続 梓の非日常/第六章・沢渡家騒動?
(四)お帰りはあちら 「あら、もうこんな時間……。ずいぶんとお話に夢中になっておりましたわ。お忙しいの でしょう?」  梓が先に切り出した。 「あ、はい」 「お引止めして申し訳ありませんでした」 「いえ、どういたしまして」  安堵の表情を見せる沢渡夫妻。  この息苦しさからやっと解放される。 「どうもお邪魔いたしました」  立ち上がり、おいとまする沢渡夫妻。 「機会がございましたら、またお越しくださいませ。今度は慎二様とぜひご一緒にどうぞ、 歓迎いたしますわ」  とは言われたものの、沢渡夫妻は二度と来たくないと思った。  本物の財閥令嬢との格差を痛感させられ、身の程知らずで来訪した自分達の馬鹿さ加減 を思い知らされていた。  慎二が良く言っていた。 「あんたらは単なる成金主義に凝り固まり、人を見下している。本当の金持ちがどんなも のか知らないだろう。きっといつか後悔するよ」  まったくそのとおりだと思った。  バルコニーを退散する沢渡夫妻。  梓のお見送りはなしである。  椅子に腰掛けたまま、夫妻が出て行くのを見守っていた。 「ご夫妻がエレベーターにお乗りになられました」  途端に笑い転げるメイド達。  エレベーターに乗れば、笑い声も届かないからである。 「お嬢さま、いったいあの方とはどのような事情があったのですか?」  普段の梓お嬢さまからは、想像もしないような身の振り方を見れば、何かがあったと考 えるのが自然である。  明らかに沢渡夫妻に対して、やり込めようという意思が見え見えだった。 「実はね……」  沢渡家で手酷い扱いを受けたことを正直に話す梓。 「まあ、お客さま扱いしないなんて、とんでもありませんわね」 「人を差別するなんて最低です」 「確かに慎二君は不良っぽいところはありますが、その友達まで不良だと断定するなん て」 「あのね、慎二は不良なの! そこのところ間違わないでね」 「不良は不良でも、正義の味方の不良です」 「意味深な言い回しね」  事情を納得したところで、 「あの方達、またお見えになりますかね」 「来ないんじゃない?」 「そうですよね。成金主義だといいますから、プライドだけは高いでしょう」 「プライドが皮を被った人間です」 「その話はやめてお茶にしましょう。マカロンが丁度十二個残っていますから、二個ずつ ね」  沢渡夫妻は結局、お茶菓子には手を付けなかったので、そのままそっくり残っていたの である。  あの日、聞こえよがしに、 『よけいな客には、茶菓子は出さんでいいと言ったはずだぞ』  と言った手前から、普通の神経を持ち合わせていれば当然だろう。 「いいんですか?」 「もちろん」 「やったあ!」 「このマカロン、とてもおいしいんですよね」  梓を囲むようにしてテーブルに着席するメイド達。  一般的に、主人と同じ席にメイドが座ることなどあり得ない事だ。  梓と一緒にティータイムをくつろぐメイド達。  そこへ、沢渡夫妻を見送った麗華が戻ってくる。 「あ、ごめんなさい。麗華さんの分ないの」 「いえ、結構です」  メイド達が仕事を休んで、くつろいでいる風を見ても、咎めない麗華だった。  梓お嬢さまの意向であることは明白だろうと気にも止めていない。  いつものように冷静に報告をする。 「ご夫妻はお帰りになられました」 「満足してる様子だった?」 「いえ、それは計り知れませんが……」 「お嬢さまは、仕返しをなされたのです」  美鈴が横槍を入れた。 「仕返し?」  首を傾げる麗華に、梓に代わってメイド達が事情を説明していた。 「なるほど、そういうわけでしたか」 「仕返しするなんて、感心しないことなんだけど、あまりに酷い客扱いだったから」 「お手本をお見せしたということですか」 「まあ、そういうことになるかしら」 「屋敷の者達には半数ずつ交代で休息を取るように伝えてあります」  国賓クラスの接待で従業員を総動員させたための処置であろう。  働くときには一所懸命働く、休むときには心を楽にしてゆっくりと休む。  真条寺家に働く従業員のための訓示七か条の一つである。 「ご配慮ありがとうございます」 「それでは私もこれから休憩に入ります」 「ごゆっくりどうぞ」  麗華がくるりと背を向けて自分の部屋へと向かった。  その後姿を見つめながら美鈴が呟くように言った。 「麗華さまは、ちょっとお疲れのようですわね」 「そりゃそうでしょ。粗相のないように屋敷の者全員に目を配っていたんですから」 「最高責任者の気苦労ですね」  麗華が休息を終えて戻って来たときには、メイド達はそれぞれの配置について専属メイ ドとしての役目を果たしていた。
     
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