと動いてくれている。
(恥ずかしいよ……)
梓の心の内の内を察してかどうか、手を引く武藤はやさしく微笑みながら言う。
「案ずるよりは、産むが安しですよ」
その諺を使う場面が違うかも知れないが、本人が意識してるほど、周りの者は意外と見てなくて無関心なものである。
と、本人は言いたかったのであろう。
絵利香の方はどうかと見てみると、きゃっきゃっと楽しそうに教えてもらっている。彼らを呼んだ本人だから、こういうことには慣れているのであろう。
ひとしきり泳いだ後で、再びレストランのテーブルに戻る一同。
「あは、ちっとも巧く泳げないわ」
ころころと表情を変えながら楽しそうに、武藤達と談笑する絵利香。
そんな様子を眺めながらため息をつく梓。
(しかし、絵利香と一緒にいると、女の子っぽいことばかりに付き合わされるんだよね)
女の子同士仲良く一緒にと、誘ってくれているのだが。
スコート姿でアンダーがちらりの女子テニス部への誘い。ファミレスのウェイトレス。ウィンドーショッピング、その他諸々。今日は人目に水着姿をさらけ出すプールという具合である。
もっともこれは梓が意識し過ぎているだけで、絵利香のような普通の女の子ならごく自然な行動である。
梓の女の子指数は限りなく百パーセントに近づきつつあるが、今なお浩二の心が根強く居座っている。それが女の子として行動する際に、拒絶反応を起こす元凶となっているのである。
「思いを遂げるまでは、女の子に成りきることはできないよ」
そうなのだ。甲子園出場を果たすまでは、男の子の心を完全に捨て去る事はできなかった。
もちろん女の子の梓自身が、甲子園を目指す事はできないから、栄進高校野球部の面々に頑張ってもらって、夢を適えてもらうことである。
だから一所懸命に野球部の練習に付き合っているである。
「甲子園か……」
「梓ちゃん、ウォータースライダーやろよ」
と手を引いて誘う絵利香。
「わかったわよ」
野球に興味を持っていない絵利香には、とうてい梓の気持ちは理解できないであろう。
本文とは関係ないですが、夏らしい画像をどうぞ。
16色MAG画像を256色GIFに変換しました。
今は懐かしきNECの初期16ビットマシン(80286)、PC-9801VXで「マグペイント」という
ソフトで作画。4096色中の16色しか表現できず、ドット絵でいかにグラデーション
出すかが大変で、当時のグラフィックデザイナーは相当苦労していたようです。
当時のPC-9801でフルカラー(1670万色)を描画するには、「フレームバッファ」という
約14万円もする目が飛び出るようなグラフィックカードを使用する必要があった。
さらに8ビット時代なんてもっと大変。それでも画数やメモリ不足もなんのその、パ
ソコンゲーム全盛期を闊歩した日本メーカーなのでした。
8ビットのイースやハイドライドをもう一度やりたいぜ。
PC-8801版の「イースII」のオープニングアニメーションにはぶったまげた。
有名なリリアの振り向きシーン、荘厳なるFM音源は、これが8ビットかと疑ったも
のだ。
ちなみに「イースIIエターナル」では、新海誠がオープニングを手掛けている。
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思いはるかな甲子園~ショッピング~
2021.06.26
思いはるかな甲子園
■ ショッピング ■
駅ビルを拠点として、北へ向かって直線的に続く、この街最大のショッピングモール。
数ある中でも、ファッション関連の商店が多い。
絶えることのない人の波の中に、梓と絵利香がいる。
ランジェリーショップやらファンシーショップを次々と回っている。
いわゆるウィンドウショッピングは見ているだけでも楽しいものだ。
水着売り場にやってきた二人。
時は夏。
新しい水着が欲しくなる季節である。
絵利香に誘われて買い物に付き合っているのであった。
とっかえひっかえしながら水着を物色している絵利香。
お目当ては可愛いワンピースの水着のようで、ビキニには見向きもしない。
「あ、これ。可愛い」
水着を手に取り、近くの姿見にかざしてみる絵利香。
「ねえ。これ、どう思う? 似合ってる?」
梓にも意見を請う絵利香。
「うーん。似合ってると思うよ」
とは言ったものの、似合うに合わないは主観的なものである。誰の目にも派手な柄とか、布地が極端に少ないというのでなければ、本人さえ納得していれば、それは可愛いと言ってもいいだろう。
「うん。じゃあ、これにするね」
「梓ちゃんは、決まったの?」
「ボクはいいよ」
梓は、絵利香が水着を買うというのに付き合っているだけで、買うつもりはなかったのである。
「何言ってるのよ。成長期なんだから、去年の水着なんか着れないわよ」
「あはん……そうか、泳げないからでしょね」
実は、梓はまともに泳げなかった。体育の水泳の授業で、その事実を知って茫然自失となったものだった。小・中学時代は、お嬢さま学校だったせいか、水泳の授業がなかったからである。スポーツマンとして万能を誇っていた浩二にしてみれば甚だ納得しがたいことであった。
「気にしないでいいわよ。わたしだって泳げないんだから」
クラスで泳げないのは、この二人を合わせて五名だった。
天は二物を与えずとはよく言ったもので、全員可愛さを売り物としているような女の子ばかりである。
「泳げないからと言って尻込みしてたら、夏の水着シーンを演出できないわよ。男の子達と海に遊びに行くことだってあるじゃない。水着になる機会はいくらでもあるわよ。やさしい男性が『僕が泳ぎ方を教えてあげるよ』って、手ほどきしてくれるかもよ。そして恋がはじまる。どう?」
「あ、あのねえ……」
「というのは冗談だけどさ。持ってて損はないと思うよ。だから、ね。買いましょうよ」
絵利香は、どうしても梓に水着を買わせたいらしい。その新しい水着を持って、海なりプールに一緒に行きたかったのである。
「わかったわよ。買います、買えばいいんでしょう」
「そうそう、女の子は素直が一番よ」
「何が、素直なんだか……」
「わたしが選んであげるね」
と言って 数ある水着の中から選びだして梓に薦める絵利香。
「はい。梓ちゃんには、これがよく似合ってるわよ」
「う、うん……」
結局。梓も水着を買わされることになってしまった。
梓達がアルバイトしているファミレス。
それぞれ紙袋を持った二人が、客としてテーブルについている。
どこかの喫茶店に入るくらいなら、自分達のお店の売り上げに協力しようというわけである。もちろん繁忙時間帯は外してある。
やがてトレーに注文の品を持ってウェイトレスがやってくる。大川先輩である。
「お待ちどうさまです。クリームパフェは絵利香ちゃんね」
「はい」
「梓ちゃんには、チーズクリームケーキね」
「はい」
「では、ごゆっくりどうぞ」
といって一礼して、下がっていく大川。一応親しげな応対なるも、勤務中の私語は謹むということで、マニュアル通りの扱いだ。他に客がいなければある程度の会話は許されているが。
「これこれ、このパフェがおいしいのよね」
「相変わらず甘いものが好きなのね」
「うーん。太るとはわかっていながらも、やめられないのよね」
「女の子だね」
「お互いさまじゃない」
二人の前に、先程の大川先輩が、カスタードプリンを持ってきた。
「あの、これ。頼んでませんけど」
「これはわたしのおごりよ」
「え?」
「無断欠勤もなく一所懸命に働いてくれているから、お姉さんからのご褒美よ」
「ありがとうございます」
「遠慮なくいただきます」
「マネージャーがおっしゃってたけど、あなた達がいらしてから、男性の常連客が増えたって。とても可愛い子が入ったから、助かったって喜んでらしたわよ」
「そ、そうですか? あは」
武藤ら率いる栄進高野球部のお邪魔虫軍団も、その常連客に入っている。
「それじゃね」
と軽くウィンクして待機場所へ戻る大川先輩。
「得したね」
「可愛い子ですってよ」
と梓を指差して微笑む絵利香。
「もう……その言葉使わないでって言ってるのに」
「梓ちゃんてば、可愛いと言われると、いつも拒絶反応起こすのよね。どうして?」
「どうしてって、言われても……。個人の能力の本性を見ていないというか、上辺だけで評価されていると思うと、いたたまれないのよね。両親の血を引いて、可愛く生まれただけのことを言われても」
「そうかな……。確かに梓ちゃんは可愛いけど、それだけじゃないでしょ。内面的なやさしい心が表面に溢れてきているって感じかな。ほら、可愛いけど性格が悪いって子もいるし」
「おだてないでね」
「ほんとのことよ」
「この話しやめようよね」
「わかったわ……」
しつこく聞いていると機嫌を悪くする。適当なところで切り上げるのが、仲良しを続けていくこつである。
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思いはるかな甲子園~ソフトボール部の勧誘~
2021.06.25
思いはるかな甲子園
■ ソフトボール部の勧誘 ■
絵利香達と昼食をとっている梓。
教室に三年生らしき女子が入ってきてきょろきょろしている。
手近にいた一年生に何やら聞いている。
その一年生、梓の方を指さしている。
梓の顔を見つけると歩み寄ってくる。
「ちょっと、あなたが梓ちゃんね」
「え? そうですけど」
「あなた、野球部でピッチャーやっているそうね」
「まあ、そうですけど」
「ねえ、うちのソフトボール部に入部しない?」
「ソフトボール?」
「そうよ。山中君から聞いたんだけど、高校野球でも十分通用するんだって? だからぜひともソフトボール部に入ってほしいのよ。もちろんレギュラーでピッチャーやってもらうわ。どう?」
「ソフトボールねえ……やめとくよ」
「どうしてよ」
「だって、あんな子供の遊びなんかやる気ないもん」
「子供の遊びですって!」
「その通りだよ」
「言ったわねえ。だったら私達と勝負しなさい」
「勝負?」
「そうよ。勝負して私達が負けたらあきらめるわ」
「いいよ。勝負しても」
「ありがとう。じゃあ早速、放課後にグラウンドにきてね」
絵利香が質問した。
「ねえねえ、どうして勝負するなんていったの」
「だってそうでもしないと、いつまでもしつこく言いよってくるよ、きっと」
「だからって、もし負けたら……」
「負けないよ、ボク」
放課後。
ピッチャーズマウンドで、腕をぐるぐる廻して肩慣らしをしている梓。制服からジャージに着替えて勝負に挑んでいる。
近くのベンチに腰掛けて観戦している絵利香。
「さあ、いつでもいいわ。投げて」
バッターボックスに立って、催促する高木。
「いきますよ」
「いらっしゃい」
(野球のアンダースローしか投げた事ないはず。ソフトボール独特の投げ方はどうかしら?)
腕をぐるぐる廻し投げするソフトボール独特のアンダースローから放たれたボールは、あっという間に捕手のミットに収まった。
「は、はやい!」
「驚いてるわね。ソフトボール式の投げ方も練習していたんだよ」
「ス、ストライク!」
審判役の部員も目を丸くしている。
「まさか、こんな球が投げられるなんて……」
そして、二球目。
高木の打球はピッチャーゴロとなって梓のグラブへ、それを一塁に投げてアウト!
絵利香が微笑んで軽く拍手している。
「そ、それじゃあ、攻守を交代しましょう」
「わかりました」
マウンドを降り、絵利香にグラブを預けて打席にはいる梓。
代わってマウンドに上がる高木。地面をならしながら投球体勢に入る。
「わたしの球が打てるかしら、三年生でもたやすく打たせたことないのよ」
一球目ストライク。
にやりとほくそ笑む梓。一球目を見送ったのは球速とコースを読んだからである。
次ぎなる球を、こともなげに真芯で捉えて、軽々と外野へ飛ばした。あわやホームランというセンターを越えるヒットであった。
球速が速いといっても、硬式野球の速さに比べれば段違いである。マウンドとベースの間の距離は短いし、大きな球が飛んでくるので、速いと錯覚してしまうだけである。
球が大きいのでジャストヒットポイントが狭いし、使用するバットも細いので、慣れないとぼてぼてのゴロにしかならないが、じっくり見据えて、真芯を捉えてジャストミートすれば必ず飛ぶ。
エースピッチャーが打たれたのを見て呆然としている部員達。
打球が飛んだ方向を見つめている高木。
「さすがだわ、豪語するだけのことはある。わたしの負けだわ」
「はい。お返しします」
とバットを捕手に預けて、
「じゃあ、帰りましょう」
と絵利香を誘い、すたすたと立ち去っていく梓。
「山中君いる?」
野球部の主将である山中のところにソフトボール部主将の高木愛子がやってきた。
「何だ、愛子か」
実は二人は幼馴染みであった。
「あんたのところの梓ちゃんのことだけどさあ」
「梓ちゃん?」
「そう」
「だめだ、貸さない」
「何も言ってないじゃない」
「言わなくてもわかるさ。県大会があるから、大会の間だけでもメンバーに入れたいから貸してくれ、っていうんだろ」
「さすが、山中くんね」
「18年もつき合ってりゃ、おまえの考えていることなど、お見通しさ。おまえ、梓ちゃんと勝負して負けたそうじゃないか」
「わ、悪かったわね」
「とにかくだめだ」
「そう……お願いきいてくれたら、あたしのすべてを、あ・げ・る」
「うん。やめとくよ」
「そっかあ、他にはアイドル歌手〇〇〇のサイン入り色紙あげようかと、思ったのになあ」
と、手にした色紙を見せびらかす高木。
「なに! 〇〇〇のサイン入り色紙」
「あんたの好きな歌手……だったわよね」
「し、しかし。これは梓ちゃんの意向にかかわることだし……」
色紙をちらちらとかざされて、つばを飲み込む山中主将だった。
「ええ? なんでボクがソフトボールの助っ人に入らなきゃならないのですか」
「だいたい。野球にしろソフトにしろ、チームプレーが大切なんですよ。ただうまいというだけで、ぽっと入った新人がすぐにチームに馴染むわけないです」
「しかしだね。あれだけの技量を持っているんだ……」
「キャプテン! ボクはソフトには全然興味がないんです。やめてください」
うだうだと言うので、ついには口調を荒げる梓。
「わ、わかった。ソフトボールの連中には、そう言っておくよ」
梓の断固たる態度を見せ付けられては、さすがに撤退するよりなかった。
「……というわけだよ。すまん」
高木愛子に報告する山中主将。
「まあ、仕方がないわね……。あの子の態度をみてると、断られるだろうとは思っていたわ。でも、まだ一年生だからいくらでも誘い出す機会はあると思うから」
「それで、例のものだけど……」
「ああ、サイン入り色紙ね」
「そ、そう……」
「いいわ。あげるわよ。一応、あの子に口利きしてくれたわけだし、わたし冷たい女じゃないから」
「す、すまないね」
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