続 梓の非日常/序章
(二)快復  その頃、梓は付属病院のICUに収容された慎二を見舞っていた。  感染対策と酸素供給のための特殊な無菌酸素テント内に隔離されたベットの上で昏 睡状態の慎二がいた。  熱傷患者には、熱傷による直接のショック状態の他、皮膚呼吸ができないために酸 素供給不足となることが懸念される。  本来なら一般人は入室などできないのだが、梓ということで特別に許可されていた。 もちろん無菌テント内用の完全滅菌された治療スタッフ用のユニフォームを着込んで である。 「お嬢さま、少しはお休みになられないとお身体にさわりますよ」  看護士が心配して気を遣っている。  あの日以来ずっと見舞いに来ていた。  学校が終えてすぐに来院し、夜に麗香が迎えにくるまで、ずっと慎二のそばで見守 っていた。 「いいの……。この命は慎二に助けてもらったもの、もし慎二が死んだら……」 「滅相なことおっしゃらないでください! この方がせっかく命がけで炎の中から助 け出してくれたお嬢さま。命を粗末に考えてはいけませんわ」 「……そうね。そうかも」 「この病院には熱傷治療のスペシャリストが揃っているんです。心配はいりませんよ」 「うん……」  確かに最新治療という点では、最新機器とスタッフが揃っているのは知っている、 とはいえ慎二のあの悲惨な状態を目の当たりにすれば、果たして看護士の言うとおり に助かるとは限らない。確立はかなり低いことが想像できる。 「お嬢さま、麗香さまがお迎えに参りました」  振り返るとICUのガラス窓の外に麗香の姿があった。治療スタッフ以外は入室禁 止のために外で待機しているのだ。 「わかった……」  いつまでも慎二のそばに寄り添っていたいが、自分がいてもどうなるまでもなく、 致し方なく退室する梓。 「いかがですか?」 「相変わらずよ」 「そうですか……」 「何とかしてあげたいけど……」  それっきり黙りこんでしまう梓。  麗香もそれ以上は尋ねなかった。  息苦しい雰囲気。  しかしどうしようもなかった。  これだけは神のみぞ知ることであって、二人にはなすすべがない。  病院を出てからファンタムVIに乗り込む。 「お母さんは何か言ってた?」 「はい。沢渡さまのこと、真条寺家の全力をあげて治療を施すと仰られていました。 重篤状態を脱して移送が可能になったら、ブロンクスの救命救急センターにて、皮膚 移植から形成手術に至るまで、全世界から寄せ集めた名医によって最新治療をなさる 手筈を整えていらっしゃいます」 「そうなの……。わかった、ありがとう」 「いえ……」  しばらく押し黙っていたが、ぽつりと話し出す梓。 「なんでかな……あたし、慎二のこと、こんなに心配してる。今までこんな思いした ことがないよ」 「それは沢渡さまのこと、好きだからではありませんか?」 「会えば喧嘩ばかりしているのに?」 「喧嘩するほど仲が良いというじゃありませんか。それになにより沢渡さまにとって は、命を掛けて助け出してくれるほど、お嬢さまのこと大切に思ってらっしゃるので すから」 「そうよね。命がけで救ってくれたのよね」 「はい」 「炎の中でね、『死ぬときは一緒だよ』って言ってくれたんだ」 「そうでしたか、そんな沢渡さまがお嬢さまを残して逝ったりしませんよ。必ず助か ります」  麗香とて確証などなかったが、そう言って慰めるしかなかった。 「そうだね。そう信じるしかないよね。慎二のことだもの、必ず助かるよね」 「はい。その通りでございます」  一ヶ月が経った。  慎二は、一進一退を繰り返しながらも、強靭的な体力をみせて、意識不明ながらも 徐々に回復の兆候をみせていた。  そしてついに移送可能なまでに回復し、医療スタッフと設備のより整ったブロンク スの救急救命センターへと移送が実施された。  もちろん梓も同行して渡航した。  ブロンクスへ運ばれた慎二は、全世界から選りすぐれた名医と、世界最高水準の治 療が施された。 日本国内ではできない高度な治療だ。  真条寺家の全力を挙げた治療と、梓の献身的な介護によって、慎二は奇跡的な回復 を見せていた。  生死を分ける皮膚呼吸を取り戻し、細菌感染を防ぐ緊急皮膚移植。創傷と顔の筋肉 の引き攣れを修復する形成外科手術。そして以前の表情を取り戻す整形外科手術と、 回復の状況に即した治療が段階的に施されていった。  そして、ついに慎二は退院を迎えることになったのである。
     
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