梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(三)沢渡夫妻来訪
2021.06.05

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(三)沢渡夫婦来訪

 数日後。
 梓が書斎で、AFC(Azusa Foundation Corporation)より届けられた稟議書に目を通している時だった。
 麗華が来訪者を伝えにやってきた。
「お嬢さまに、ご面会をと来訪された方がいらっしゃいます」
「ここに直接?」
「その通りです」
 世界最大の財閥グループであるAFCの代表の梓に面会を通すためには、最低でも一年は掛かると言われている。
 まずはAFCに面会伺いを通してからである。
 ここに直接来たのは、梓のことを何も知らない人物だろう。
「本来ならアポイントのない面会者は門前払いなのですが……」
「どちらさん?」
「はい。沢渡建設の代表取締役、沢渡夫妻です」
「沢渡建設? ああ、慎二君の……」
「ご存知でしたか?」
「ああ、嫌というほど知っているわよ」
 さんざん不良扱いされ、馬鹿にされたのだ。
 一種恨みとも思えるような感情が湧き起こる。
 ちょっと悪戯っ気を出してみよう。
「いいわ、通してください」
「よろしいのですか?」
「ええ。VIP待遇、国賓クラス扱いでお願いします」
「国賓クラス?」
「ええ、ちょっとばかしね……」
「かしこまりました」

 早速屋敷中に梓の指示が伝達される。
 国賓クラス。
 それは屋敷中の者を総動員してお出迎えすることを意味する。
 メイド達はおろか調理人・庭師・運転手など全員が勢ぞろいする。
 総勢百名以上にもなる壮観さである。
 居並ぶ従業員を前にして麗華が訓示を述べる。
「非常に稀なことではあるが、本日は国賓クラスのお客様をお出迎えすることになった」
 あちらこちらで、くすくすと声を殺すような笑い声が聞こえる。
 国賓クラスが当日突然に訪れることなどあり得ない。国政のスケジュールを十分に配慮して、最低でも半年以上も前には予定を組んで置かなければならないはずである。
 今回の国賓クラス来訪の件は、梓お嬢さまの気まぐれか茶目っ気によるものだと、誰しもが予測できるものであった。
「お嬢さまのお名前を汚さないように、十二分に注意して丁重にお出迎えするように」
「はい! かしこまりました!!」
 一斉に声を揃えて返事をする一同。
 例え冗談や茶目っ気と判っていても、お嬢さまのご指示となれば、それに従うまでである。
 仕事は真剣勝負。
 国賓クラスのご来訪者として丁重にお出迎えするまでである。

 やがてリンカーンに前後を挟まれて沢渡建設社長夫妻の乗るベンツがやってくる。
 いかにベンツとて、リンカーンと比べられたらまるで貧弱そのものである。
 車寄せにベンツが到着すると、早速車係の者が寄ってドアを開け、沢渡社長夫妻の降りるのを手助けした。
 居並ぶメイド達や従者に圧倒される沢渡社長夫妻。
 これだけの大歓迎を受けたのは初めてのことであろう。
 いや、一生掛かってもお目にかかれない光景かも知れない。
 麗華が歩み出てくる。
「いらっしゃいませ、沢渡様。お持ち申しておりました。この屋敷の総責任者の竜崎麗華でございます」
「こ、こちらこそ。突然の来訪なのに、快く面会をお許しくださいまして感謝しております」
「運がよろしかったのですよ。本日のお嬢様はすこぶるご機嫌麗しく、お会いいたしましょうとのご快諾でした。ほんとうにこんなことは非常に稀なことでございます」
「そ、それはどうも……」
 案内されて玄関ロビーへと入り、きょろきょろと当たりを見回す沢渡社長夫妻。
 並べられた調度品の豪華さはもとよりのこと、天井の高さが半端でなかった。一般住宅でいえばゆうに三階くらいに匹敵する高さがあり、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
「エレベーターにお乗りください」
 真条寺家の邸宅は三階建てであるが、階層ごとの高さが半端ない。階段を歩いて昇るなど狂気の沙汰といっても過言ではない。ゆえにエレベーターが設置されていた。もちろん主人・客人用と従者用との二種類ある。
 エレベーターを三階で降りてまっすぐ歩いたところにあるのが正面中央バルコニーである。
 正面中央バルコニーからは、屋敷内の眺望が一目で見渡せる。
 正面玄関から車寄せへと続く広大な前庭。至るところで噴水が水飛沫を上げているのがいかにも涼しげである。
 バルコニーの中央に置かれた大理石のテーブルと椅子のセット。
 梓が腰掛けて紅茶を飲んでいる。
 それを見守るように、バルコニー入り口に二名、手摺よりに二名、そして梓の側に一名という配置で専属メイド達が立っている。
「う、美しい。美しすぎる。しかも全身から漂う気品の良さは一体……」
 ティーカップを手に持ち、茶をすする仕草は、上品このうえなくまるで隙がない。上流階級に育ったものだけが持つ、まさに本物のお嬢さま。そんな梓の雰囲気を感じ取ったのか、沢渡社長夫妻はしばし茫然と見とれていた。
「その節は突然お邪魔いたしまして、ご迷惑をおかけいたしました」
 先に声を掛けたのは梓だった。
「い、いえ……。こちらこそ、大変失礼なことを致しまして」
 冷や汗を拭きながら弁解する沢渡社長。
「ほんとに……いえねえ。慎二の連れてくる友達といったら不良ばかりでしたでしょ。ですからつい……同類かと思い違いいたしまして……」
 夫人の方も、見苦しいほどの言い訳を続けている。
 そこへワゴンを押してシェフ姿のコックがやってきた。
「お座りくださいませ。まあ、お菓子でもいかがですか?」
 シェフは、大皿に盛られたお菓子をそれぞれに取り分けていた。
「このシェフは、パリのダロワイヨで三年、ジェラール・ミュロで二年修行したパティシエ{菓子職人}で、フランス本国の最優秀パティシエ賞も受賞しています」
 ダロワイヨの定番スイーツのマカロンである。
 外側がカリッとしていて中が柔らかく、香り豊かでとろけるような中身のマカロン。バートダマンド{アーモンドとシロップのペースト}をベースにメレンゲを加えて作られている。
 マダガスカル産のヴァニラを利かせたヴァニーユ{Vanille}。シトロンをベースにメレンゲ、クリームを加えたシトロン{Citron}など、六種類ほどが用意されていた。
「最高級抹茶を使用して和風に仕上げましたテ・ヴェール{The vert}です」
 とのシェフの説明とおりに、薄緑色したマカロンからは微かに抹茶の香りが漂ってくる。
 一口放り込めば、舌をとろけさせるような甘美な余韻が口一杯に広がる。
 作ってからほとんど時間が経っていないから、味も香りも濃厚である。
 それに引き換え、沢渡家で出されるお茶菓子はすべて菓子屋から買ってきたものである。
 しかしここでは、シェフ自らが腕によりを掛けて自家製したものが出される。
 レベルがまるで違っていた。
 お茶菓子でこうなのだから、ディナーとかの本格的料理になるともう想像すらできなくなる。
 映画などで王侯貴族たちの食事風景が描写されるが、たぶんあれくらいの豪勢さになるのだろう。
 とんでもないほどの場違いなところへやってきてしまった。
 夫妻に後悔の念が湧き起こっていた。
「それで、今日のご来訪はどのようなご用向きなのでしょう?」
 梓が見透かしたように尋ねる。
「あ、はい。うちの馬鹿……。いえ、息子の慎二とお知り合いのようですので、親としてご挨拶に伺った次第です」
「ああ、慎二さまですね。日頃からお友達としてお付き合いさせていただいております。不良に絡まれているところを救っていただいたり、とてもやさしくて親切なお方ですわ」
 梓の言葉に、メイド達の表情が歪む。
 笑い出すのを必死で堪えているのである。
 あの慎二君が、やさしくて親切?
 粗暴で身勝手で喧嘩っ早いというのなら判るが……。
 たぶんそう考えているのであろう。
「は、はあ……。そうでございますか。慎二がそのような事を」
 梓は慎二の悪いところは一切触れないで、良い面ばかりを強調して褒め称えた。
 さすがの沢渡夫妻も、ただ頷くばかりであった。
 そうこうするうちに、沢渡夫妻の様子に変化が見られるようになった。
 そろそろ、おいとまする時間なのだが、切り出せないでいるという感じ。

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梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(二)成金主義
2021.06.04

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(二)成金主義

 医者の所に立ち寄った後、沢渡家に着いた。
 梓と絵利香は、その威容さに驚いた。
 ごく普通の家庭かと思っていたそれは、とんでもないくらいに広い屋敷だったのである。
「ほんとにここが慎二君の家?」
「ああ、そうだよ。建設会社社長が金に明かせて建てた成金主義まるだしの屋敷さ。とはいっても、梓ちゃんや絵利香ちゃんの屋敷に比べれば猫の額ほどもないけどね。まあ、それでも人並み以上なのは確かさ」
「でも、慎二君の日頃の生活からは、とても想像できないわね」
「家出して自活しているからね。一応、アパート暮らしの貧乏生活さ」
「どうして、家出なんかしているの?」
「言っただろう? 成金主義だって。ちょっと金があるからといって、鼻持ちならない態度なんだよ。女中さんなんか雇って上流社会気取りでいる」
「それで家出を?」
「まあね。この家に暮らす限りには上流社会的な生活を強要されるからね。不良としての俺にとっては住みにくい家だってことさ」
「でも、お小遣いとかたくさん貰っていたんじゃない? それが今は、アルバイトしても生活費にことかく日々」
 ここ最近のガソリン代の高騰で、自慢のバイクに乗らずにもっぱら自転車という状況がそれを示していた。
「よけいなお世話だよ」
 それから応接室に案内された二人。
 お茶が出されて、手をかけようとした時、部屋の外で声がした。
 ここの主が帰ってきたようである。
 近藤が素早く動いて、出迎える。
 開いたままのドアから、主の姿が見える。
 こちらを振り向いた主。
 梓達を認めて、突き放すように答える。
「よけいな客には、茶菓子は出さんでいいと言ったはずだぞ」
 これ見よがし、わざと聞こえるように近藤を叱る父親だった。
「いえ、この方たちは、怪我したおぼちゃまを介抱してくださいましたのです」
「怪我?」
「はい」
「ふん! また喧嘩したのか。しようがない奴だ」
「そうは言われましても」
「構わん、適当にあしらって早く追い出せ」
 まるで泥棒猫に入られたような口調であった。
 憤慨する梓達。
 これでは出されたお茶にも手を出すわけにもいくまい。
「ひどい言われようね」
「客扱いしていないよ」
「人扱いすらしていないよ」
「不良の俺が連れてきた友達だから、同様に不良だと思っているんだよ。たかりに来たぐらいにしか思っていないよ」
「そうみたいね」
「お邪魔なようだから、帰りましょう」
「そうね」
 携帯電話を取り出して、麗華に迎えに来るように伝える梓。
 携帯の電波を逆探知すれば、場所は判るようになっている。
 立ち上がる梓達。
 歓迎されていない以上、いつまでも応接室にいるのは気分が悪い。
 屋敷の外で待つことにする。

 高級外車のベンツがやってくる。
 中には中年女性が乗っており、梓達を訝しげに見つめながら、慎二の姿を見出して窓を開けて尋ねる。
「慎二じゃないか。どうせ金の無心にきたのだろう? どうせ、そこの女達と遊びにいく金だろ」
 切り出した言葉がまた聞き捨てならぬものだった。
 まったく夫婦揃って、金持ちを鼻に掛けて嫌味たっぷりである。
 慎二が家出する理由も納得できる。

 そこへファントムⅥがすべるようにやって来て止まる。
「お待たせいたしました」
 運転手の白井が出てきて、後部座席のドアを開けて招き入れる。
「どうぞ、お嬢さま。絵利香さまもご一緒に」
「ありがとう」
 さんざん不良扱いされていた梓は、見せつけるようにお嬢さまぜんとした優雅な動きで乗り込んでいく。
 絵利香も同様にしずしずと乗り込む。
 沢渡夫人は、ファントムⅥの威容さに目を見張るばかりだった。
 車のことはあまり知らなくても、その概容からとんでもない高級車であることは、いやでも判る。
 今ではちょっと金を出せば誰でも買えるベンツなどとは比べ物にもならない。ちょっとやそっとでは手に入れられない代物だとも判る。

 英国製、ロールス・ロイス・ファントムⅥ。BMWの傘下に入る以前の、モータリゼーション華やかりし全盛の頃、1960年代往年の名車である。
 全長6045mm、全幅2010mm、車高1752mm、全重量2700kg、水冷V8エンジン6230cc。ロールス・ロイスの方針でエンジン性能は未公表のため不明だが、人の背の高さをも越えるその巨漢は、周囲を圧倒して、道行く人々の感心を引かずにはおかない。

 その巨漢に圧倒されないものはいない。
 唖然として、梓達を見つめている沢渡夫人。
「今夜は、近藤の顔を立ててここに泊まるが、明日にはアパートに戻るよ。ここは居づらいからな」
「学校で会いましょう」
「さよなら」
「ああ、さよならだ」
 ファントムⅥがゆっくりと動き出す。
 五十年近く経っているというのに、非常に静かなエンジン音は、日常の整備が良くなされている証拠。
 オークションに出品すれば、一億円という値が軽く提示される代物である。
 やがてファントムⅥは沢渡家を後にした。
 居残った慎二と沢渡夫人。
「今の女の子達は誰なの?」
「なあにあんたが想像した通りのズベ公だよ」
「そんなことないでしょ。ロールス・ロイスでしょ、あの車」
「そうだよ」
「どこかの大金持ちなんでしょ?」
「大金持ち? そんなレベルじゃないよ。雲の上に住んでるからね」
 きょとんとしている沢渡夫人だった。
 口で説明しても、理解できるような内容ではない。

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梓の非日常/第二部 第六章・沢渡家騒動?(一)おぼっちゃま?
2021.06.03

続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?


(一)おぼっちゃま?

 繁華街を歩いている慎二がいる。
 と、わき道から女性の悲鳴。
 何事かとわき道へと歩いていく慎二。
 女性が困っていたら助けるのが男の信条。
 そこには一人の女性が数人の不良グループに絡まれていた。
「助けてください!」
 慎二に気がついた女性が助けを求める。
「おらあ! おまえ達何をしているか」
 声を荒げて不良グループ達に近づいていく慎二。
 ところが一歩踏み出した瞬間に後頭部に激しい痛みを覚えた。
 地面にどおっと倒れる慎二。
「やったぜ!」
「大丈夫なの? 死んだんじゃない?」
「これくらいじゃ死なないよ。石頭だからな」
「でも、動かないじゃない」
 女性の声も聞こえる。
 その語り具合からして仲間だったようである。
「ちょっと脳震盪を起こしているだけさ。すぐに気が付くさ」
「気が付かれる前にやっちまおうぜ」
「おうよ。まともに戦って勝てる相手じゃないからな」
 よってたかって倒れている慎二に夢中で蹴りを入れる不良グループ達。
 慎二は気絶していても本能的に急所を庇っていた。

 その頃。
 同じ繁華街を二人仲良く徒歩で帰宅する梓と絵利香。
 ふとわき道に視線を向けた絵利香が気が付く。
 路上に倒れている男がいる。
「ねえ、あれ慎二じゃない」
「ん……そうみたいだね」
 急いで慎二の所に駆け寄る二人。
「おい。こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」
「それが地面に倒れている者に掛ける言葉かよ」
 倒れたまま声を出す慎二。
「いや、おまえがやられるなんて信じられなかったからな。寝ているんじゃないかと」
「ひどいやつだな」
 と、ゆっくりと起き上がる慎二。
「また喧嘩したのかよ。懲りないやつだな。で、今日は何人が相手だ」
「喧嘩じゃねえ。闇討ちにあったんだよ。でなきゃ負けやしない」
「女でもいたか?」
「ああ、いたな」
「ええ格好しようとして油断したんだろ」
「かもしれねえ」
「立てるか?」
「ああ……」
 と立ち上がろうとする慎二だったが、わき腹を押さえて蹲ってしまった。
「無理するな。肩を貸してやる」
 慎二の両肩を左右から梓と絵利香が抱きかかえるようにして、立ち上がらせる。
「すまねえな。無様なところを見せてしまって」
「なあに、おまえにも人並みなところがあると知って安心したよ」
 慎二の手が丁度梓の胸元あたりでぶらついている。
 ちょっと手を曲げれば胸を触ることができる位置にある。
 そのことに梓と慎二は、ほとんど同時に気がついていた。
 もんもんとする慎二だが、梓もその気配を感じ取ったのか、機先を制するように言った。
「おい。どさくさに紛れて胸を触るなよ」
「だ、誰が、触るもんか」
「ふん。どうだか。ちょっとでも触れてみろ、絶交だからな」

 その時、背後で車の停まる音がしたかと思うと、
「慎二おぼっちゃまじゃないですか」
 という声が聞こえた。
 三人が振り向くと、黒塗りのクラウンから運転手が降りて来る。
「近藤!」
「やっぱり、慎二おぼっちゃまでしたか」
 慎二と近藤と呼ばれた運転手のやりとりを聞いていた梓だったが、腹を抱え涙流して笑い転げだした。
「おぼっちゃまだって、きゃははは」
「なんだよ。俺がおぼっちゃまと呼ばれておかしいか」
 言われてじっと慎二の顔を見つめる梓。
「似合わん」
 きっぱりと言い放つ。
「誰も乗っていないようだが……」
「はい、お客様をご自宅へお送りしての帰りですので」
「どうでもいいけど……。いつまで、わたし達に肩車させておくつもり?」
「ああ、これは申し訳ありませんでした。お坊ちゃま、車にお乗りください。お医者のところにお連れします」
 といいながら、二人の手元から慎二を抱きかかえるようにして後部座席に座らせた。
「お医者さまのところに寄ってから、ご自宅に向かいます」
「お嬢様方もお乗りください。ご自宅までお送りします」
「それよりも、慎二君の家に案内していただけないかしら」
「そうそう、友達なんだから家くらいは教えてもらいたいわね」
「お坊ちゃま、いかがいたしますか」
「案内してやれよ。成金主義の邸宅を見せるのも一興だ」
「成金主義?」
「行けば判る」
「あ、そう……」

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梓の非日常/第二部 第五章・別荘にて(五)守護霊
2021.06.02

続 梓の非日常/第五章・別荘にて


(五)守護霊

 それは、梓お嬢さまが生まれて間もない頃のお話でした。仕事の都合上で日本に来ていた渚さまは、休暇を軽井沢の別荘で過ごしていました。梓さまのお守りとして、わたしも一緒に来ていました。ある夜のこと、梓お嬢さまが夜泣きをして、いっこうに泣き止みませんでした。どうにかしてあやそうと、梓お嬢さまを抱えて、別荘の周りを散歩していました。
 見知らぬ老人が立っていて、こちらをじっと眺めていて、声を掛けようとしたら森の中に溶けいるように消えてしまったのです。
 いつのまにか梓お嬢さまは泣き止んでいて、老人の消えた森の中をじっと見つめていたのです。
 不思議なことに、梓お嬢さまも楽しそうに、きゃっきゃっとはしゃいでいました。
 その夜からです。
 梓お嬢さまに付きまとうように、その老人が出没するようになったのです。
 梓お嬢さまのお部屋から笑い声が聞こえたかと思うと、ベビーベッドのそばにその老人が佇んでいて、やさしそうにお嬢さまをじっと見つめていました。しかし私が声を掛けようとすると、たちまちのうちに消えてしまいます。
 幽霊?
 私は、渚さまに事の次第を報告して、善処策を考えていただこうと考えました。
「その老人は、梓に何の危害も与えないのね」
「はい。じっと見つめているだけです。微笑んでいるようにもみえました。お嬢さまも全然怖がらずに楽しそうにしていました」
「そう……。なら、心配いらないわ」
「どうしてですか? 幽霊なら、いつかお嬢さまに危害を与えるかも知れないじゃないですか」
「そうね……。ちょっと、待って」
 というと、渚さまは書棚の前に立つと、古びた写真集を取り出してみせました。
 写真集のページを捲って、とある写真を指差しておっしゃいました。
「もしかして、その老人って、この写真の人に似ていませんでしたか?」
 白黒のかなり傷んだ写真でしたが、その顔はまさしくあの老人にそっくりでした。
 そう答えると、
「やっぱりね。この方は、わたしの祖父よ」
「ご祖父? でも、あの老人は、もっと昔の方のように見えましたが……。そう江戸時代の武士のような姿をしていました」
「そうかも知れないけど、顔はそっくりだったでしょ? 血が繋がっていますからね」
「は、はい」
「いつの時代の人かは判らないけど、真条寺家のご先祖さまには違いないらしいのよ。だから、祖父と瓜二つのお顔をしてらっしゃるの」
「でも、どうして?」
「この別荘を建てるために、土地を造成したでしょ。その際に祠を潰したせいで、多くの霊がさ迷いでてきたらしいの。ご先祖さまも、静かに眠っていたところを起こされて出てきたのね。でも、それが自分の直系の子孫だと判って、見守ることにしたんじゃないかしら」
「そうなんですか……」
「実はね、わたしも幼少の頃に、見知らぬ老人が佇んで見守っていたという話を聞いたことがあるの。あのご老人、子々孫々に渡っての守護者みたいになっているらしいわ」
「渚さままで……」
「だから、心配要らないの。見守っていてあげましょう」
「判りました」

「というわけで、梓さまにはご先祖様の霊が憑いているらしいのです」
「今もかしら?」
「たぶん……」
「でも、見たことがないわね」
「お守りとして梓さまをみていた頃の私は、まだ子供でしたし、梓さまも乳飲み子でしたから、純粋な気持ちで【霊的なる者】を見る能力が備わっていたと思います。しかし年を経るごとに、その能力も失われていったのでしょう」
「ふうん……。もう、無邪気な子供じゃないというわけね」
「あいにくでございますが……」
 そういうと、ふっとロウソクを吹き消した。
 生々しいほどの幽霊談を聞かされて、クラスメート達の口からは次の話題が出てこなかった。
 自然消滅するように百物語もお開きになった。

 結局その夜は停電が回復することなく夜を明かすこととなった。

 嵐の夜が明けた朝。
 谷間から立ち上る霧に包まれていた。
 しっとりと濡れた草花の間を散歩する梓。
 誰かに見つめられているような気がして振り向くと、見知らぬ老人がこちらをじっと見つめていた。
「あなたは?」
 梓は直感した。
 ご先祖様の霊ではないかと……。
 梓が声を掛けると、老人は静かに微笑んで森の中に溶けいるように消えた。
「あれが、ご先祖様か……」
 背後から声が掛かった。
 驚いて振り向くと慎二が立っていた。
「ご先祖様って……。見えたの?」
「ああ、見えたよ。麗華さんの言うとおり、ご老人だったな」
「そう……」
 梓は、何か因縁めいたものを、慎二の中に感じた。
 そういえば、危機一髪という時には、必ず慎二が現れて命を救ってくれていたような気がする。

 最初の交差点での事故。
  事件当時には、慎二も現場にいて目撃したらしい。
 太平洋孤島不時着事故。
  慎二が密航したおかげで、コースがずれて孤島に不時着。そうでなければ太平洋の海の中に沈んでいたという。
 研究室地下火災事件。
  まさしく燃え盛る炎の中に飛び込んでの命がけの救出劇は涙ものである。

 もしかしたら、慎二の中に老人の霊が取り付いていて、守護霊として慎二を通して見守ってくれているのかもしれない。
 老人の姿が見えるというのも、そのせいかも知れない。
 慎二が守護霊?
 思わず含み笑いしてしまう梓だった。
「なんだよ、急に笑い出してよ。俺にも見えたのがおかしいのかよ」
「いや、そんなことはないぞ」
「ならなんだよ」
「何でもないよ。それより、今日から空手部の合宿がはじまるぞ。ビシビシ鍛えてやるから覚悟しろよ」
「いきなりかよ。お手柔らかに頼むぜ」
「さあ、そのためにも腹ごしらえだ。朝飯にするぞ」
「おうよ。五人前くらい食ってやる」
「好きにしろ」
 仲良く連れ立って別荘へと戻る二人だった。

第五章 了

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梓の非日常/第二部 第五章・別荘にて(四)怪談話
2021.06.01

続 梓の非日常/第五章・別荘にて


(四)怪談話

 むかしむかし、年老いたじいさんと親孝行の息子が、深い森にキノコ採りにやってきたとな。
 じいさんはキノコ採りの名人だったがのお、もういい加減に年だて、山登りもつろうなってのお、そろそろ引退じゃとキノコの生えている場所を、息子に伝授しようと考えたのじゃ。
 二人は連れ立って深い森に分け入って、キノコ採りに夢中になっておった。
「これがマイタケじゃ。毎年この場所に生えるから覚えておくんじゃぞ」
「わかった」
「ほれ、次はホンシメジじゃ。ただのシメジとは違うぞよ。味も香りもマツタケ以上じゃ」
「へえ、そうなんだ」
「ほれ、そのマツタケはここに生えている。赤松の根っこに輪を描くように生えるんじゃよ。しかも、年を経るごとに輪は少しずつ広がっていくから、去年あった場所に生えているとは限らんからの」
 という具合に、秘密の場所を次々と教えていたんじゃ。
 たくさん採って籠いっぱいになった。
「そろそろ、これくらいで、いいんじゃない?」
「そうじゃのお。いっぺんに教えても、場所を忘れてしまうじゃろうからな」
「そんなことはないと思うけど」
 二人は帰り支度をはじめたんじゃが、
「はて……」
「どうした、じいさん」
「帰り道がわからん」
「ええ!」
 じいさんは、息子に教えることばかり考えていて、帰り道のことを忘れておった。
「来た道を逆にたどれば帰れるんじゃない?」
「それがのお……。どこをどう通ってきたか、とんと覚えておらん」
「じいさん。もうろくする年じゃないだろ」
 息子も息子で、キノコ採りに集中していたから、帰り道を覚えておこうということはしなかったのじゃ。
 深い森の中、あてどもなくさ迷い歩く二人じゃった。
 やがて日が沈んで、深い森に夜の帳が舞い降りてくる。
 歩きつかれて、ほとほと困っていると、
「じいさん、山小屋がみえるよ」
「山小屋? そげなこつなか。こんなやまん中に山小屋なんか」
「だって、ほら。あそこ!」
 息子が指差す方向に、確かに古びた山小屋があった。誰か住んでいるのか、開いた窓から煙が出ておった。
「今夜一晩泊めてもらおうよ」
「そうじゃなあ……。仏様の導きかのお」
 二人は山小屋に急いだと。
「ごめんください」
 と、声をかけると、
「どなたかいの。こんな夜分に」
 中から老婆が出てきた。
「実は道に迷ってしまって、今夜一晩泊めてくれませんか」
 と、正直にお願いをしたのじゃ。
「それは、それは、お気の毒に。どうぞお入りになってけれ」
「ありがとうございます」
「大した料理は出せねえが、夕食でもどうかね」
「ああ、それでしたら。丁度、ここにキノコがあります」
 といって森で採ったキノコを差し出した。
「ほう。これはマイタケでねえか。ホンスメジもあるでよ」
 一夜の宿にたどり着き、キノコ鍋をたらふく食べた二人は、疲れもあって急に眠気が襲ってきた。
「今夜はゆっくりおやすみなせえ」

 ぐっすり眠ったかと思った朝。
 じいさんが目を覚ますと、隣にねていたはずの息子がおらんじゃった。
「息子がおらんとよ、知らねえかね」
 と婆さんにたずねると、
「なんやら朝早く出て行ったげなよ」
「なしてな?」
「知らんこつよ」
 と言いながらも湯気の立つ鍋から汁をよそおって差し出した。
「朝飯じゃけん、はよ食べな」
 汁椀からはおいしそうな香りが立ち上っていた。
「おお、肉がはいっとるわな」
「今朝早く、なじみの猟師が猪を撃ったからつうて置いてったげな。で、猪鍋にしたんさ。ほれ、うまいぞよ」
 じいさんは目の前に差し出された汁椀を一口すすると、
「う、うめえ! こんなうまい汁は食ったことがねえだ」
 感激しておかわりまでしてしもうたと。
「そうかい、そうかい」
 ばあさんの口元がにやりとゆがんだように見えたげな。
「ほれ、わし一人じゃたべきれんじゃて。わけたるから持って帰れや」
 といって、猪の肉を葛篭に入れて渡してくれたとよ。
 じいさんはお礼を言って、その葛篭を背負って家に帰ったと。
 して、家でその葛篭を開けて腰を抜かしたとよ。
 猪肉かと思ったのは、切断された人間の足や指が入っていたんだがね。
 それはまさしく自分の息子の変わり果てた姿じゃった。
 知らなかったとはいえ、息子の肉をおいしいと口の中に入れた。
 じいさんは良心の呵責に気が狂ってしまったと。
 以来、森にさ迷いこんだ旅人を山小屋に誘い込んでは食べてしまうという、人食い爺になってしもたとよ。


 自分の前のローソクを吹き消す梓。
 一瞬暗がりが広がったように感じた。
「どこかで聞いたような……」
「ありそうな話ではあるわね」
「うんじゃ、今度はわたしね」
 と名乗り出たのは相川愛子であった。


 昔々、若者が山道を歩いていると、道端でじいさんがうずくまっているのに出会った。
「どうしたんですか?」
 心配になって声を掛けると、
「持病の癪が出て、難儀しております」
「それはお困りですね。お家はどちらですか? お送りいたしましょう」
 というと若者は、じいさんを背負って家まで届けることにした。
「これはご親切に、ありがとうございます」
「お一人でお住まいなんですか?」
「息子がおったんじゃが……」
「息子さんがおられたんですか?」
「そうじゃ。でもね……」
「でも……?」
 若者が聞き返した途端だった。
 突然、じいさんの身体が重くなってきた。
 それはそれは、あまりの重さに若者は歩けなくなり、その場に片膝ついてしまった。
「でもね。ある人に騙されて、知らずに息子を食ってしまったんだよ」
「食べた?」
「知らなかったとはいえ、これがまた、飛び切りにおいしくてね」
「まさか……」
「人の肉のおいしさを知ったんじゃ。以来こうして旅人を襲っては食らっておる」
「た、助けて!」
 じいさんは、若者の首を噛み切って殺してしまった。そして小屋に持ち帰って人間鍋にしてたべてしまっとさ。

「おしまい」
 というと愛子は自分のローソクを吹き消した。
「梓ちゃんの話の亜流だね。まあ、良しとしましょう」


 ほんの少し昔。
 この別荘ができる前のお話です。
 小さな墓地がありました。
 この近所の人々の噂では、旅の途中で行き倒れてしまった人々を葬って、祠を建てて供養したと言われています。
 中には、人食い爺や人食い婆の犠牲になった人も混じっていたとも言われています。
 その場所は、眺めのよい景勝地で、軽井沢の街並みが一望の元に見渡せる好位置にありました。
 これに目を付けた不動産会社が、土地の所有者に別荘開発を持ちかけました。
 当時の所有者である真条寺家は、これは良いとばかりに別荘建設に応じました。
 さっそく不動産会社から派遣された一級建築士が現地調査と測量を行いました。
 祠の存在にも気づいていましたが、邪魔だからと無断で潰してしまったのです。
 墓地も祠のあった場所もきれいに整地され、やがて別荘建設がはじまりました。
 ところが建設現場では奇妙な事件や事故が相継いで起こったのです。
 一級建築士が現場監督として赴任していましたが、原因不明の高熱に襲われ三日三晩苦しんだ挙句に死んでしまいました。
 二階に上げていた建築資材が、いきなり落下して、真下にいた大工が大怪我を負ったり、広範囲に土地が陥没して下から数多くの人骨が出てきたりした。
 祠を潰した祟りだ!
 という声が上がって、大工達は祠を再建して、改めて供養をすることにした。
 すると、その日から異変が起こらなくなり、別荘は無事に出来上がったという。

「というような、お話があります」
「なんだよ、麗華さん。いつの間に参加していたんだよ」
「いえね。自分が聞いた話が丁度いいんじゃないかと思いましてね」
「話が終わったんなら、ローソクを消したら?」
 麗華は不気味に微笑みながらも、ローソクを吹き消そうとはしなかった。
「いえ。実はこの話は後日談がありましてね……。祟りはまだ続いていたのですよ」
「嘘でしょ?」
「嘘ではありません」

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