響子そして(十)女として
2021.07.14

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(十)女として

 それから数週間が過ぎ去った。
 毎日定期的に覚醒剤が注射されたが、徐々に分量は減らされているという。
 時々禁断症状に苦しめられたが、それもしだいに治まっていった。
 中毒患者の治療には、隔離され薬を絶たれ、拘束具で縛られる荒療治的な方法もあ
るそうだ。特に薬物使用期間が長期に渡って、完全に自制心を消失している時には、
もうそうするよりない。が、度重なる発作で精神が犯され、中毒は治っても精神病院
に生涯入院という場合もあるという。
 わたしの場合は、自らの意思で薬物からの脱却をはかる自制心が残っていた。だか
ら、あえて覚醒剤を遮断しないで、徐々に摂取量を減らしていく方式になった。
 それにしても、なぜ産婦人科病院にいるのだろう。普通なら精神病院が妥当だと思
う。先生も産婦人科医だと言った。覚醒剤とはまるで分野が違う。
 そういえば組織には顔が聞くといった。元の闇の世界に戻りたくなかったら、詮索
しない方が良いとも言った。一体何者なんだろうか……。
 疑問を抱いたまま月日が過ぎ去った。

 ある朝のことだった。
 ショーツが赤く染まっていた。
「なに、これ……?」
 それは膣から流れ出ていた。
 看護婦を呼ぶと、
「あら、はじまったのね。今、先生を呼んできてあげるわ」
 と、驚く様子もなく、それが当然のような顔をしていた。
 やがて先生がやってくる。
「やあ、はじまったんだってな」
「これは、どういうことですか?」
「月経だよ。女性なら、月に一度は巡ってくる生理だよ」
「生理?」
「まだ、気づかないかね。君の身体の中には、卵巣と子宮があるんだ。それが正常に
機能しはじめたというわけさ」
「訳がわかりません。いったいわたしの身体はどうなっているんですか」
「一つずつ説明してあげよう。ほぼ脳死状態で君が私の元へ運ばれて来た時、まだ脳
波があって生きていると判った。あらゆる処置を施して、蘇生に全力を注いだ。甲斐
あって生命を取り留めることができた。そして回復に向かっていった。そんな時、別
の脳死状態の女性の患者が現われた。君が性転換していることは知っていたから、ど
うせなら真の女性にしてあげようと思って移植をしたんだ」
「移植って?」
「脳死の患者から臓器を摘出して別の患者に移植できることは、君も知っているだろ
う?」
「ええ……」
「肝臓や腎臓などは、それを必要とする患者に移植された。そして女性器は、通常な
ら移植されることなくそのまま残されるのだが、たまたま偶然にも、君と免疫型が一
致した。その女性器を移植する事にした。妊娠し出産することのできる真の女性にね。
まず、人造的に作られた膣や外陰部をすべて一旦取り去った。そのままでは正常分娩
ができないからだ。人造膣や外陰部は胎児を通す産道にはならないのだ。柔軟性がな
く完全に破断してしまう。そして、別の女性から、卵巣や子宮、膣と外陰部などのす
べての女性器をそっくり移植した」
「それが、わたしなんですね」
「そうだ。女性器は正常に機能をはじめて月経が到来したというわけだよ。君は、も
う完全な女性に生まれ変わったのさ」
「完全な女性に……」

 涙が出てきた。
 嬉しくてではない、哀しくて泣いたのだ。
 今更、子供が産める身体になったとして、それがどうしたというの?
 もし明人が生きていれば、彼の子供を産めると心底喜んだろうが、もはやこの世に
はいない。
 そもそもわたしが性転換手術を受けたのは、わたしを本物の女性として抱きたいと
願った明人の希望を叶えてあげるためにしたことである。頼まれて女性ホルモンを飲
みはじめたのもそのためだ。子供を産むというような真の女性になることは頭になか
った。ただ明人を満足させる事ができればそれで十分だったのだ。女性の心を持って
いることと、男性の身体でいることを疎ましく感じていたのは確かだったから、性転
換を決断したのである。
「さあ、それじゃあ。生理の手当の仕方を教えますからね。まず汚れたショーツを脱
いで」
 看護婦から生理ショーツやナプキンの使用方法の説明を受けた。
 男性がそばにいると思うとやはり恥ずかしい。しかし相手は産婦人科医だからこん
なことは日常茶飯事、気にもとめていないといった表情で、窓辺に寄り掛かって外を
眺めている。時々腕時計を見ては気にしている風であった。わたしに、まだ何か用事
があるみたいだ。

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11
響子そして(九)回復
2021.07.13

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(九)回復

 意識が戻った。
 どうやらまだ生きている。
「気がついたようだね」
 ベッドサイドに、聴診器を首に下げている医者らしき男性がいた。
「ここは、どこですか?」
「私の父親が経営している産婦人科病院だよ」
「産婦人科病院?」
「そうだ。どうだい、気分は?」
 といいながら、脈を計っている。
「わたし、どうしたんですか? わたし自殺したはずですけど」
「奇跡的に助かったんだ。覚醒剤が体内に残っていて苦労したよ」
 覚醒剤……。
 そうだ!
 それから逃げ出すために自殺したんだ。
「どうして助けたのですか?」
「それが医者の役目だからだよ」
「生き返ったって、またやつらの元に連れ戻されるだけなんです」
「君を捕らえた組織のことは心配しなくてもいいよ。二度と君の前には現われないさ」
「どういうことですか?」
「これでも組織には顔が通っていてね。わたしの下で君を保護するといえば、誰も手が出せなくなるんだ」
「ほんとうですか?」
「ああ、何も心配することはないんだ。だからもう自殺することもしなくていい」
「ありがとうございます」
 あ、そういえば。この先生。わたしのこと性転換者ってこと気づいてるわよね。ここ産婦人科だと言ったから、産婦人科の先生よね。
「あの……。先生は、わたしのこと……」
「ん……? ああ、性転換していることかい?」
 やっぱり、気づいてた。
 女性の身体を知り尽くしているから、性転換者を見抜く事は雑作ないよね。
「まあ、その道のプロだからね」
「ですよね……」
「ついでに言えば、君が少年刑務所を仮釈放で保護観察の身だったことも知ってる」
「どうして、それを?」
「あはは、君のことなら何でもお見通しさ。覚醒剤に溺れた母親と、その愛人で売人の男を殺害したこともね」
「そんなことまでも……」
 その時、明人が凶弾に倒れたまま、引き裂かれていたのを思い出した。この先生なら知っているはずだ。
「先生。明人がどうなったか、ご存じないですか?」
「明人か……。君の旦那だったね。残念だが、彼は亡くなったよ。失血死だった」
「ああ……。わたしの明人……」
 わたしはどん底に突き落とされる感覚に陥り泣いた。
「安心しなさい。私の所にいる限り、すべてが丸くおさまる。何の心配もしなくともごく普通の女性として生き、何不自由なく暮らしていけるよ。保証してあげよう」
「いったい……。先生は何者ですか? ただの産婦人科医じゃありませんね」
「私は、この産婦人科病院の当直医だよ。それ以上のことは知らない方が良い。もし詮索してそれ以上のことを知れば、君はまた覚醒剤にまみれた裏の世界に引き戻されることになる。私を信じて黙ってついてくればいいんだ。いいね」
「わかりました。先生を信じます」
「よし、よし。いい娘だ。これから注射するけどいいね」
「注射?」
「覚醒剤だよ。君の身体は、覚醒剤に蝕まれている。短期間に多量を射たれたために、脳神経組織内に、覚醒剤に感受する特殊な受容体ができてしまったんだ」
「受容体?」
「その受容体は、常に覚醒剤を必要としていて、胃が空になったらお腹が空くように、覚醒剤に対する欲求反応を示す。判りやすくいえば、すでに覚醒剤中毒になっていて、急に薬を絶つとひどい禁断症状が起きて、精神的障害を起こすというわけだ。だから毎日、必要最低限の注射をして、その量を少しずつ減らしていく。すると受容体もそれにつれて退化していくんだ。受容体が消失すれば治療完了だ。わかるよね」
「理解できます」
「よし。じゃあ、射つよ」
「はい……」
 止血バンドを巻かれ、腕を消毒薬した後に、ゆっくりと静かに注射される。
 あ……。やっぱり違うなと思った。
 奴等は消毒などしないで、いきなりところ構わずに注射する。注射された箇所があざになるのは、そのせいかなと思った。バイキンが入り込んだり、適切でない箇所だったりするから。薬さえ効けばそれでいいのだろうけど。

 先生はベッドサイドに座ったまま、時計をみたり脈拍を調べたりしている。
「そろそろ、効いていると思うが、気分はどうかな?」
「気分はいいです。でも奴等のところで射たれた時は、意識朦朧になりました」
「それは、一時期に多量を射たれたからだよ。手っ取り早く覚醒剤漬けにするためにね。意識朦朧となっているのを利用して、催眠術のように言いなりにすることができる。奴等は、そうやって自分の言いなりになる性奴隷や売春婦に調教していくんだ」
「ええ。奴等が、そんなこと言うのを耳にしました。母もそうでした。常套手段なんですね」
「ま、とにかくだ。治療として処方する分には今の量で十分だ。ほんの少し気分が良くなる程度。禁断症状が起きないぎりぎりの線だよ」
「ぎりぎりということは起きる事もあるわけですね」
「ああ、その時は我慢してくれ。禁断症状といっても程度は軽い。君ならできるはずだ。他の薬、精神安定剤なんかとの重複服用も厳禁になっている」
「わかりました」
「何も心配ない。とにかく今日はもう休みたまえ」
「はい」

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響子そして(八)解脱
2021.07.12

響子そして(覚醒剤に翻弄される少年の物語)R15+指定
この物語には、覚醒剤・暴力団・売春などの虐待シーンが登場します


(八)解脱

 意識の遠くでサイレンの音が鳴っている。
 冷たい感触はコンクリートか。
 どうやら成功したみたい……。
 どれほどの時間が経ったのだろうか……。
 微かに聞こえる器械が触れ合う音。
 声も聞こえるが、目は見えない。真っ暗闇の世界。

「どうですか? 先生」
「大丈夫だ。まだ生きているぞ」
「え? ほんとうですか」
「見ろ、わずかだが脳波が出ているぞ」

 誰かが何か、喋っている。
 まさか、逃亡失敗?
 連れ戻されて、また覚醒剤を注射されたのか。

「ほんとうだ。波が出てる。良かったあ……。死なれたら、磯部さんに申し訳がたちません」
「まだ、安心するのは早い。波が出ているというだけじゃ。どうしようもならん」
「先生なら、きっと助けて頂けると思って、運んできたんですから。この、あたしだって生き返らせてくれたじゃないですか」
「真樹の場合は、たまたま運が良かっただけだよ」

 だめ。言葉が判らない。覚醒剤のせいで、言語中枢がいかれちゃったのかな。
 どうやら機能しているのは、聴覚神経に繋がる部分だけみたい。

「お願いしますよ。何でもしますから」
「じゃあ、今夜どうだ?」
「こんな時に、冗談はよしてください」
「判っているよ。そんなことしたら、真樹の旦那の敬に、風穴を開けられるよ。しかし……素っ裸で、飛び降りるとは……、おや?」
「どうなさったんですか?」
「この娘……。性転換手術してるじゃないか」
「あ、ああ。言い忘れていました。その通りです。さすが先生、良く判りましたね」
「わたしは、その道のプロだよ。人造形成術による膣と外陰部だな」
「わたしと、どっちが出来がいいですか?」
「もちろん真樹の方に決まっているだろう。第一、移植と人工形成じゃ、比べ物にな
らん」
「そうですよね。どうせなら、その娘も本物を移植してあげたらどうですか?」
「免疫の合う献体がでなきゃどうにもならんだろ」
「でも、何とかしてあげたいです。あたしと敬がもっと早くに『あいつ』を検挙していれば、母親がああならなかったし、この娘がこうなることもなかったんです」
「それは麻薬取締官としての自責の念かね」
「この娘には幸せになってもらいたいです」
「そうだな……。それはわたしも同感だ」
「せめて……」
「いかん! 心臓の鼓動が弱ってきた。少し喋り過ぎた。治療に専念するよ」
「あたしも手伝います」
「薬剤師の免許じゃ、本当は手伝わせるわけにはいかないんだが、ここは正規の病院じゃない。いいだろう、手伝ってくれ。麻酔係りなら何とかできるだろう」

 一体、何の話しをしているのだろうか。
 せめて目が見えれば状況がわかるのに。
 どうして何も見えないのかしら。真っ暗闇。

「脈拍低下、血圧も低下しています」
「強心剤だ! G-ストロファンチン。酒石酸水素ノルエピネフリン注射」
「だめです。覚醒剤が体内に残っています。強心剤が効きません! 昇圧剤も効果なし」
「なんてことだ!」
「心臓停止寸前です。持ちません」
「胸部切開して、直接心臓マッサージするしかないが……」
「覚醒剤で麻酔は利かないですよ。ショック死します。とにかく、覚醒剤が効いている間は、一切の薬剤はだめなんですから」
「わかっている!」

 緊迫した空気が流れているようだった。
 ビリビリとした震動が鼓膜を伝わってくる。

「人工心肺装置に血液交換器を繋いで、血液交換する。とにかく体内から覚醒剤を早く抜くんだ」
「血液交換って……。彼女、bo因子の特殊な血液なんですよ。全血の交換となると、B型でもO型でも、そのどちらを使っても、抗原抗体反応が起きる可能性がありますよ」
「O型でいい。一か八かに掛ける!」
「先生。ほんとうに大丈夫ですか?」
「やるしかないだろう! ちきしょう。生き返ってくれ!」

 ああ……。だめだ、また意識が遠退いていく。
 やっぱり、死んじゃうみたいだ。

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響子そして(七)覚醒剤
2021.07.11

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(七)覚醒剤

 気がつくと両腕を頭側にしてベッドの縁に縛られていた。
 縛っている紐を歯で噛みきろうとしましたがだめだった。
 がちゃり。
 扉が開いて、男が入ってきた。
「目が覚めたようだな」
「わたしをどうしようと言うの」
 わたしは相手がなにをするか判っていた。
「眠っている間に犯っても良かったんだが、それじゃ調教にならないんでね」
 やはりわたしを犯すつもりなのだ。しかし……。
「調教って?」
 男は、それには答えずに缶ペンケースのようなものを持ち出した。
 そこから取り出したのは注射器だった。
 そしてアンプルから注射器に液を吸い上げていく。
 それが覚醒剤だというのは、すぐに判った。
 かつてわたしが母親を殺した場面が思い起こされていた。
 同じ事をしようとしている。
「これが何か判るか?」
「覚醒剤……」
「ほう……。さすがは、奴の情婦だけあるな」

「こいつは、そこいらで売買されているような混じり物じゃない、高純度の医療用の
ものだ。だからこうしてアンプルに入っている。おまえのような上玉はそうそうざら
にはいない。だから混じり物使って短期間で廃人になるような真似はしたくないんで
ね。だが確実に覚醒剤の虜になるのは同じだ」
 そういうとわたしの腕に注射器を突き刺そうとした。
「い、いや。やめて」
 その時になってはじめて事の重大さに気づいて蒼くなった。
 しかし縛られている上に、男の力にはかなわなかった。
 注射針が腕に刺され、覚醒剤が注入されていく。
 動悸が激しくなる。
 どくん、どくん、と心臓が脈動している。
 やがてそれが次第に治まって、気分が良くなってくる。
 ほわーん。と雲の上を歩いているような感じ。
 意識が朦朧としている。
「どうやら、いいようだな」
 男がシャツを脱ぎはじめた。
 ベッドに上がってくる。
「い、いやだよ……。た・す・け・て・あ・き・と」
 意識が朦朧としている中、明人に助けを求めるわたし。しかし、明人はこの世には
いない。それでも呼び続ける。
「あきとお」
 だがそれは陵辱しようとする男をさらにかきたてるだけだった。
「叫べ、わめくがいい。おまえの明人は死んだ。今日から、おまえは俺のものだ。が
ははは」
 遠退く意識の中、わたしの自我が崩壊していく。

 しばらくして意識が戻ってきた。
 と、同時に明人でない男に、貞操を奪われたのを思い出して泣いた。
 この身体は生涯明人一人のものだったのだ。
 ドアの外から男達の声が聞こえる。
「あの女が、性転換してたなんて……。外見からじゃ判断できませんね」
「まあな……俺もすっかり騙された。事が終わって、あらためて女の性器を見てやっ
と気がついた。性転換しているとはいえ、外見はまるっきりの女だよ。へたな女より
美人だし、プロポーションも抜群だ。手術は完璧に近いし、明るい所でじっくり観察
しても、そう簡単には気づかれないさ。数えきれないいろんな女を抱いた俺だから気
がつけたのさ。これほどの上玉はそうざらにはいない。薬漬けにして調教して、売春
させればがっぽりかせげる。なんせ妊娠する心配はないからな、本生OKで若い美人
が相手となりゃあ、いくらでも金を出すだろう」

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響子そして(六)抗争そして
2021.07.10

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(六)抗争そして

 ある日。屋敷の玄関先で明人が襲われた。
 警察に知られないように、闇病院へ運ばれたが、大量の出血で輸血が必要になった。ここでは、赤十字からの血液の供給が受けられない。
 明人はO型だった。同行していた組織員にはO型がいなかった。
「わたしの血を採って頂戴! B型だけど、きっと大丈夫だから」
 わたしの血液型は、bo因子という特殊な血液だ。B型を発現してはいるが、抗原抗体反応は、ほとんどO型に近いデータを示す事が証明されていた。血液が再生産されるまでの補完の輸血くらいなら血液型不適合のショックは起きないと確信していた。
「響子の言う通りにしてくれ」
 明人が決断し、わたしの血液が採取されて、輸血された。
 思惑通りに輸血は成功し、明人は回復していった。
 母親を捨てた非情な父親の血液因子が明人の命を救った。複雑な心境だ。
 わたしの手厚い看護と愛情で、明人はみるまに回復していった。

 病院の玄関を出てくるわたし達。
 三角斤を肩から下げているので、上着を羽織るように着ている。

 その時だった。
 突然、四輪駆動のパジェロが急襲してきたのだ。
 パン・パン・パン
 何発かの銃声が轟いた。

「危ない!」
 明人が、わたしに覆い被さった。
 さらに銃声は鳴り響く。
「響子……大丈夫か」
「だ、大丈夫よ」
「そうか……よかった」
 その時、わたしの手にねっとりとした生暖かい感触があった。
 それが血であることはすぐに判った。
「明人……怪我してる」
 あわてて起き上がってみる。
 覆い被さっていた明人の身体が膝の上に。
 背中に銃弾が当たって大量の血が吹き出していた。
 ゆっくりと明人は仰向けに、向き直り弱々しい声で言った。
「響子。俺は、もうだめだ」
「そんな事言わないで。もう一度輸血すれば……」
「無駄だよ。自分でもわかる。痛みが全然ないんだ。神経がずたずたになっているんだ。いずれ心臓の鼓動も止まる」
「そんなことはないわ。そんなこと……」
「いいんだ。響子」
「あきと……」
「これまで、こんな俺のために尽くしてくれてありがとう。殺伐とした世界で、おまえと巡り会えて、俺は心安らぐことができた。母に対する償いと親孝行もできたと思う。おまえと一緒に過ごした時間は何事にも変えられない。幸せだった」
 身体から次第に血の気が引いていき冷たくなっていく。
 やがてゆっくりと目を閉じていく明人。
「冗談はよしてよ。うそ! うそでしょう? 目を開けてよ」
 明人は二度と目を開かなかった。
「あきとお!」
 声の限りに叫んだ。
 わたしは狂おしく明人を抱きしめた。

 パジェロの中から、男達の会話が聞こてくる。
「おい。死んだかどうか、見てこい」
「見なくたって、死んでますぜ」
「いいから、確認してこい。今度しくじったら、俺達の命がないんだ。確実に死んでいるのを確認するんだ。それにあの女をかっさらってこい」
「女ですかい?」
「そうだ。見れば、なかなかの上玉じゃないか。放っておくにはもったいない」
「わかりやした」

 わたしの明人を、男が触ろうとした。
「いや! 汚い手で触らないで」
 男の平手うちが頬を直撃し、もんどりうって地面に飛ばされた。頭を打ったのだろうそのまま意識を失った。

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