梓の非日常/第八章・太平洋孤島遭難事件
(五)軍医到着  不時着した飛行機から、非常縄梯子を使って梓と絵利香が降りてくる。麗香はすで に降りていて、救命ボートの準備をしている乗務員の指揮を執っている。  命を失い掛けている機長がいる。それを救うために十分以内にやってくる軍医を迎 えるべく、救命ボートとその乗員が最優先で降ろされたのである。 「まもなく来ると思います。環礁の切り口付近で待機していてください」 「はい」  小型発動機付きの救命ボートがエンジンを鳴らして、飛行機が開けた環礁の切り口 へと出発する。それを見送る梓達。  一方飛行機の昇降口では、 「いやん。結構高いよ。タラップとかはないの?」  高所恐怖症の美鈴がぐずっている。 「あるわけないでしょうが。早く降りなさいよ。機内は空調が切れて蒸風呂状態なん だから」  明美が急かす。 「だってえ……」  簡単に降りられる脱出シュートもあるのだが、それだと再び機内に戻れないので、 縄梯子を使っているのである。なお後部脱出口は損壊して利用できなかった。 「窓が開けられればいいのにね」  とこれは、かほり。 「開くわけないでしょ。高高度を飛ぶのに気圧の関係とか、客が不用意に開けないよ うに機体に固定されてるんだから。ほれほれ、あなたも、早くしなさい。後ろがつか えてるんだから」  そして美智子である。 「おーい。早くしてくれよお」  こういう場合は、レディーファーストである。慎二は最後まで残されていた。  やがて島の上空にジェット機が飛来する。 「来たわ」  復坐機の後部座席から緊急脱出装置を使って飛び出してくる軍医と思しき人影。そ の直後には、機体の下部荷物室から荷物が射出される。軍医も荷物も、パラシュート が開いてゆっくりと降下をしてくる。  環礁に待機していた救命ボートが、すぐさま回収に向かう。  ものの五分で救命ボートが軍医を連れて引き返してくる。 『早速だが、患者に会わせてくれ。一分・一秒を争う』  乗員から機長の容体を聞いていたのであろう。挨拶もなしにいきなり診療行動に入 ろうとする軍医。 『こっちです』  麗香が軍医と共に縄梯子を伝って上がっていく。  絵利香が心配そうにその後ろ姿を追っている。 「軍医が来たから、もう大丈夫だよ。心配しないでいいわ」  絵利香の肩に手を置いて慰めている梓。 「うん……」 「お母さんが手配した軍医だもの。ベテラン中の名医に違いないからね」  飛行機の昇降口。出迎えるように美智子が戸口に立っている。他の者が地上に降り 立ったにも関わらず、一人居残っていた。 『美智子さん。あなた、看護士の資格を持っていたわね』  軍医の到着と同時に麗香たちの会話が英語に変わっていた。ちょっとした情報でも 軍医に理解できるようにである。 『はい』 『丁度良かったわ。手伝って頂戴』 『かしこまりました』  どうやら診療の手伝いをするために、あえて残っていたようだ。
     
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